第13話 赤い髪の冒険者
葉が擦れ、踏んだ枝木が折れる音がする中、森の茂みの中、ルゥイラとそれに縛り上げたマレーゼを担いで進んでいた。
数十年ぶりに魔族の領域、魔征域に対する人間の侵攻が再開し、それに怯えたここに住まう3種の魔族、ゴブリン、コボルト、オークたちに保護を求められ、彼らと一緒にデスメソルに向かっていたのだが、その道中、人間の騎馬隊が迫っている事に気付いた私は、森の中に逃げるように指示を出した。
森の中なら馬は追って来れないし、何より人間の目的が、ここ放逐領域に唯一ある、魔族の城デスメソルの奪取なら、森に逃げた下層の魔族などに目はくれないだろうと、そう思っての事だった。
その際、シェルドラーグにしんがりをするよう頼んだが大丈夫だろうか?
彼は七皇魔王姫の一人、アゼリーヴェトと五分の戦いをしたと言う、白銀魔装を二つ名を待つ有名な暗黒騎士…心配は無いと思うが。
…だが彼が強いと言う根拠は、レヴィルの記憶にその情報が残っていたから分かった事だ。
レヴィルは自分の弱さを他人の強さで埋めようと考え、魔征域は勿論、神領域、エルフやドワーフたちが住む精霊域などなど、古今東西、利用出来そうな実力者の事は、徹底的に調べあげていたから知っていたのだが、それはあくまで知っていただけで見た訳では無い。
この目では見た訳でもないのに、彼が七皇魔王姫と、同等の力だと思ってしまったのは早計だったかも知れない。
七皇魔王姫と言えば、驚異的な力を持つ異世界勇者、それをしのぐ力を持つ持っているのだ。
それを考えれば一魔族がそこまで力を持っていると言うのは…流石に噂におひれがついただけかと思ってしまう。
身体的に魔族に劣る人間とは言え、最近は技術の進歩で、王国正規軍の一人一人がそこそこの魔族と同じくらいは力を持っているらしい。
今向かって来ている騎馬隊はその王国正規軍なのだ。
やはり実力が不透明な彼一人で行かせないで、一緒に行った方が良かったかも知れない。
…そう思った時だった。
遥か後方、騎馬隊が走る土煙が登っていた場所から、轟音と共に竜巻が起こっているのが見えた。
そして次の瞬間、空から何かが降って来た。
それは次々に木々の太枝に引っかかっていた。
一体何が飛んできたのか目を向けると、それは馬と人だった。
馬と人が太枝に引っ掛かり、ピクピクと体を揺らしていた。
一瞬でその木の果実のように大量にぶら下がる人と馬。
その光景を見た私は、うむ、シェルドラーグの強さは本物のようだ、そう結論づけてさらに森の奥へと進む事にした。
とりあえずルゥイラの安全を確保する為に、戦線のデスメソルから少しでも遠ざかるのだ。
彼らと逆の方へと向かえば、敵と遭遇する事はあるまい。
…そう思って進んでいたのだが。
「…! 貴族様いました! あの女がイファリウスの使徒です」
何処かで聞いた女の声が、突如辺りに響き渡ったのだ。
声がする方へ顔を向けると、そこには村で襲って来たあの冒険者のパーティー、その一人である女魔法使いの姿があった。
あの冒険者たちは、シェルドラーグと対峙した時すぐ逃げ出していたが、あの女魔法使いだけ、最後まで何かを気にするようにこちらを見ていた。
あれはルゥイラがイファリウスの使徒だと分かって、その情報を…あの貴族に売ったと言う事か。
少し身なりが良い、湾曲した髭、カイゼル髭を生やした男を見てそう想像する。
そのカイゼル髭の男は、髭の先を弄りながら、こう言葉を発してきた。
「イファリウスの使徒がいれば、魔族との戦争にも簡単に勝てるぞ! あの魔族を殺して女を手に入れろ!」
そんな事を言っていたのだ。
そして貴族がそう言った瞬間だった。
女魔法使いは、その言葉を聞いた瞬間、貴族に詰め寄った。
「戦争に勝てるって…彼女を戦争に利用するつもりですか!? 私は彼女を魔族から保護して貰おうと思って言ったんですよ!?」
そんな事を言っていたが、貴族はその彼女の言葉を無視するかのように、耳をほじる。
「…! 貴方もイファリウスの使徒が受けた悲惨な歴史を可哀想だ、助けたいと言ってたのに…それなのに戦争に利用しようとするなんて酷い…! 嘘だったんですか!?」
「うるさい!!」
貴族はそう叫ぶと女魔法使い突き飛ばす。
「きゃっ!」
「アンリ…! なにをする貴様!」
冒険者のリーダー風の剣士が、突き飛ばされた女魔法使いを受け止めた後、怒りを露わにしていた。
「黙れ下賤な冒険者風情が、どうせ金が欲しいだけだろ…これを受け取ってとっとと消えろ!」
そう言うと冒険者に向かって金貨1枚投げていた。
「この程度で金貨をやるのは勿体無いが…これから出荷する商品が生み出す利益を考えれば、安いものだ」
「商品ですって?」
貴族の言葉を聞いた女魔法使いは、露骨に嫌な顔をしながら聞き返していた。
「伝説のイファリウスの使徒なんだ、子供は奴隷市場とんでもない値段で売れるんだぞ…増やして売るに決まってるだろ! しかも中々可愛い顔をしてるじゃ無いか…最初の相手はワシがしてやる…ゲハハ!!」
「…このゲス野郎!」
「何だと下民の分際で…なんだその口の聞き方は! おいお前ら!」
貴族は、そう声をかけて手を上げると、引き連れていた王国正規軍が、一斉に剣を抜き冒険者に迫った。
王国正規軍が持つ剣は、最新式の魔法剣スペル・リーディングスラッシュ。
腕にはめてある、あらゆる魔法のスペルコードを記憶したリングに剣を当て、使いたい魔法の名前を言うと、魔法が剣に装填され、そして任意のタイミングで魔法を解放する事が出来ると言う、画期的な魔法発動形式が採用されている魔法剣だ。
無論、詠唱を踏んでからの魔法よりは発動速度は断然早く、さらには剣に液化魔力燃料をストックしておく事で、魔法に使う魔力の代替も出来る事から、自己の魔力の温存、もっと言えば魔法の才能が全く無い者でも魔法を使えるようする事が出来るとんでもない魔法剣だ。
人間はこの新しい魔法剣の開発に成功してから、ただの一兵士が、中級魔族並みの魔法が使えるようになった為、一気に軍事力を増した。
そんな最新鋭の魔法剣を向けられた冒険者たち。
こう言っては悪いが、冒険者たちの戦い方は昔のままの古いやり方、最新式の戦いを導入してる王国正規軍取っては赤子同然の相手だろう。
話を聞けば彼らもルゥイラを心配して行動してた節を感じる。
そんな彼らを見殺しにするのは心苦しいが、こんな状況でルゥイラから離れる訳もいかない。
そうこう考えてるうちに、王国正規軍前衛が一斉に魔法装填を始めた。
その瞬間、魔法剣は炎をまとっていた。
装填したのは炎系の魔法か、それを見た冒険者たちの顔は明らかな怯えの色が伺えた。
ダメだ、我慢できない…。
彼らは彼らなりにルゥイラを守ろうと、義の為に動いてくれていたのかも知れない。
それをむざむざ見殺しにするほど、この劉備玄徳、薄情な男では無い!
そう思い、魔法を撃たせまいと跳躍して王国正規軍に斬りかかった。
しかしその時だった。
飛び上がった空の中、その前を急に人影が飛び出して来たのだ。
外套を被った冒険者風の…恐らくは女。
まとわりつく風の中、外套に収まりきらなかった赤い髪をなびかせて、私の前を横切っていたのだ。
突然の出来事に最も意識を奪われる。
特にこの赤い髪は何処かで…。
そんな事を考えながら、なびく赤い髪を、つい目で追ってしまっていた。
そして気づいた時には、その赤毛の女は手のひらをこちらに向けていた。
その瞬間、とてつもない力で身体を押される感覚。
何か、とんでもない圧力で吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられていた。
「ガハッ!」
「レヴィル様!」
それにすぐ気づいたルゥイラは駆け寄り回復魔法をかけようとしていた。
その際、赤毛の女は、口元だけしか見えなかったが、何処か意外そうな顔をしてるのが一瞬見えた気がした。
そうして赤毛の女は、そのままあの冒険者たちの前へと降り立つと、外套を外しその素顔を見せた。
炎がゆらめくような光沢を放つ赤い髪、それを両側でくくってまとめるような髪型をしており、肌は白く瞳は金色の色、そんな容姿をしていた。
「フレイさん!」
冒険者たちは赤毛の女と知り合いなのか、リーダーの剣士がそう名前を呼んでいた。
「おーみんな無事かい?」
「フレイさん来てくれたんですか!」
赤毛の女が飄々とした態度でそう声をかけると、女魔法使いが嬉しそうに駆け寄ると、訴えるように話を続けていた。
「あの貴族…金儲けの為に、可哀想なイファリウスの使徒に平気で酷い事をしようとしてるんですよ」
「え? あ〜そうなんだ…それは酷いね? よく分かんないけど」
「反応薄!」
「おいお前らこっちを無視するな!」
赤毛の女と女魔法使いが話していると、それに焦れたのか、貴族が怒声を上げていた。
「お前ら…この状況で良い根性してるじゃ無いか、ええ!? …そっちがそんな態度を取ると言うなら、良いだろう…たっぷり後悔させてやる! お前ら装填中の魔法をあいつらに全部放て!」
「あ、あのルヴェルト様…ほ、本当によろしいのですか? 冒険者を殺したとなれば、ギルドが黙ってないと思いますが…」
「あ〜構わん、構わん。ギルドがやってる事なんて、いずれこの最新鋭の戦術を取り入れた、私たち王国正規軍が取って代わるんだ…その内消えてしまうような、そんなカビ臭くて古いやり方しか出来ない化石組織のギルドなんぞに…気を使う必要は無い無い」
「そ…そうですかね?」
「そうだ…だーはっはっはっ!! 笑え!」
「あは…はーはっはっは!」
「「はぁーはっはっはっ!!」」
「ははは…撃て」
「了解しました! 魔法装填済みの者は、あの5人冒険者に狙い定め…装填魔法…放て!!」
あの中に隊長クラスらしい男が号令をかけると、前衛の魔法を装填してるらしき兵たちは、リングをしてる方の腕を、目線の高さくらいに上げ、肘を突き出すようにした
そしてリングの上に剣を乗せると、こちらを狙うかのように剣先を向ける。
全ての兵士がその構えになると、一斉にスペルリリースと叫び、兵士の剣先から火球が放たれる。
それはあの女魔法使いが使ったファイアーボールより少し大きく、明らかに格上の炎の魔法を打ち出してように見えた。
そんな威力の炎の魔法が、冒険者たちに一斉に迫る。
数瞬後には、あの冒険者たちは哀れな結末を迎えるだろう事を想像した。
しかし…。
「ほい」
あの外套の赤毛の女が、そう声を漏らすと、人差し指と中指だけ立てると、迫る巨大な炎に向けて掻き混ぜるようした。
すると驚く事に、迫っていた炎は吸い寄せられるように、回してる二本指の周りに集まり、圧縮されるようにまとまっていったのだ。
その光景に、魔法を放った王国正規軍は動揺の声を上げる。
驚く王国正規軍を他所に、赤毛の女はさらにそれを続け、炎の魔法を全て集めると、その指先を天高くかかげた
その瞬間、指先に集まっていた巨大な炎は、従うように空の方へと飛んでいく。
そして続けざまに力強く合掌すると、空に飛んでいった炎は鳥へと形を変え、そのまま遥か空の彼方へと飛んでいってしまったのだった。
「…以上、フレイ特製の炎のイリュージョン…ご覧いただきありがとうございました…なーんてね」
恭しく頭を下げる赤毛の女。
「何だ…何をした?」
驚く貴族。
「お、恐らく魔法が乗っ取られたのかと…」
隊長は恐る恐るそう言っていた。
「乗っ取られるだとそんな馬鹿な…一瞬で魔法のスペルコード解読されたと言うのか!?」
「…火属性に特化した魔術師ならあるいは…」
「ぐぬぬ…なら水系の魔法だ!」
「あ〜ちょいちょい待って」
火がダメなら水で攻撃しろと言う貴族を、制止するように赤毛の女は声をかけた。
「何だ!? 命乞いなら聞かんぞ!」
「いやいやそんな貴族様…イファリウスの使徒? でしったけ、欲しいなら私たち手を出しませんから…どうかここは穏便に」
「フレイさん!?」
赤毛の女がそんな事を言い出しのがよほど意外だったのか、女魔法使いは驚くように声をあげていた。
「だがその女の魔法使いがワシに無礼な口を聞いてだな…」
「まあまあ…それより大手柄のチャンスがございますよ貴族様」
「何…大手柄だと…?」
「はい、あの魔族を見てくださいよ」
「あの魔族だと?」
赤毛の女はこちらを指さすと、貴族に耳打ちしていた。
「はい…あの魔族は魔帝グロリアスの息子です」
「魔帝の息子だと…! じゃ、じゃあ奴は七皇魔王姫くらい強いのか…!?」
七皇魔王姫と言う言葉に、兵たちに動揺が広がった。
しかしそれを払拭するのように、手を振ると、赤毛の女はこう言ってきたのだ。
「いえいえ、あいつは魔帝の息子の中では落ちこぼれ、あいつの力は姉の足元、いえ足の小指にも及びません」
「何? 魔帝の息子の癖に弱いのか?」
「はい、左様でございます」
「…なるほどなるほど、お前の言いたい事は分かったぞ! あいつを生け取りにして人質にすれば、魔征域との交渉のカードに使える、その手柄を得られると言う事だな…知らなかったら殺していたところだった…良く教えてくれた!」
「全くその通りです…流石お貴族様、そこらの平民とは頭のキレが違う! 感服しました…ただもっと良い利用方法があるのですが…」
「良い利用方法だと? 何だそれは?」
「それは…首を取る事です」
「何? 殺すのか? それではさっき言ってる事と全く違うでは無いか…」
首を傾げる貴族、それに赤毛の女ニヤリと笑うと、こう言葉をつけたのだ。
「奴の名前はレヴィル・グロリアス・マリアル、性格は弱い者に強く、自分より強い物に立ち向かう勇気は無いが、嫉妬深く、自分の欲の為なら何でもやる…まあ、そんなどうしようもない男です」
「…そんな奴は何処にでもいる、それがどうしたと言うんだ?」
「まあまあ…話はこらから、奴はその性格からか、悪事の限りを尽くしていましてね…神領域はおろか、精霊域でも悪人外道と嫌われており…それはとある地域では懸賞金がかかるほど悪名が知れ渡っています」
「なるほど、首を取ればその懸賞金が手に入ると言う訳だな!」
「全くその通り、さらにそんな多くの者が嫌っているような極悪人を倒したとならば、貴方様は悪を倒した正義の貴族として、多くの者から賞賛され、その名は世界に知れ渡る事になりましょう。」
「…つまり、金も手に入って名声も得られると言う事か…いいなそれ! おいお前たち! あの魔族の首をあげてこい!」
そう貴族が号令をかけると、赤毛の女は控えるように後ろへと下がっていった。
その口角はわずかに上がってるように見えた。
それと同時に、今度はこちらに向かって迫る王国正規軍。
急に矛先がこちらに向いて動揺するが、王国正規軍は容赦なく、再び魔法を装填した剣をこちらに向けてくるのだった。




