↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
全てを諦めた男爵令嬢は星に願う  作者: Az-me


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/11

2: 違和感の恐怖(ジェット視点)

 リリアナ・リベラトは、パッとしない女だった。


 わずかに赤色を帯びた黄色の髪は金髪に比べたら見劣りするし、くすんだ茶色の瞳などまるでレンガのようだ。顔立ちは悪くはないがどうにも地味で冴えない娘。それが初めて顔を合わせた時の印象だった。


 こんな男爵家の娘と婚約するなんて嫌だったが、子爵家を立て直すためには資金が必要だ。男爵家のくせに金だけは持っているなんて下品な成金に決まっている。親に決められた政略結婚をするしかないなんて、俺はこの世で1番不幸な男だと思った。


 しかしいいこともあった。リリアナは気弱な性格のようで俺に逆うことがない。ちょっと優しくしてやればなんでも言う事を聞くようなった。デートという名の支援金の相談をするだけのお茶会で大喜びし、適当に相手をして、使用人に命じて書かせたカード1枚で簡単に金を出させる事ができたのだ。


 だがそれもだんだん面倒になり、それっぽい理由をつけてデートの回数を減らしても文句どころか「お勉強頑張って下さい」と励まされる始末だ。たしかに父上からはもっと勉強しろと言われているので仕方なくしてはいるが、なぜかこの女に言われるとやたらとムカついた。どうせ自分の方が頭がいいからと俺を馬鹿にしているんだろう。リリアナのせいでやる気がなくなった。だから、俺の成績が上がらないのはリリアナの責任なのだ。罰を与えてやろうと思い、さらに顔を合わさなくなった。


 ちょうどその頃、俺は運命の出会いをしてしまったんだ。ミレーユは美しい金色の髪に青い瞳をした極上の美人で、俺の目は釘付けになった。愛を囁くようになるのに時間はかからなかったし、ミレーユも俺の事を気に入ってくれたようですぐに相思相愛の仲になったのだ。


 だが、ミレーユは王太子の婚約者だ。そして俺にもあんなのだが婚約者がいる。こんなに愛し合っているというのに、大きな障壁がふたりを引き裂こうとするなんて……。だから、俺とミレーユは誰にもバレないように逢瀬を重ね愛を育むしかなかった。


 これは、秘密の恋なんだ。


 ミレーユは美しい。スタイルも抜群だ。だが公爵令嬢なだけあって金がかかる。贈り物も食事の内容も一級品でなければ満足してくれなかった。ミレーユはすぐにでもリリアナと婚約破棄してくれと言うが、リリアナから金を引き出さねばミレーユへの贈り物のランクが下がってしまうのだ。それに子爵家への援助金のこともある。ミレーユにそれとなく援助金の話をしたが「なぜわたくしがお金を都合しなければいけませんの?」ときょとんとした顔をされてしまった。ミレーユからしたら子爵家が潰れようが関係ないということだろう。だからなおさら、今の時点でリリアナを手放すわけにはいかない。親には逆らえないからと言い訳をして誤魔化す毎日だ。だいたい、ミレーユだって王太子の婚約者じゃないか。俺とリリアナよりもさらに婚約破棄が難しい立場なはずである。しかしミレーユは「大丈夫、時間が解決してくれますわ」と言うばかりだ。ミレーユと会うたびに「駆け落ちしたい」「一緒に平民になれれば」などとミレーユが喜ぶようにリップサービスするものの、もしミレーユが王太子と穏便に婚約解消して、俺を公爵家の婿養子にしてくれたら……。と、俺の野心はずっと燃え上がっている。


「……返事がこないな」


 ここ数日、リリアナは学園を休んでいたようだった。特に興味も無いから学園にいるかどうかなんて気付かなかったのだが、そろそろ支援金という名の小遣いが欲しくなったので久々にお茶の誘いの手紙を出したのだ。もちろん、使用人に代筆させてだが。


 しかし、男爵家からリリアナが体調不良なのでしばらく会えないと連絡が来た。しかも、“学園を休んでいるのになぜお茶に?”と含みを持たせたような返事にピリッとしてしまう。


 リリアナが休んでいるかどうかなんて俺が知るわけがない。というか、わざわざ俺がお茶に誘った時に限って体調不良になどなるなんて嫌がらせなのか?と勘繰ってしまうくらいに腹が立った。



 それでも俺にだって立場というものはわかってはいる。男爵夫妻から知らせが来た以上は無視するわけにはいかない。なにせ、支援金は大切だ。これが大人の対応というものだろう。


 俺はいつもの使用人に金を握らせて手紙とカードを書かせた。そうだな……男爵夫妻には「お見舞いのつもりだった」と適当に返事をしておけばいい。後継者としての勉強に忙しくて、やっと時間が取れそうだったからとか……心配だったが押し掛けるのは気が引けたとか。そんな感じで誤魔化してしまえばいい。男爵家の人間なんてみんな馬鹿だから、誰も俺を否定などしないだろう。


 そういえば、ミレーユが今夜は流星群があるはずだから一緒に見ようと誘ってくれていたな。どうやって屋敷を抜け出そうか、考えるだけでワクワクする。美しいミレーユと珍しい流星群を一緒に見るなんてなんともロマンティックだ。そうだ、どうせならこの流星群の事も付け加えよう。忙しくて会えないが本当は一緒に見たかった。とかなんとか書いておけば泣いて喜ぶだろうよ。いつもの言葉も添えて……よし、完璧だ。きっといつものようにすぐに返事がくるぞ。あいつは俺にぞっこんだからな。これでまた大金を絞り取ることが出来る……そう思っていたのに。






 数日経っても、リリアナからの返事はこなかった。





 いつもなら、感激して半日も経たない間に長文の返事がくる。それは風邪で倒れ高熱があったとしても必ず寄こしてきていたのだ。だが、今回はどれだけ待ってもなんの反応もなかった。特に昨日とおとついは学園が休日だったから、それこそ山ほどのお詫びの品を添えて金を送ってくるだろうと期待していたのに。


「せっかく俺がカードを送ってやったのに……!」


 ギリッと歯を噛みしめる。リリアナのくせに俺のことを無視するなど、なんて生意気なんだ!こうなったら学園に出てきても徹底的に無視してやる。反省して泣いてすがってくるまで絶対にだ!いや、土下座するまでだ!



 俺はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま学園へと向かったのだった。








***






「え」


 結論から言えば、リリアナは学園に来ていた。


 だが、なにかが違う。いつもなら下を俯いてオドオドしながら端っこの方を歩いているのに、今日のリリアナは真っ直ぐ前を向き胸を張って歩いていたのだ。


「……リリアナなのか?」


 あの地味な黄色の髪は艶が出ていて、太陽の光を反射してキラリと輝いている。いつも顔を隠していた前髪を短くしたのか大きな瞳がパッチリと見えていて、くすんだ茶色だと思っていた瞳の色もなんだか可愛らしく見えた。


 周りに挨拶を交わし、にこりと微笑みを浮かべるその姿はまるで太陽の下で輝く大輪の向日葵のようだ。


「この学園にあんなにかわいい令嬢いたっけ?」


「男爵令嬢らしいぞ。清楚で純真無垢な感じが新鮮でいいな」


「公爵令嬢も美人だけど、俺は可愛らしい系の方が好みなんだよなー。庇護欲をそそるだろう?」


「あんなに可愛いならもう婚約者がいるんだろうな。その相手が羨ましい」


 周りの令息たちがチラチラとリリアナに視線を向けて好意的な言葉を口にしている。さっきまではリリアナの態度にムカついていたが、リリアナの婚約者が自分だと分かれば今なら羨望の眼差しで見られるだろうことに頬が緩む。それにリリアナが俺の言いなりだとわかれば、どれほど羨ましがられだろうか。俺の男としての株も上がるに違いない。


 ふっ、仕方がない。本当なら無視して素通りしてやるところだが、ここは俺から声をかけてやるか。泣いて喜ぶかもしれないな。



「おい、リリアナ!」


「……」


 リリアナに近づきその手を掴む。最近は全く触れていなかったが、久々に握ったリリアナの手は滑らかで柔らかく、なんだかいい匂いがした。ほのかな花の香りだ。もしや香油か? そんな高価な物を使うなんて何を考えているんだ。


 何かがおかしい……。頭の奥でそんな危険信号が鳴り出す。今までリリアナは自分の美容には金をかけなかった。そんな金があるなら俺に回すべきなので全て禁じてやったのだ。これまでリリアナは馬鹿みたいに忠実に俺の指示に従っていたのに、体調不良で頭がおかしくなったのか?


「おい!返事をしろ、リリアナ!」


 黙ったまま俺を見つめるリリアナにイライラしながら声を荒げた。リリアナはこうやって高圧的な態度を見せればすぐに謝ってくるはずだ。


 さぁ、ほら。謝れ!そう思って、口の端を吊り上げた瞬間────リリアナは、にっこりと花が綻ぶような可愛らしい笑顔を俺に向けたのである。


「……っ」


 俺としたことが、一瞬だがその笑顔に見惚れてしまい思わず握っていた手が緩んだ。するとリリアナはその手をするりと抜き取り……両手を広げて俺に抱きついてきたのだ。


 そしてそのさくらんぼのような唇を俺の耳元に近付けてきたかと思うと、俺にしか聞こえない囁きを口にした。




「やっと会えたな、ゲス野郎」




 ?!


「なぁ……?!」「きゃあっ!」


 驚きとよくわからない悪寒を感じた俺は思わずリリアナを突き飛ばした。するとリリアナは今度はわかりやすく悲鳴をあげ、その場に弱々しげに倒れたのだ。


「も、申し訳ございません。久々に婚約者様にお会い出来たので嬉しくてつい……!お願いします、許して下さい……!」


 リリアナが大きな瞳からポロポロと涙を零す。その姿はさっきまでの向日葵のような堂々とした姿とはまた違い、庇護欲をそそる儚げな妖精のようにも見えた。


「リ、リリアナ……」


 リリアナは確かに泣いて謝っている。地面に額を擦り付け、ほとんど土下座のような格好だ。それは最初の思惑通りだった。だが、何かが違う。さっきの言葉はなんだ?


 俺は困惑して、泣き続けるリリアナを見下ろしていた。すると、いつの間にか周りには人だかりが出来ていて、ヒソヒソと声が聞こえてきたのだ。


「おい、あいつがあの娘の婚約者なのか?」


「今、見たか?あんなに可愛い笑顔で抱きついてきた婚約者を突き飛ばして泣かせた上にずっと睨んでるぞ。しかもあの子はあんなに怯えてる……まさか普段から暴力を?」


「なんだあいつ、最低だな。あの娘もあんなのが婚約者だなんて可哀想に……」


「淑女に対する紳士の態度ではありませんわね」


「自分の婚約者も大切に出来ない殿方なんて、何の魅力もございませんわ」


「いくらあの娘が男爵令嬢だからって、人前でこんな辱めをするなんて……さすがにあの娘に同情してしまいますわね」


 騒ぎを聞きつけたのか、令息たちだけでなく上位貴族の令嬢たちまでもが集まりヒソヒソと俺に冷たい視線を向けていたのだ。そしてその中には───。


「そう思いませんこと?ミレーユ様」


 数人の令嬢たちが後ろに声をかける。そこには、眉を顰めるミレーユの姿があった。


「……えぇ、本当に」


 嫌悪に満ちた青い瞳が、俺を蔑むように見ていたのだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。