起承転結とは?
大辞林の電子版にはこのように書かれています。
①漢詩の絶句で、句の並べ方。起句でうたい起こし、承句でこれを承け、転句で趣を転じ、結句で結ぶという形式。絶句で第一句を起句、第二句を承句、第三句を転句、第四句を結句という。起承転合。
②文章の構成や物事の順序。
では、順を追って自分なりの解釈をお話します。
ドラマ作りにおいて起承転結は必須か?
ドラマを作るというより他人の目に触れさせるという点でこの課程を無視するのは難しいのではないと考えます。
たとえば作品を他人に読んでもらおうとすれば告知をしなくては誰の目にも触れません。
作品についての説明がなければ他人に理解してもらえません。
作品の魅力を伝えなければ人は対象に興味を持ってくれません。
お別れはいつかやってきます。またねと言って相手と別れなければ、その人とは二度と会えないでしょう。
起承転結は読み手と書き手をつなぐ上で重要なコミュニケーションの課程ではないでしょうか。それを無視していいときと言うのは一人で完結しているときでしょう。
ここで重要なのは起承転結にはそれぞれ重要な役割があるということです。それを踏まえたうえで次に行きたいと思います。
「起」の役割について
“起”とは要するに広報などに分類される部分かと思われます。
また、お客さんの最大母数を決めるところであり、ここで集まった以上のお客さんが以降増えることはまずないと思ってください。つまり、ここでお客さんが集まらなければ“起”の部分が失敗していると考えていいでしょう。
“起”ですべきことはあらゆる手段をもって集客に努めることです。
ですが、何でもかんでも人を集めればいいのかといえば、そうは思えません。読み手が書き手を選ぶのであれば、書き手は選べないのかという話になります。もちろん、そういった面があるのに違いはありません。ですが、書き手はジャンルの指定によってある程度お客さんを絞ることが可能です。
ですので、“起”ではジャンルがわかるようにしておくほうがいいと思われます。
ただ、ジャンルと言っても同じようなジャンルがたくさんあるのであれば、ジャンル以外には作品の個性を確立させておく必要があります。
つまり、“起”においてはジャンルと作品の魅力が伝わるようにすることが大事になるということです。
「承」に役割について
“承”で何をすべきかですが、要はスペックをカタログを見せる場面です。どんな登場人物が出てくるのか。どんな世界観なのか。どんな物語なのか。余すことなく伝えましょう。
よって、ここではさらにお客さんが減ります。何故かというとカタログを見て、欲しいものではないという人が必ず出てきます。
ここで問題なのがカタログ眺めて楽しんでくれる人はそういません。何の工夫もなければただの退屈な場面でしかありません。
それを防ぐには単純に退屈な場面でしかないというルーチンを打破する必要があります。
まずはカタログそのものが魅力的なものにすることです。登場人物は魅力的であるべきですし、世界観もまた魅力的であるべきです。ですが、これだけのことをそろえても十分ではないと理解をしてください。
「転」の役割について
自分がものを買うときのことを思い浮かべていただきたいのですが、仕様書を読んだだけで購買を決定するのか、ということです。私はこれだけでは不十分であると考えます。
ということは、あと一息何かアクションをとる必要があると思われます。
それが売りこみに分類されるものかと思われます。そのためにお客さんの心を揺さぶりましょう。そして“結”に繋げましょう。
「結」の役割について
ここまできて“結”で何をするべきでしょうか?
終わらせるのは目的の一つですが、もう一つ重要なことがあります。それは余韻を残すということです。話は終わったけど、まだ続きがみたいと思うことはありませんか?
それこそが余韻です。それがなければ“結”は失敗に終わったと思ってもらっていいでしょう。
お客さんにここで終わるのは名残惜しいと思わせて、はじめていい終わりと言えます。
まとめ
起承転結には読み手に対して物語を語る上ですべて必要な要素です。どれが欠けても物語は成立しません。相手に話をどうやって聞いてもらうのかということに意識を向ければ自然とできることなのかもしれませんね。
物語の展開について
一つ例を出しましょう。
少年が魔王を倒すという物語を作るとします。その物語には必ず『少年は一度、魔王に敗北する』『少年は少女と出会う』という二つの展開を挿入するとします。
ここでは二通りの展開を作ることができます。
1、少年は少女と出会い、一度は魔王に敗北するが、やがて魔王に勝利する。
2、少年は魔王に敗北するが、少女と出会い、やがて魔王に勝利する。
この二つの展開のオチはまったく一緒です。ただ、二つの展開の前後が入れ替わっているだけです。ただ“起”の部分が変わることで物語の印象はだいぶ変わることでしょう。1は少年と少女の関係性に重きを置くということですし、2は少年と魔王との関係性に重きを置くということです。
つまり、同じ展開でも前後を変えることで印象を変えることができるということです。既存の物語をアレンジするときにも有用な手かと思います。
“起”の応用編
起承転結は連なりです。よって隣通しを結びつけることができます。たとえば“結”で物語をはじめて、それを“起”に繋げて物語をはじめるというやり方です。
これは“結”によってできる余韻をそのまま物語の開始に持ってくるという技です。ライブとかでアンコールで盛り上がっている状態からライブをはじめるという感じでしょうか。
ですが、“起”の状態から“結”――フィナーレをはじめればいいというわけでもありません。大事なのは読み手の情感を“結”の盛り上がった状態に持っていき、その情感を持たせたままで“起”に繋げるということですので、実践は相当難しいと思われます。
では、これを元にして先ほどの少年の話をアレンジしてみましょう。
少年とその父親が協力して魔王を倒すが、第二の魔王が現れて父親は殺されてしまい、少年も敗れてしまう。
ポイントは魔王と倒すことで物語は大団円を迎えます。そこから感動の場面を一転させつつも読み手の情感を維持させたまま、次の展開へ持っていくというわけです。
ちなみに“結”に至る工程は短ければ短いほどいいです。
ただし、文章媒体で読者の情感を最高潮まで高めようとするなら容易ではないでしょう。音楽とかカメラのアングルとかで情感を煽れる映像媒体が有利となります。感動させるのに時間は関係ないので、そう考えると映像媒体は素晴らしいものですね。
名作と呼ばれるような作品では結構使われる手法かと思われますが、作家の技量も試されます。綿密に構成を練りましょう。
承、転について
客を呼びこむ“起”に対して“承”“転”の役割は客を一人でも多く留めておくことです。ですが、ここで書き込むこともあまり多くないように思います。というのも、さきほどの物語につけ足すものも二つだけだからです。
①魔王を倒すための手段の提示。
②提示された手段の実行。
この二つをさきほどの物語に挿入することで作品の大筋は完成します。これで客を留めておく展開は作り手が各々で試行錯誤するべきものと心得ます。
昔、書いたものをアーカイブとして公開します。
果たしていまでも役に立つのやら・・・。