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恋愛の達人  作者: 涼
4/22

仕組まれた口説き

■ 突然の相談


まだ寒さが残っていた3月中旬、周りでは決算時期で忙しいとバタバタしているようだった。専門学校を卒業して2年が経つが、蒼井涼介はまだ本格的な就職活動をせず、アルバイトを続けていこうと思っていた。もう就職はアルバイトで経験を積み上げてから中途採用という形で入社しようと考えていたからだ。


ある日の夜、突然、蒼井涼介の携帯電話に電話がかかってきた。


「もしもし、同じ専門学校だった佐々木だけど覚えてるかな?」

「もしかして美加かな?覚えてるよ」


電話の相手は同じ専門学校で別のクラスだった佐々木美加からだった。佐々木美加は同じ授業を受けた時、蒼井涼介の持っていた心理学の本に目をつけて話しかけてきた。それ以来、同じ授業の時はよく話をするようになって卒業式の時に連絡先を交換していたのだ。しかし、卒業してからはお互いに連絡をとりあうことはなかった。


「そう美加だよ。覚えていてくれたんだ。お久しぶり!」

「2年ぶりくらいじゃない?本当にお久しぶりだね。突然どうしたの?」

「えっとね、ちょっと相談したいことがあるんだけど、まだ心理学は勉強してる?」

「うん。心理学の勉強は続けてるよ。相談したいことって?」

「専門学校でわたしと同じクラスだった吉村梓って子がいるんだけど知ってる?」

「いや知らないなあ。俺と同じ授業を選択してなかったよね?」

「そうね・・・蒼井君と同じ授業は選択してなかったと思う」

「それで、その吉村梓って子がどうかしたの?」

「梓とは学校でも仲良くしてて、卒業してからも時々会ってるんだけど、最近、ちょっと問題があるの」

「問題って?」


蒼井涼介はその問題について佐々木美加から詳しく話を聞いた。吉村梓には友達以上恋人未満という関係をもった清水祐也という男がいるという。吉村梓と清水祐也は肉体関係まで発展しているという。ところが清水祐也には付き合ってる彼女がいるらしい。吉村梓はそのことを知っているらしいが、清水祐也は『梓が一番好きだ』と言ってるらしい。ところが彼女と別れようとしない。その理由として『別れたら彼女は自殺するかもしれない。穏便にしたいので、徐々に別れていこうと思っているから待っていてほしい』と清水祐也は言ってるようだ。それを信じている吉村梓は彼女と別れる時を待っている状態らしい。それが本当のことであれば何の問題もなさそうだが、どうやら清水祐也は他にも数人の女の子に手を出している疑いがあるという。そのことについて吉村梓は『いろんな女の子と遊んでいるみたいだけど、やましいことはしていない』と思い込んでるらしい。その話を聞いた佐々木美加は間違いなく清水祐也は女遊びをしていて彼女とは別れる気がないと確信しているという。そして佐々木美加は吉村梓に『そんな男とは縁を切ったほうがいい』とアドバイスしたようだが『ワタシは信じて待っている』と言い返されたらしい。


「話はわかったけど、それで美加は俺に何をしてほしいの?」

「なんとか梓がその男のことを諦めさせる方法はないかなって思ってるの。話を聞いてると梓は弄ばれてるとしか思えないから・・・」

「なるほど。ちなみにその男が女遊びをしているって確信してる理由って何?」

「梓と一緒にいるときに、他の女の子から電話がかかってきて、楽しく話をしてるらしいの。梓が横にいるのに『次どこに遊びに行こうか?』とか、そういう話をしてるらしいの。それってもう遊んでるってことになるでしょ?」

「その電話の相手は彼女ってことはないの?」

「彼女だったら梓の横で話さないと思う。それに梓の話を聞いてるとどうやら他の女の子とも遊びたいって言ってるらしいの」

「もしその話が本当であれば、その男はかなりの遊び人だね。吉村梓さんはその男にとって遊びの一人になってるね」

「そう思うでしょ!だからなんとか梓には目を覚ましてほしいの。何かいい方法ない?」

「うーん・・・あるにはあるんだけど、ちょっとこの方法は使いたくないかも」

「どんな方法?梓のためになるならちょっと強引な方法でもいいから教えて!」


佐々木美加は強く蒼井涼介に聞いてきた。


「強引というか、俺が吉村梓さんを口説けば自動的にその男から離れていくと思うんだけどね」

「蒼井君が梓を口説くって難しいんじゃない?梓が簡単に振り向くとは思えないよ」

「難しいかどうかは本人に会ってみないとわからないけど、話を聞いてると吉村梓さんって意外と純粋で単純な性格だと思うんだよ。それに恋愛経験も少なそうな感じがする」

「たしかに梓は純粋で単純かも。恋愛経験はわからないけど、あまりそういう話しないから当たってるかも。どうしてそんなことわかるの?」

「その男のことを信じきってるところと、他の女の子と遊んでるだけと思い込んでるところかな。恋愛経験豊富ならそんな簡単なことすぐ気づくよ」

「なるほどね。それで、蒼井君は梓を口説ける自信はあるの?」

「それは会って話をしてみないとわからないけど、俺の勘が正しければそこまで難しいとは思えない。ただ、口説いた後どうするかが問題なんだよ。好きでもない女の子を口説くことになるから、俺もまともに付き合えないよ」

「たしかに口説いてしまったら付き合うしかないよね。じゃあ梓が蒼井君に振り向いたと同時に離れていくってことできない?」

「その線引きはめちゃくちゃ難しいよ。どのタイミングでこっちに振り向いたかなんて、さすがに見抜けないからね。まあ告白っぽいことをさせて、付き合わずにゆっくり離れていくしかないかもね」

「それがいいね。でも、蒼井君が犠牲になるかもしれないけど、それでもいいの?」

「ただ、確実に口説けるかどうかはわからないよ。あと面食いだったらちょっと時間がかかる」

「梓は面食いではないと思うわ。そういう話しないし、それは大丈夫だと思う」

「じゃあ、まず吉村梓さんと俺を会わせてほしい。いい相談役という感じで紹介してくれればいいから」

「わかったわ。じゃあ週末は空いてる?できれば土日に一緒に昼食でもどうかな?」

「週末は大丈夫だよ。あと会う前に吉村梓さんの趣味とか好きなこととか、そういう情報を教えておいてもらえないかな?話を合わせないといけないから」

「うん。えっと梓はね・・・」


蒼井涼介は佐々木美加から吉村梓の好きな音楽や映画、休日は何をして過ごしているのか、仕事は何をしているのかなどの情報を聞き出した。可愛いもの好きでぬいぐるみなんかも持っているところから、かなり女の子っぽいところはあるようだ。口説くには攻略法を考えないといけないが、それにはまず本人と会わないといけない。とりあえず全てはそこからになる。



■ 相談役紹介


佐々木美加から連絡がきて紹介してもらう日は次の土曜日となった。蒼井涼介はそれまで吉村梓の好きな音楽を聴いたり、映画を何本か見ていた。趣味は温泉旅行らしいので、温泉のこともあらかじめ調べておいた。とりあえず、最初は会話を盛り上げることが重要になる。その後、連絡先の交換ができればいいのだ。


土曜日になり、午後13時に佐々木美加の家近くの駅で待ち合わせになった。蒼井涼介は待ち合わせ場所に早めに着いたのだが、佐々木美加と吉村梓は既に来ていた。佐々木美加は茶髪でセミロングのボブヘア、背丈は160mに満たないくらいで、キリっとした目にスリムで学生時代と変わっていなかった。吉村梓は黒髪でポニーテール、小柄で目は大きくとも小さくともない、細い体型の女の子だった。3人で落ち合った後、駅近くにあるファミリーレストランに入った。


「は、はじめまして。吉村梓です」

「蒼井涼介です。お互いに同じ年なんだし、そんなにかたくならないで!」

「は、はい・・・ワタシ、こういうのはじめてだから」

「とりあえず注文しよう」


昼食をとり食後のコーヒーを飲みながら佐々木美加が吉村梓に「梓、この人、心理学とか詳しいから相談事とか聞いてもらうといいよ」と言った。吉村梓は「へえー心理学に詳しいんだ」と言った。蒼井涼介は「まあ今日は初めて会ったんだし、吉村さんと話がしたいな」と言った。すると吉村梓は「うん」と呟いた。ここで少し試してみようと思い「吉村さんってポニーテールすごく似合ってるね」と言ってみた。それを聞いた吉村梓は「え?ありがとう!」と少し顔を赤くして言った。この結果について誉め言葉は効果があるのだと確信はできた。今度は「美加、吉村さんってどんな人かと思ってたけど可愛らしい女の子って感じだね」と言ってみた。それを聞いた吉村梓は恥ずかし気な表情をしていた。そして佐々木美加は「そう思うでしょ。梓って可愛らしいよね」と言った。それから蒼井涼介は吉村梓と趣味や音楽、映画の話をしていった。あらかじめ調べていたのもあって、会話は当然盛り上がった。


「吉村さんと話してると楽しいよ」

「ワタシも蒼井君と話していて楽しいよ。あと吉村さんじゃなくて、梓って呼んでくれていいよ」

「じゃあ、梓って呼ぶね。また梓と話がしたいんだけど、連絡先の交換してもらえるかな?」

「いいよ。ワタシの携帯番号とメルアド教えるね」

「もし、相談事あったらいつでも連絡してきてね。いつでも話くらい聞くから」

「うん。ありがとう!今度、相談したいことがあるから連絡するね」


今回の目的である会話を盛り上げて連絡先の交換をすることに成功した。しかし問題はここからなのだ。もう夕方になっていたので、この日はこれで解散となった。おそらく吉村梓には好印象を与えたと思われる。あとは攻略法を考えなければならないのだが、その前にすることがあった。それは佐々木美加に電話して打ち合わせをしておかないといけない。そう思った蒼井涼介はその日の夜、佐々木美加に電話をかけた。


「俺だけど、夜遅くごめんね」

「いいよ。それより梓はどうだった?可愛らしいでしょ?」

「可愛らしいね。でもあの子のことを好きになるとか付き合うとかはないと思う」

「そう・・・それでどうしたの?」

「あの子を口説いてみようと思ってるんだけど、その前に2つのことを守ってほしい」

「2つのことって?」

「1つはあの子が清水祐也という男の話をしても否定的なことを言わないこと」

「否定的なことってどういうこと?」

「例えば、そんな男とは縁を切ったほうがいいとか、やめとけとかそういうこと」

「え?どうしてそれを言っちゃダメなの?」

「禁止されればされるほど、逆に欲しくなる心理って言えばわかるかな?守りたくなるっていうのもある」

「なるほどね」

「子供って取り上げられた玩具を欲しがるでしょ?あれと同じだと思ってくれればいい」

「わかったわ。じゃあ否定的なことは言わないようにする」

「それともう1つは、できるだけ相談事は俺にするように促してほしい。美加に相談してきても『難しいな』って言って俺に相談するようにアドバイスしてくれればいい」

「それもわかったわ。それで梓と会ってみてどうだった?口説けそうなの?」

「あの子は意外と簡単だと思う。恋愛に慣れてないのか男に慣れてないのか、普通の恋愛テクニックでいけると思う。ただ厄介なのは清水祐也という存在なだけかな。口説きつつ、その男との関係性を自覚していってもらう」

「じゃあ、蒼井君に任せてみるけど、変なことに巻き込んでしまってごめんね」

「別にいいよ。2つのことは忘れないでね」

「わかったわ」


とりあえず佐々木美加との打ち合わせは終わった。とりあえず攻略法を考えてみるか。



■ 自覚させる攻略法


蒼井涼介はベッドに横たわり頭の中を整理した。吉村梓は純粋で恋愛に慣れていない。そして褒められることにも弱い普通の女の子といった感じだろう。単純に可愛いを連呼しているだけで自動的に口説けるかもしれない。しかし、厄介なのはそこに清水祐也という男の存在があること。手が届きそうで届かない状態にされている。この状態だからこそ期待して待っていられる。普通に考えるとおかしな状態なのだが、完全に認知が歪んでるのだ。佐々木美加の言ってたことが正しければその男は彼女と別れる気はなく、吉村梓は弄ばれている女の子の1人にすぎない。おそらくいつまで待っても別れることはないだろう。むしろ吉村梓が飽きられて最後には捨てられるほうが先かもしれない。これが現状だとすれば、さっさと吉村梓を口説きつつ認知の歪みを正常にしていくしかない。そのためには本人に自覚してもらうしかないのだ。口説く方法としては褒めていって優しく接していき、話を親身になって聞いてあげて共感していくだけでいいだろう。相談事を聴く時はアドバイスは極力避けて、否定的なことを言わず受け入れていく。清水祐也についての相談事を聴く時はオウム返しをしていけばいいのだが、そこに小細工を少し入れてみることにする。そのことに関しては自覚してもらうためにこちらで話をまとめるのだが、気づきの言葉を入れてあげればいいだけなのだ。あとは疑問に思ったことや矛盾点などあれば質問し返してみる。そうしていくことで、歪んだ認知を正常なものにしていって、今の状態を自覚させていく。これで攻略法は決まった。最初の2回ほどは相談事というより、趣味や好きなことの話をして会話を盛り上げていこう。そして信頼関係が築けたら、吉村梓のほうから相談されるだろう。蒼井涼介の攻略法はまとまった。


数日後、蒼井涼介は吉村梓に電話をかけた。吉村梓はどうにも自分から電話をかけるのは苦手だったらしく、今まで連絡しなかったようだ。先日の会話のように趣味や好きな音楽、映画の話などをした。もちろん「梓って可愛いからモテるでしょ?」と言ってみたり「みんな黙ってるだけで梓のこと可愛いって思ってるんじゃないかな」などと誉め言葉を入れておいた。長話をすると話題が尽きてしまうので、1時間ほどで電話を切った。それからさらに数日後、また蒼井涼介のほうから電話をかけた。そして同じような会話をして盛り上げた。最初のうちは少し緊張しているようだったが今では普通に話をして楽しんでいるように思える。この日は3時間ほどの長電話となった。褒め言葉は少しエスカレートさせて「梓みたいな可愛い女の子と話せるなんて嬉しい」、「梓は可愛いからどんな服着ても似合いそう」などと言っておいた。吉村梓は人にあまり褒められたことがないのか、照れ臭そうにしているのがすぐにわかった。そろそろ相談されてもいい頃だと思っていたが、吉村梓はなかなか話さなかった。数日後、蒼井涼介はもう一度電話をかけてちょっと自分のことを話してみる、自己開示の作戦にでることにした。


「俺って昔から変わり者って言われてたんだけど、変な人に見える?」

「変な人には見えないよ。でも変わってるかも」

「どんなところが変わってると思う?」

「だって、わたしのこと可愛いって言ってくれる人なんていないもん」

「それはみんな照れくさくて言わないだけだと思うよ。梓は本当に可愛いと思うよ」

「可愛いって言われると照れちゃうんだけど・・・ありがとう」

「それに俺は孤独で捻くれてるよ。人が考えないことを深く考えたりするし。みんなが同じ意見で手をあげてるのに、俺だけ手をあげなかったりするんだよ」

「そうなんだ。孤独かあ。わたしも孤独かも」

「梓が孤独って?」

「うん。でもその話はまた今度ちゃんとするね」

「そういえば、前に相談したいことがあるって言ってたけど、話せる時がきたらいつでも相談してね」

「それも今度相談するね。そういえば心理学の勉強してるって言ってたけど、どんなこと勉強してるの?」

「いろいろだよ。精神分析とか行動心理とか・・・あと恋愛心理もだね」

「それで人のことわかっちゃったりするの?」

「そんな簡単に人のことなんてわからないよ。心理学は人を理解するための1つの道具にすぎないよ」

「そうなんだ。でも人の相談事を聞く時に役に立ったりしないの?」

「それはかなり役立ってるよ。見立てがつくからね」

「心理学って難しそうだけど、覚えると面白そう」

「まあ最初は面白いけど、自分のことも知ってしまうから辛くなることもあるんだけどね」

「自分のことも知ってしまうか・・・それは怖そうね」

「怖いというか落ち込んでしまうよ。自分ってこんな人間だったんだって気づいてしまうから。でもそれが成長につながるんだけどね」

「成長につながるんだ。わたしも成長したいなって思ってるんだけどなかなか難しいんだよね」

「まあ成長には気づきが大事だと思うよ。人に話してる間に自分で気づくことってなかった?」

「あるある!なんか悩んでることを人に話してると、わたし、こんなこと考えてたんだって思うことある」

「うん。それが気づきなんだけど、人に話してるだけで問題解決することもあるからね」

「そうなんだ。今度ちゃんと話すから相談聞いてくれる?」

「梓の相談ならいつでも聞くよ」

「ありがとう。相談したいこと頭の中で整理しておくね」


話が自分のことから心理学、そして自己成長から相談事に進んだが、おそらくもうすぐ吉村梓から相談を受けることになるだろう。その時が勝負なのだが、とても1回では終わらないだろうと覚悟はしていた。



■ 叶わぬ恋の相談


最後に電話をしてから数日経った土曜日の夜、突然、吉村梓から電話がかかってきた。いつもは蒼井涼介から電話していたので初めてのことだ。


「もしもし梓だけど、今大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。突然どうしたの?」

「前に言ってた相談なんだけど今聞いてもらってもいいかな?」

「いいよ。落ち着いて話してね」

「わたし、実は好きな人がいるの。でもその人には彼女がいて、どうしたらいいのかわからなくて・・・」

「なるほど。どうしたらいいかってその人には彼女がいるんだよね?」

「うん。でもその人は彼女と別れたいって言ってるの。でも彼女のほうは『別れたら死んでやる』って言ってるみたいで、なかなか別れられないでいるみたい」

「その人は彼女と別れたいって言ったのはいつ頃くらいから?」

「もう2ヶ月くらい前から言ってるんだけど、なかなか別れるタイミングが掴めないらしいの」

「その人が彼女と別れたら梓は付き合おうって思ってるの?」

「うん。だからわたしはずっと待ってるの。でも2ヶ月待っても別れないし、いつまでこんな関係続くんだろうって思って・・・」


蒼井涼介は考え出した攻略法通り、ここからはオウム返しに細工を入れていくことにした。


「つまり彼女と別れるといいながら2ヶ月経っても別れず、梓を待たせ続けてるってことだね?」

「うん。でもその人はわたしのことが一番好きだって言ってくれてるの。だから信じて待ってるんだけど、さすがに限界がきてるというか、このままで本当にいいのかなって思ってる」

「その人は梓が一番好きだけど、彼女と別れようとしない。それでも梓はその人を信じて待ってるけど、こんな関係のまま続けていってもいいのかなって悩んでるってこと?」

「そうなの。こんなのやっぱりダメなのかなって思うんだけど、その人はわたしにだけいろいろ話してくれるの。だから放っておけなくて・・・」

「そうなんだ。梓にだけいろいろ話してくれるって、たとえばどんなことを話してくるの?」

「うーん、たとえば自分は弱い人間だとか、傷つきやすいとかそういう感じかな」

「その人は自分の弱さを話してくるって感じかな?さっき、こんなのやっぱりダメって言ってたけど、それは彼女がいる人と変な関係になってるってこと?」

「うん。だって別れたいって言ってるけど、まだその人には彼女がいるわけだし・・・それにその人は他にもあって・・・」

「他にもって何?」

「えっとね、その人はたくさんの女の子と遊びたいっていう人なの。だからいろんな女の子と二人で遊びに行ってるの。でも、変な関係とかにはなっていないと思う」


それを聞いた蒼井涼介は必ず変な関係になってるはずだと思ったが、それを直球で言うわけにはいかないので、少し変化球を投げてみることにした。


「へえーその人ってかなり度胸あるよね」

「度胸あるってどういうこと?」

「だって、彼女に『別れたら死んでやる』って言われるくらい惚れられてるんでしょ?それなのに他の女の子と2人で遊びに行ってるわけだよね?もし彼女がそのことを知ったらとんでもないことになりそうじゃない?下手したら刺されるかもね」

「その彼女さんはそんなこと知らないと思うけど、バレたら本当に怖そう。だんだんわたしも怖くなってきちゃった・・・」

「あと、まさかだけど、その人、他の女の子にも『お前だけに話す』とか言ったりしてないよね?」

「それはわからないけど、わたしだけに話してるって信じてる」

「そっか。梓はその人のこと信じてるんだね。それならどうして梓は限界がきてるの?」

「それは・・・やっぱり・・・その、本当に別れるのかなって・・・」

「その人が彼女と本当に別れるのかどうかわからなくなってるんだね?」

「うん。信じてないわけじゃないけど、2ヶ月経っても『徐々に別れるつもりだから』としか言ってくれないし、それに週末はほとんど彼女の家に行ってるみたいだし・・・わけがわからないの」

「つまりその人は徐々に別れるといいながらも週末になると彼女の家に行ってるってことだよね?」

「そうなの。別れたい彼女の家に毎週のように行ってる理由がわからないの」


ここでちょっと大胆な質問をしてみることにした。


「もしだよ。もし、その人が梓には別れると言っておきながら、本当は彼女と別れるつもりがなかったら、どうするの?」

「そんなこと考えたことない。信じてるから・・・でもそれだったら、わたしは諦めるしかないのかも」

「ちなみにちょっと質問なんだけど、その人とはどのくらい連絡とりあってるの?」

「週に1度くらいかな。あとは突然会いたいって連絡がくる時くらい。2人で会うのも週に1回あるかないかぐらい」

「そうなんだ。その人ってすごい精神力だね。1番好きだといってる梓に週に1度くらいしか連絡しないなんて・・・俺だったら好きな人と週に何度も連絡して話したいけどね」

「その人、忙しいみたいなの。それに他の女の子と遊ぶのが好きみたいだから、連絡する時間ないのかも」

「他の女の子と遊ぶのが好きというのが俺にはよくわからないんだけど、本当に好きな人だったら毎日でも話したいものだと思うんだけどね」

「その人は他の女の子と交流して、いろんなことを知りたいって言ってたの。だからわたしはそれを信じてるんだけど・・・でも・・・」

「でも何?」

「もうそれすらわからなくなってきてる。たしかに蒼井君の言う通り。1番好きな人と何度も連絡して話したいって思うのが普通なんじゃないかなって・・・だからその人のことがもうわからないの」


やはり1回では自覚させることは無理であった。蒼井涼介は吉村梓に少し課題を与えておいて次にすることにした。


「まあ、その人が彼女や他の女の子に何を言って何をしてるのかわからない。それにその人には彼女がいて毎週のように家に行ってるのは事実なんだよね?」

「うん。正直、その人が他の女の子と何してるのかもわからないし、毎週彼女の家に行ってるのは事実」

「だったら、その全ての事実を正直に受け入れて考えてみて!その人には1番大好きな人がいるけど、毎週のように彼女の家に行って、他の女の子と2人で遊びに行ってる。それを客観的に見て、そんなことをしている人を梓はどう思う?」

「そんなの・・・何か間違ってるというか・・・何かおかしいというか・・・」

「その間違ってるとかおかしいの意味をもう少し深く考えてみるといいよ。あとはその人と梓の関係についてもね。ちょっと辛くなるかもしれないけど、その時は俺に電話してくれればいいから」

「わかった。考えてみる。今日は相談を聞いてくれてありがとう」

「いやいや、俺は何の役にも立てなかったみたいでごめんね」

「そんなことないよ。ちょっと楽になった気がする。それと、さっきのこと深く考えてみるよ」

「じゃあ、また連絡待ってるね」


1回目の相談はこれで終わった。吉村梓がどこまで自覚したのかはわからないが、最後に出した課題をどう考えてくるかがポイントになる。おそらく次は泣いて電話してくるだろうと蒼井涼介は予想していた。



■ 自覚と誘惑


それから数日後の夜、再び吉村梓から電話がかかってきた。蒼井涼介の予想通り、電話の向こうで泣いているようだった。


「もしもし、どうしたの梓?何か辛いことでもあった?」

「この前のこと深く考えてみて気づいたの。やっぱりこんなの変だし、このままじゃ嫌だって」

「それはその人と梓の関係が変で、こんな関係を続けるのは嫌ってこと?」

「そう。それにやっぱり他の女の子と2人で遊びに行くなんて普通に考えたらおかしいって思う」

「やっとそのことに気がついたんだね。気づいた時はかなり辛かったと思う。よく頑張ったよ」

「わたし、これからどうしたらいいと思う?」

「厳しいことを言うけど、それは梓が自分で決めることだよ。彼女と別れる根拠もない、他の女の子と2人で遊びにいくその人を信じて待ち続けるのか、それともこんな辛いことを終わりにするか、どっちかだよ」

「もう・・・終わりにしたい・・・でも、何かを失うようで辛くて・・・」

「辛い時は俺がいつでも話を聞くから大丈夫だよ。梓のこと優しく包み込むから、頑張って終わりにさせればいいよ」

「ありがとう。本当にありがとう」


その後、吉村梓はかなり泣いていて何を話してるのかわからなくなってきた。


「まあ、可愛い梓のためだし、俺に出来る事なら何でもするから言ってね」

「うん、ありがとう。わたしのこと可愛いって言ってくれるの蒼井君だけだよ」

「そんなことないと思うけどなあ。俺は梓が本当に可愛いって思ってるから」

「わたし・・・あのね、辛かったんだけど、ちょっと元気でてきてるの」

「そうなんだ。それはよかった」

「うん。その人のことはもういいかなって思えるようになったから」

「そっか。そう思えるようになったのはどうして?」

「それは・・・他に気になる人が・・・まあいいや。それは内緒だよ」

「他に気になる人ができたとか?」

「だからそれは内緒だよ。えへへ」


それから何気ない会話をして電話を切った。これで問題は解決したが、吉村梓が『他に気になる人が』と言ってたのは間違いなく自分(蒼井涼介)のことに違いないはないのだ。しばらくは様子を見るしかないが、あとは徐々に離れていくしかない。それに可愛いというのはもう辞めることにしよう。おそらく吉村梓が清水祐也との関係を終わりにした理由の一つに蒼井涼介という存在があったからだろう。しかし、こちらとしては吉村梓に恋愛感情を抱いていないし、付き合う気などないのだ。告白なんかされてフッてしまったら再び吉村梓はどん底へ落としてしまうことになる。蒼井涼介は自分が万が一、告白されるようなことになったら、あの手を使うしかないと思っていた。


蒼井涼介は問題解決したことを伝えるために佐々木美加に電話をかけた。


「もしもし、俺だけど、梓のことは問題解決したと思うよ」

「本当に?大変だったんじゃない?」

「大変だったけど、終わりにするって言ってたからしばらく様子をみるよ」

「そう。よかったわ。それで梓のことは口説けたの?」

「おそらく口説けたと思うけど、最後の難関はそこなんだよ」

「最後の難関って何?」

「もし梓に告白なんてされたらどうするか・・・まあ一応、その時のことも考えているんだけどね」

「梓ってシャイだから大丈夫なんじゃない?」

「それならいいんだけど、俺もこのまま徐々に連絡するの減らしていくよ」

「あはは、このまま梓と付き合っちゃえば?」

「それは無理だって!」

「そっか・・・じゃあ仕方ないね」


それから数日間、今度は吉村梓のほうから電話がかかってきた。蒼井涼介は適当な話をしながら告白されないかとドキドキしていた。いつも何気ない日常会話ばかりが続いていった。そして次第に電話に出ない日を作っていった。後で「忙しかった」という言い訳をして、電話で話す回数をちょっとずつ減らしていった。しかし、ある日、吉村梓と電話をしていてまずい状況になった。


「あのね、わたし、前から気になる人がいるの」

「そうなんだ。梓の気になる人か・・・」

「誰だか知りたい?」


これはまずい!この状況をなんとかしないと告白されてしまう。


「知りたいような知りたくないような・・・どっちだろう?」

「うーん・・・わたしね、実は・・・」

「実は?」

「やっぱりやーめた。ごめんなさい。今の話は忘れて!」

「わかった」


かなりまずい状況だったが、なんとか告白されずに済んだ。その後も何度か電話がかかってきたが、出る時もあったり出なかった時もあった。そうしているうちに3ヶ月が過ぎた。もう吉村梓から電話がこなくなったのだ。徐々に離れていくことで蒼井涼介との関係は自然消滅したといえるだろう。今回は問題を解決させるために簡単な恋愛テクニックを使ったのだが、やはり好意を持っていない人を口説くのは精神的にも辛く、罪悪感すら感じてしまう。視点を変えて考えてみると、1人の悩める女の子を救ったとも捉えることもできるが、あまりこういうことはやりたくないと蒼井涼介は心の中で強く思った。

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