二人の陰にいた存在
■ 突然の相談事
寒い冬が終わろうとしていた3月上旬。専門学校を卒業してからもう1年以上経つ。蒼井涼介は特別研究生として学校に残りながら、パソコン講師のアルバイトをしていた。今年こそは就職と思っていたが、まだ業務実績が足らないので、このまましばらくアルバイトを続けていくことにした。
ある日、蒼井涼介の携帯に電話がかかってきた。
「お久しぶり!同じクラスだった川瀬だけど覚えてるか?」
「川瀬か、卒業以来になるか。電話してくるなんて珍しいな。どうした?」
電話をかけてきたのは同じクラスだった川瀬太一郎で、身長はそこまで高くないががっちりした体型で、少し長い茶髪で見た目はチャラチャラした感じだが、話してみると意外と内気なところがあるタイプだ。同じクラスだった時、ときどき話をしていたが、特別仲良くしていたというわけでもなかった。
「今度のクラス会だけどよ、お前も参加するだろ?」
クラス会というがつまりは同窓会になる。
「ああ、俺も参加するけど、その確認か?」
「違う違う。あのさ、同じクラスだった朝倉紗耶香って覚えてるか?」
「覚えてるよ。川瀬、お前が気になってた女の子だよな?」
「げっ!お前、知ってたのかよ!」
「そりゃ、お前の行動見てたらわかるって!」
「結局俺、卒業まで朝倉に何もできなかったんだけどよ、今度のクラス会でアプローチしようって思ってるのさ」
朝倉紗耶香とは茶髪でサラサラのロングヘアー、背丈は低くグラマーで少し目の大きな女の子。内気なのか無口で自分からは話しかけないタイプの女の子だ。
「なるほど。それは頑張れって思うけど、それを言うためにわざわざ電話してきたのか?」
「いや、そこで相談なんだけどよ・・・アプローチってどうすればいいのかなって思ってさ」
「なんで俺にそんな相談してくるの?」
「お前、恋愛心理学とか勉強してたでしょ?たしか卒論も恋愛系だったよな?だからなんかいいアドバイスでももらえないかなって思ったんだよ」
「まあ、それはそうだけど、朝倉のことだったら桧山に相談したほうがよくない?朝倉と桧山って大の仲良しだったし、今も仲良くしてるみたいだよ」
「今も仲良くってなんでそんなこと知ってるんだ?」
「俺、特別研究生として学校に残ってるからそういう情報はちらほら入ってくるんだよ」
「そっか、でも俺、桧山って苦手なんだよな。それに突然電話するのも変だろ?」
「それを言うなら川瀬が俺に電話してきたのも変だろ」
「いや、桧山は女の子だし、あの刺々しい感じが俺は苦手なんだよ。とにかく何かアドバイスとかねえか?」
朝倉紗耶香と大の仲良しである桧山美乃梨とは背丈が160cmほどで、キリっとした目に眼鏡をかけて、ふんわりした黒髪にいつもお団子ヘアーにしているスレンダーな女の子。人にズバズバと言ってしまうタイプなので桧山美乃梨を苦手な人も少なくないだろう。しかし、蒼井涼介は学園祭の時に桧山美乃梨と同じ班になり結構仲良くなったので苦手意識はなかった。
「アドバイスか・・・いきなり言われてもね・・・ちょっと考えてみるよ」
「わかった。じゃあなにか思いついたら連絡くれよ。よろしく頼むわ!」
そういって一旦、電話を切った。
クラス会まであと1週間ちょっとなので、あまり時間がない。朝倉紗耶香とは話したことはあったが、あまり自分から話しかけようとしない無口な女の子なのだ。全く話をしないというわけではないが、こちらがリードして話していかないといけない。川瀬太一郎がアプローチするのであれば、話しかけていくしかない。それは簡単なことだが、自分のことばかり話しても会話が途切れてしまう可能性が高い。それなら朝倉紗耶香に話をさせればいいのかもしれない。無口なのは話題があればいいのだ。その話題は朝倉紗耶香が話しやすい内容であればいいだろう。あとは仲良しである桧山美乃梨にも協力してもらえばいいだけである。蒼井涼介は普通の恋愛テクニックをちょっと使うくらいでそこまで難しいことでもなさそうだと思ったので、その方法でアドバイスすることにした。
次の日、蒼井涼介は川瀬太一郎に電話をした。
「朝倉へのアプローチだけど、彼女の趣味や好きな音楽、映画、休日は何してるのか、そういうことを聞いて話題を盛り上げるのがいいと思う。極力、自分の話をせずに、朝倉中心の話題をして盛り上げるのがいいと思うけど、それならできそうか?」
「極力自分の話をせず朝倉中心の話か・・・わかったよ!それでやってみるわ」
「最後に連絡先の交換だけは忘れないようにね」
「ああ!それは絶対だよな!」
「あと、俺のほうから桧山にも協力してもらえるようにお願いしておくから」
「わかった。ありがとな!」
いつものように難しく考えだした攻略法ではないが、今のところ、これ以上の方法は考えられなかった。
■ クラス会
クラス会当日、参加者はどうやら18名のようだ。地方に就職が決まった人は家が遠いので不参加になっていたが、朝倉紗耶香と桧山美乃梨は参加していた。予約した店の座敷部屋にみんな座り、注文したドリンクが運ばれてきた後、担任だった鏡山先生が乾杯の音頭をとった。参加者があちこちで話をしているので、ざわざわしている雰囲気である。川瀬太一郎は少し席が離れた朝倉紗耶香と話をするタイミングを狙っている。子羊を助けるがのごとく、蒼井涼介は朝倉紗耶香の隣に座っていた桧山美乃梨に声をかけて「ちょっとこっちの席にきてくれない?」と呼び出した。そして、席が空いた瞬間、川瀬太一郎は朝倉紗耶香の隣の席に座って話しかけていた。
蒼井涼介の隣の席に座っていた人に少し席をゆずってもらい、桧山美乃梨を座らせて小声で話をした。
「川瀬のことなんだけど、どうも朝倉のことが気に入ってるみたいなんだ」
「へえーそうなんだ」
「前に相談されて協力しようと思ってるんだけど、桧山も協力してくれないかな?」
「協力か・・・でも紗耶香は難しいよ。川瀬には可哀そうだけど、諦めたほうがいいと思うよ」
「そこは俺もサポートするつもりだし、協力といっても情報くれるとかだけでもいいのでお願いできないかな?」
「うーん・・・正直、わたしには何もできないけど、話くらいなら聞いてもいいかな。でもオススメはしないって言っておくね」
「そっか、わかった。なんかあったらいつでも連絡してきて!」
「わかったわ」
蒼井涼介は学園祭の時に桧山美乃梨と連絡先の交換していたのでお互いに電話番号やメールアドレスは知っていた。川瀬太一郎のほうを見てみると、意外と会話が盛り上がっているように見えた。必死に何かを話しかけて、無口な朝倉紗耶香もそれなりに話しているように見えた。しかし桧山美乃梨が朝倉紗耶香は難しいから諦めたほうがいいと言っていたことが気になった。もしかすると自分達の知らない何かがあるのかもしれない。とりあえず今は様子見といったところである。
しばらく時間が経った頃、蒼井涼介も少しだけ朝倉紗耶香と話がしたかったので、タイミングを見計らって川瀬太一郎に席を譲ってもらった。
「朝倉、久しぶりだね。卒業以来だけど今は何の仕事してるの?」
「事務系かな」
「事務系かあ・・・仕事は大変?」
「そうでもないけど、年末は大変だったよ」
「まあ年末はどこも忙しい時期だからね。今も一人暮らし?」
「うん。卒業してからもずっと変わってないよ」
「俺、特別研究生としてまだ学校に行ってるんだけど、桧山とは今も仲良しみたいだね」
「そうだね。わたしって友達少ないから、美乃梨ちゃんがいてくれて助かってる」
こんな何気ない話題をしていたが、朝倉紗耶香は学生時代より少しは話をするようになった気がした。
すると川瀬太一郎が「ちょっと変わってもらっていい?」と後ろから肩をたたいてきたので蒼井涼介は元の席へ戻っていった。そして時間は過ぎていきクラス会は終了となった。
店を出て駅へ向かう帰り際、川瀬太一郎が声をかけてきた。
「お前の言う通りにしたらさ、いい感じに話盛り上がったよ!」
「それで、連絡先は交換したの?」
「もちろんしたさ!朝倉って結構ミーハーだったりするんだけど、そこがまた可愛いんだよなあ」
「なあ川瀬、さっき朝倉と話してみてわかったんだけど、押しに弱いタイプだと思うからどんどんリードしていけばいいと思う。ただ、気をつけないといけないことがある」
「何を気を付ければいいんだ?」
「あの手のタイプは押し過ぎると引かれるっていうのと、先走って無理に誘ったり、突然告白したりしないようにってことだね」
「ああーわかってるよ。じわじわとやっていくよ」
「あと、朝倉は簡単に口説けそうなタイプだから、他の男にも注意したほうがいいよ」
「わかった!アドバイスありがとな!」
川瀬太一郎はかなり機嫌良さそうに帰っていった。
朝倉紗耶香と少しだけ話しただけだが、深く考え込んで攻略法を生み出したり、意図的に何かをしなくても、このまま川瀬太一郎が連絡をとりあっていれば、いつか結ばれる日はくるだろうと思っていた。
■ 関係順調
クラス会が終わった後、川瀬太一郎は何度か朝倉紗耶香と連絡を取り合っていた。最初はメールでのやりとりからはじまり、最近では電話で少し話をするくらい2人の関係は進んでいった。川瀬太一郎はそういった状況をわざわざ報告するために連絡してきた。蒼井涼介は2人のことを見守りながら順調に進んでいると思っていた。ところがある日、携帯電話に桧山美乃梨から電話がかかってきた。
「桧山だけど、蒼井君、突然電話してごめんなさいね」
「突然だね。どうしたの?」
「川瀬君が紗耶香と連絡しまくってるみたいだけど、ちょっとやりすぎなんじゃないかなって思うのよね」
「やりすぎって?そんな頻繁に連絡しまくってるの?」
「そうなの。さすがの紗耶香も少し困ってるみたいだから、ほどほどにって川瀬君に言ってあげたほうがいいかも」
「朝倉が少し困ってるって、何か相談でもされたの?」
「相談ってわけじゃないけど、川瀬君の話をすると紗耶香が『どうしよう』って言って困ってる感じだったのよ」
「そういうことか・・・わかった。情報ありがとう!」
クラス会の帰り際に”押し過ぎるな”と言っておいたはずだったが、調子に乗って連絡しすぎているのかもしれない。
蒼井涼介は桧山美乃梨と電話で話した後、早速、川瀬太一郎に電話をした。
「川瀬、ちょっと朝倉と連絡しすぎてるってことない?」
「なんで?」
「いや、桧山がさっき電話で連絡しすぎてるんじゃないかってアドバイスくれたんだよ」
「俺そんなに連絡してるつもりないんだけどなあ。毎晩ってわけでもないし」
「朝倉が少し困ってるみたいなこと言ってたから気になったんだけどね」
「そうかな?電話で話しててもそんな風に思えなかったけどなあ。いつも楽しそうに話してる感じだし」
「朝倉は基本無口だけど内心でどう思ってるかわからないから、もう少し慎重になったほうがいいかもしれない」
「そうなのかなあ・・・でもさ、今度2人で水族館に行く約束までしたんだぜ」
「ついにデートに誘ったのか?」
「ああーちょうど水族館のチケットが2枚手に入ってさ、朝倉も是非行ってみたいっていうから、今度の土曜日に行くことになったんだよ」
「まあでも、もう少し慎重に扱っていったほうがいいと思うよ」
「わかったよ。それは意識しとくよ」
川瀬太一郎と電話で話した後、蒼井涼介は少し考えてみた。桧山美乃梨は朝倉紗耶香が少し困っていると言っている。ところが川瀬太一郎の話を聞いてみると、とてもそんな風に感じられないようだった。『どうしよう』って困っているようだというが、何に対して”どうしよう”なんだろうか。もし連絡されることに迷惑しているのであれば、2人で水族館なんて行くわけがない。ただ、押しに弱くて断りきれなかっただけかもしれないが、それならば『是非行ってみたい』なんて言わないだろう。本当に迷惑しているのであれば、いくら朝倉紗耶香でも何かしらの理由をつけて断るくらいのことはできるはずだ。まだ知られていない何かが朝倉紗耶香の中にあるのだろうか。蒼井涼介はいくら考えても答えがでなかった。今の状況では情報量が少なすぎるのだ。とりあえず、慎重に行動していって様子をみていくしかなかった。
ついに土曜日になった。今日はおそらく川瀬太一郎と朝倉紗耶香が水族館に行ってるはずなのだ。お互いにこれはデートなんだと意識できているはず。あとは2人がどんな話をして、どういう雰囲気になっているかが問題なのだ。かなり気になるが川瀬太一郎からの連絡を待つことにした。
そして、その日の夜に川瀬太一郎から電話がかかってきた。
「いやー今日は楽しかったよ!朝倉も喜んでくれてたから本当に良かった!」
「その様子だと、うまくいったって感じなんだね?」
「朝倉って可愛いものが好きみたいでさ、小さな魚みて子供みたいにはしゃぐんだぜ。そういうところがまた可愛くてさ」
「じゃあ今日のデートは大成功ってところか?」
「ああー大成功だったと思うよ。次の約束もしちゃったし」
「次の約束?」
「朝倉が今度は動物園に行ってみたいって言うからさ、だったら来週行ってみないって誘ったんだよ。そしたらオッケーもらえたんだよな」
「それはよかったね!ただ、慎重に先走らないように注意だけはしておけよ」
「わかってるって!いろいろとありがとな!」
どうにも蒼井涼介は考えすぎていたのかもしれないと思った。2人は結構うまくやっていけてるようだ。もし嫌な相手であれば動物園に行きたいなんて言うわけがない。この調子だと2人が結ばれる日は近いかもしれない。あとはタイミングの問題だけなのだ。そして次の週も2人は動物園に行ったようだった。
■ 状況一変
2人が動物園に行ってからまだ連絡がきていない。すると携帯電話が鳴ったので蒼井涼介は出てみると、桧山美乃梨からだった。
「桧山だけど、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「川瀬君が紗耶香をデートに誘ったみたいだけど、少し控えたほうがいいかも」
「どういうこと?」
「紗耶香って誘いに断りにくいタイプだから、内心でちょっと嫌って思っててもオッケーしちゃうところあるのよね」
「朝倉が何か言ってたの?」
「そういうわけじゃないけど、2週連続でデートはちょっとやりすぎなんじゃないって思ったの」
「でも、動物園に行きたいって言ったのは朝倉のほうみたいだし、大丈夫なんじゃない?」
「でも紗耶香は内心どう思ってるかわからないから、デートに誘うのもほどほどにしたほうがいいと思う」
「川瀬の話だと楽しそうにしてたって言ってたけどなあ」
「それは川瀬君とじゃなくても、普通に楽しかったって意味かもしれないからね」
「なるほど。まあ誘うのもほどほどにするように伝えておくよ」
「紗耶香は結構ナイーブなところもあるからね」
「わかった」
桧山美乃梨と電話で話した後、蒼井涼介はすぐに川瀬太一郎に電話をした。
「川瀬、動物園に行ってから連絡がこなかったけど、どうだったの?」
「悪い悪い!ちょっと法事とかあってなかなか連絡できなかったんだよ」
「それで、動物園ではどうだったの?」
「朝倉のやつさ、本当に可愛いもの見るのが好きみたいでさ、子供みたいにはしゃいじゃって、超可愛いかったよ」
「そうなんだ。じゃあ2人とも楽しめたんだね?」
「ああーすっごく楽しかったよ」
「ところでさ、2週連続でデートしたことになるんだけど、ちょっと行き過ぎって感じしない?」
「え?なんで?」
「いや、連続っていうのはどうなのかなって思ってさ」
「でもさ、朝倉めっちゃ楽しそうにしてたし、それに・・・えへへ・・・俺、朝倉と手を繋いじゃったんだよ」
「ええー!そこまでやったのか?」
「少しの間だけだったけどね。人混みの中だったからはぐれないようにって手を繋いで歩いたんだよ」
「大進展した感じだね。ただ、前にも言ったけど慎重に先走らないように注意ね!」
「ああ、わかってるよ!でもそろそろ告白してもいけそうな気がするんだよな」
「いや、告白は本当に待ったほうがいい。桧山が電話で妙なこといってたから」
「妙なことってなんだよ?」
「朝倉が内心どう思ってるかわからないからって言ってたんだよ」
「内心どう思ってるか・・・かあ。まあ、もう少し話をしてみて様子を見てみるよ」
「告白するときは、先に俺に言ってね。桧山の言ってることも少し気になるから」
「わかった!告白する前に連絡するようにするよ」
その後も川瀬太一郎と朝倉紗耶香は電話でよく話をするようになっていた。3度目のデートの誘いは先走らず慎重にという蒼井涼介の言葉を意識していたのか、なかなかしなかった。それから2週間ほど経ったある日、川瀬太一郎から電話がかかってきた。
「あれから朝倉と話してたんだけど、『太一郎君って呼んでもいい?』とかさ『太一郎君と一緒にいると楽しい』とか言ってくれるんだよ。もう告白してもよさげじゃない?」
「いや、告白は待ったほうがいい。一応、桧山の意見も聞いてからのほうがいいと思う」
「まあ、そういうなら告白は待つけどさ、今度、遊園地に誘おうと思ってるんだよ。その時に告白してもいいかなって思ってさ」
「とりあえず、今は興奮してるみたいだから少し抑えたほうがいい」
「わかったよ」
電話を切った後、蒼井涼介はすぐさま桧山美乃梨に電話をした。そして、川瀬太一郎が話していたことや告白するかもしれないことを伝えた。
「わたしも告白は待ったほうがいいと思うわ」
「うまくいきそうな感じはするけど、どうして?」
「紗耶香が内心どう思ってるか、もっと観察してからでも遅くないでしょ?」
「それはそうだけど、観察っていってもね。これ以上は難しくない?」
「川瀬君も少しくらいなら待てるでしょ?紗耶香とうまくいきたいなら、もう少し待つべきよ」
「もう少し様子見ということだね?でもあいつ、今にも告白しそうな勢いだからなあ」
「そこは蒼井君が何としても止めたほうがいいわ」
「わかった。川瀬に伝えておくよ」
桧山美乃梨と電話で話した後、即座に川瀬太一郎に電話して「絶対に早まって告白するな」と強く言っておいた。「わかったわかった」となんとか川瀬太一郎も納得したようだった。
ところが、1週間ほど過ぎたある日、状況が一変する出来事が起こった。突然、川瀬太一郎から電話がかかってきたのだ。
「俺、もうダメだ・・・」
「川瀬、どうしたの?」
かなり暗く凹んでいるようだ。
「朝倉からさ『もう連絡するの辞めよう』って言われたんだ」
「ええーー!!どういうこと?」
「わけわかんねえんだよ。今日、突然言われたんだよ」
「それで、川瀬はなんて答えたの?」
「朝倉がそういうなら仕方ないしさ、わかったって言うしかなかったんだよ」
この突然に状況が一変したのは何だろうか?やはり桧山美乃梨も言っていた内心ともいうべき、朝倉紗耶香の中に知らない何かがあったのか!?蒼井涼介は電話を切らず、少し沈黙して考えていた。
■ 原因解明
川瀬太一郎は電話の向こうでかなり凹んで落ち込んでいる。
「川瀬、朝倉はその他に何か言ってなかった?」
「俺がさ、どうして?って聞いたら『このままの関係がいいから。関係を壊したくないから』って言うんだけど、わけわかんねえだろ?」
「川瀬と朝倉の関係のことなのかな?」
「俺にはわかんないよ」
「川瀬、後でかけ直すから一旦電話を切るね」
蒼井涼介は電話を切った後、深く考えてみた。朝倉紗耶香の言ってる関係とは何のことだろうか。川瀬太一郎とはこのままの関係でいたいという意味だとすれば、連絡するのを辞めようというのはつじつまが合わない。それに関係を壊したくないという意味もわからない。どちらにしても朝倉紗耶香の言っている”関係”とは川瀬太一郎のことではなさそうに思える。それであれば朝倉紗耶香の言った関係とは一体何を指しているのか。誰との関係のことなのか。蒼井涼介はこれまでの経緯を頭の中で整理してみると、あることに気がついた。そういえば最初からそうだった。あの時も反対的だった。この推測が正しければ全てのつじつまが合う。まさに謎を解き明かしたかのように真実が見えた瞬間であった。蒼井涼介は頭の中で真実に辿り着いて「なるほど、そういうことだったのか!!」と思わず呟いた。
蒼井涼介は再び川瀬太一郎に電話をした。まだ凹んで落ち込んでる様子だ。
「川瀬、申し訳ない。これは俺のミスだ」
「え?なんでお前が謝るんだよ」
「今まで見抜けなかった俺にも責任がある」
「言ってる意味がわからないんだけど・・・」
「告白のタイミングもお前の言った通りにすればうまくいってたと思う」
「遊園地でってことか?でもどういうことだよ?」
「俺達は半分操られていたんだよ」
「操られていたって誰に?」
「その操ってた奴と俺は一戦交えるから、全てはその後に話してやるよ」
「今言ってくれよ!このままじゃわけわかんねえよ」
「今はまだ俺の推測でしかないから、ハッキリしたことはまだ言えない」
「それはわかったけどさ、一戦交えても、もう朝倉は諦めたほうがいいってことだよな?」
「いや、希望の光はまだあるよ。川瀬、俺と朝倉が電話で話することってできないかな?」
「うーん、いきなり電話するしか方法はないけど、勝手に番号教えたってなると俺も困るんだよな」
「そこは俺がなんとかカバーするよ。朝倉の電話番号を教えてもらえるかな?」
「わかった。もうこうなったらどうにでもなってしまえって感じだぜ」
電話番号を聞いた蒼井涼介は早速、朝倉紗耶香に電話をかけた。最初は誰かわからない人からの電話に驚いていたが、そこはなんとか説明して理解してもらえた。そして全ての事情を説明して、推測した真実を伝えた。それを聞いた朝倉紗耶香は動揺していたが、なんとか落ち着かせることができた。また、朝倉紗耶香は勘違いしていたこともわかったので、なんとかその誤解を解くことができた。最後に蒼井涼介は「朝倉、関係は壊れたりしないから大丈夫だよ。ただの嫉妬だし、俺が何とかするから、川瀬と連絡して仲直りしなよ」と言っておいた。朝倉紗耶香は小声で「うん、わかった」と呟いた。
これで下準備は整った。自分自身や川瀬太一郎、朝倉紗耶香までも操った人物と一戦交えることになる。今すぐにでも一戦交えたい気持ちがあったのだが、今日は電話が多くて疲れていたので、次の日の夜にすることにした。相手はなかなか頭のいい人物だ。果たして一戦交えて勝利を得る事ができるのか。不安もあったが、これは自分にしかできないことだと蒼井涼介は思っていた。
■ 決戦そして結末
次の日になり、いよいよ夜になった。決戦開始である。蒼井涼介は桧山美乃梨に電話をかけた。
「もしもし、俺だけど、今大丈夫?」
「大丈夫よ。そろそろ電話してくるんじゃないかなって思ってたのよ」
「桧山、お見事だった・・・と言いたい」
「はあ?何のこと?」
「桧山、お前は最初から川瀬と朝倉のことに非協力的だったよな?諦めたほうがいいっていってたのはなんで?」
「わたしはただ紗耶香の友達として言ったのよ。連絡するのも川瀬君にほどほどにって言ってただけよ。それが何?」
「そもそも、川瀬と朝倉が連絡しまくってるという話をした時、桧山は『朝倉が少し困ってる』って言ってたよね。それって良い意味で困ってたと思うんだけど、どう?」
「そんなことないわよ。『どうしようかな』って考えてから・・・」
「それは今後どうしていこうかという意味で、連絡することではなかった。それは川瀬の話を聞いた時に変だなって思ったんだよ。とても朝倉が連絡されることを嫌がっているように思えなかった」
「そんなのわからないじゃない?」
「いや、もし連絡されることが本当に嫌だったのなら、2人で水族館なんか行かないはずだよ」
「それは、紗耶香が断りにくい性格だから・・・」
「2人で動物園に行った時もそう。あれは朝倉から言い出したことで、川瀬から誘ったわけじゃない。2週連続はたしかに誘いすぎだと思ったけど、考えてみればお互いがそれで同意してるなら何の問題もないでしょ?」
「それはそうだけど・・・」
「桧山、お前は焦ったんだ。あの2人が仲良く連絡しあっていること、それと仲良くデートしていたこと。違うかな?」
「なんでわたしが焦らないといけないのよ?」
「毎回、ほどほどにって言ってたのも、2人をこれ以上仲良くさせたくなかったからでしょ?」
「ち、違うわよ・・・」
「そうやって2人の仲をこれ以上良くしないために、俺に電話して、必死に止めさせようとした。俺もほどほどにって言葉を信じて川瀬にブレーキをかけてしまった。でも思惑通りに事は進まなくなってきた。桧山は2人の仲をこれ以上発展させたくなかった。まだ言おうか?」
「何言ってるのかわかんない。どうしてわたしがそんな邪魔する必要があるのよ?」
さすがにあーいえばこういうタイプで、なかなか頭のいい奴だと蒼井涼介は心の中で思った。
「仲良しの友達である朝倉紗耶香を川瀬に取られたくなかったんでしょ?いや、大好きな朝倉紗耶香と言ったほうが正しいのかな?」
「そ、そんなことは・・・ない・・わよ」
「桧山、お前は朝倉に彼氏ができることをどうしても阻止したかった。だから最終手段として朝倉に言ったんだよね?自分も川瀬のことが好きだってね。そうすれば仲良しの友達同士が恋敵になって友達関係が壊れてしまうと朝倉は思ってしまった。もっと続けようか?」
桧山美乃梨は黙り込んだ。しばらくして口を開いた。
「そうよ。蒼井君の言った通りよ。わたしは紗耶香のことが大好きなの!紗耶香に彼氏ができるなんて絶対に嫌だったのよ!あなたにバイのわたしの気持ちなんてわからないわよね?」
桧山美乃梨は大きな声で叫ぶようにそう言った。
「俺もビアンの人と知り合いで話をしたことあるから、気持ちはわからないでもない。でも、桧山はこれから朝倉のことをずっと縛り続けるつもり?結婚でもしようって思ってるわけ?」
「そこまで思ってないわよ。でも嫌なの。絶対に嫌だったの」
「桧山がバイって言うなら、この先彼氏ができる可能性もあるわけだよね?もうこれ以上、朝倉を縛るのは辞めてあげなよ」
「でもわたしの気持ちはどうなるのよ?」
「朝倉は『美乃梨ちゃんとはいつまでも親友だよ』って言ってたよ。だからもう川瀬と朝倉のこと認めてあげなよ」
「そこまで言うのなら・・・なんだか煮え切らないけどわかったわよ・・・でも紗耶香に誤解させちゃったし、わたし、どうすればいいかわかんない」
「そのことなら、すでに誤解は解いておいた。朝倉に事情を説明して川瀬と仲直りするようにも言っておいた」
「そう・・・そこまで手を回していたのね」
「これからも朝倉と親友でいてあげるといい。そして桧山にもいつか彼氏ができると思うよ」
「わたしに彼氏ができるって本当にそう思ってるの?」
「ああ、俺はそう思うよ。朝倉に彼氏ができたとしても、ずっと親友でいればいい。少し淋しくなるかもしれないけど、朝倉が桧山の前から消えるわけじゃないわけだし大丈夫だと思う」
「たしかに・・・そうね。わかったわ。あと、ごめんなさい・・・」
これで決戦は終わった。桧山美乃梨の気持ちはわからないでもない。それに親友を失う怖さと嫉妬が彼女をそうさせたのだと思う。桧山美乃梨がバイだということは触れず、全ての真相を川瀬太一郎に伝えた。さすがに驚いていたが、なんとか怒らせずに説得することができた。
それから数日後、川瀬太一郎は朝倉紗耶香を遊園地に誘った。そしてその夜、ついに告白したのだ。もちろん朝倉紗耶香の返事はイエスだった。そして2人の交際がはじまった。そして数か月後、桧山美乃梨に好きな男性が現れたという情報が入った。そのことに関して、蒼井涼介は心の中で上手くいけばいいと願っていた。