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恋愛の達人  作者: 涼
20/22

人生最強の女(完結編)

■ 知らされた事実


少し暖かい季節になった5月、ゴールデンウィークが過ぎていつものように出勤していた。この会社に入ってもう1年になる。蒼井涼介はソフトウェアの開発をしながら社内のネットワークシステムを任されていた。少し疲れたので休憩室へ行くと、いつものように社長秘書をしている藍原夏美とカスタマーサポート主任の植山順子が一緒にいた。「お疲れ様です!」と言って何気ない日常会話をする。


そういえば藍原夏美を”口説き落とした”のも1年ほど前のことだった。あれ以来、電話をしたり休日にはときどき2人で会って話をする仲になっていた。2人で話している時はお互いに心を開いて本音をむき出しにする。お互いの価値観が合う時は共感して、合わない時は尊重し合う、そんな深い関係になっていた。あまり人を信じないといっていた藍原夏美も、蒼井涼介のことは本当に信じているようだ。逆に蒼井涼介も藍原夏美のことを信じている。お互い大親友という形になって本当に良かったと思っている。


ある日、いつものように休憩室に行くと藍原夏美が1人で座っていた。


「お疲れ様です!今日は植山さん出張?」

「酷い風邪でお休みしてるのよ」


そうなんだと思いながら、藍原夏美の向かいの椅子に座った。


「仕事、忙しそうね?」

「今はシステムも任されてるから大変だよ」

「そうなのね。アタシも来月のイベントの準備で忙しいのよ」

「そういえば、藍原さん、俺をそのイベントに強制参加させたでしょ?」

「あら、バレちゃってたのね?」

「やっぱりそうだったのか!」

「ふふふ・・・いいじゃない、たまにはアタシ達と何かするのも悪くないでしょ?」


藍原夏美は来月、岐阜県で開催されるIT企業フェスティバルの幹事役をしているのだ。各部署から何名かイベントのサポート役を推薦して決めるのだが、そこに蒼井涼介が勝手に推薦されていたのだ。


「まったくもう・・・」


そんな文句を言うと、藍原夏美が突然「ところでさ、カスタマーサポートの七瀬唯ちゃんって知ってるかしら?」と聞いてきた。


「七瀬さんって、あのちょっとギャル系の女の子だよね?」

「そうそう。あなた、あの子と話したことある?」

「少しくらいはあるかな。サーバー室の隣の部屋でよく作業してるから、話すことはあったよ」

「ふーん、少し話したことあるってだけなのね」

「その七瀬さんがどうかしたの?」

「アタシの勘だけど、あの子、あなたのこと気に入ってると思うのよね」

「いやーそれはないでしょ。だって七瀬さんって俺よりかなり年下で、しかもイケイケのギャル系だよ。そんなことないと思うけどなあ」

「そうかしら?年齢や見た目は関係ないと思うわよ」

「それに根拠がないでしょ?」

「根拠はあるわ。あなたに関する話をしてる時、なんとなくあの子の態度が変なのよ。必死に聞き耳立ててるって感じなのよね」

「でもそれだけで気があるっていうのも結論が早すぎるんじゃない?」

「アタシにはなんとなくわかるの。来月のイベント会場への移動の時、あの子はあなたの車に乗ってもらうことになってるから、あなたも観察するといいわ」

「そんなことまで手配してたのか!?」

「ふふふ・・・さあ、あなたがどうするか楽しみだわ」

「別に何もしないよ!」


笑みを浮かべながら藍原夏美は休憩室を出ていった。


七瀬唯といえば茶髪でサラサラのロングヘアーにキリッとした目に背丈もそこそこありスタイルは抜群の女の子だ。イケイケのギャル系という感じで、パソコンや難しい話とは無縁のようだ。半年前にカスタマーサポートにアルバイトとして入社して以来、サーバー室の隣の部屋で作業しているところで何度か話をしたことはある。大した話をした覚えはないので、蒼井涼介は自分が気に入られているとは考えられなかった。しかし、あの鋭い洞察力を持った藍原夏美が言ってることなので気になってきた。それにしても藍原夏美は何をそんなに楽しみにしているのだろうか。



■ 観察と挑発


七瀬唯のことが気になりはじめた蒼井涼介は、1日に一度している点検のため、サーバー室へ行った。サーバー室はカスタマーサポートが作業している部屋の奥にあるのでどうしても通っていかなければならない。七瀬唯がいれば、少し話をしてみて観察してみようと思った。サーバー室の隣ではバタバタと段ボールや電子機器を片付けている2人組がいた。それは小柄でセミロングヘアーに大きな目をした佐伯恵理と七瀬唯の2人だった。


蒼井涼介はサーバー室に入る前に「今日もバタバタと忙しそうだね」と声をかけてみた。2人とも「お疲れ様です!」といいながら作業をし続ける。七瀬唯の挙動を見たかった蒼井涼介は「七瀬さん、そういえば来月のイベントの移動、同じ車で行くみたいなのでよろしく」と言ってみた。すると七瀬唯は「あ!そうなんですね。それは、その・・・よろしくお願いします」と少し言葉を詰まらせながら言った。もう少し観察してみたかったので「七瀬さんはイベントで何するの?」と聞いてみた。すると「わたしは受付とチラシ配布です」と答えた。


「アルバイトなのにイベント参加させられて大変だね」

「いえいえ、これでも楽しみにしているんですよ!」

「楽しみかな?面倒くさいだけだと思うけどなあ」

「そんなことないです!みんなで何かできるし、それに・・・」

「それに?」

「い、いえ別にそれだけです」


そういう会話をして蒼井涼介はサーバー室に入っていった。たしかに七瀬唯の挙動には何かありそうだが、自分が気に入られているというところまではハッキリしない。ただ、七瀬唯の「それに・・・」の後に続く言葉が気になるところだが、とにかく今の段階では何もわからない。


その後、仕事をしながらも七瀬唯のことが少し気になっていた。すこし頭がボーっとしてきたので休憩室へ行くと、また藍原夏美が座っていた。


「あら、どうしちゃったの?複雑な顔してるわね」

「いや、少し頭がボーっとしてただけだよ」


藍原夏美は笑みを浮かべながら話してきた。


「もしかして、七瀬唯ちゃんのことが気になりはじめたのかしら?」


それを聞いて藍原夏美とはなんという鋭い女なんだと瞬時に思った。


「そんなことはないよ。ただ、さっき少し話をしてみて少し気になった点があっただけだよ」

「へえーその気になった点ってどういうところなの?」

「なんとなく俺と話している時、言葉を詰まらせたり、イベント参加が楽しみだっていうだけど、他にも何かあるみたいな感じだったんだよ」

「ほら、やっぱりそうじゃない!あきらかに何かを意識してるって感じだったでしょ?」

「でも、だからといって俺を気に入ってるという確証にはならないよ」

「そうかしら?ふふふ・・・あなたのことだから絶対にその真相を知りたくなるはずだわ」

「真相がどうであっても俺には別にどうでもいいことだけどね」

「あなたは必ずに行動に出るはず。七瀬唯ちゃんを口説き落としちゃうのかしらね?楽しみだわ」

「前から思ってたんだけど何が楽しみなんだよ?」

「あなたが何を考えてどう行動していくのか、それが楽しみなのよ」

「また挑発的なことを言ってるし・・・」

「とにかく、真相を明らかにしてみるのはいいんじゃない?」

「そうはいっても直接本人から聞くわけにもいかないし、真相を明らかにさせるのは難しいよ」

「そこはあなたの見せ場でしょ?楽しみにしてるわね」


そういって藍原夏美は休憩室を出て行った。七瀬唯がこちらにどんな感情を抱いているのかはわからないが、どちらにしても蒼井涼介は自分が恋愛感情を抱くことはないだろうと思った。


その後、何度か七瀬唯と話をしてみたが、これといって確証を得られるものはなかった。藍原夏美のように深い話ができる相手でもないので、適当な会話程度しかできない。ただ、相変わらず言葉を詰まらせたりしていたので挙動は少しおかしいと思うことはあったのだが、真相を明らかにさせられるものではなかった。



■ イベント開催


イベント開催の前日、勤務時間が終わってすぐに会場へ移動となった。藍原夏美達はすでにイベント準備のため移動していたが、蒼井涼介の車に乗るメンバーは直接ビジネスホテルに直行して朝早くからイベントの準備を行うことになっていた。蒼井涼介の車に乗るのは七瀬唯を含めて女性3人の合わせて4人だった。どういうわけか車の座席まで決まっていたようだ。運転手はもちろん蒼井涼介で七瀬唯は助手席、あと2人の女性社員は後部座席となっていた。この席順はおそらく藍原夏美が仕掛けたに違いないと思った。車を走らせながら車内で何気ない会話がはじまった。今のところ七瀬唯の挙動におかしなところはない。やはり考えすぎていたのかと思いながら高速道路を走らせていると話疲れたのか、車内はシーンっとした。


しばらくして、蒼井涼介は七瀬唯のほうを見て「静かだと眠くなりそうだから、何か話でもしようか」と言った。七瀬唯は「何の話にしますか?」と聞いてきたので「たとえば恋バナなんてどうかな?」と言ってみた。


「恋バナですか!?うーん、難しいな」

「難しいかな?それじゃあ、七瀬さんは今気になる人とかいる?」

「いるにはいます」


七瀬唯は小声でそう呟いた。


「逆に気になる人とかいますか?」


蒼井涼介は少し挙動を確認しようと思ったのでわざ嘘をついて答えるようにした。


「気になる人はいるよ」

「いるんですね・・・」


七瀬唯は少し暗い表情でそう答えた。


この会話の内容と七瀬唯の挙動と表情から考えて、蒼井涼介は自分が気に入られている可能性はゼロでなさそうだと思った。だからといってまだ完全に真相が明らかになったわけではない。いろいろ考えていると七瀬唯が話し出した。


「もしかして、その気になる人ってわたしの知ってる人じゃないですか?」

「いやいや知らない人だよ」

「藍原さんかなって思ったんですけど、違うんですか?」

「ええ?どうしてそう思うの?」

「だって、なんか2人ともすごく仲が良さそうじゃないですか?」

「藍原さんとは仲良くしてもらってるけど、そういう感じではないよ」

「藍原さん、あんな美人なのにそういう感じじゃないって・・・なんかあやしいですねえ~」

「いや、本当に違うから!」


蒼井涼介は周りから藍原夏美と仲がいいと思われていたのかと少し動揺してしまった。しかし、七瀬唯の挙動が気になったが、気になる人がいると嘘を言ってしまったのは失敗だったと後悔した。


ビジネスホテルに着いて、各自、予約した部屋に入っていった。蒼井涼介もビールを買って部屋に入り、1人で考えていた。もし七瀬唯がこちらのことを気になっているのであれば、その確証を得るには告白してもらうしか方法はない。もしくはこちらが何かしらの攻略法を考えて実行するというのも手だ。しかし蒼井涼介は七瀬唯に何の感情も抱いていないので攻略法なんて使うべきではないと思った。やはり相手に告白させるしかないのだ。しかし、相手に告白させる方法なんて今まで考えたこともない。それに車の中で気になる人がいると嘘でも言ってしまったので、告白なんてしてこないだろう。変に気を持たせるようなことはできないが、自分の気になる人が会社の中にいる人だと言ってしまえばどうだろうか。あの様子だとその気になる人が藍原夏美だと思い込んでしまうかもしれないが、七瀬唯である可能性はあると思い込ませたら告白してくるんじゃないだろうか。蒼井涼介は帰りの車の中でその話をしてみることにした。


イベント開催日、多くの人が訪れた。蒼井涼介はネットワークプリンターのブースで来客者に機能を説明をする担当だった。藍原夏美は会場の見回りと来客者の案内役、七瀬唯は受付でチラシを配布している。来客者が減ってきたところに藍原夏美がやってきた。


「昨日は車の中でどうだった?何かわかったかしら?」

「いろいろ仕組んだのは藍原さんだね?車内の座席まで計画してたのにはびっくりしたよ」

「ふふふ・・・それもバレちゃったのね。それで何かわかったの?」

「なんとなく、そんな気がしてきたけど、真相を明らかにするのは無理だよ。告白でもしてこられない限りね」

「そうね。それで告白させる方法は考えてないの?」

「そんな方法、難しいでしょ?」

「でもあなたならできるんじゃない?」

「俺は神でも超人でもないぞ」

「ふふ・・・それはそうね。じゃあ口説き落として付き合っちゃえばいいんじゃない?」

「いや、俺にその感情はないから無理だよ」

「その気はないか・・・それは残念ね」


蒼井涼介は藍原夏美が自分をからかいにきたのかと思った。


イベントが終了して後片付けをして車に乗り込む。座席は行きと同じく助手席が七瀬唯だった。蒼井涼介は何気に「昨日、俺に気になる人がいるって言ったけど・・・」と七瀬唯に話しかけた。すると七瀬唯は「それがどうかしましたか?」と聞いてきた。


「ちょっと言いにくい人で・・・」

「言いにくい人って?」

「その・・・会社にいる人だから・・・」

「えっ?やっぱり藍原さんですか?」

「いや、これ以上は何も言えないし、ここで名前なんて絶対に言えない人なんだよ」

「それって、この中にいる人ってことですか?」

「いや、だから、この場では絶対に言えない」

「そうなんですね」


この会話でどうなるのかはわからないが、七瀬唯が自分である可能性を匂わせておいた。



■ 告白そして裏に潜む真実


イベントが終わって3日ほど経ったある日、いつものようにサーバー室の点検に行くと、七瀬唯が1人で作業をしていた。お互いに「お疲れ様です」と挨拶をすると七瀬唯が蒼井涼介の前にやってきて「これ読んでおいてください」と手紙を渡された。すると七瀬唯は慌てて部屋を飛び出していった。


サーバー室で手紙を読むと『友達からでいいので付き合ってもらえないですか?』と書いてあった。その中には「好き」という言葉は書いてなかったが、間違いなく告白されたのだ。一体、七瀬唯は自分のどこに惹かれたのかわからないが、蒼井涼介にはその気がない。しかし簡単に断ってしまうのもどうだろうか。七瀬唯と付き合ってみることを少し考えてみるか。そう思った蒼井涼介は七瀬唯の席まで行って「手紙の件だけど、少し考えさせてほしい」と言った。そして早速メッセンジャーで藍原夏美にこのことを伝えた。


『やっぱりね。それで、どうするつもりなの?』

『いや考えてはみるよ』

『もう付き合っちゃえば?』

『そんな簡単に付き合えないよ』

『そっか』


藍原夏美の返答は意外とさっぱりしていた。


帰宅中の電車の中でも蒼井涼介はあれこれ考えたが、やはり七瀬唯と付き合うことなんて考えられなかった。しかし、もし付き合うことになったらどうなるんだろうか。そうなれば何かを失う気がする。その何かって何だという疑問が心の中に残った。


蒼井涼介は帰宅してベッドに横たわりながら、これまでのいきさつを整理してみた。藍原夏美が七瀬唯の気持ちを見抜いていた。そして先日のイベントで七瀬唯を助手席に座らせる計画までしていた。七瀬唯との恋バナをして最後は告白できるようにしてみた。そして手紙を渡されて告白されたのだ。今は「少し考えさせてほしい」といって保留の状態にしている。簡単な経緯はこんな感じだが、考えてみるとどうして藍原夏美はそこまでして七瀬唯と付き合わせようとしているのだろうか。2人がどういう関係になったとしても藍原夏美に何のメリットもないのだ。しかも今回は向こうから告白してきただけで、蒼井涼介は何の攻略法も使っていない。藍原夏美が楽しめそうな場面なんてどこにもないのだ。


それにもし付き合うことになったら何かを失ってしまう。さっきも考えていたその何かとは何だろうか。とても大切なものを失ってしまう気がする。蒼井涼介は七瀬唯と付き合った前提で今後のことをシュミレーションしてみた。そしてあることに気がついた。それは七瀬唯と付き合うことになったら、藍原夏美の関係はどうなってしまうんだろうということだ。七瀬唯に隠れて2人で話をすることなんてできなくなる。蒼井涼介はそれだけは絶対に嫌だと感じた。その「絶対に嫌」というのは大親友を失うのが嫌なのだろうか。付き合うことになっても大親友でいることはできるのに、何をこんなに拒絶してしまっているのだろうか。藍原夏美と2人で話をすることは、蒼井涼介にとってもはやかけがえのないものになっている。それって大親友ってだけではなく、もっと深いものがあるんじゃないのか。信頼関係、絆、友情などいろいろ考えられる。蒼井涼介は藍原夏美に対する感情をもう一度改めてみることにした。


今は好きという感情よりもっと大きな感情があるのではないか。大好きという言葉だけでは物足りない気がした。大好きなのは否定できないが、何かこうもっと大きなこと。その時、蒼井涼介がふと思い浮かんだのが愛というキーワードだった。そして「そうか!自分は藍原夏美を愛しているんだ」ということに気がついた。蒼井涼介にとって藍原夏美はすごく愛おしくかけがえのない存在になっているのだ。それには見返りを求めない。これは恋愛感情という軽いものではない。最初は挑発に乗って攻略して大親友という関係になった。それから1年経った今だから言えることかもしれない。


蒼井涼介は逆に藍原夏美は自分のことをどう思っているんだろうかと疑問に思った。ここまでの関係になって何かしらの感情は芽生えてないのか。そもそも、セッティングまでしてどうして他の女の子と付き合わせようとしたのだろうか。もし付き合ってしまったら、今後は2人で話ができなくなることぐらいわかっているはずなのだ。こちらのことが面倒になったり嫌になったりしたのであれば、あの性格からしてハッキリ言ってくるはずだ。そう考えるとつじつまが合わない。もしかして藍原夏美も自分と同じ感情を持ってるとすれば全てのつじつまが合うのではないか。


蒼井涼介の心の整理はついた。そして蒼井涼介の感情と裏に潜む真実が明らかになったのだ。しかし、そうなるとまたあの強者と一戦交えないといけなくなる。今度は1年前の時のようなシンプルな方法ではダメだ。しかし、蒼井涼介はもう一度、あの強者を完全に口説き落としてやると決心した。



■ 新しい攻略法


次の日、本当は部外者の立ち入りは禁止だが、蒼井涼介は七瀬唯をサーバー室に入れた。


「この前の件だけど」

「は、はい・・・」

「ごめんなさい。俺はやっぱ付き合うことできない」

「そうですか・・・わかりました」

「1つ聞いてもいいかな?俺のどこに惹かれたの?」

「すごく似てるんです。わたしが昔大好きだった人に・・・」

「そうなんだ。その人もかなり年上だったの?」

「はい。わたしは結構年上好みなんです」

「そうなんだね」

「あの・・・やっぱり気になる人がいるからですよね?」

「うん。かなり愛おしい人がいるんだよ」

「わかりました。その人と頑張ってください」


そう言って七瀬唯はサーバー室を出て行った。かなりギャル系だが、話してみると意外に乙女なんだと思わされた。さて、こっちは片付いたので、あとはこのことを藍原夏美に伝えて攻略法を考えるか。


蒼井涼介は断ったことを藍原夏美の席まで伝えに行った。「あなたに気がないなら仕方ないわね」という話で七瀬唯の件は終了した。そして蒼井涼介は「まだもう1つすることがある」と藍原夏美に言った。藍原夏美は不思議そうに「何かしら?」というので「もう一戦交える必要があるってことに気がついたから」と言った。すると藍原夏美は「その顔は何か企んでるのね?アタシに関係することかしら?」と言った。蒼井涼介は「ああーそうだよ」と言って藍原夏美の席を離れた。


蒼井涼介は帰宅していつものようにベッドに横たわりながら攻略法を考えていた。この問題は藍原夏美をどうしたいのかが焦点になるのだ。1年前は女心を揺さぶって”ハートをしとめる”ということをしたが今回は違う。あくまで口説くのではなく、この愛おしいという気持ちを相手にぶつけて、お互いに愛し合っているんだと証明させないといけない。藍原夏美がこちらに対して愛が芽生えていると気がついていれば話は早いかもしれないが、まだ完全にそれを確証することはできない。説得するという方法もあるが、何をどう説得すればいいのかわからない。下手をすれば軽い恋愛感情のように思われる可能性すらあるので、それだけは避けなければならない。そもそも愛を証明させる攻略法など蒼井涼介の人生で初の試みなのだ。こちらがストレートに愛おしいと気持ちをぶつけても、それはただの告白にしかならない。その感情をぶつけるのは1番最後として、そこまでの過程が必要になる。藍原夏美が自分と他の女の子を付き合わせようとした理由についてはなんとなく予想はついている。それはおそらく蒼井涼介という存在が彼女の中で何かしら変化したのか、それとも何か恐れてやったことなのだろう。どちらにしても大親友という関係以上の何かを感じていることは間違いない。それが何であるか気づかせればいいのだ。しかし、ただ話をしながら気づかせるのは難しい。


ふと蒼井涼介は本棚に並んでいる心理学の本に目がいった。精神分析、恋愛心理学、愛の深層心理、心理カウンセリングなど見ていった。久しぶりに開いた本だが、どうにも手掛かりはなかった。しかし、それと同時にあることを思い出した。それは以前、カウンセラーの専門学校で自己分析した時のことだ。そういえば、あの時、無意識にある感情をえぐりだされた感じだったこと。あの方法を今回のことに応用できないだろうか。藍原夏美の無意識の中にある感情を意識化させていけばいいのだ。質問形式になるが、そうしていくことで気づきに発展する。しかし、相手は人生最強ともいうべき強者なので、下手な質問をしても意図をすぐに見抜かれてしまう。そこは注意しないといけない。まず、最初に話をどう切り出すかが問題だ。蒼井涼介はこの”最初”がなかなか思いつかなかった。ところが藍原夏美の「楽観的」という言葉を思い出した。それであれば最初はシンプルでいいんではないだろうか。お互いのことをどう思っているか話し合ってみようってことでいいのではないか。その後、質問形式にしていって無意識にある感情を意識化させて気づかせる。そして自分の想いを強くぶつける。蒼井涼介は頭の中で何度もシュミレーションしてみた。藍原夏美の無意識を意識化させるにはこの方法しかない。それはまさに蒼井涼介にとって新しい攻略法が思いついた瞬間だった。


あとはどこでこの話をするかが問題だ。休憩室でもいいが、前のようにいいタイミングがあるとも思えない。だからといってファミリーレストランというのも雰囲気が悪い。こうなったら勤務終了後にどこかに呼び出すしかない。あまり人気のないところといえば、ちょっといけない場所だが、あそこしかないと思った。



■ 愛の証明


蒼井涼介はまずノー残業デーまで実行を待った。それまでは何度も頭の中でシュミレーションしてきた。そして、ついにその当日がやってきた。蒼井涼介は藍原夏美にメッセンジャーで話しかけた。


『今日、勤務が終わったら、ちょっと内緒でサーバー室まできてくれないか?』

『いいけど、何か話でもあるの?』

『大事な話があるから1人で来てほしい』

『わかった』


これで準備は整った。あとは実行あるのみだ。またあの強者相手に一戦交えると思うとドキドキして仕方なかった。そして勤務終了後、ノー残業デーなのでみんな帰っていく。シーンッとなった会社内で蒼井涼介はテストサーバーがちょっとおかしいので、いろいろ確認してから帰りますといってサーバー室へ入った。まだ藍原夏美は来ていない。心臓が破裂しそうなくらいドキドキしている。ただ、前回と違って今回は冷静にならなければならない。絶対に感情的になってはいけないのだ。感情のスイッチを入れるのは1番最後だ。しばらくするとサーバー室のドアが開き藍原夏美が入ってきた。蒼井涼介はサーバー室の鍵を閉めた。そして不思議そうな顔で「話って何かしら?」と藍原夏美は言った。


「藍原さん、俺は気がついたんだよ」

「気がついたって何を?」

「藍原さんの存在をどう感じてるかだけど、藍原さんは俺の存在をどう感じてる?」

「どうって言われてもねえ・・・信頼できる大親友って感じかしらね」

「本当にそれだけなのかな?」

「うーん、改めてそれだけって言われると難しいわね」

「藍原さん、俺と七瀬さんを付き合わせようとしたけど、あれはどういうことだったの?」

「あれは、つまり・・・あれよ、あなたがどんな行動をするか知りたかったから」

「それ答えになってないよ。明らかに付き合わせようとしてたよね?」

「たしかにそうね。まあ、うまくいけばいいかなって思ったのよ」

「どうしてうまくいけばいいなんて思ったの?」

「それは、そろそろあなたも彼女できればいいかなって思ったのよ」


さすがに藍原夏美はかなり厄介であった。もう少し質問攻めにすることにした。


「俺に彼女ができればいいと思った理由は何?」

「うーん、なんとなく・・・そう、思ったから」

「俺に彼女ができるともう藍原さんと2人で話ができなくなるんだよ?それってどう思う?」

「どう思うって、そうなったら仕方ないって思うかしら」

「本当に仕方ないって思うだけ?」

「たしかに淋しくなると思うわ。でも、それでもいいって思ったのよ」

「淋しくなるのに、そうなってもいいって思う理由は何?」

「それは・・・あなたが、幸せになってくれるならって・・・」


藍原夏美は少し動揺している。蒼井涼介はここぞとばかりにさらに鋭い質問していくことにした。


「本当にそう思う?」

「うん、そうよ。そう思ってるわよ」

「藍原さん、隠し事はいけないよ。俺が幸せになってくれるってだけの理由があったかもしれないけど、他にも意図があったよね?それはつまり、俺から離れようとした・・・どうかな?」

「それは・・・あなたの存在が大きくなりすぎたから・・・っていえばいいかしら」

「俺の存在が大きくなりすぎたってどういうこと?」

「正直、そこがわからないのよ。このままだとあなたの存在に吸い込まれていく感じがしたのよ」

「どんな風に吸い込まれていく感じがしたの?」

「うーん、よくわからないわ。なんだか離れられなくなるような・・・」

「離れられなくなるような存在ってどういう存在?」

「そうね、かけがえのない存在かしら・・・」


ここまでくると成功まであと少しだと思った。


「そこまで俺のこと想ってくれてるんだね。かけがえのない存在って言いかえれば何?友情?それとも?」

「それとも・・・ねえ、アタシに何か言わせたいの?」

「大親友という関係になってから1年、お互いに2文字の感情が芽生えたんじゃないかなって思うんだけど・・・どう思う?」

「2文字の感情・・・あっ!」


藍原夏美はやっと気づいたようだ。蒼井涼介はここで感情のスイッチを入れた。そして、藍原夏美の前まで行って強く抱きしめた。


「藍原さん!俺は・・・俺は藍原さんのこと愛おしいって思ってる。この想いは好きだとか恋だとかそういう言葉では伝えきれないんだよ!」


少し沈黙が続いた。そして藍原夏美も両手でそっと抱きしめてきた。


「アタシ・・・その・・・アタシもあなたのことが愛おしいって思うわ」


そして、お互いに抱きしめ合いながら「愛してる」と言った。

ついに人生最強ともいうべき藍原夏美をもう一度口説き落とすことができた瞬間だった。



■ 愛の結末


体を離していくと、目の前には涙を流した藍原夏美の姿があった。


「アタシ、怖かったのよ。あなたの存在が大きくなってこのままどうなっていくんだろうって思ったの」

「俺もこの感情に気づいたのはこの前だった。まあ、七瀬さんのことがキッカケだったんだけどね」


これでお互いに大親友という関係からもっと深い大きな関係へと発展したはず。


「それで、今後の俺達の関係だけどさ、2人だけの秘密の関係ってのはどうかな?」

「2人だけの秘密の関係ね?あなたらしい発想ね」

「恋人同士がしているようなことをするのもよし、大親友からもっと深い関係になるのもよしって感じでどうかな?」

「そうね。アタシはどんな関係でもいいわ。こうなった以上、そこはあなたに任せるわよ」


こうして藍原夏美とはもっと親密な関係に発展していくことになった。


「ところでだけど、この前、あなたがもう一戦交えるって言ってたのはこのことだったの?」

「そうだよ。もう一度、人生最強の女性とやりあうことになるとは思わなかったけどね」

「またあなたにしてやられたわ」

「いや、今回もかなり頭使わされたよ」

「ずいぶん質問攻めにあったけど、あれがあなたの攻略法だったのかしら?」

「無意識の感情を意識化させる心理的な方法を応用して、それを自分らしいやり方にしたんだよ」

「でも、アタシの感情に愛があるってよく気づいたわね?」

「だって、七瀬さんと付き合わせようとしたのはどうしてなんだろう?って考えたら、絶対に今までにない何かの感情があるって思ったからだよ。別に嫌ってもなさそうだし、面倒になったわけでもなさそうなのにその行動は不自然だって思ったんだよ」

「なるほどね。アタシ自身も気づいてなかった感情だったから本当に見事な方法だったわ」

「まあどちらにしても人生最強の女性と愛し合うことができて俺は嬉しいよ」

「人生最強の女と愛し合うか・・・ふふふ・・・そんなにアタシって最強なのね」

「ああ、何度でも言ってやるよ。藍原夏美は俺の中で人生最強の女だよ。今まで出会ってきた女性の中でも1番だよ」


それから蒼井涼介と藍原夏美の関係は恋愛というより、何か特別で深い関係で結ばれていた。もちろん恋人同士のようなこともするようになったのだが、基本は今までのように2人で会って話をするということが多かった。蒼井涼介の中で藍原夏美という存在は見返りを求めない愛する人であった。


藍原夏美も蒼井涼介に対して見返りを求めなかったように思う。ただ、お互いに「愛しています」とときどき言うようになった。2人の関係は表面上、大親友という形でありながら、実際には愛し合う2人という関係になっていた。その2人の関係はその後2年近く続いたが、誰にも気づかれることはなかった。


その後、蒼井涼介は過労で倒れて会社を退職することになった。蒼井涼介はもう独立という道を選択した。藍原夏美は「今後はお互いの道を進んでいきましょう」と言った。蒼井涼介も「うん、お互いもう十分に愛し合ったし、今後はお互いの道を進んでいこうと思う」といって同意した。藍原夏美との関係を続けていくこともできたが、蒼井涼介の人生の中で独立の道を選んだということはお互いに別の道を進んでいくということ。退職してから少しの間は藍原夏美と話をすることもあったが、次第に会うこともなくなり連絡することもなくなっていった。まさに自然消滅といってもいいが、もうお互いに愛し合うことができたし、信頼関係も構築し続けた。こんなに愛し合うことができる人はこの先現れるのだろうか。蒼井涼介は部屋の中でもう一度叫んだ。


「藍原夏美は俺にとって人生最強の強者だった。俺はその人生最強の女性と愛し合うことができたんだ」


そんな藍原夏美の存在を一生忘れることはないだろうと思った。それから数年後、蒼井涼介はときどき彼女は今どこで何をしてるんだろうと思うことがある。

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