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恋愛の達人  作者: 涼
14/22

ホステスの恋愛講座

■ ホステスからの相談事


正月が過ぎた1月の下旬、突然、蒼井涼介の携帯電話が鳴った。その相手は以前、ネットゲームのオフ会で知り合った24歳の沢倉優里奈だった。沢倉優里奈とは連絡先は交換していたが、連絡がきたのは今回がはじめてだった。


「もしもし、ずいぶん前に出会ったネトゲの優里奈だけど覚えてるかな?」

「ああ、覚えてるよ。久しぶりだね。突然どうしたの?」

「ちょっと相談したいことがあるんだよ。でも家だと親がいるから外で話がしたいんだけど時間作れないかな?」

「週末ならいいよ。うちの最寄り駅まで来てくれると静かなカフェがあるから、そこでどう?」

「じゃあ今週末の土曜日の13時にそっちの駅前までいくね。待ち合わせ場所は中央改札口でいいのかな?」

「そうだね。中央改札口の前で待ち合わせでいいよ」


何の相談事か予想もつかなかったが、両親に聞かれるとまずいんだろうと思った。しかし、沢倉優里奈とはネットゲーム内で少し話をする程度だったが、今さら何の相談があるというのだろうか。しかも現在、蒼井涼介はネットゲームをしていないのだ。


土曜日の13時、蒼井涼介の家から近い最寄り駅の中央改札口に行くと沢倉優里奈が待っていた。沢倉優里奈は160cmに満たない背丈に栗色でロングヘアーに内巻きカールをかけて前髪は下ろしている。そして大きな目に鼻筋が通っていて頬は引き締まっているかなりの美人だ。しかも仕草や笑顔はかなり可愛いく見える。ネットゲームのオフ会でもそんな沢倉優里奈に好意を持っている男性は何人かいたと思われる。今回、久しぶりに会ってみると一段と外見に磨きがかかって魅力的な女性になっていた。その後、2人で駅前にある静かなカフェに入った。蒼井涼介はアメリカンコーヒーを注文して、一口飲むと話を切り出した。


「ところで、俺に相談したいことって何?」

「わたしね、4ヶ月ほど前からラウンジでバイトしているんだけど、そのことで相談があるの」

「ラウンジでバイトってことはホステスでもしてるの?」

「うん。親には内緒でバイトしてるんだよ。涼介君、たしか前に恋愛心理学とかテクニックを勉強してるって言ってたよね?」

「ああ、今も勉強は続けてるけど、それがどうしたの?」

「それって女性向けのテクニック?男性向けのテクニックも勉強してる?」

「もちろん両方のテクニックや心理を勉強してるよ」

「それならよかった。そんな涼介君だからこそ、わたしの相談を聞いてほしいの」


沢倉優里奈は相談内容を話しはじめた。その内容とは4ヶ月間、ラウンジでバイトをしているがほとんどお客さんから指名されることがない。つまり客がつかないということらしい。あくまでバイトなのでノルマはそこまでないらしいが、あまりにも客がつかないと辞めさせられる可能性があるという。一応、そのラウンジには接客方法が書かれたマニュアルがあって、その通りにしているがどうにも上手くいかないらしい。他のホステスも綺麗で美人な人が多いので自分には魅力がないのではないかと悩んでいるとのことだった。


「優里奈は外見的には魅力的だとは思うけどね。それで客がつかなくて困っているというのが相談したいことかな?」

「わたしって魅力あるのかな?マニュアル通りにお客さんと接してるんだけど、いつも次がないのよね」

「つまり同じ客が次に来た時には優里奈が指名されないってわけだね?」

「そうなの。4ヶ月間、ほとんど指名がこないから、このままだとまずいのよ」


蒼井涼介は少し黙って考えてみた。沢倉優里奈の外見はそこまで問題はなさそうだ。男性を引き付ける魅力なら十分にあるはず。それでも客がつかないということは接客に問題があるのではないだろうか。そのラウンジの接客マニュアルがどんなものであるかはわからないが、客との会話に何か問題があるのかもしれない。



■ 接客テストと結果


沢倉優里奈の接客がどういうものであるか確かめる必要があると思った蒼井涼介は1つの案を出してみた。


「優里奈、今から俺がお客さんだと思って、接客してみて」

「え?ここで?」

「そう、ここで!今から俺はお客さんになる。最初の挨拶とかはいらないからね」

「わかった。やってみる」


沢倉優里奈は突然、蒼井涼介の左手をそっと掴んで腕時計を見た。


「カジュアルなファッションにこの時計、よく似合ってる。涼介君って結構センスいいね」


そう言うと沢倉優里奈はニコッと微笑んだ。


「ありがとう」

「カジュアルスタイルもカッコいいね。わたしそういうの結構好きだよ」

「それもありがとう」

「ところで、涼介君って休日は何して過ごしてるの?」

「そうだね・・・基本は部屋で音楽聴きながらボーっとしてることが多いかな」

「へえーどんな音楽聴いてるの?」

「オールディーズって言って、50年代から60年代頃の洋楽かな」

「それって、どんな感じの音楽なの?」

「単純な音楽なんだけど、聴いてると、その時代の風景とか頭に浮かぶんだよね。まだ俺は産まれてなかったんだけどね」

「そうなんだ。その時代の風景が頭に浮かぶ曲ってなんかすごいね。わたしも聴いてみようかな?」

「オールディーズ集みたいな安いCDが売ってるから興味があるなら買ってみるといいよ。たくさんの曲があるから大変だろうけどね」

「たくさんの曲があるんだ。涼介君はたくさん聴いてるの?」

「ああ、めちゃくちゃいろんな曲を聴きまくってるよ」

「そうなんだ。オールディーズだっけ?すごく詳しいのね。すごい!」


また、そう言うと沢倉優里奈はニコッと微笑んだ。


「まあマニアックだけどね。俺の年齢でオールティーズ聴いてる人は少ないと思うよ」

「そうなんだ。オールディーズの他にも何か聴いてる音楽はあるの?」

「俺は何でも聴くよ。でもまあ、昔の音楽が1番って感じかな」

「そうなんだ。何でも聴くって、音楽のことすごく詳しそうね」

「優里奈、もう接客はいい、わかった。一旦これは終わりにしよう」

「もういいの?わかった。それでわたしの話し方に何か問題があった?」


蒼井涼介は少し黙って考えた。これは沢倉優里奈が根本的に勘違いしているのと、魅力を引き付ける会話というものがまるでわかってない。しかし、その勘違いやわかっていないことを、ここで説明して簡単に理解してくれそうもない。沢倉優里奈は少し特訓する必要があるが、どうしたものか。週末の土日は特に予定はないから特訓に付き合ってもいいが、あとは沢倉優里奈がどこまで理解して習得できるかが問題だ。とにかく、今の段階で感じたことだけ伝えておくか。そう思った蒼井涼介は口を開いた。


「えっとね・・・話をする姿勢はそれでいいんだけど、基本的な部分で勘違いしているのと、魅力を引き付ける会話になってないんだよね」

「それってどういうこと?」

「最初、時計を見てカジュアルで似合ってるといって褒めたんだと思うんだけど、褒めるポイントが違うんだよ」

「でもお店のマニュアルにもお客さんを褒めるようにするって書いてあったから、その通りにしてみたの。何か違うの?」

「男性を褒めるポイントが違う。あと、音楽の話になった時、詳しくてすごいと言ってたけど、あれは誉め言葉になってないよ」

「そっか。褒め言葉になってなかったのね」

「それと、褒め言葉の後、ニコッと微笑む仕草をしてるけど、あれは可愛いアピールでもしてるの?」

「褒め言葉の後に微笑んだらより効果があるかなって思ったんだけど、それもまずかったりする?」

「会話の進め方もちょっと違う。もっと盛り上げないといけない。優里奈は少し特訓する必要があるよ」

「特訓って話し方とか褒め方とかそういうの?」

「そう。今日1日で何もかもできない。週末、しばらく俺は予定ないから土日はここのカフェで俺が特訓に付き合ってもいいよ。コーヒー代出してくれるならね!」

「特訓して上手くいくのであればいいけど、本当に大丈夫なの?」

「ああ、優里奈は基本的な部分から考え方を改めないといけないのと、問題はなんとなくわかったから大丈夫だと思う」

「わかった。しばらく土日の13時はここに来るようにするね」

「あと、ハッキリ言っておくけど、外見で勝負するのは捨てたほうがいい。外見を磨くなと言ってるんじゃないよ。あくまで会話で魅力を引き付ける。外見はオマケみたいなものだと思っておいたほうがいい」

「会話で魅力を引き付ける。外見はオマケ・・・よくわからないけど頭に入れておくね」

「それと褒めた後のニコッと微笑むのはいらない。可愛いアピールなんてしたら逆効果かもしれない」

「わかった」

「じゃあ、明日の日曜日から開始しよう。明日も来れるよね?」

「うん。じゃあ明日の13時にまたこのカフェで待ち合わせでいい?」

「それでいいよ」


蒼井涼介は家に帰って自分のまとめた女性向けの恋愛テクニックを読み直した。まず、沢倉優里奈が最初に覚えるべきことは何なのかを考えてみた。会話術はそれなりに身についていて、話をする姿勢は現状のままでいい。問題は恋愛テクニックの部分なのだ。多くの男性は単純なところがあって、女性を外見だけで判断して選ぶのだが、それは一般的な恋愛での話であってホステスの世界だとそれだけでは通用しないのだ。とりあえず、蒼井涼介は自分なりにこれからの特訓のカリキュラムを組んでみた。



■ 女性向け恋愛テクニック講座


蒼井涼介はまず、沢倉優里奈が大きく勘違いしている男性の褒め方から教えていくことにした。次の日、駅前のカフェに行くと沢倉優里奈が待っていた。あらかじめノートとペンを持ってくるように言っておいたので、テーブルの上にそれが用意されていた。蒼井涼介が話を切り出した。


「今日はね、優里奈が勘違いしている男性の褒め方について教えるよ」

「男性の褒め方ね・・・わたし、何を勘違いしているの?」

「女性は外見を褒めると効果があるけど、男性は内面的な部分を褒めないといけない。外見は髪型変えた時とか、たくましいみたいな感じだといいけど、その他の部分はあまり褒めないほうがいい」

「内面的な部分って?」

「男性が話す自分の考え方や価値観、趣味、好きなことかな。話をきいて、『すごい!深く考えてるね』とか『そんなことよく考えたよね、すごい!』とかそういう感じ。あと趣味を褒める時、それがゴルフだった場合は『そんなすごいショットだったんだ。それはすごいね』とかかな。基本は『すごいね!』というのが効果的かな」

「でも、趣味や好きなことがない人はどう褒めればいいの?」

「その場合は、価値観や考え方から能力を褒めればいい。たとえば『すごい物知りだね!』とか『頭がいいんだね!』とかそういう感じかな」

「仕事の話をされることがあるけど、その場合は何を褒めればいいの?」

「そうだね、『俺が仕事をこなしてやった』みたいなことを言った場合『仕事のできる人は大変だね』とか『人にできない仕事をこなすなんてすごい!』とかかな」

「そういう感じか・・・なんとなくわかってきた」

「あとは甘えながら『今度教えて』って言うのも1つのテクニックだね。男性は教えたがるタイプが多いから効果的かも」

「なるほど」

「大切なのは感情を込めて心から褒めることと、褒めすぎないように注意ね。根拠のない褒め方をするとお世辞にしか聞こえないからね」


沢倉優里奈は話を聞きながら必死にメモしていた。女性を褒める場合は身に付けているアクセサリーや服装など外見的な部分なので説明しやすいが、男性を褒める場合は内面的な部分なので、感覚を掴んでもらうしかない。はたして沢倉優里奈がその感覚をどこまで掴んだのかはわからないが、あとは実践して身に付けていくしかないだろう。


次の週の土曜日、いつものようにカフェに行くと沢倉優里奈がノートとペンを持って座っていた。今回と次回は男性を立てるテクニックを教えていくことにした。


「多くの男性は自分が上に見られたくて、自分の考えを認めてほしいって意識があるんだよ。そこで男性を立てるという方法について教えるよ」

「男性を立てるってどういうこと?」

「男性が自分の考え方や価値観を話している時、自分の考えと違っていたとしても批判は絶対してはいけないんだよ」

「批判してはいけないってマニュアルにも書いてた」

「そういう時は相手の意見を尊重して『そういう考え方もあるんだ』とか『すごい考え方だね』とか言ってあげるといい」

「なるほどね」

「男性がそういう話をする心理の裏側には『俺ってすごいでしょ』って自慢したい意識があるんだよ。それを認めてあげるのも効果がある」

「そうそう!得意気な話をしてくるお客さんも多いのよ」

「そんな時は『よくがんばったね!』とか『すごいね!』とか言ってあげるってこと」

「そっか・・・わたし、心の中で何気に自慢話されてるって思って黙ってたんだけど、認めてあげるのね」

「あとは男性の優越感やプライドを傷つけたりしないことかな。『俺ってこんなに知ってるんだ』みたいな話をされたときは、つまらなそうにしないで『よく知ってるね』とか『知識豊富なんだね』みたいに言って、そのプライドを大切にしてあげること」

「たしかにそういうお客さんも多かった。『俺はこんなにできるんだ』みたいな話をされたとき、わたしは『へえーそうなんだ』で話終わらせてた。つまんなかったし」

「そこをつまんないで終わらせないことが重要なんだよ。プライドを傷つけてしまったら一発でアウトだからね」

「わかった」


沢倉優里奈は先週に続き話を聞きながら必死にメモしていた。男性を立てるテクニックについても褒め言葉と同じく感覚を身に付けないといけない。その感覚をどこまで掴んだのかはわからないが、2日間にわたって蒼井涼介は説明し続けた。


「そういえば、お客さんの中で愚痴を言う人もいるんだけど、そういう時はどう対応すればいいの?」

「愚痴も自分の考え方を認めてほしいという意識があるから、認めてあげればいいんだよ。共感してあげるのもいいね」

「認めてあげて共感してあげる・・・か。なるほどね」


次の週の土曜日。今日から話題の盛り上げ方や進め方を教えないといけないが、これが最大の難関なのだ。どのくらい教えればその感覚が身につくのかはわからないが、ここが最大のポイントとなる部分なのだ。


「今日からはもう会話術について教えていくよ。どうやって話題を盛り上げて会話を進めていくのか、これが最大の難関だと思ってほしい」

「最大の難関ってことは、かなり難しいってことよね?」

「簡単に説明すると、上から目線じゃなくて目下の立場になって話を聞いて行く。つまり教えてもらう立場という感じ。そして、具体的なことを質問していく。もちろん途中で『教えて』とか言うのもありかな。最後は結果を聞いて受け入れて、共感できる部分は共感する。言葉で説明すると簡単なようだけど、実際にやってみると難しいんだよ。その感覚を掴まないといけない」

「たしかに言葉では簡単かもしれないけど、感覚を掴むのは難しそう」

「下手したら質問攻めになってしまうから注意しないといけない。あと『なぜ?』という質問はなるべく控えたほうがいい」

「どうして『なぜ?』という質問は控えたほうがいいの?」

「質問攻めになりやすいのと、問い詰められてる感じがするからだよ」

「なるほど。たしかに『なんで?なんで?』ってなっちゃうね」

「最初、俺が音楽の話をした時だけど『オススメの曲ってある?』とか『どんな風景が頭に浮かぶの?』とかそういう質問はしなかったでしょ。話題を盛り上げるためにはそういう質問をしていくんだよ」

「それは難しいなあ。わたし、そんな感覚掴めるかな?」

「今日1日では無理だよ。頭でわかってるだけだとダメなんだ。それを感覚で身につけるために、これから俺と会った時、そのことを頭に入れながら、いろんな話をして身につけていくしかないよ」

「わかった。頑張ってみる」


その後、蒼井涼介は4回ほど会話術を身につけるための沢倉優里奈に付き合って話をしていった。最初のうちは質問が止まったり話題が途切れたりしていたのだが、沢倉優里奈はだんだん感覚を身につけてかなり上達していることがわかった。ここからはラウンジで実践あるのみなのだ。



■ 態度急変


蒼井涼介は自分が今まで教えてきた恋愛テクニックや会話術の全体的な流れを確認するため、再び沢倉優里奈とカフェで会って話をすることにした。これが最終試験といったところだろう。最初に相談を受けた時とはまるで違うように会話が盛り上がり、褒め言葉も男性を立てるテクニックもそれなりに自然になってきていた。さすがラウンジで実践してるだけあって蒼井涼介が伝えたかった感覚を掴んでいるようだ。そして、最近は指名されることも少しずつ増えてきたという。


「涼介君のおかげで、最近はちょっとだけど指名されるようになったの。本当にありがとう!」

「いやいや、俺が教えた恋愛テクニックがどこまで通用するかわからないけど、最初にここで話した時は本当にどうしようかって思ったよ」

「それにお店の人からも最近、話し方が上手になったって褒められちゃった」

「それはよかったね!ただし、俺が教えた恋愛テクニックはお店に訪れる多くの男性客に効果はあるかもしれないけど、俺みたいな人間には効果がないので注意しといてね!」

「涼介君には通用しないってこと?」

「俺はプライドなんてとっくに捨ててるし、自分の考え方を他人に理解してもらおうなんて思ってない。褒められても嬉しいと思わない。まあ、そもそも俺みたいな人間はそんなお店に行かないだろうけどね」

「そうなんだ。だったら、涼介君みたいな人に効果があるテクニックってあるの?」

「俺も人間だからあるにはあるけど、かなり難しいとだけ言っておくよ」

「わたし、そのかなり難しいテクニックに興味あるなぁ。ねえ、どんな方法を使えばいいの?」

「うーん。まず、精神的な苦労もせず普通に生きてきた人にはできないかもね。方法といっても説明しきれないよ」

「そっか。普通の人じゃ無理ってことね。ちょっと残念かも」

「でも、俺に効果があるテクニックを知ってどうしたいわけ?お店に俺みたいな人が来るの?」

「そういうわけじゃないけど・・・」


蒼井涼介はこの段階で沢倉優里奈がなんでこんな方法を知りたがっていたのかわからなかった。今まではどちらかといえば、女性を口説く攻略法を考えたり、人の恋愛の裏側の真実を暴いたりすることをしていたが、自分を攻略する方法なんて難しいとしか言えない。もし、自分自身を攻略する女性が現れたとしたら、それはとんでもない存在になるだろう。なぜなら蒼井涼介は変わり者で捻くれているメンドクサイ人間だと自分自身で十分理解しているからだ。


蒼井涼介が教えれることはもう何もなかったのだが、沢倉優里奈はそれでも週末に話がしたいと言ってきた。もう少し話をして続けたいという。もう1ヶ月半もの間、毎週のように沢倉優里奈と会って話をしている。まだ何か感覚が掴めてないのだろうか?それともまだ何か知りたいことでもあるのか。どちらにしても、蒼井涼介は会うことにした。土曜日、いつものように13時にカフェにいくと沢倉優里奈がいた。もうノートとペンは持ってきてないようだ。これからは実践練習したいのだろうか。


「俺が教えられることはもうないんだけど、まだ掴めていない感覚があったり、知りたいことがあるの?」

「その・・・涼介君ともう少し話がしたくて・・・」

「それは別にいいんだけど、もうかなりテクニックは身についてると思うけどね」

「うん。お客さんからの指名も増えてきたけど不安なの。まだ見落としがあるかもって」

「見落としがあったとしても、もう自分で見つけられると思うよ」

「わたしと話をするのはもう飽きた?疲れた?」

「いや、そんなことはないけど・・・」

「涼介君と話をしているとなんだか安心できるの。だからもう少し話したいなあって思ってるの」

「なるほど。まあ、安心できるってことならいくらでも話はするよ」

「ちなみに、どうして俺と話をしてると安心できるの?」

「それはその・・・うーん・・・なんだろ?涼介君に興味があるからかな」


沢倉優里奈は少し恥ずかし気に言った。


「俺に興味がある!?どんなところに興味があるの?」

「それはいろいろ・・・かな」

「そっか」


蒼井涼介はそれ以上、このことに関しては突っ込まなかったが、沢倉優里奈は自分(蒼井涼介)に対して何かしらの感情を持っていることは話し方や仕草からわかる。おそらく沢倉優里奈の中で蒼井涼介という存在は特別なものになっているのだろう。先日の会話でも蒼井涼介本人に効果がある方法を聞いてきたことも考えれば、おそらく考えられることは1つ。しかし、今の段階では確証は持てない。


それからときどき、沢倉優里奈から電話がかかってくるようになった。特に恋愛テクニックの話をするわけでもなく、ただ話がしたいというだけなのだ。何気ない会話をひたすら続けていたが、蒼井涼介と会話している時の沢倉優里奈は、ホステスというより乙女のような感じに見受けられた。そして沢倉優里奈の態度が急変して「涼介君から離れたくない」と言ってきたのだ。沢倉優里奈はただ甘えてくる小さな女の子のようになったのだ。蒼井涼介は自分の推測が正しければ、今後の関係性について考えなければならないと思った。下手をすれば関係が壊れてしまう可能性もあるからだ。



■ 突然の告白と関係の結末


その後、ラウンジでは沢倉優里奈を指名してくるお客さんも増えてきたという。しかし、最近の沢倉優里奈は蒼井涼介と話をしている時、何やら思い詰めているかのように暗い感じである。その理由を聞いてみても答えないが、蒼井涼介もあえてそれ以上は突っこまなかった。しかし何を思い詰めてるのかは一目瞭然なのだが、まだその確証がない。


ある日の夜、沢倉優里奈から電話がかかってきた。その内容は「話があるから今から会えないか」ということだった。沢倉優里奈の家からは電車1本で来れるので、蒼井涼介はこっちまで来てくれるのであればという条件で会うことにした。待ち合わせはいつもの中央改札口で先に到着して待っていると沢倉優里奈がやって来た。そして、駅前広場のベンチへ座った。ここは結構人通りが多い場所だが、夜ということもあって今は少ない。


「今日はバイト休み?」

「うん。平日だけど毎晩バイトじゃないから」

「そっか。それで話って何?」

「それはその・・・ちょっと言いにくいんだけど・・・」


沢倉優里奈の顔が少し赤くなっている。蒼井涼介は「もしかしてここで?」と思った。


「言いにくいって何?」

「あのね・・・わたしは・・・あの、わたしは・・・涼介君のことが好きです」


蒼井涼介の予想は見事に的中していて、やはりそうだったかと思った。しかし、これほどの美人から好きだと言われて少し胸がキュンとした。


「それは、その・・・ありがとう」

「それでね・・・あの、わたしのことどう思ってる?」

「どう思ってるかって・・・なんだろう。友達って感じかも。いや、最近は妹みたいに思ってるよ」

「そっか・・・わたし、今はこんな仕事してるけど、涼介君ともっと深い関係になりたい・・・」

「深い関係って付き合いたいってこと?」

「うん・・・」


沢倉優里奈は顔を赤くしながらこくりと頷いてそう答えた。


「それを言うためにわざわざ来てくれたんだね?」

「うん。だってこんなこと、電話で言うことじゃないし・・・」

「えっと・・・どうしようかな!?突然のことでびっくりしてるんだけど、ちょっと考えさせてくれないかな?」

「わかった。じゃあいい返事待ってる・・・」

「ところで、俺のどこに惹かれたの?」

「涼介君は、他の男性とは違う。わたしはお店にくるような男性に興味はないの。涼介君のように奥深い人に興味があるの」

「そっか・・・わかった。とりあえず考えさせて!」


これだけの会話でこの日は終わった。しかし、予想はしていたが、わざわざ電車に乗って告白してくるなんて相当のことだと思った。しかも、かなりの美人から付き合ってほしいと言われている。蒼井涼介は簡単に答えを出してはいけないと思った。


蒼井涼介は家に帰ってベッドに横たわり、今後どうするか考えた。沢倉優里奈はかなりの美人でホステスとしても人気がでてきているが、気持ちとしては沢倉優里奈に恋愛感情は抱いていない。自分のことを理解してもらおうなんて思ってないが、沢倉優里奈は深い関係になりたいと言っている。おそらく、こちら(蒼井涼介)のことを知ろうと必死になるだろう。しかし、それは沢倉優里奈にとってかなり難しいことで悩み苦しませるだけになるかもしれない。だったら妹のように扱えばどうだろうか。自分のことは理解してもらわなくてもいいので、逆に沢倉優里奈のことを理解していく方向であればいいかもしれない。しかし、あの性格だと絶対にこちらのことを理解しようとするはず。先日「かなり難しいテクニックに興味がある」といっていたのが何よりの証拠だ。沢倉優里奈には精神的苦労をしてきた経験はなさそうだし、こちらを知ろうと努力しても途中でわけがわからなくなるだろう。蒼井涼介はただ恋愛テクニックを教えただけの存在で、それはもう成し遂げたのだ。それならば答えはもう決まっている。ここはハッキリ言うしかない。


週末の土曜日、蒼井涼介は沢倉優里奈に電話をかけた。


「もしもし、俺だけど今大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「電話でごめんね。この前の話だけど、俺に興味を持ってくれたのはありがとう。でもお互いに付き合わないほうがいいと思う」

「どうして?わたしのこと嫌い?」

「いや、むしろ好きだよ。でも恋愛の好きとは違うんだよ」

「そっか・・・」


沢倉優里奈は悲し気に答えた。


「優里奈は俺と深い関係になりたいと言った。俺に興味があると言った。前にかなり難しいテクニックに興味があるとも言ってた。それで思ったんだけど、もし付き合ったら優里奈は俺のことを知ろうとするでしょ?」

「もちろん。好きな人のことを1つでも知りたいから」

「でもね、優里奈には俺を理解できないと思う。俺は普通の人とは違うレールに乗って生きてきた人間なんだよ。変子って言われるくらい変わり者で捻くれ者。優里奈はそんな俺を理解しようと努力すると思う。でも途中でわけがわからなくなって悩み苦しむことになると思う。俺はそんな優里奈を見たくない。だから、ごめんなさい」


沢倉優里奈は電話の向こうで涙を流しているようだった。そして呟いた。


「わたしには涼介君が理解できない・・・か。わかった」

「本当にごめんね。でも気持ちは嬉しかったよ」

「涼介君には本当にありがとうと言っておくね。おかげでお客さんから指名がくるようになった。それは本当に感謝してる。でも、しばらく2人で会うのも連絡するのも辞めるね。辛いから・・・」

「わかった。最後に、ホステスとして自信持ってね。優里奈はやればできるって思うから」

「うん。ありがとう」


最初はラウンジの相談から恋愛テクニックを教えるようになって、いつの間にか好意を抱かれてしまった。蒼井涼介は沢倉優里奈に恋愛感情はなかったということも含めて、この結末で良かったと思っている。かなりの美人であってもそれは表面上のことなのだ。実際にこれ以上深い関係になるということは、内面的な部分に大きく左右されてしまう。蒼井涼介がもっと軽い人間であれば付き合ったかもしれないが、精神的に苦労しながら物事を深く考えながら生きてきて今の自分があるのだ。そんな自分を素直に受け入れてるのが蒼井涼介という存在である。


その後、沢倉優里奈から連絡が来ることはなくなった。もうホステスを辞めたかもしれないが、蒼井涼介は自分が教えた恋愛テクニックや会話術がどこかで役立っているのだろうと思っている。そして今頃は幸せになってるに違いないと・・・

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