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恋愛の達人  作者: 涼
13/22

リセットした男女関係

■ オフ会の雰囲気


12月の中旬。もうすっかり寒い冬が訪れていた。クリスマスが近いこともあり、街中ではイルミネーションが装飾され、辺りの店内からはクリスマスソングが流れている。クリスマスというものに全く興味がないのだが、道行く人々はすっかりその雰囲気に流されているようだ。

今日はクリスマスイブまであと1週間となった土曜日。毎月の恒例行事になっているネットゲームのオフ会が開催される日であった。蒼井涼介は3ヶ月ほど前からネットゲームを時々するようになり、新しい出会いや仲間達との交流も兼ねて10月からオフ会に参加していたのだ。オフ会に参加するのは今日で3度目になる。蒼井涼介は早めに待ち合わせ場所に着いたが、そこには既に3名の参加者が来ていた。その中で1名、黒いコートに白のスカート、茶色のロングブーツを履いた笹原梨絵という2つ年下の女性がいた。笹原梨絵は背丈が低く、栗色でショートのボブヘアー、少し大きな目をしていて小顔、見るからに情緒不安定でネガティブな表情をしているが、そこがまた可愛げのあるところでもある。蒼井涼介が初めてこのオフ会に参加した時、笹原梨絵の話を親身になって聴いていて、その帰り際に連絡先の交換をした。その後、ときどき笹原梨絵から電話がかかってくるようになり、悩み相談を聞くようになって現在に至るのである。そんな笹原梨絵が声をかけてきた。


「こんばんは。もうすっかり寒くなったね」

「こんばんは。梨絵は毎回オフ会に参加するんだね」

「うん。がんばっていろんな人と話をしようって思って・・・」

「今回の参加者は12名だったかな。いい出会いでもあるといいね」

「いい出会か・・・アタシはいろんな人と話したいだけだからなあ」


笹原梨絵は内気というより、人と話をするのがあまり得意ではないらしい。ネットゲーム内でのチャットはなんとか話せてるみたいだが、リアルで人と話をすると、言葉を詰まらせたり、適当な受け答えしかできず、会話が途切れてしまう。そんな自分を克服したいために笹原梨絵はオフ会に参加しているという。ところが蒼井涼介と電話で話している時は、自分の悩みを必死に打ち明けてくるので、人と話が全くできないというわけでもなさそうに感じることもできる。


しばらくするとオフ会に参加するメンバーが揃った。予約していた店に行き、オフ会の主催者が乾杯の音頭をとる。みんなドリンクを飲み始めるとざわざわと話しはじめた。もはやオフ会というよりただの飲み会としか思えない雰囲気であった。蒼井涼介はいつものように端っこの席に座っていたが、笹原梨絵の隣にはイケメンで少しさわやか系の前田純一郎が座っていた。はじめてのオフ会の時から、前田純一郎は笹原梨絵に必死に話しかけていた。今回もわざわざ隣の席に座って必死に話しかけている。それは誰がどう見ても笹原梨絵に好意を抱いているとわかるものであった。前田純一郎はポジティブな感じで、あまり物事を深く考えるタイプではないが、自分をアピールしようと必死になっているのは見ていればわかった。


オフ会も中盤になってきた頃、突然、蒼井涼介のところに宮上俊也がやって来た。宮上俊也は背丈が少し低く、イケメンというわけではないが少し髪の長い茶髪でピアスをして見た目はチャラチャラしている感じである。しかし、実際に話をしてみると結構内気な性格をしている。突然、宮上俊也が話しかけてきた。


「ちょっと相談あんだけどよーいいかな?」

「相談?珍しいね。どうしたの?」

「大きな声で言えないだけどよ、俺、梨絵のことちょっといいなあって思ってるんだよな」

「ほうほう。だったら梨絵と話してくればどう?」

「ところがさあ、梨絵の隣にはいつも前田がいるじゃん。なかなか話しかけるチャンスがないんだよなあ」

「でもなんで俺に相談してきたの?」

「お前さあ、梨絵と結構仲良さそうじゃん。ときどき電話で話してるって聞いたしさあ」

「それ、誰から聞いたんだ?」

「いや、梨絵がお前に悩み相談してるってチャットでポロっと言ってたんだよ」

「わかったわかった。前田は今他の人と話してるみたいだから、梨絵のところに行って話してくればいいよ」

「あっ!マジで今って感じだわ。サンキューな!また相談聞いてくれよな」


宮上俊也は慌てて笹原梨絵の隣の席へ行った。蒼井涼介は初めてオフ会に参加した人達と話をしていた。そしてチラチラ笹原梨絵のほうを見ていると宮上俊也が必死に話しかけているようだった。そうしているうちにオフ会の時間はあっという間に過ぎて終わってしまった。それにしても前田純一郎と宮上俊也の2人が恋敵になってしまうのはどうなんだろうと思いながら蒼井涼介は家へ帰った。



■ 困った相談事


オフ会から数日経ったある日、ネットーゲーム内のプライベートチャットで宮上俊也が話しかけてきた。


「梨絵のことなんだけどよー俺マジで惚れちゃったかも」

「ほう、この前のオフ会で話してみて惚れたってこと?」

「あのなんつーか、情緒不安定でネガティブなところに惹かれるもんあるんだよなあ。何気に可愛いしさあ」

「お前、それはただの興味本位じゃないの?」

「いや、俺はマジで本気だぜ。梨絵って付き合ってる彼氏とか好きな奴とかいるのかなあ?」

「彼氏はいないみたいだけど、好きな人がいるのかは知らないよ」

「お前のほうからさーそれとなく好きな奴いるか梨絵に聞いてみてくれねえか?」

「そういう会話したことないからなあ・・・まあ、今度聞いておくよ」

「それと前田が邪魔なんだよなあ。そこんとこも聞いておいてくれよ」

「わかった。それとなく聞いておくよ」

「じゃあ頼んだぜ!」


宮上俊也が笹原梨絵に惚れたということは、完全に前田純一郎と恋敵になってしまったが、このことはまだ蒼井涼介以外の誰も知らない。2人の仲が不穏にならなければいいのだが・・・そう思った蒼井涼介は早速、笹原梨絵に電話をして聞いてみることにした。


「あら、涼介君のほうから電話してくるなんて珍しいね。どうかした?」

「いや、梨絵って前田と結構話したりしてるけど、どうなのかなって思って・・・」

「どうなのかってどういうこと?」

「いや、それとなく気に入ってるのかなって思ってさ」

「前田君は必死に話しかけてくれてるのはわかるけど、気に入ってるというより友達って感じかな」

「じゃあ梨絵は今、好きな人とかいないの?」

「好きな人か・・・いないわけじゃないけど・・・どうしてそんなことアタシに聞くの?」

「いや、梨絵とこういう話したことなかったから、ちょっと聞いてみようかと思ってね」

「そうなんだ。まだ恋って言えるかわからないけど、いるにはいるよ」

「それって俺の知ってる人?オフ会の人とか?」

「それはその・・・なんていうか・・・まあ知ってる人というか・・・」

「俺には言えない人なの?」

「うん・・・だって・・・本人の前で・・・そんな・・・」


笹原梨絵は小さな声でボソッと呟いた。


「え?よく聞こえなかった」


本当は聞こえていたのだが、蒼井涼介は聞こえなかったフリをした。


「あーいや、まあ内緒ってことで!」

「わかった。でも梨絵はモテそうだけど、どうして彼氏作らないの?」

「アタシ、中学生の頃にちょっとしたトラウマがあって・・・だからなのかな」

「そっか・・・わかった」


その後、適当に話をして笹原梨絵と電話を終わらせた。


これは困った事になった。笹原梨絵が小さな声で呟いた「本人の前で」というのは、間違いなくそれは自分(蒼井涼介)のことを指している。ときどき電話をしてきて相談に乗っていたことで、依存してしまっているのではないだろうか。蒼井涼介としては笹原梨絵に対して恋愛感情はないが、宮上俊也も前田純一郎も笹原梨絵に好意を持っている。それに今は宮上俊也に協力的な姿勢でいたのもあるので、このことはとても言えない。それに笹原梨絵が中学生の頃のトラウマで彼氏を作らない理由として考えられるのは1つだ。これはとんでもないことになりそうだと蒼井涼介は思った。



■ リセット作戦


蒼井涼介はベッドに横たわりながら、この状況をどうにかして、この先どうしていけばいいのか途方に暮れていた。宮上俊也に協力するといっても、まずは笹原梨絵のトラウマを克服させなければならない。それにあの情緒不安定なのもトラウマに関係してるんだろう。どちらにしてもよほどのことがあったように思える。何があったかは予想はつくが、触れてはいけないことなのかもしれない。どう考えても宮上俊也にはそんな笹原梨絵を扱うことはできないだろう。それに笹原梨絵が好意を抱いている相手とはまさに自分(蒼井涼介)のことなのだ。この2つの事柄をなんとかしないといけない。穏便に解決させるには全てが無かったことにするしかない。そうなってくると今にも>笹原梨絵に手を出しそうな前田純一郎が邪魔になりそうだ。誰かが何かのアクションを起こせば、こちらへの依存心は膨れ上がってしまう。宮上俊也には申し訳ないが、なんとか説得して諦めてもらうしかなさそうだ。前田純一郎は説得に応じないだろうが、自動的にフラれてくれればいい。ただ、トラウマを悪化させてしまうようなことはさせないようにしないといけない。最後は笹原梨絵をどう持っていくかが問題だ。おそらく、こちらに悩み相談をしてくるということは、他に聞いてくれる人がいないんだろう。その状態でこちらがもう相談事を聴かなくなってしまうと、笹原梨絵は精神的におかしくなるかもしれない。あくまで恋愛関係ではなく信頼関係という形に持っていかないといけない。笹原梨絵に告白させて、それは依存だからと正直に言って説得するというのも1つの方法だが、フラれてしまったと落ち込んで関係が終わってしまうかもしれない。


あれこれ考えているうちに蒼井涼介はあることに気がついた。たしかにずっと悩み相談を聴いてはいるが、笹原梨絵はまだこっち(蒼井涼介)の心の中を知らない。告白されても断るのではなく、それであればこっちのことを知ってからもう一度告白してほしいと答えればいいのだ。この考えをまとめてみると、宮上俊也には諦めてもらい、前田純一郎には挑発してフラれてもらう。そして笹原梨絵から告白された場合は断るのではなく、これからの関係という形に持っていく。今の状態を全てリセットすれば穏便に問題は解決するだろう。蒼井涼介はこの作戦で進めてみることにした。


蒼井涼介は早速ネットゲームにログインして宮上俊也にプライベートチャットで話しかけた。


「梨絵のことなんだけど、好きな人がいるらしいよ」

「好きな奴って誰だよ?まさか前田のことか?」

「誰かまでは聞いてないけど、前田ってことはないと思うよ」

「なんで前田じゃないって言いきれるんだよ?」

「もしそうであれば、とっくに前田と付き合ってるでしょ?」

「それもそうだな・・・あーやっぱ好きな奴いるのかあ・・・ちくしょう!」

「それにお前は梨絵のことマジで本気って言ってたけど興味本位もあるでしょ?梨絵は精神的になにか大きな障害を持ってると思う」

「たしかに興味本位って言われるとそうかもしんねえけどさ、惚れたのはマジだぜ。精神的に大きな障害ってなんだよ?」

「あの情緒不安定なところから考えてみるとわかるでしょ?過去によほどのことがあったように思える。それもお前には背負いきれないくらいのものだと思うよ」

「俺には背負いきれないものかあー・・・知りたい気もするけど知ってはいけない気もするな」

「それに、相当その人のことが好きみたい。だから今回は残念だけど、お前は諦めたほうがいいと思うよ」

「俺、マジで惚れてんだぜ。簡単に諦めろって言うのかよ?」

「俺は忠告してるだけだよ。それでも梨絵に言い寄るなら止めはしないよ。勝手にやって嫌われるといいよ」

「おいおい、嫌われるってどういうことだよ?梨絵にいい寄ったら嫌われちゃうのかよ?」

「精神的に何かがあるということは、下手なことをすると逆効果になるってことだよ」

「なんだかわかんねえけど、お前がそこまで言うんだったら諦めるよ」

「まあ、また新しい出会いあるだろうし、今回は本当に諦めるのが吉だよ」

「あーわかったよ。悔しいけどな」


蒼井涼介はなんとか宮上俊也を諦めさせることができた。内気な性格だが根は素直に人の話を聞き入れるところがあって本当に良かったと思った。次なる相手は前田純一郎だ。今度は忠告というより挑発して焦らせることだ。プライドが高そうなのでうまく挑発に乗ってくれればいいのだが、どう話を切り出すかが問題だ。早速プライベートチャットで前田純一郎に話しかけた。


「前田、突然だけど、ちょっといい?」

「プライベートチャットなんて珍しいね。どうしたの?」

「単刀直入に聞くけど、前田は梨絵のこと狙ってるでしょ?」

「もうみんなに気づかれてるみたいだから正直に言うけど、狙ってるよ」

「梨絵には好きな人がいるみたいだけど、それでも諦めずに責めていくつもり?」

「へえー梨絵に好きな人がいたのか。まあ僕には関係のない話だけどね」

「じゃあ梨絵に好きな人がいようが、前田は関係なく今後も言い寄るってこと?」

「そうだよ。僕は自分が手に入れたいと思った女はなんとしても口説き落とすよ」

「相当な自信があるみたいだね。でもあの情緒不安定なところもあるから相当難しいと思うけどね」

「僕はそうして今までいろんな女を口説いてきたからね。情緒不安定なところがまた梨絵の魅力の1つだし、それが難しいというなら、あらゆる手段を使ってでも僕のものにしてみせるよ」

「強引なやり方とか乱暴とかはやめた方がいいと思うよ」

「そんなやり方はしないさ。あくまで紳士的に口説き落としてみせるよ」


蒼井涼介は少しホッとした。紳士的に口説くというのであれば笹原梨絵のトラウマを悪化させるような手段にはでないだろう。


「本当に口説けるかな?相当難しいと思うけど、そこまで言うならどうやって落とすか見せてほしいね」

「なんだか僕に挑戦的だな。君は僕がフラれるとでも思ってるの?」

「まあその可能性はかなり高い・・・とだけ言っておくよ」

「君はときどき梨絵と電話で話してるみたいだけど、何か聞いたの?」

「そういう話はしてないから何も聞いてないけど、なんとなく梨絵を口説くのは難しいって思っただけだよ」

「口説くのが難しい相手であればそれだけ僕は燃え上がるんだよ。絶対に口説いてみせるさ」

「梨絵の好きな人が誰かは知らないけど、のんびりしてる余裕はないかもね。その好きな人が梨絵を口説いてしまったら前田は諦めるしかないからね」

「君は何もわかってないね。もう口説く準備は整ってるのさ。クリスマスイブは無理だったけど、今度2人で会う約束したから、その時に口説いてみせるよ」

「じゃあ、どうなるか楽しみに待ってるよ」


蒼井涼介は話しながら笑いで吹き出しそうになっていた。それは間違いなく前田純一郎はフラれると確信できているからだ。それにあの自信満々な態度がフラれた後、どう変化するのかも興味がある。それにしてもすでに口説く準備が整っているというのは好都合だ。わざわざ挑発して焦らせる必要もなかったのだ。蒼井涼介はしばらく様子をみることにした。



■ 状況変化と依存心


年末になって今年もあとわずかとなったある日の夜、突然笹原梨絵から電話がかかってきた。電話の向こう側で明らかに泣いている。


「あのね・・・アタシ、前田君のこと傷つけちゃったかも・・・」

「傷つけちゃったってどういうこと?」

「今日、前田君がどうしても2人で会いたいっていうから行ってみたの」

「それで?」

「最初はショッピングモールで雑貨とかいろんなお店を見ていたんだけど、夕方になって近くの公園に行ったの」

「公園か・・・そこで何があったの?」

「前田君が突然寄り添ってきて、アタシのことが好きだよって言って迫ってきたの。アタシ、反射的に『嫌っ!ごめんなさい』って言って跳ね除けて逃げてきたの」

「つまり前田に告白されてフッてしまった。迫られていたから反射的に跳ね除けてしまったってこと?」

「うん、そういうことなんだけど・・・どうしよう・・・前田君、かなり傷ついちゃったと思う」

「いや、梨絵にその気がないなら、気にすることないよ。迫った前田にも問題があるわけだし」

「そうだけど、これじゃあもう前田君と顔合わせられないよ」

「まあ、こうなった以上、最初はやりにくいかもしれないけど、気にしないでネットゲームでも普通にしてればいいよ」

「アタシ、しばらくネットゲームしないほうがいいのかな?」

「いや、そういうことをしたら変に意識させてしまうから、普通にしてればいいよ。前田ももう迫ったりしてこないだろうし」

「わかった・・・できるだけ普通に接してみる」

「あと、前田とはネットゲーム内でしばらく会話は控えたほうがいいかもね」

「そうだね。そうする。ありがとう」


蒼井涼介の予想通り、前田純一郎は見事にフラれたのだ。しかしあれほどプライドが高く自信満々だったので、ショックも相当なものだろう。結局、その日は笹原梨絵も前田純一郎もネットゲームにはこなかった。


次の日、年末はやることもなかったので昼間からネットゲームに入った。すると宮上俊也からプライベートメッセージがきた。


「おい、ビックニュースだぜ!聞いたんだけどよ、前田のやつ梨絵にフラれたらしいぜ」

「お前、どこからその情報を知ったの?」

「前田がボソボソと『なんだよあの女』とか言って何気に断られたみてぇなこと言ってたんだよ」

「そうか。梨絵のこともあるから前田に言いふらさないように注意しとかないといけないね」


前田純一郎はフラれた腹いせなのか、笹原梨絵とのことを言いふらしているようだ。これは止めないといけないと思った蒼井涼介はプライベートチャットで前田純一郎に話しかけた。


「前田、話は聞いたけど、周りに梨絵のことを言いふらすのはどうかと思うよ」

「僕は愚痴っただけで、梨絵とは一言も言ってないよ」

「でも、フラれたって言えば誰でも梨絵のことだって推測できるよ」

「ちょっと愚痴ってみただけさ。もう表で何も言うつもりはないよ」

「それにしても、あれだけ自信満々に口説いてみせるって言ってたのに、結局、俺の予想通りフラれてしまったね」

「こんな屈辱は初めてだよ。この僕がフラれるなんて、あの女の思考がわからないよ」

「前田は自分のルックスと女を楽しませることが武器だったみたいだけど、それが通用しない相手もいるってことだったんだよ」

「たしかに、君の言う通りかもしれない。でもフラれるなんてもう何年もなかったことだから、こんな屈辱的なことだと思わなかったよ」

「恋愛テクニックは人によってさまざまで無数にあるんだよ。お前はたった二つしか持ってなかったってだけだよ」

「恋愛テクニックは無数にある・・・か。その言い方だと、君なら梨絵を口説ける自信があるってことか?」


その言葉を聞いて蒼井涼介は「口説けるも何も梨絵のほうから勝手に好意を抱かれているだけなんだが・・・」と心の中で呟いた。


「俺なら梨絵を口説けるかどうか、それはやってみないとわからんね。そんなことしないけどね」

「君は先日、僕に忠告をしてくれたけど、それを無視して見事にフラれてしまったよ」

「前田、お前は1つ見落としてるものがあったんだよ」

「見落としてるもの?」

「それは梨絵の心の中って言っておくよ」

「梨絵の心の中か・・・僕はそれを見落として先走ってしまったって言いたいんだね?」

「そうとも言えるけど、まあそれはそんな簡単なものではなかったってことだよ」

「よくわからないけど、君は何かに気づいてるんだね」

「ああ、気づいてることはあるけど、これは誰にも言えないことだから」

「わかった。僕もこれ以上この話はしたくないから終わりにしよう」


前田純一郎がフラれた最大のミスは笹原梨絵の心の中を見ようとしなかったこと。あの情緒不安定でネガティブ思考な部分と向き合わなかったことであろう。フラれることが何年もなかったというが、自分のルックスと相手を楽しませるだけのテクニックだけで口説かれた女性は何人くらいいたのかはわからない。ただ、その程度で口説かれる女性なんて蒼井涼介には全く興味がなかった。所詮、前田純一郎の恋愛テクニックは上辺だけのものにすぎないのだ。笹原梨絵のような訳ありの女性を口説くには、心と心でぶつかり合う必要があるのだと思っていた。


これで宮上俊也と前田純一郎の件は片付いたが、あとは自分と笹原梨絵の問題が残っていると蒼井涼介は思った。前田純一郎をフッてしまって泣きながら電話してきた時、さらに依存心が強くなっていたように思える。リセットの本番はここからだといえるだろう。



■ 最終結末


年は明け、正月をのんびり過ごしていたある日、蒼井涼介はどのようにして全ての関係をリセットするか頭を悩ませていた。笹原梨絵に対してどのように話を切り出せばいいのかもわからない。そこで会話の流れをシュミレーションしてみると、まずは笹原梨絵に告白させることがポイントだと気づいた。そして笹原梨絵のトラウマについて考えてみた。それについて考えられることは1つだが、その推測が正しいかどうか確信は持てないので、これは直接本人に聞いてみるしかない。そんな話をしていくことで、話の流れを蒼井涼介という存在の話に持っていけば告白せざるを得ない状況を作り出せる。話の流れが別の方向に変わらないように、途中からは誘導尋問のように質問をしていく。そのタイミングは笹原梨絵のトラウマについての話を聴いた後がいいだろう。告白されても断るのではなく、あくまでそれは依存であり、好きという感情はまだはじまってないという話の流れに持っていくことだ。会話のシュミレーションができて蒼井涼介はついに話の方向性を定めることができた。


そしてその夜、早速笹原梨絵に電話をかけた。


「もしもし、梨絵、今、ちょっと大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。正月早々、涼介君から電話してくるなんて珍しいね。どうしたの?」

「梨絵のトラウマについてちょっと話が聞きたいと思ったんだけど、この話をしても大丈夫?」

「アタシのトラウマか・・・別にいいけど何が聞きたいの?」

「正直に言ってほしいんだけど、梨絵は男性恐怖症でしょ?」

「ど、どうしてわかったの?」


蒼井涼介は自分の推測が当たっていたことにホッとした。


「彼氏を作らない理由のトラウマって考えれば、それしかないって思ったんだよ」

「そうよ。アタシ、男性に迫られたりすると反射的に体が動いて嫌ってなるの」

「前田の時もそうだったんだよね?」

「うん・・・だけど、オフ会でいろんな男性と話して克服しようと思ってた」

「梨絵はよく頑張ってると思うよ。まあトラウマのキッカケになった出来事は大体予想はつくけどね」

「涼介君の予想は当たってると思うんけど、アタシ、そのことは思い出したくないから話さないでね」

「大変な事があったのはわかるんだけど、克服しようって思ってるのは、もうその過去には振り向かずに前を向いてるってことだよね?」

「そうなるのかな・・・うん・・・そうだと思う」


ここからが肝心だ。誘導尋問開始といったところだろう。


「でも梨絵はある意味、そのトラウマを克服できてきているんじゃないかって思うんだけど、それについてはどうかな?」

「克服できてるのかな?でも、前田君にあんなことしちゃったし・・・どうなんだろう」

「あれは前田が突然迫ったから体が反射的に反応したんだと思う。それとは別だけど、今こうして俺と普通に話できてるよね?」

「それは涼介君が特別だから・・・かな」

「俺が特別ってどういう意味?」

「アタシにとって特別な存在。他の男性と違って涼介君は別なの」

「俺も男性の1人だよ。何が別なの?」

「それはその・・・いろいろ悩み事とか聞いてくれるし・・・それに・・・」

「それに何?」

「特別な男性・・・というか・・・なんだろう・・・」

「特別な男性か。なんだろうね?その感情は?」

「アタシの感情・・・それは・・・あの・・・つまり・・・」

「つまり何?」

「・・・好き・・・」


笹原梨絵は小さな声で呟いた。


「梨絵、それは俺に対して恋愛感情があるってこと?」

「そうかもしれない・・・アタシ、涼介君のことが好きだから」

「俺はそうは思わないな。好きって言ってくれたのは有難いんだけど、それは恋愛感情じゃなくて依存と信頼じゃない?」

「依存と信頼?アタシは本当に好きって思ってるよ」

「梨絵、それなら俺の何が好きなの?俺の事どれだけ知ってる?」

「そう言われると困るかも・・・でも、好きに理屈なんてないよ」

「俺はずっと梨絵の悩み相談を聞いてきた。それを温かく優しく包んであげた。そんな俺を梨絵は好きって言ってくれてるんだと思う。でも、それなら俺のことをもっと見てから本当に好きになってほしい」

「たしかにその通りだと思う。考えてみればアタシは涼介君のことは何も知らない・・・」

「だから、梨絵が俺のことを好きっていうのはまだ始まってないんだよ。信頼関係はあるから、これから俺を見て本当に好きって言ってもらったほうが嬉しい」

「まだ始まってない・・・これから・・・か。じゃあこれからは涼介君のことを見ていくようにする」

「だから俺はこれを梨絵の告白として受け取らないよ。これから俺を見て梨絵が決めていってほしい。本当に好きになれるかどうかはこれからだよ」

「うん!わかった」


これで笹原梨絵との話は終わって、これからの関係という形に持っていくことができた。笹原梨絵をとりまく全ての状態と関係がリセットされたのだ。もし、蒼井涼介という人間を観察して笹原梨絵が本当に好きと言ってきた場合、それはその時に考えればいいことなのだが、それなら笹原梨絵のことを本当に好きになれるかもしれない。


その後、笹原梨絵とはときどき電話で話していたが、回数が減り、蒼井涼介も次のことがしたくなったのでネットゲームもしなくなった。そして、いつの間にか笹原梨絵との電話もしなくなっていた。いわゆる関係の自然消滅といえるだろう。その後、笹原梨絵の男性恐怖症は克服できたのかはわからないが、蒼井涼介は心の中で克服して今は幸せになっていることを願っていた。

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