正反対の恋愛相談
■ 突然の恋愛相談
すっかり桜が散った4月の中旬、蒼井涼介の東京生活もあと3ヶ月ほどで終わる。システム開発が終わると同時にこの出向業務も終了となる。このまま東京に住み続けることもできるのだが、もっと別の世界も見てみたいので今回の契約は続行しないことにしたのだ。この時期は出向先の会社にも新入社員が入社して研修を受けているようで、それを見ていると何か初々しい感じがしていた。
蒼井涼介がいつものようにデスクで業務をしていると、後ろから声をかけられた。
「ちょっといいですか?」
声をかけてきたのは同じプロジェクトメンバーで蒼井涼介と同じように出向業務をしている河合敦史だった。河合敦史は一つ年下で、背丈は少し低め、キリっとした目に鼻筋が通っていて、どこかクールな表情をしているが、話をしてみると意外に内気な性格の男性だ。彼の仕事は業務サポートといったところで、今年に入ってから臨時でプロジェクトメンバーとなった。蒼井涼介は振り向いて「どうしたの?」と聞いてみると「あの、相談があるんですがいいですか?」と言ってきた。ちょうど仕事も一段落したところだったので、一緒に休憩室へ行って話を聞くことにした。
休憩室の椅子に座ると河合敦史が口を開いた。
「実は、真弥ちゃんのことで相談があるのですよ」
真弥ちゃんとは2ヶ月ほど前に蒼井涼介がある音楽アーティストのチャットのオフ会で知り合った2つ年下の葉月真弥のことで、映画鑑賞が趣味らしく、映画のことについてはかなり詳しい女の子だ。同じく河合敦史も映画鑑賞が趣味でかなり詳しかったので、蒼井涼介が場を設けて2人を出会わせたのだ。その時、お互いが意気投合したようで、連絡先の交換をして、今では連絡を取り合ったり、2人で映画を見に行ったりする仲になっている。
「真弥がどうしたの?」
「なんというか・・・ときどき二人で会ったりしてるんですが、あと一歩が進まない感じなんですよ」
「あと一歩ってどういうこと?」
「2人でいていい感じの雰囲気になるのですが、少し迫ってみると、いつもうまくかわされている感じがするのです」
「迫ってみるって、たとえばどんなことしてるの?」
「そうですね・・・手に触れようとしたり、ちょっと寄り添ってみたり、そんな感じです」
「なるほど。うまくかわされている感じはするけど嫌がられてるってわけじゃないんだよね?」
「嫌がってる素振りはないんですが、そういう時に突然別の話をしてきたりするのです」
「そっか・・・えっと、まだ付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「そうなのですが、一歩前進させてそろそろ告白したいって思っています」
「うーん・・・真弥もちょっと内気なところあるから照れてるって感じかもしれないよ?」
「説明が難しいのですが、一線引かれている感じというか、ここからは進ませないって感じがするのです」
「一線引かれてるって感じか・・・そういう雰囲気になっても一歩前進できない、だからどうすれば前進できるかっていうことだね?」
「そうなのです。告白したいのですが、こんな感じなので自信がなくて・・・」
「つまり一歩前進して告白するための方法がないかってことだよね?」
「そうです。真弥ちゃんとのことを知ってるのは、先輩しかいないので相談してるのです」
「わかった。でも真弥が河合君のことをどう思ってるかが問題だけど、それを直接俺が聞くのもまずいから、少し考えてみるよ」
「はい、よろしくお願いします」
蒼井涼介は河合敦史の相談内容について、帰宅してから考えてみた。河合敦史と葉月真弥は意気投合して、お互いに連絡を取り合ったり、2人でデートっぽいことまでする仲にまで発展しているが、一線引かれてる感じというのが気になるところなのだ。2人のことは時々話を聞いていたが、相性も良さそうで、うまくやっていけてるように思える。しかし、まだ2人は付き合っているわけではないので、手を繋いでみたり、恋人同士のようなことをするのは早いのかもしれない。そこで河合敦史は葉月真弥との関係をあと一歩前進させて告白したいと思ってるが、いい雰囲気になったところで葉月真弥が話題を変えて、うまくかわしているといった感じだろう。おそらく葉月真弥の中で、これ以上の関係に進めない何かがあるのかもしれない。その2人を出会わせた責任もあるので、河合敦史の相談には協力したいとは思う。それならば葉月真弥と話をして、これ以上進めない何かを聞き出すのも1つの手段だが、第三者が入り込んでしまうと、余計にややこしくなる可能性もある。この日、蒼井涼介はいい方法が全く思いつかずにいた。
■ 正反対の相談事
河合敦史の相談を受けてから2日が経った。しかし蒼井涼介はどう考えてもいい方法が思い浮かばなかったので「河合君、いい方法がまだ浮かばないのでごめん」というしかなかった。その夜、会社から帰宅して部屋でごろごろしていると蒼井涼介の携帯電話が鳴った。その相手はなんと葉月真弥からだった。
「真弥です。おひさしぶりです」
「おおー久しぶり!突然どうしたの?」
「あの、ちょっと相談があるんだけど、今大丈夫?」
「大丈夫だよ。相談って何?」
「敦史君のことなんだけど・・・今のこのままの状態でいられないかなって思って・・・」
「今のこのままの状態って?」
「いつも2人でいるといい雰囲気になって・・・敦史君に迫られるんだけど、それ以上の関係になるのは抵抗あるっていうか・・・」
「それ以上の関係になるのは抵抗があるって何か理由でもあるの?」
「アタシ、実はまだ前の彼氏のことが忘れられなくて・・・でも、敦史君といると楽しいっていうのもあって・・・だからこのままがいいなって・・・」
「ちなみに聞きたいんだけど、河合君は真弥にとってどんな関係なの?」
「うーん、友達以上、恋人未満って感じかな・・・」
「なるほど。真弥はその状態でいたいってことなんだね?」
「うん。すごく勝手なこと言ってるのはわかってるんだけど、こんな中途半端な気持ちで敦史君と付き合うとか無理かなって思ってる」
「つまり、河合とこれ以上の関係にならず、今の状態のままでいたいからどうすればいいかってこと?」
「うん。でも敦史君って積極的だから、いつ告白してくるかわからないし・・・告白されたら断るしかないんだけど、そんなことしたら今の関係が終わってしまうから嫌だし・・・だから困っちゃって・・・」
「河合に告白させないようにしてほしいというわけか」
「うん。敦史君を止めてほしいの」
「うーん・・・告白を止めるか・・・難しいなあ」
「お願い!本当にお願い!敦史君をなんとか説得してほしいの」
「説得か・・・真弥、これは難しい問題だから少し考えさせてほしい」
「敦史君が告白する前になんとかお願い!」
「わかった。とりあえず考えてみるよ」
「あと、このことは敦史君に絶対に内緒にしててね」
「わかった。それは内緒にするよ」
葉月真弥と電話を切った後、蒼井涼介は大変なことになってしまったと思った。河合敦史は関係を前進させて告白したいと相談してきたが、葉月真弥はそれとは逆にこれ以上の関係にはなりたくないから告白を阻止してくれという相談をしてきた。この2人の相談事はまるで正反対で板挟み状態になっている。どちらか一方の相談を聞いて方法を考え出したとしても、もう一方のほうを裏切ることになる。葉月真弥が前の彼氏に未練があるということは、河合敦史がその未練を断ち切れるほどの存在になればいいのだが、2人は出会ってから2ヶ月しか経っていないこともあってそう簡単にいきそうにない。河合敦史を説得して告白しないように説得したとしても、葉月真弥と2人でいると好きだという気持ちは大きくなっていくだろう。そのうち感情が高まって告白してしまう可能性は十分にある。逆に葉月真弥を説得するというのはどうだろうか。前の彼氏に未練があったとしても河合敦史と付き合えば、いつか未練を断ち切れる日が訪れるだろうなんて言っても全く説得力がない。それに、さきほどの電話の内容からしてもかなり難しいように思える。結局、この場合、どちらか一方の味方になり、もう一方の敵にならなければならない状況なのだ。
蒼井涼介は頭の中を整理してシュミレーションしてみた。もし葉月真弥の相談事を聞いて、河合敦史に告白しないように説得したとしよう。そうなると今の関係をずっと続けていくことになるが、河合敦史はいつか感情的になって告白してしまうだろう。しかし、その結果は十中八九フラれてしまって、2人の関係は終わってしまう。逆に河合敦史の相談事を聞いて、あと一歩前進させる方法を考え出すとしたら、葉月真弥の未練を断ち切らせることが先決になる。しかし葉月真弥から受けた相談内容を河合敦史に伝えると、おそらく彼は未練を断ち切らせようとあらゆる手段に出そうだ。それに内緒だという約束を破ったことになり葉月真弥からの信用は失う。どちらにしても今の段階では河合敦史に未練を断ち切らせるという方法はやはり難しいだろう。このままだと最悪の場合、2人の関係が壊れてしまうだろう。今の段階では、どちらの相談事を聞いたとしても2人の関係が良くなる方向には進まないだろう。どうしたものかと考えたが、いい方法が思いつかず頭が疲れてきた。
■ 関係崩壊
少しテレビを見て頭を空っぽにした蒼井涼介は再び2人の相談について考えた。どちらか一方の相談事を聞いて、もう一方の相談事は聞かないということはやはり出来ないのだ。
しばらくして蒼井涼介はあることに気がついた。それは、どちらか一方の相談事を聞くということに捉われているのではないだろうかということだ。2人が言ってることは理解できて気持ちもわかる。正反対の相談事だが、何か2人の相談事を聞いて穏便に解決する方法を考えればいいのだ。それには2人の相談事を聞かないという手がある。2人の関係を進めたい河合敦史、2人の関係を維持したい葉月真弥。共通するキーワードは”2人の関係性”なのだ。それだったら、2人の関係を根底から壊してしまえば、どちらの相談も聞かなかったのになる。どうせ、今のままでは2人の関係が続いても最悪の結末がいつかは訪れるのだ。それならば自分がするべきことは2人の関係を壊してしまうことだ。その後、どうなるかはわからないが、どうにもならなかったらそれまでだったと諦めるしかない。もちろん、そんなことをすれば自分が悪者になってしまうが、この際仕方がない。これは大きな賭けになるがこの方法しかない。ついに蒼井涼介はこの2人の相談事を穏便に解決させる方法を思いついたのだ。
少し夜遅かったが、蒼井涼介は早速、葉月真弥に電話をした。
「遅い時間にごめんね」
「いいよ。どうしたの?」
「河合君とのことだけど、真弥は今までの関係でいたいって言ってたよね?」
「うん。なにかいい方法でも思いついたの?」
「河合君の気持ちを考えると、今までの関係を維持していくっていうのは難しいと思う」
「そうかもだけど、説得してくれれば・・・」
「真弥さ、前の彼氏に未練があるけど、河合君との関係も維持したいっていうのは、ちょっと虫が良すぎない?」
「それはそうだけど・・・」
「真弥にその気がないのなら、もう2人の関係に何の意味もないと思う」
「何の意味もないって・・・そんな言い方しなくても・・・」
「河合君のことを思うなら、もうお互いに連絡するのもやめて、2人で会うこともやめるべきじゃない?」
「たしかにそうだけど・・・それはちょっと淋しい・・・」
「河合君は真弥の淋しさを癒すだけの存在なの?」
「そうじゃないけど・・・でも・・・」
「だったらこれ以上、2人の関係を維持することはやめるべきだと思う」
葉月真弥は少し沈黙していて、何かを考えてるようだ。
「じゃあアタシがもう一切連絡も二人で会うこともやめようって敦史君に言えばいいの?」
「河合君には俺から言っておくよ。とにかくもう終わりにするべきだよ」
「わかった・・・そうする・・・」
これで葉月真弥を説得することはできた。少々可哀そうな気もしたが、穏便に解決させるためにはこれしかないのだ。
次の日、蒼井涼介は河合敦史を休憩室に呼び出した。
「河合君、突然なんだけど、もう真弥と連絡したり2人で会うのはやめたほうがいい」
「え?どうしてですか?」
「一歩前進できないってことは、もうそれ以上の関係に発展しないってことだと思うんだよ」
「それを相談したわけじゃないですか?どうして真弥ちゃんと連絡したり2人で会わないほうがいいという結論になるのですか?」
「このまま関係を続けていっても無意味だと思うんだよ」
「無意味って・・・あの、真弥ちゃんから何か聞いたのですか?」
「そういうわけじゃないけど、無駄な努力になるからもう2人の関係は終わりにするべきだと思うよ」
「そんな・・・俺、諦めたくないですよ」
「でも無理なものは無理なんだよ!これは仕方ないことだよ」
「それでも俺、諦めずにアプローチしますよ!」
「真弥には俺のほうからもう河合君と連絡するのも二人で会うのも辞めろって言っておいたから、しつこくすると本当に嫌われるよ」
「真弥ちゃんにそんなこと言ったのですか?それって先輩、酷いじゃないですか?」
「真弥もそれで了承したから、河合君ももう諦めなよ」
「諦めるって・・・俺の気持ちはどうなるのですか?そもそも真弥ちゃんを紹介してくれたのは先輩じゃないですか?」
「でも2人の関係が発展しないんだから仕方がないんだよ。これ以上続けても河合君が苦しむだけなんだよ」
「俺、本気ですから、簡単に諦めないですよ!」
「さっきも言ったけど、それでも無理にしつこく連絡したりすると、嫌われるだけになるから、もうやめるべきだよ」
「そんな・・・やはり酷すぎますよ。もうわかりました!失礼で申し訳ありませんが、先輩には失望しました」
「俺はなんと思われようがいいけど、仕方ないことなんだよ」
「もういいですっ!」
河合敦史は相当苛立っているようで、休憩室から出て行った。
蒼井涼介は自分が悪者になってしまったが、こうするしかなかった。河合敦史と葉月真弥の2人からはおそらく恨まれてるだろうと思った。しかし、今はそれを耐えるしかない。それからというもの、2人はお互いに連絡はしなくなったようだ。蒼井涼介は2人の関係を壊してしまうことに成功したのだ。しかし、問題はここからなのだ。2人の相談事を穏便に解決できるかわからないが、ここからが勝負なのだと蒼井涼介は思っていた。
■ わずかな光
それからというもの蒼井涼介に対する河合敦史の態度は冷たくなっていた。仕事の話をしても事務的で極力それ以外の話はしない。完全に嫌われているようだった。葉月真弥の話をすることを避けて、気を遣って話をしてみても河合敦史はほとんど無口で相槌程度の反応しかしなかった。蒼井涼介は2人の関係を壊してしまったのでこうなっても仕方がなかった。今はしばらくそっとしておくしかないのだ。葉月真弥のことも心配だったので、電話をかけてみたが「今、取り込んでるからごめんなさい」と冷たい言い方をされてすぐに電話を切られてしまっていた。2人にとって関係を壊してしまった蒼井涼介は完全に悪者になっているのだ。
それから1週間が過ぎたが状況は全く変わらなかった。2人とも蒼井涼介に冷たい態度をとる。なんとかしてあげたいと思うが、ここで何かのアクションを起こすと今回考えた方法が全て無駄になる。ここは待つしかなく、忍耐力が必要なのだ。待って何も動かなければ、2人の関係は本当に終わってしまう。そうなればそれまでだったと諦めるしかないのだ。今のこの状態は河合敦史に申し訳ないが、我慢してもらうしかない。彼は葉月真弥のことを諦めようとしているのか、まだ諦めてないのかわからない。本人に直接聞いてみればいいのだが、葉月真弥の話はしないほうがいいだろう。葉月真弥のほうは河合敦史と話をしなくなって淋しくなっているのだろうと思うが、こちらから連絡して慰めても効果はないだろう。それに、そんなことをすると意味がなくなってしまうのだ。葉月真弥には自分で気づいて乗り越えてもらうしかないのだ。
さらに1週間が過ぎたある夜、蒼井涼介の携帯電話が鳴った。葉月真弥からだった。
「真弥です、今ちょっといい?」
少し暗い声なのがわかった。
「今、大丈夫だけどどうしたの?」
「あの・・・敦史君のことなんだけど・・・」
「河合君のこと?もう連絡してないんだよね?」
「2週間くらい敦史君と連絡しなかったんだけど、アタシ・・・やっぱり淋しいの・・・」
「でも真弥には前の彼氏への未練があるし、淋しいってだけで河合君と話したいっていうのはどう思う?」
「それだけなじゃないの。連絡しなくなってから気づいたことがあるの」
「気づいたことって?」
「敦史君の存在ってアタシの中で大きいというか、必要な人というか・・・」
「河合が必要な人ってどういう意味?」
「アタシにとって敦史君は、一緒にいて楽しいだけじゃなくて、支えになってくれる人といえばいいのか・・・とにかく敦史君がアタシの側にいてほしいの」
「そっか。それで前の彼氏の未練はどうするの?」
「それも気づいてから考えたの。敦史君と一緒にいれば、未練を断ち切れるんじゃないかって思う」
「つまり、河合君が真弥の未練を断ち切れる存在になりえるってこと?」
「うん。どうして今までそのことに気づけなかったのかなって・・・連絡しなくなってから気づくなんて遅いよね」
「ふふふ。真弥、俺はその言葉をずっと待ってたよ」
「待っていたってどういうこと?」
「真弥にとって河合君の存在が何であるか気づくってことだよ」
「それならどうして連絡も2人で会うのもやめたほうがいいなんて言ったの?」
「それには大きな理由があったんだよ」
「大きな理由って?」
「そのことは河合君と3人で会った時に話すよ。真弥も今更、連絡しにくいでしょ?」
「アタシからはちょっと連絡しずらいね」
「とりあえず3人で会おう。今週の金曜日の夜、予定は空いてる?」
「特に予定はないから大丈夫だけど」
「じゃあその時に全てを話すよ。真弥が元彼に未練があることは、もう河合君に話してもいいよね?」
「うん。もう敦史君には本当のこと言うつもりだからいいよ。」
「じゃあ金曜日の夜に会おう!」
「うん!」
ついに蒼井涼介が待っていたことが動き出したのだ。
次の日、蒼井涼介に冷たい態度を続けていた河合敦史を休憩室に呼び出した。
「何の用でしょうか?」
「まあ、そうカリカリしないで!真弥のことなんだけどね」
「真弥ちゃんのことですか?今更何の話があるのでしょう?」
「今週の金曜日の夜、予定空いてる?」
「予定は特にありませんが、何をするのですか?」
「俺と河合君と真弥の三人で話をしようと思ってるんだけどどう?」
「3人で集まって何の話をするのですか?」
「河合君と真弥の関係を再構築させるって話だよ」
「はあ?・・・関係を再構築ってどういう意味ですか?」
「それは3人で会ったときに全てを話すよ」
「意味がよくわからないのですが、わかりました。真弥ちゃんと会えるのであれば行きますよ」
「真弥にはもう伝えてあるから、金曜日にそこの駅前に集合ってことで、よろしく」
「わかりました」
状況は動いた。2人の関係にわずかな光が見えてきた。あとは金曜日に3人にあった時、全てのことを打ち明けて2人の関係を再構築させようと蒼井涼介は考えたのだ。
■ 関係の再構築
金曜日の夜、勤務時間が終わり、集合場所である最寄り駅に河合敦史と2人で向かった。勤務時間が1時間早く終わる仕事をしていた葉月真弥は既に来て待っていた。そのまま駅近くにある安い居酒屋に入った。店内は少し賑やかだったが、話せないほどではない。注文したドリンクがきて、何かわからないが「お疲れ様です」といって乾杯をした。ドリンクを一口飲んだ後、蒼井涼介は全ての真実を語りはじめた。
「河合君、真弥、実は2人から正反対の相談を受けてた。関係を進展させたいという河合君の相談、そしてこのままの関係で維持したいという真弥の相談。つまりなんだ・・・告白したいという相談と告白してほしくないという相談だったわけだよ。2人の相談内容は完全に正反対の意味で、俺は板挟み状態になったってわけよ。どちらか一方の相談を聞いて、もう一方のほうを裏切ることになる。俺にはそんなことできなかった。だから考えたんだよ。それだったら2人の相談を聞いて穏便に解決する方法がないかって考えた。それは2人の相談をとりあえず聞かないようにすることって決めた。これは口止めされてたことなんだけど真弥には前の彼氏への未練があった。でも河合君は真弥に夢中だった。このまま2人の関係を続けていくと感情が高ぶった河合君はいつか告白してしまう。でもその状態で告白しても最悪の結末になってしまうことは明白だった。どちらにしてもそのままの関係を続けていてもいい結果にはならない。それだったらもう2人の関係を一度壊してしまおうと考えた。そうすれば状況は一旦落ち着く。2人が連絡しなくなれば離れることになって、お互いの存在を再確認できるんじゃないかと思った。つまり、距離を置くって意味だね。これまでの2人の関係は心が繋がっていないのに距離が近くなりすぎていて、お互いに相手の存在がわからなくなっていたんだよ。河合君にはしばらく辛い想いをさせてしまったけど待ってもらうしかなった。まあ、もうそのまま何の動きもなければ、それまでの関係だったんだと諦めるしかなかったんだけどね。これは俺にとって大きな賭けになった。そして先日、真弥から連絡がきた。河合君は自分にとって大きな存在であったと真弥は気づいた。そして河合君なら未練を断ち切ることができるんじゃないかって思ったと聞いた。だからこうして今日、3人で会って話をしようと思ったわけだよ」
蒼井涼介の話を聞いた二人は驚いた顔をしていた。そして河合敦史が口を開いた。
「そうだったのですね。それだったら事情を説明してくれればよかったじゃないですか?」
「真弥に口止めされてたし、俺が事情を説明したとして、河合君はどう出る?必死になって未練を断ち切ろうと動くんじゃない?」
「たしかに、俺のできることをやっていたと思います」
「それだと意味がないんだよ。一旦、中途半端になっていた2人の関係を壊してしまわないとね」
「でもどうして2人の関係を壊した理由を話してくれなかったのですか?」
「俺がその理由を話したら、お互いに離れたという認識がなくなるでしょ?それに河合君を試したってのもあるんだよ。真弥を諦めるかどうかね」
「そういうことだったのですか・・・俺、真弥ちゃんのこと諦めたりしてないですよ」
続いて葉月真弥が話に入ってきた。
「いきなり連絡も2人で会うのもやめろって言われた時、ちょっと変だとは思ったけど、そういう理由があったのね。なんだかハメられた気分」
「こうするしかなかったんだよ。でもそのおかげで真弥は気づけたでしょ?」
「離れてみて気づくことってあるのね。でも、気づいてからでは遅いってちょっと後悔してた」
「だから今日、3人で会おうって言ったんだよ」
蒼井涼介は核心部分の話をはじめた。
「河合君の相談は真弥との関係を前進させたいってことだったよね?」
「はい」
「真弥の相談は関係を維持するってことだったよね?」
「うん」
「2人の相談内容に共通していたのは”二人の関係性”だったことに気がついたんだよ。それを2つとも解決させる方法は一度、二人の関係を壊してしまって、新に再構築させることだった。河合君、これで真弥との関係は一歩前進できたでしょ?」
「はい、できたと思います!」
「あと真弥、これまでの関係の維持ではないけど、これで河合君との関係を続けられるでしょ?」
「うん!」
「つまり、俺は正反対であった2人の相談を解決させたってことになるね」
2人ともこくりと頷いた。
「今ここで2人の関係は再構築されたわけだから、これからはもっと仲良くするといいよ」
河合敦史は申し訳なさそうな表情をしながら「先輩、俺、そんな理由があったなんて知らず、失礼な態度をしてしまって申し訳ありませんでした」と言った。蒼井涼介は優しく「いいよ。俺はしばらく悪者になることを覚悟してやったことだから」と言った。そして「真弥、未練があるのはわかるけど、もう前を向いて進んでいけるよね?」と聞いてみた。真弥は「うん!もう後ろは振り向かないようにする」と言った。2人は今まで以上の関係に発展したのだ。そして河合敦史が「あ、あの、関係が一歩前進したってことは、もう真弥ちゃんと付き合うってことでいいのですか?」と聞いてきた。蒼井涼介は「それは2人で決めることでしょ?俺はただサポートをしただけの存在にすぎないからね」と言った。それを聞いていた真弥は少し顔を赤くしながら「アタシは・・・付き合うってことでもいいよ」と呟いた。蒼井涼介は最後に「そういう話は俺のいないところでやってくれよ」と笑いながら言った。
その後、河合敦史は改めて告白して2人は付き合うことになった。
今回は2人の関係を一度壊してしまって再構築させるという大胆な方法を実行してみたが、蒼井涼介にとってかなり不安ではあった。なぜなら恋愛において距離を置いて考えるというのはあまり好きでない方法なのだ。距離を置くというのはある意味逃げになっていて、こういう時はまともな考えができないことはわかっていたことである。しかし、今回の場合はこうするしかなかった。そして東京生活が終わって実家に帰ることになった。実家に帰った蒼井涼介はときどき、あの2人の関係は今はどうなっているのだろうと思うことがあるのだ。




