魂を抜き取るカメラが壊れたら
「三人並んで写真を撮ると、真ん中の人の魂が抜かれるって言うよね。」
「うんうん。昔からある怪談だよね。」
「あれってさ、抜かれた魂はどこにいくんだろうね?」
「どこって、カメラフィルムに記録されてるんじゃないかしら。」
「じゃあ、もしも撮影の時にカメラが故障しちゃったら?」
「抜かれた魂が迷子になっちゃうかも。」
同じ高校に通う、仲良し3人組の女子生徒。
黒くて長い髪の女子生徒は、落ち着いていて大人びた子。
髪を頭の左右に分けて結っているツインテールの女子生徒は、天真爛漫な子。
おかっぱ頭の女子生徒は、大人しくてやさしい子。
これがその3人。
その3人は同じクラスの仲良しで、帰りはいつも一緒に下校している。
これは、怪談好きのその3人が、学校からの帰り道に、
道に迷ったおばあさんを案内することで出会うことになる、
怪談にまつわる話。
うららかな放課後の学校。
長い髪の女子生徒、ツインテールの女子生徒、おかっぱ頭の女子生徒、
その3人が連れ立って学校の校門から姿を現した。
ツインテールの女子が、道端の石ころをつま先で転がしながら言う。
「今日も授業だるかったね~。」
すると長い髪の女子が、肩をすくめて応えた。
「あなた、午後の授業はほとんど居眠りしていたでしょう。」
少し遅れて、おかっぱ頭の女子が笑顔で言う。
「居眠りしてても、先生に当てられたら、
ちゃんと起きて正解してたよね。」
おしゃべりをしながら、その3人は仲良く下校していく。
すると、帰り道の途中で、一人のおばあさんの姿が目に留まった。
おばあさんは何かを探している様子で、周囲をおろおろと見回していた。
ツインテールの女子が、長い髪の女子とおかっぱ頭の女子の顔も見ずに言う。
「あのおばあちゃん、迷子かな?」
「そうかも知れないわね。」
「困ってるみたい。助けてあげようよ。」
その3人は顔を見合わせて頷くと、おばあさんのもとへ駆け寄っていった。
これから何が起こるかも知らずに。
「失礼します。何か探しものですか。」
長い髪の女子が、礼儀正しく頭を下げてから、おばあさんに話しかけた。
その横からツインテールの女子が、ぴょんと姿を現して言う。
「おばあちゃん、道に迷ったの?」
「わたしたち、この辺りの学校の生徒なんです。」
おかっぱ頭の女子も続く。
その3人の人懐っこそうな笑顔を見て、おばあさんも表情を崩して応えた。
「あらまあ、ご親切にありがとう。
この写真館に行きたいのだけれど・・・。」
差し出されたメモをその3人が覗き込む。
「どれどれ。写真館なんて、この辺りにあったかしら。」
「これ、この辺りの地図じゃないね。」
「たぶん、町外れの方じゃないかな。」
その3人が見たところ、おばさんが持っていたメモにある目的地は、
今いる場所から少し離れた場所にあるようだ。
「おばあちゃん、このメモの場所はここら辺じゃないよ。」
「そんなに遠くないけど、おばあちゃん一人で大丈夫かな。」
「よろしければ、私たちがご案内します。」
「まあ、良いのかしら。
それじゃあお言葉に甘えて、お願いしますね。」
そんなやり取りがあって、その3人は、
おばあさんを町外れの写真館まで案内することになった。
おばあさんの手を取って、商店街を抜け、大通りを渡り、
少し歩いた町外れに目的の写真館があった。
洋風建築で大きめの一軒家、
一階部分はガラス張りになっていて、写真がいくつも飾られていた。
しかし、肝心の建物の内部は明かりが消されていて、
出入り口も閉じられている。
出入り口の扉に貼られた張り紙を見つけて、
ツインテールの女子が声に出して読み上げた。
「なになに・・・。
趣味のサイクリング中に転んで骨折してしまいました。
しばらくの間、休業させていただきます。
これを機に実家で親孝行してきます。
店主。
・・・だってさ。」
「じゃあ、お店はやってないの?」
「そうみたいね。
おばあさん、この写真館はしばらく休業のようです。」
その3人の言葉に、おばあさんは眉尻を下げた。
「まあ、そうなの。
でも困ったわ。
至急、写真を撮影するために来て欲しかったのよ。」
何やら訳ありの様子に、その3人が顔を見合わせる。
おかっぱ頭の女子を初めに、おばあさんに控えめに質問した。
「写真を撮影に来て欲しい、ということは、
おばあさんはこの写真館に写真を撮りに来たんじゃないんですね。」
ちょっと迷って、おばあさんが応えた。
「・・・ええ、そうなの。
実は、うちには病気の娘がいて、
その娘の写真を撮ってもらいたかったの。
娘の病状は思わしくなくて、今すぐにでも撮影してもらいたくって。
でも電話が通じなかったから、こうして直接来ることにしたんですよ。」
「ご病気の娘さんは今どちらに?」
「自宅です。
娘がどうにかなってしまう前に写真を撮っておきたくて。
病気で外出も難しいので、自宅に撮影の準備をしてあるんです。
主人がカメラ好きで、撮影用の機材は元々あって、
後は、カメラマンさんがいれば良かったのだけれど。」
写真撮影の準備はもうできている。
そう聞いて、その3人は再び顔を見合わせた。
その3人は同じ事を考えたらしい。
笑顔になって、おかっぱ頭の女子が口を開いた。
「おばあちゃん、もしよかったら、
わたしたちがカメラマンをしましょうか?」
「プロのカメラマンのようにはいかないけれど、
私たちでよければお手伝いさせてください。」
「乗りかかった船だものね。
今日はもう学校も終わってるし、すぐにでも行けるよ。」
にこにこと微笑むその3人の顔を見渡して、
おばあさんはすまなそうな笑顔になって言った。
「まあ、ご親切に。
うちの娘もあなたたちと同じ年頃だから、丁度いいかしらね。
それじゃあお言葉に甘えて、お願いしようかしら。」
そうしてその3人は、
おばあさんの家へ写真撮影の手伝いに行くことになった。
カメラ好きの主人がいるのにカメラマンが別途必要な理由を、
その3人はその時、考えもしなかった。
おばあさんの家は、写真館がある町外れとは逆側の、
町の商店街などを挟んだ向こうの町外れにあるらしい。
おばあさんの家へ向かう道すがら、事情を話してくれた。
おばあさんの家は三人家族。
高齢のおじいさんおばあさんと、高校生の娘が一人。
遅い子供だった娘は生まれつき体が弱く、
医者によればもう余命幾許もないという。
今ではほとんどの時間を自宅のベッドで過ごしている。
学校に通うこともできず、友達を作ることも叶わない。
そんな娘が傾倒したのは、超自然的な存在だった。
おまじないだの降霊術だのに没頭する毎日。
しかし、どれも目立った効果は得られない。
そうして娘が行き着いたのは、ある怪談だった。
三人並んで写真を撮ると、真ん中の人が魂を抜かれる。
古くからある写真にまつわる怪談。
それを利用して、体が死ぬ前に魂を抜き取ろうとしているのだという。
おばあさんの話を聞いて、その3人は神妙な面持ちになった。
ただの家族写真の撮影だと思って手伝いを名乗り出たのだが、
どうやら思っていたこととは事情が異なるようだ。
怪談を利用して魂を抜き取るなど、関わってもいいものか。
その3人が逡巡しているうちに、おばあさんの家が近付いてきたのだった。
おばあさんの家は、ちょっとしたお屋敷ほどの大きさがあった。
建物は地上三階建てほどはあるだろうか。
個人の邸宅としては広い土地に、草や蔦が鬱蒼と茂り、
古く簡素ながらもお屋敷と呼べるような家屋が建っていた
おばあさんが錆びて軋む門を開いて、その3人を手招きする。
その姿が、なんだかあの世へ手招きしている死神のように思えて、
その3人は躊躇してしまう。
しかし、今さら帰りますとも言えず、
その3人はおばあさんの家の門をくぐったのだった。
おばさんの家の中は、建物の外見から察したとおりに大きかった。
玄関はちょっとした部屋ほどの広さがあって、
古い絨毯が敷かれた廊下を進み、階段を上がり、
また廊下を進んだ先に、やっと娘の部屋があった。
おばあさんがノックをして返事を待たずに扉を開く。
部屋の中には質素ながらも大きなベッドがあって、
その真ん中に、青白く痩せた顔の女の子が横になっていた。
おばあさんが穏やかな声で話しかける。
「ただいま。
写真館に行ったのだけれど、お休みだったの。
でも、親切な人たちがお手伝いに来てくれましたよ。
あなたたち、こちらへどうぞ。
これがうちの娘です。」
おばあさんに紹介されて、
長い髪の女子と、ツインテールの女子と、おかっぱ頭の女子と、
その3人がベッドの上の女の子に向かってあいさつした。
「はじめまして。」
「どうも。」
「こんにちは・・・。」
ベッドの上の女の子の様子をそっと伺う。
顔は痩せこけて青白く、口元を抑えて咳をする様子は健康には見えない。
死に瀕して降霊術を行うなんて、どんな奇っ怪な人物か。
その予想は、すぐに覆されることになった。
「まあ、それじゃあなたたち、私を魔女か祈祷師かと思ったの?」
おばあさんの娘である女の子が、ベッドの上で上半身だけを起こして、
青白い顔に弱々しい笑顔を浮かべていた。
ベッドの脇には椅子が用意され、その3人が座っている。
さらに脇の小さなテーブルには香る紅茶やお茶菓子が置かれていた。
その3人は、おばあさんの勧めで、
写真撮影の準備が整うまで女の子と話をすることになった。
同じ年頃同士のその3人と女の子はすぐに打ち解けて、
わいわいとにぎやかな会話に花を咲かせていたのだった。
女の子の言葉に、ツインテールの女子が笑顔で口を尖らせ反論する。
「だって、病弱な子が魂を抜く儀式をするなんて聞いたら、
魔女や祈祷師みたいな儀式を想像するって。」
「溺れる者は藁をも掴む、って言うものね。
あやしい儀式をするんだろうって思うよ。」
「魔女かどうかはともかく、
非科学的な話だと思うのも無理は無いと思うわ。」
三人並んで写真を撮ると、真ん中の人の魂が抜ける。
古い怪談を利用して、病弱な体から魂を抜き取る。
そんな話を聞かされたその3人は、
きっと相手は生に執着し非科学的な考えを盲信する異常者だろうと、
そんな先入観を抱いていた。
しかし、実際は、女の子は現実的で明晰な思考の持ち主だった。
女の子はティーカップに口をつけ、唇を潤わせて説明を始めた。
「私はね、病気でどうにかなってもそんなに悔いは無いの。
だって、人間は健康でもいつか死ぬし、
宇宙の全てのことを知ることはできないんですもの。
私が死んでも、私が生まれたという事実は変わらず残る。
人生の長い短いなんて、宇宙に比べたらちっぽけなこと。
私はただ、遺された両親を悲しませたくないだけなの。」
どうやら女の子の目的は、死から逃れることではないようだ。
自分が死んだ後に両親を寂しがらせたくない、
ただそれだけが目的だという。
お茶のおかわりを持ってきたおばあさんが、
話を耳にしてそっと目元を拭っている。
では、女の子はその為に何をしようとしているのか、
返事に困って黙るその3人を見て、女の子は話を続けた。
「それで私は、いろいろなことを試した。
外出は難しいから、本を読んだり独学でね。
幽霊にまつわる話や物理学の話、
時には外国のおまじないまで本で読んで試した。
でもやっぱり、魂を取り出すなんてできなかった。
それでね、考えたの。
魂を取り出すのは無理だけど、記録だったら可能なんじゃないかって。」
「魂の、記録?」
「そう。
魂を抜き出そうとしても失敗するのは、
同じ人間の魂は同時に一個しか存在できないからかもしれない。
そんな話を目にして、納得したの。
物理学でも、一個の存在を確定させると、
他の可能性が消えるという現象がある。
魂もこの宇宙に存在するのだから、物理学の法則に従っているはず。
魂を抜き出そうとして失敗するのは、元の魂が消えていないからかも。
じゃあ、体が死んで魂が消えるまで、
抜き出した魂を保存だけしておけばいい。
そうして行き当たったのが、写真の怪談。
あなたたちも、有名な写真の怪談は知ってるわよね。
三人並んで写真を撮ると、真ん中の人の魂が抜けるって話。
私、それを利用して、必要な時まで私の魂を保存しておきたいの。
カメラとは、取り込んだ映像を複製して保存しておくもの。
カメラを使うからにはきっと、
抜き出した魂の複製が写真に保存されるはず。
カメラの怪談には、
魂を抜き出すこと、複製すること、保存すること、
これらが、おあつらえ向きに全部そろってる。
あなたたちに、その手伝いをして欲しいの。」
女の子の見立てによれば、魂は二つ同時には存在できない。
だったら、魂の複製を作って保存しておけばいい。
そうすれば、片方の魂が消えた時に、保存しておいた魂が有効になるはず。
ということのようだ。
話を聞き終わった3人は短いため息をついた。
長い髪の女子は腕を組み、
ツインテールの女子は天井を見上げ、
おかっぱ頭の女子は指先をもじもじといじっている。
すぐに返事をしないものの、まんざらでもない表情。
女の子の説明は根拠に薄い話だったが、
元より怪談好きのその3人の興味を引くには十分だったようだ。
その3人が順に返事をする。
「なんだか夢みたいな話だけれど、試す分にはいいかもしれないわね。
カメラで魂の複製を作って保存するってことなら、
元の魂は無事だから失敗しても害はないでしょうし。」
「カメラで魂の複製を作ったら、
即座に複製の方だけが有効になる可能性もあるけどね。
それでもよかったら、あたしも協力する。」
「わ、わ、そんな怖いこと言わないで。
写真を撮るだけなら、きっと大丈夫だよね。
だって、写真を撮ったら魂が移動しちゃうなら、
今までに何回も魂が抜けた人がでて、
大騒ぎになってるはずだものね。
きっと、複雑な条件があるんだよ。」
言葉は違うが3人の応えは同じ。
そう受け取った女の子が、その3人に頭を下げて言う。
「・・・ありがとう。」
その3人と女の子は手を伸ばし、しっかりと手を握りあったのだった。
そうしてその3人は、
女の子の魂の複製を保存する写真を撮ることになった。
早速、女の子の部屋で写真撮影の準備がされていく。
その段になってようやく、
女の子の父親であるおじいさんが部屋に現れ、
その3人と挨拶を交わしたのだった。
「どうも。
娘がお世話になっています。
今日はよろしくおねがいしますね。
私は写真が趣味でして、機材も揃えてあります。
ですので、撮影の準備は私に任せて下さい。」
おじいさんの指示で、写真撮影の準備がてきぱきと進められていく。
写真撮影用の照明が運び込まれ、
反射板が用意され、カメラを固定する三脚が立てられる。
ふと、ツインテールの女子が思いついて声をあげた。
「あ、そういえばカメラってどうするんだろう。
撮影できるなら何でもいいのかな。」
「怪談では、カメラの指定は無かったかしらね。」
長い髪の女子も考えたが、特に何も思いつかない。
すると、おじいさんが一つのカメラを手にして応えた。
「それは、このカメラを使いましょう。」
握られていたのは、古めかしい一眼レフカメラ。
レンズが一つついた、よくあるタイプのカメラだった。
「これは、私が家内と出会った時に手に入れた、古いフィルムカメラです。
娘が産まれる時から撮影に使っていたので、
まじないの類に使うのに悪い選択ではないでしょう。
ただ、このカメラにはセルフタイマー機能が無くて、
つまりカメラを撮影する人が必要なんです。
家には三人しかいないから、三人の写真は撮れない。
だから、カメラマンを探していたんですよ。
そういえばこのカメラは、前に使っていた人が倒れたとかで、
それで格安で譲ってもらったものです。
まさかとは思いますが、状況が似ていますね。」
まじない紛いの儀式をしようという時に、ちょうど手元には曰く付きのカメラ。
何らかのめぐり合わせを感じずにはいられないその3人だった。
「はい、撮りまーす!」
長い髪の女子が手を上げて合図をする。
その視線の先、ベッドの上では女の子が体を起こし、
両隣には両親であるおじいさんとおばあさんが座っていた。
3人で写真を撮るだけならば、真ん中の女の子以外は誰でもいい。
でも、どうせなら記念に残る写真にしてあげたい。
そんな考えで、写真に収まるのは女の子とその両親ということになった。
長い髪の女子、ツインテールの女子、おかっぱ頭の女子、
その3人は写真撮影を担当。
長い髪の女子がカメラを構え、
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子が照明や反射板を構える。
写真の怪談によれば、写真を撮ると真ん中の女の子の魂が抜ける。
条件によっては、何が起こるかわからない。
カメラの先にいる女の子と両親の三人は、緊張で固い顔をしていた。
長い髪の女子が、カメラの覗き穴であるファインダーを覗いて、
合図の後に、写真を撮影するシャッターボタンを押した。
パシャッと小気味よい音がして、シャッターが切られる。
・・・はずだったのだが。
何やら異音がして、ファインダーから見える映像が乱れた。
「・・・あら?カメラから変な音がしたわ。
何かおかしかったかしら。
私、カメラにはあまり詳しくはないのだけれど。」
撮影を終えて、おじいさんがカメラを見るために近付いてきた。
しばらくカメラを調べて、済まなそうに言った。
「どうも、このカメラは故障してしまったみたいですね。
手入れはしていたのですが、何しろ古いカメラですから。
ハーフミラーが壊れて、動かなくなったようです。」
「ハーフミラー?
それって、何のこと?」
ツインテールの女子の質問に、その場のおじいさんと女の子以外の皆が頷く。
おじいさんが片手で頭を掻いて応えた。
「ハーフミラーっていうのは、カメラの中にある小さな鏡ですよ。
写真を撮る時に覗き穴、ファインダーを覗くと映像が見えるでしょう?
あの風景は、ハーフミラーで反射した映像です。
カメラの中でフィルムに向かう光の一部を、
ハーフミラーで反射してファインダーに向かわせるわけです。
ハーフミラーがあるおかげで、カメラにどんな映像が映るのか、
ファインダーを通して事前に確認できるんです。
通常は撮影の時には動いて光を避けるんですが、
どうもそれが上手く動かなかったらしい。」
おじいさんの趣味は写真というだけあって、すらすらとした説明。
しかし素人には難しすぎる説明を聞いて、
長い髪の女子が眉をひそめて聞き返した。
「つまり、どういうことなんでしょう。
写真が撮れなかった、ということですか。」
「いえいえ、そんなことはないでしょう。
フィルムに向かう光の量が減るので、写真は暗くなるかもしれませんが、
撮影自体はきちんと終わったはずです。
もしも気になるなら、もう一度撮影をやり直しますか。
あるいは、うちには現像の機材も整っているので、
すぐに写真を現像、つまり印刷して確認できますが・・・」
おじいさんの申し出には、ベッドの上の女の子から返事があった。
「いえ、止めておきましょう。
さっきも説明したけれど、
魂は同時に一つしか存在できないかもしれない。
魂の複製を複数用意したら、どれが有効になるかわからない。
あるいは、全部無効になるかもしれない。
こういう時はどうしたらいいのか、私が調べてみるわね。
とにかく今日は手伝ってくれてありがとう。
今後のために、連絡先を教えてもらえるかしら。」
女の子の申し出に、その3人がおずおずと頷く。
よりにもよって、魂の複製を作る写真を撮影する時に、
肝心のカメラが壊れてしまったらしい。
写真は一応撮影できたようだが、
魂の複製と記録が上手くいったのかわからない。
なんともすっきりしない結果を抱えて、その3人は家に帰ったのだった。
そんなことがあって、数週間後。
魂の複製を保存する写真はどうなったのか。
あれから女の子からは何の連絡もなかった。
元々は怪談に基づいた儀式の真似事。
成功なんてしないほうが普通。
あの女の子と家族が心安らぐ助けになればそれでいい。
その3人はそう納得すると、
魂の複製を保存する写真の記憶は、日々の生活の中で埋没していった。
異変が起こったのは、それからしばらく経ってからのことだった。
長い髪の女子が異変に気が付いたのは、
ある朝、目が覚めた時の事。
ベッドの上で体を起こすと、視界の隅にもやもやと何かが映っている。
小虫でも入り込んだのかと部屋を見渡すが何もいない。
では目に異物が入ったかと目をこするが、もやもやは残ったまま。
顔を洗うために洗面所にいって、鏡に映った自分の目を見る。
「・・・変ね。目になにか映ってる。
しばらく様子を見て、治らなければ病院に行こうかしら。」
最初、長い髪の女子は、
自分の目に起こる異常をその程度にしか考えていなかった。
しかし、次の日になっても視界に映るもやもやは晴れないまま。
逆に、もやもやの形がはっきりしてきている。
もやもやには手があって足があって、まるで人の形のよう。
さらに次の日。
目にもやもやを映したままで、家の郵便受けを確認した時のこと。
自分宛てのはがきが届いていた。
胡蝶蘭の切手が貼られた、簡素なはがき。
差出人はあの女の子の両親からで、以下のように書かれていた。
「先日、娘が逝去いたしました。生前は大変お世話になりました。」
そんなはがきの内容を見た途端。
目に映っていたもやもやが、
まるで霧が晴れたかのように、形がはっきり見えるようになった。
あの時、写真に撮った女の子が、
そこにいるはずのない、亡くなったと知らされたばかりのあの女の子が、
長い髪の女子の視界に映っている。
もやもやの正体は、女の子の姿。
それどころか、身振り手振りで必死に手を振って、
開かれた口から言葉までもが聞こえてきたのだった。
「私はここだよー!
気が付いて、おねがい!」
その日の夜。
長い髪の女子、ツインテールの女子、おかっぱ頭の女子の3人は、
魂の複製を保存する写真を撮った女の子の家に来ていた。
はがきで知らされた通り、女の子の部屋のベッドは空っぽで、
両親であるおじいさんとおばあさんの二人だけが出迎えてくれた。
思ったよりも憔悴していないおじいさんが、
突然の来客であるその3人に弱々しい笑顔で言う。
その目元は赤くなっていた。
「よくいらっしゃいました。
お知らせした通り、娘はもういませんが、
いつでも遊びに来てくださいね。
きっと、娘も喜ぶことでしょう。」
おじいさんよりはいくらか冷静そうなおばあさんが、
お茶を用意しながら声をかける。
「あの子の病気は生まれつきでしたから。
私たちも覚悟はしていました。
だから、気を使っていただかなくても大丈夫です。
何か、ご用があって来られたんですよね。」
話を促されて、その3人が目配せして頷く。
それから、長い髪の女子が神妙な面持ちで話し始めた。
「実は、娘さんが、私の目の中にいます。」
「・・・今、何と?」
きょとんとするおじいさんとおばあさんに、長い髪の女子が真剣に言う。
「娘さんが、私の目の中にいるんです。
見えるんです。
娘さんが、視界の隅にいるんです。
それどころか、声まで聞こえてきて会話もできるんです。」
「どういうことでしょう?」
「どうやら、魂の複製を保存する儀式は成功していたみたいなんです。」
それから長い髪の女子は、視界に映る女の子から聞いたことを説明した。
女の子は亡くなった直後に、長い髪の女子の目の中で目が覚めたらしい。
それが目の中だと気が付いたのはしばらく経ってから。
どうやら、魂だけの存在にはなったらしい。
しかし、ここはいるべき写真の中ではない。
まわりに映る風景から、どうやら長い髪の女子の目の中らしい、
ということがわかった。
それから、何とか長い髪の女子に気が付いてもらおうと、
身振り手振りで存在を主張していたそうだ。
長い髪の女子は、女の子が亡くなったことを知らされてからやっと、
目の中にいる女の子の存在を認識できるようになったのだった。
にわかには信じられない話だが、
おじいさんとおばあさんは黙って話を聞いていた。
話を聞き終わって、おじいさんは長い髪の女子に聞いた。
「・・・それで、私たちはどうすればいいのでしょう。
娘の魂が無事だったとすれば喜ばしいのですが、
人様の目の中にいたのでは、どうすることもできません。」
「そうよねぇ。
魂の複製が他人の体の中にあっても困るのよね。
やっぱりあのカメラのせいかなぁ。」
あっけらかんと言うのは、長い髪の女子の目の中にいる女の子。
その言葉は長い髪の女子にしか聞こえていない。
女の子が言う言葉を、長い髪の女子が代弁していく。
「えっと、娘さんが言うには、
私の目の中に魂が宿ったのは、カメラのせいじゃないかってことです。
あの時、撮影する時にカメラに故障が起きて、それが原因じゃないかと。」
言われたおじいさんは頭に手を当てて、しばらく考えてから応えた。
「ああ、なるほど、娘と写真を撮った時の話ですね。
皆さんにお手伝いをしてもらって。
そういえばあの時、ハーフミラーが動かなかったんでしたね。」
「そうです。
娘さんの見立てでは、
その時に魂が二つに分かれてしまったんじゃないかって。
ハーフミラーはカメラの中でフィルムに向かう光を分けるもの。
魂の複製を保存するカメラも、カメラの仕組みを使うからには、
魂は光として伝わってるんじゃないかって、
娘さんはそう言っています。
だとすれば、ハーフミラーで魂も分けられてしまったのかも。」
我慢できないようで、目の中の女の子が口を挟んでくる。
「そうそう。
私、あれから調べたのだけれど、
魂に関わる言い伝えはたくさんあって、
魂を伝えるやり方もいくつもあるらしいのよ。
魂を抜かれるカメラの場合は、光を使って伝えるのだと思う。」
「ちょっと、話しにくいから黙ってて。
私が代わりに説明するから。」
「はーい。」
自分の目の中でしゃべる女の子に、長い髪の女子が苦情を言う。
部屋の中にいる、おじいさんとおばあさん、
それからツインテールの女子とおかっぱ頭の女子も、
目の中の女の子の姿も声も確認できないので、怪訝そうな顔をしている。
魂が分かれてしまったせいか、女の子の性格が若干変化していることにも、
長い髪の女子は苦慮させられていた。
「・・・失礼しました。
娘さんが言うには、私の目の中に複製された魂を、
写真のフィルムの方に複製し直して欲しいんだそうです。」
「魂の複製し直し、ですか。
そんなことができるのでしょうか。」
「娘さんが言うには、
フィルムカメラならそれができるだろうということです。
魂が分かれたせいか、記憶がはっきりしないそうで。
でも、おじいさんならカメラに詳しいからわかるのではないかと。」
フィルムカメラに映った魂を重ね合わせる。
おじいさんはまたしばらく考えて、手をポンと打った。
「それなら、二重露光してみましょうか。」
「二重露光、ですか?
ああ、娘さんも頷いてます。」
「それってどんなものなんですか。」
横からおかっぱ頭の女子が、興味津々で尋ねた。
おじいさんが微笑んで説明する。
「二重露光というのは、同じフィルムに二回写真を撮ることです。
二つの写真を重ねたような写真ができあがって、面白いんですよ。
言われてみれば、もしも魂が写真に保存されるのなら、
二重露光すれば魂を合わせることも可能かもしれません。
幸い、あの時に撮影した娘の写真を映したフィルムは、
まだ現像していません。
あのカメラの故障も手直しをしていますし、
多少の撮影なら耐えるでしょう。
これ以上、人様の体を娘に使わせてもらうわけにもいきませんし、
やってみましょう。」
魂の複製を保存する写真。
その写真を二つ合わせて、分かれてしまった魂を一つにする。
そんな途方も無いことが行われようとしていた。
長い髪の女子が一人、椅子に背筋を伸ばして座っている。
その顔には、眩しいほどの照明が当てられていた。
目の中に映った女の子の魂を撮影し、
フィルムに映っている魂と、二重露光によって一つにする。
そのための準備が進められていた。
ツインテールの女子が、長い髪の女子に言う。
「ちょっと待って。
そのまま撮影したら、あんたの魂もフィルムに映っちゃうんじゃない?」
「あ、それもそうね。
でも、どうしたら良いのかしら。」
「じゃあ、虫眼鏡か何かで、目だけを拡大して撮影しよう。
後の二人は、顔の前に立つ感じで。」
「虫眼鏡?
そんなもので大丈夫かしら。」
話を聞いていたおじいさんが言う。
「おそらく問題ないでしょう。
このカメラはレンズを交換できないタイプなので、
いずれにせよ目を拡大して撮影するには、
外部レンズを使うしかありませんからね。
拡大鏡なら家のどこかにあったと思います。
拡大鏡を真ん中にして、三人で並んだ写真を撮りましょう。」
おかっぱ頭の女子が、目線を宙に彷徨わせて考えながら口を開いた。
「そもそもカメラ自体がレンズを通して撮影するものだから、
レンズをもう一つ通しても大丈夫じゃないかな。」
「それもそうね。
じゃあ、準備をお願い。」
そんなこんなで、おじいさんの家の家探しが始まった。
さして時間がかかることもなく、物置から立派な拡大鏡が見つかった。
準備が済んで、いざ撮影という時。
目の中の女の子が、長い髪の女子に話しかけてきた。
手を後ろに組んで、少し寂しそうな顔をしている。
「これで、本当にお別れだね。」
「そうね。
でも、写真の方に魂を映せば、両親と一緒にいられるじゃない。」
「両親が無事な間は、ね。
見ての通りうちの両親は高齢だから。
魂の複製を写真に保存しても、どれだけ一緒にいられるかしら。」
「それは、生きてる人でも誰でもそうね。」
そうこうしている間に、撮影の準備は整った。
今度はおじいさんがカメラを構えて、
その前には拡大鏡、左右にはおかっぱ頭の女子とおばあさんが座る。
拡大鏡越しにカメラを見つめる長い髪の女子の視界には、
女の子の顔がいっぱいに映っている。
その表情はどこか寂しそう。
「では、撮りますね。」
おじいさんの合図を背景に、女の子が小さく手を振っている。
いよいよシャッターボタンが押された。
小気味よい動作音がして、今度はカメラは正常に動作したようだ。
拡大鏡のおかげか、長い髪の女子には変化がない。
上手くいったのだろうか、すぐには分からない。
しかし、視界から女の子の姿が消えたことが、
結果を物語っていた。
それから、長くも短くもない年月が経過して。
町外れの写真館に、一枚の写真が展示された。
高齢の夫婦と高校生の娘との、三人家族の写真。
それは、あの女の子と両親が一緒に映った写真だった。
実は、あの魂の複製を保存する写真撮影には、
まだ続きがあった。
発案は、おかっぱ頭の女子。
「待って。
まだ撮って欲しい写真があるの。
わたし、カメラのことはよくわからないけど、
二枚の写真を合わせることができるのなら、
三枚四枚の写真を合わせることもできないかな?」
そんな突飛な話に、おじいさんとおばあさんは首を捻っていた。
しかし、長い髪の女子とツインテールの女子には、
すぐに意図が理解できたようだ。
長い髪の女子が顔を綻ばせて応えた。
「そうか、あなたが言いたいことがわかったわ。
あの女の子の魂を合わせたフィルムに、
もう二つの魂を合わせるのね。」
ツインテールの女子も膝を打って続く。
「なるほど!
一枚の写真に複数の魂を合わせられるのなら、
さらに魂を追加で合わせられるかもしれない。
写真の怪談は、三人の真ん中の人の魂が抜かれるって内容だった。
フィルムには、両側の人の体が空っぽの状態で映ってるんだ。
そこに魂を合わせれば、三人の魂を一枚の写真に合わせられるかも。」
「うん、そう。
わたしたちは、魂を目の中に映すことに成功してるの。
偶然だけどね。
つまり、それからわかるのは、
魂を映す先は、三人の真ん中じゃなくてもいいということ。
だったら、三人が映ってるフィルムの左右の人に魂を映せると思うの。」
「いいわね、やってみましょう。
もちろん、おじいさんとおばあさんの希望があれば、だけれど。
生前に魂の複製を保存しても生きている間は影響がないのは、
私の目の中に映った娘さんの魂が、
死後になるまでは機能しなかったことから確認済み。
たとえ失敗しても害はないと思うのだけれど。
問題があるとすれば、今すぐに写真を現像したとしても、
写真の中で一緒になれるのはまだ先ってことかしらね。」
長い髪の女子が話をそう結んで、おじいさんとおばあさんの方を向いた。
つまり、その3人の目論見は、
女の子の魂を映したフィルムには、
おじいさんとおばあさんも映っているのだから、
そこにおじいさんとおばあさんの魂も抜き出して映してしまおうということ。
そうすれば、おじいさんとおばあさんが亡くなった後、
写真の中で魂となって、家族三人で一緒にいられるだろう。
その3人の説明を理解したおじいさんとおばあさんは、
写真撮影を自分たちからお願いしたのだった。
そうして、四重露光され、
女の子とおじいさんとおばあさんと、
家族三人の魂が映されたフィルムは、
撮影に使われたカメラとともに、町外れの写真館に寄贈された。
フィルムは現像され、
写真は写真館一階のガラス張り部分の中に飾られた。
本当に家族三人が魂となって、写真の中で一緒になることができたのか、
写真の外からは分からない。
しかし、
家族三人が緊張の面持ちで撮ったはずの写真は、
現像するとどうしてか笑顔の写真になっていたという。
終わり。
有名な写真にまつわる怪談を元に、写真をテーマにした話を作りました。
一眼レフカメラは、フィルムやセンサーに向かう光を分ける鏡がついています。
もしも魂を抜き取る時に、その鏡を通してしまったらどうなるだろう。
魂が分けられたのなら、抜き出した魂を記録する側に制限は無さそう。
であれば、一枚の写真に複数の魂を記録できるかも。
そんな風に話を考えていきました。
女の子の家族三人は写真の中で一緒になることができました。
しかし、その写真の中身が夜な夜な動き出すということで、
展示する写真館は町の心霊スポットの一つになってしまったとか。
お読み頂きありがとうございました。