0972 ガルゴニア皇帝一家の処遇
公爵家の連中の処分は一応終わった。
そして残った一番の問題はガルゴニア皇帝一家だ。
肝心のガルゴニア皇帝一家には俺がかねてより考案していたある特殊な刑を科す事にして、それを帝国上層部に戦後処理会議で上奏した所、認められた。
その刑とは大アンジュの迷宮35階層への終身流刑だった!
この刑は「特別終身流刑」と命名されて、その後、「特別終身流刑」と言えば、領域迷宮への流刑を意味する事となった。
ガルゴニア皇帝一家はその初めての例となる。
これはある意味、人体実験も兼ねている。
人間が時間の流れが地上と全く違う領域迷宮で長期間暮らしても何も影響がないかの実験だ。
短期や数年程度では領域迷宮での生活は人体にほぼ何も影響がない事はわかっている。
しかし長い生活と言っても、俺やうちの者は高々数年、トムソンさんやエルヴィンさんでも時間の流れは3倍程度の場所で、まだ数十年程度なのだ。
だが今回時間の流れは地上の3000倍以上で、その年数はこちらの時間に換算して、実に100年以上に及ぶ予定だ。
しかも皇帝一家にはまだ10代の者もいる。
これほど長期間、領域迷宮に住み続けた例は過去にもない。
そもそもそんな場所に住み続けるのが、本来は不可能なのだ。
何しろレベル300を超える魔物が跳梁跋扈する場所で、安全な住処もなく食料もない。
そんな場所で長期間居住できる訳がない。
しかし俺たちはそこでの居住を可能にしてしまった!
これはアースフィア史上初の事だ。
それでそこでの生活の様々な事を調査するのも仕事となった。
すでにジャベックでの実験は完了していて、特に問題はない事は証明されている。
次はいよいよ人間を使っての実験だ!
それには実際に生活をしてみなければならないだろう。
しかしそんな実験を自ら進んでする者がいる訳がない。
そこで本来ならば死刑囚であろう人間を利用して、その場所を調査するのが狙いだ。
本来であれば死刑である者たちを生かしておいて、学術調査もするという一石二鳥の目的だ。
21世紀の地球であれば、人権的にどうこうという問題もあるかも知れないが、残念ながらこの世界はまだそんな事まで考えは及ばない世界だ。
そこでこの機会に3000倍もの時間差がある場所での様々な実験をしてみようという訳だ。
その人体への影響を調べるのも今回の刑の目的の一つだ。
しかも皮肉な事にガルゴニア皇帝は「皇帝」と言う身分はそのままにして、流刑にされるのだ!
実は俺はこの刑をアイシャルに科そうかと考えていたのだ。
長いエルフの人生であれば、この件に関しては、さぞかし良い実験体になった事だろう。
しかしあいつは暴徒に襲われて亡くなってしまった。
そこで今回、ガルゴニア皇帝一家にこの刑を改めて考えたのだ。
ガルゴニア帝国のそのほとんど、いや実質全ての土地はアムダール帝国ヒッタイト地方として吸収されたが、形式上はまだガルゴニア帝国は滅びてはいなかった。
そして世間に場所は公表されていないが、逆に新たにガルゴニア帝国の領土としてアムダール帝国から割譲された場所がある。
それは大アンジュの迷宮35階層にある、まだ名も無き島の一つだ。
今後はそこだけがガルゴニア帝国領土となり、ガルゴニア帝国の皇帝一家はそこで生涯を暮らす事になるのだ。
今回そこに流されるのは皇帝一家全員で、皇帝以下、皇妃、皇女、第一皇子、第二皇子の5名だ。
俺は戦後処理の会議で決定した後で、その事をガルゴニア皇帝一家へ直に告げた。
「お前たち一家の刑が決まった。
公的資産の没収と、ある場所への流刑だ」
俺は場所をはっきりとは言わず、ただ流刑だと言う事だけを告げた。
そもそも「特別終身流刑」の意味と流刑場所を知っているのは、アムダール帝国の上層部の数名とホウジョウ伯爵家の数名だけだ。
それを聞いたガルガン一世は俺に偉そうに聞いた。
「流刑だと?
ふん、どこの島かは知らぬが、まともに生活が出来るのか?」
「安心しろ、確かにお前たちが流される場所はある島だが、そこには立派な宮殿も庭も何なら海もあるぞ?
そしてお前にはもったいないが、そこでは快適に暮らせるように便宜してやる。
しかもそこへ行く時は押収された以外の私物などはほぼ制限なく、何でも持って行かせてやる。
お前たちの一家以外の人間を連れて行く事は出来ないが、他の物は大抵の望みは聞いて持って行かせてやる。
さらに無能なお前たちのためにも世話をする優秀なジャベックもつけてやる。
それに流刑とはいえ、お前の身分は「ガルゴニア皇帝」のままだ。
ありがたく思え」
その俺の説明にガルゴニア皇帝が少々驚いて答える。
「何でも持っていけるだと?
しかも身分もガルゴニア皇帝のままだと?
貴様、余を騙しているのではないだろうな?」
「私はお前と違ってウソはつかないと言っただろう?
今言った事は本当だ。
但し、ガルゴニア皇帝とその一家はホウジョウ伯爵家の監視下におかれる事にはなるがな。
お前はそこにいる限り、好きに暮らして構わない。
なにしろ皇帝陛下様だからな。
もっとも帝国民はお前たちだけだがな。
他の元ガルゴニア帝国民は、貴族も平民も今や全員がアムダール帝国臣民だ。
ああ、但し持って行きたい物や、欲しい物があれば今のうちに言っておけよ?
制限はほぼないが、後で欲しい物があっても、おそらくは届けられないだろうからな」
それを聞いたガルガン一世は少々不思議がった。
「届けられないだと?
一体どういう意味だ?
それほど遠い場所なのか?」
「まあ、そんなような物だ。
しかしお前はその意味を知らなくとも良い。
とにかく一度そこへ行ったら、もはや何も荷物などは届けられないと思え。
それと我々との連絡も、ほぼ出来ないからな。
言っておきたい事があれば、今のうちに言っておけよ」
俺の言葉に従い、ガルゴニア皇帝とその家族は様々な物を注文して来た。
あらゆる食べ物や名酒、それに自分の部屋に飾ってあった絵画や芸術品なども希望した。
俺はそれを可能な物は全て叶えてやった。
その中には武器や防具まで含まれていたので、皇帝一家はかなり驚いたようだ。
しかしこの連中が領域迷宮で武装した所で大した問題は無い。
ましてや宝石でごてごて装飾された剣や盾など、値段が高いだけで、戦力的にはそれこそキャサリンのミスリル装備と大差は無い。
俺は笑ってその武器防具の類の持ち込みも一応付加能力などを調べてから許可してやった。
万一、迷宮脱出魔法などが使用可能な魔法具だったら困るからだ。
しかしそのような魔法道具はなかったので、他の物も含めて皇帝一家が望んだ物は全て持込を叶えてやった。
それ以外も宝剣、多種多様な洋服、肖像画、絵画、芸術品、食器類、さらには皇帝家に代々伝わる家宝などもだ。
宝物庫や金庫室にあった物は全て押収されたが、それ以外の私室にあった宝剣や宝物、屋敷の中に飾ってあった絵画などは押収されていなかったので、皇帝一家はそれらを持って行く事を希望した。
要は迷宮の昇降機に乗る物は全て叶えてやったので、持ち物は全て希望通りになった。
大きい物でも分解可能な物はわざわざ分解して持って行き、あちらで組み立てたからだ。
これは俺としてもある種の実験になったので、今後の事も考えて、可能な限りは本気でガルゴニア皇帝一家の望みを叶えてやる事にしたのだ。
そうは言っても俺は正直、奴らが私室に残っていた金貨や銀貨なども持って行こうとしたのには笑ってしまった。
持って行っても何の使い道もないのに、一体どうするつもりなのだろうと?
最もその事を連中は知らないので、仕方がない。
まあ、本人たちにしてみれば、再起する時の準備資金か何かのつもりなのだろう。
そんな事はどうやっても不可能だと言うのに・・・
一つ困ったのは料理だった。
ガルゴニア皇帝は自分のお気に入りの料理長を一緒に連れて行く事を希望したのだ。
俺は皇帝一家以外の人間を連れて行く気はなかったのだが、一応その料理長に聞いてみた所、「自分はもう年老いているので、他の場所で働く気はない。皇帝一家が望むのであれば、流刑地であっても一緒に付き合って、そこで最後まで料理を作って差し上げたい」と言ったので、その老料理長の忠誠心に敬意を表して、特例としてその料理長を皇帝一家に同行する事を許可した。
もちろん、二度とこちらの方へは戻って来れない事も説明して、流刑地で骨を埋めるのを承知の上でだ。
そしてその料理長の指示に従って、調味用や香辛料を用意し、畑には言われた野菜を栽培し、サーバント2体とヘルパー2体、それにラボロ数体を助手としてつけて、その老料理長が亡くなった後でも皇帝一家が食事に困らないようにしてやった。
少々笑ってしまったのは、皇帝専用の馬車まで望んだ事だ。
もちろん馬車自体はそのままでは昇降機には乗らないが、分解すればギリギリ昇降機に乗る大きさだったので、持ち運びは可能と判断した。
俺は笑ってそれの所有も認めてやった。
ガルゴニア皇帝一家はそれを少々薄気味悪がったが、それでも何でも願いは届けられるとわかって、さらに注文を増やしていった。
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