0096 ハインリヒの話
「俺はこのメディシナーで裏家業をやって暮らしてきた。
報酬によって、護衛、間諜、場合によっては、盗みや暗殺にも手を染めて来た。
しかし、ある時、俺は途方にくれた。
俺の両親は数年前に事故で死んでしまったが、年の離れた妹がいる。
俺はその妹を育てるために裏家業をしていた。
だが、その妹に悪性の腫瘍が出来てしまったのだ。
しかも発見が遅かったので、命は1年も持たないと言われた。
そしてその病気を治すには、PTM以外にはないと医者に言われた。
俺はもちろん、抽選券を買い、順番を待ったが、クジは当たらず、順番はどう考えても3年は後だった。
金貨1000枚以上を持っていれば、おそらくは1ヶ月以内にPTMを受けられるだろうが、もちろん、そんな金は俺にはない。
焦った俺はあらゆる手蔓をつかんで、PTMを求めた。
すると、どこからか、あの女がそれを聞きつけて俺を呼んだ。
もし、レオンハルト・メディシナーを殺して来たならば、PTMを施そうと、そう約束したのだ。
藁をもつかむ思いだった俺は、即座にその依頼を受けて、レオンハルト暗殺に向かった。
しかし、相手は流石メディシナーの御曹司、少々の怪我ではすぐに治してしまう。
毒を使ったり、麻痺させて殺そうとしても、即座に自力で回復だ。
しかも供として一緒にいる、そっちの女も警戒心が強く、高位の治療魔法士で、とてもじゃないが、まともな方法じゃ暗殺が出来ない。
しかも依頼主からは、まだ殺せないのか?と矢の催促だ。
最近、妹の病状も思わしくない俺は、焦って、落石を装った大掛かりな罠を張った。
それは成功したかと思ったが、そこへあんた方がやってきた。
後は知っての通りだ。
そして俺はそこのあんたの指示に従い、依頼主にレオンハルト暗殺完了の報告をした。
しかし、あの女は俺との約束を守らず、俺にPTMの抽選券を数枚渡しただけだった。
俺も虚偽の報告をした点では、あの女と同じで、その事を責められないが、あの女は最初から俺との約束を守る気など無かったのだ。
俺は抗議したが、あの女は受け付けないどころか、逆に俺をレオンハルト殺しの罪人として陥れようとさえした。
だから俺はあんたたちに味方しようと、決心してここに来た。
俺は自分に都合の良い事だけを言っている事はわかっている。
あんたらが俺の言う事を信じられないのも分かる。
しかし、それでも俺はあの女だけは許せない!
あのクサンティペ・メディシナーだけは!
信じてもらえないかも知れないが、実は俺はメディシナー家の者を尊敬している。
メディシナーで無料診療所を運営して、金の無い者でも助けてくれる、素晴らしい一族だと、かねてから思っていた。
しかし、今回はその尊敬しているあんた方を、妹のために裏切った思いだ。
それなのにあの女はそんな俺の決意をも踏みにじったんだ。
だからあんたたちがあの女をどうにかしたいのなら、俺も手伝う。
ただ出来れば、一つだけ俺の希望を聞いて欲しい」
「何ですか?」
レオニーさんが尋ねると、ハインリヒが毅然として答える。
「俺の妹の寿命はもう少ない。
おそらくあと1ヶ月か、2ヶ月という所だろう。
その点はもう諦めている。
しかし、妹が生きている間は、俺を見逃していてくれないだろうか?
もちろん、その間もあんた方の事は手伝うし、妹が亡くなれば、その時点で、俺はどうなっても構わない。
何なら、あんたらがお膳立てしてくれるのならば、あの女と刺し違えても構わない。
だから、今言った通り、妹が亡くなるまでの間は俺を見逃してはくれまいか?
その後ならどんな罰でも受ける。
どうか、頼む。
何だったら例の鐘を出して、俺が嘘を言っているかどうか、試してみても構わん」
そう言ってハインリヒが頭を下げる。
そのハインリヒにエレノアが声をかける。
「なるほど、話はわかりました。
それではあなたは今から私達の陣営について働くという事で構わないですね?」
「ああ、それで構わない。
昨日まであっちにいた者が、突然今日からこっちへつくと言っても信じられないかもしれないが、今も言ったように、俺が嘘を言っているかどうかも試して構わん」
「わかりました。あなたを信じましょう。
レオニーさん、あなたは確か、クサンティペのした事について、ある程度調べていたのでしたね?」
「はい、ある程度の証拠もつかんでおりますが、まだまだ足りないほどです」
「それをこのハインリヒにやっていただきましょう。
ハインリヒ、私達は昨日も言ったように、訳あって1ヶ月ほど、姿をくらまします。
その間にあなたはこのレオニーさんの書類に基づいて、クサンティペのやった所業の証拠固めをして欲しいのです。
それも1ヶ月の間に、可能な限り、大量に、確実にです。
それが結果として、あの女を追い詰める事になります。
よろしいですか?」
「承知した」
「では、よろしくお願いします。
さて、私達は早速姿をくらましますが、その前にする事があります」
エレノアの意図を察した俺も、うなずいて賛同する。
「そうだね」
エレノアはハインリヒに俺の予想した通りの事を切り出す。
「ハインリヒ、私を今すぐあなたの妹の所に案内してください」
「え?それは?」
「行けば分かります。
現在、事は一刻を争うのです。
レオニーさん、レオンハルトさん、私と御主人様が戻り次第、出発をするので、支度を整えていてください」
「はい、承知しました」
こうして俺たちはハインリヒの家へと向かった。
やがて家に到着すると、ハインリヒがエレノアに尋ねる。
「ここが私の家ですが、あなたはどうしようというのです?」
「これから私があなたの妹さんにPTMを施します」
「ええっ?PTMを?」
あれほど切望したのに、結局は妹に施せなかったPTMをいきなりしてもらえるといわれたハインリヒが驚く。
「静かにお願いいたします。
私はPTMを使えますが、もちろん、その事は内密に願います。
それが外部に漏れたらどういう事になるか、あなたなら十分に御存知ですね?」
「はい、それは・・・しかし、本当にPTMを?」
「はい、ですが妹さんには診察をするだけと言っておきます。
治すと言っても、かなり体も弱っているでしょうから、栄養をつけ、しばらくしたら医者へ行って、治った事を確認してください」
「わかりました。お願いいたします。
感謝します。どうか妹を助けてやってください」
「では、妹さんの所へ」
「はい」
俺たち三人は家へ入ると、ハインリヒの妹さんに会った。
まだ15歳ほどの少女だ。
その少女がベッドから立ち上がって、俺たちに頭を下げながらハインリヒに話しかける。
「兄さん、お帰りなさい。お客様なの?」
「ああ、エリーゼ!立ち上がって大丈夫なのかい?」
「ええ、今日はちょっと気分がいいわ」
「そうか?今日は新しいお医者さんを連れて来たよ」
ハインリヒに言われて、エレノアが自己紹介をする。
「オフィーリアと申します。
御兄様に頼まれて、診察に参りました」
「わざわざありがとうございます」
「では、早速診察させていただきますが、安静した状態で診ますので、一旦寝ていただきますね?」
「はい、わかりました」
ベッドに寝たエリーゼに、エレノアが眠りの呪文をかけると、あっさりとエリーゼは眠りにつく。
「それでは今からPTMを始めます。
これは集中を必要としますので、ハインリヒは部屋の外に出て、決して誰も中に入れないようにお願いします」
「わかりました」
ハインリヒが外に出ると、エレノアが呪文を始める。
「御主人様、御主人様もこれからこの魔法の修行をするのですから、今回はしっかりと見ていてください」
「うん、わかった」
「では・・」
こうしてエレノアがPTMをハインリヒの妹に施した。
しばらくして呪文が終わると、ハインリヒを部屋に入れて、眠っているエリーゼの横で説明をする。
「無事に、PTMは終わりましたが、かなり体力が弱っていたので、しばらくは栄養をつけて、体力回復に努めてください。
そうすれば、おそらく二週間ほどで、普通に生活をする事が出来るようになるでしょう」
エレノアの言葉にハインリヒは感動して答える。
「本当にありがとうございます!
昨日までメディシナーに刃を向けていた私に対してここまでしていただけるとは・・・
御礼の言葉もありません!
私はあなたにどう報いたら良いのでしょうか?」
「まずは、先ほど言った証拠固めを、一ヶ月の間に出来るだけしてください。
その後はメディシナーのために尽くす様にお願いします」
「承知いたしました!
必ず1ヶ月以内に全ての証拠を集めてみせます!」
「ええ、それではよろしくお願いいたします。
詳細は、ドロシー副所長に聞いてください」
「はい」
俺たちがハインリヒの家を後にして無料診療所へ戻ると、すでに二人、いや、三人の準備は終わっていた。
三人?
そう、レオニーさんとレオンハルトさんだけでなく、マーガレットさんまで行く気満々で準備をしていたのだ。
「あなたも行くのですか?
マーガレットさん?」
「はい、どうかマギーとお呼びください。
御二人が出かけている間に、レオニー様や姉からオフィーリア先生のお話は伺いました。
もちろん、私はPTMの修行はいたしませんが、可能な限り、皆様のお手伝いをしたいと思います」
マーガレットさんがそう話すと、レオンハルトさんも照れたような感じで、エレノアと俺に同意を求める。
「え~っと、そういう訳で、メグも一緒に連れて行っていただけませんか?
少なくとも邪魔にはならないと思うので・・・」
どうやらレオンハルトさんも、マーガレットさんを一緒に連れて行きたいようだ。
マーガレットさんも、皆様のお手伝いと言いつつ、本当はレオンハルトさんから離れたくないだけなんだろうな。
話には聞いていたけど、本当にこの二人は仲が良いようだ。
ちょっと羨ましい。
俺もエレノアがいなければ、リア充爆ぜろ!と思った事だろう。
「わかりました。それではマギーにも一緒に行っていただきましょう。
レオニーさんも、それでよろしいですね?」
「はい、構いません。
ところで、今からは師事を乞う者として、私の事もレオニーとお呼びください。
お願いいたします。オフィーリア先生」
「あ、俺もレオンでお願いします」
「わかりました。
では、レオニー、レオン、マギー、それに御主人様、行きますよ?」
「「「「はい」」」」
俺たちはエレノアの航空輸送魔法で空へと飛び上がった。
何しろ、次の最高評議会まで、あと一ヶ月少々しかないのだ!
それまでに俺たちは、究極の治療呪文「ペルフェクタ・テラピオ・マギア」を覚えて、クサンティペの野望を阻止しなければならないのだ!
さあ!急いで家に帰って、PTMの特訓だ!