0094 拷問
「お疲れ様でございます。御主人様。
さて、それでは手っ取り早く話しを進めましょう」
そういうとエレノアは自分のマギアサッコから平たい鐘のような物を取り出す。
「これは「言明の鐘」と言って、質問された対象者が、虚偽の発言をした場合、音がなって知らせる魔法の道具です。
正式な裁判ではあまり使われませんが、こういった尋問などにはよく使用されます。
質問を手早く進めるために今回はこれを使いましょう」
へえ?そんな便利な道具があるんだ?
俺が感心して、男の口に噛ませていた布を取り外すと、早速エレノアが質問を始める。
「では質問を始めます。
ちなみにこの部屋は私の呪文で、この部屋の外には音が伝わらないようにしてあるので、大声を出したり、暴れても無駄です。
そして質問に答えない場合は容赦しません、良いですね?
まず、あなたの名前は何ですか?」
「・・・」
エレノアの質問に男は答えない。
「御主人様、この男の腕を少々捻ってください」
「わかった」
俺はエレノアの言うままに男の腕を後ろ手に捻る。
「がっ!」
男は苦痛に顔を歪めるが、エレノアは尋問を続ける。
「返事をしないのならば、このまま私の御主人様に腕をへし折っていただきますよ?
御主人様のレベルは260です。
さきほどあなたも戦ったからわかるでしょう?
これは脅しではありません。
あなたがこのまま答えないのなら、まずは片方の腕、それからもう一方の腕、足と順番にへし折っていきます。
それでも名前を言いたくありませんか?」
エレノア怖えぇ!
うん、やっぱりエレノアに逆らっちゃいけないな?
「俺の名前はハインリヒ・ベルガーだ!」
さすがに痛みに耐えかねたのか,男が名乗る。
鐘は鳴らない。
どうやら本当のようだ。
「わかりました。
それではハインリヒ?
あなたはここにいるレオンハルト・メディシナーを殺そうとしましたね?」
「そんな事はしていない!」
カァーン!
男の答えに置いてある鐘が高らかに鳴る。
どうやら今度はウソを言っているようだ。
「これであなたがレオンハルトさんを殺害しようとしたのが、明白となりました。
ではそれをあなたに命令したのは誰ですか?」
「知らん!そもそも俺はその男を殺そうなどとはしていない!」
カァーン!カァーン!
今度は2回鐘が鳴った。
つまり二つともウソという訳だ。
この男は命令した者も知っているし、レオンハルトさんを殺そうとした訳だ。
「御主人様、もう一度この人の腕を捻ってください。
先ほどよりも強く」
「はいよ」
俺はエレノアに言われるままに男の腕を捻る。
「ぐあっ!」
痛みを耐える男にエレノアが尋ねる。
「もう一度聞きます。
あなたにレオンハルト・メディシナーを殺すように命令したのは誰ですか?」
「知らん!」
カアァーン!
鐘が鳴ると、エレノアが俺に淡々と話す。
「御主人様、この人の小指を一本折ってください」
「はいよ!」
俺はすぐさま男の捻っていた右腕の小指を躊躇なくへし折る。
ベキッ!
あまり、気持ちの良い物ではないが、これは必要な事なので、俺も容赦しない。
「ぐあっ!」
骨の折れる音がして、男の小指が変な方向へ曲がる。
エレノアはそんな男に同情するでもなく、次の質問を続ける。
「もう一度言いますが、これは脅しではありません。
これからあなたがウソを言う度に指を一本ずつ折っていきます。
それでも答えなければ腕、足と順番に折っていきます。
その次は耳をそぎ、目を抉ります。
そして最終的には、あなたの命の保証もしません。
そうなっても、あなたの依頼人は、何も感じないでしょう。
あなたはそれでも良いのですか?」
うっひ~、本当にエレノア怖いわ・・・
この間のゴロウザ相手に、俺が漫画の悪役を遊び半分でやっていたのとは、迫力が段違いだ!
しかし、こいつも相当根性入っているな~
ここまでやられてもまだ白状しないとは、中々天晴れな奴だ。
俺だったら根性無いから、もうとっくに白状していそうだ。
もっともエレノアの命とかがかかっていたら、腕を折られたって喋らないけどね!
ん?待てよ?まさかこいつもそうなんじゃないだろうな?
俺はエレノアに尋ねる。
「ねえ、オフィーリア?こいつ誰か人質を取られているんじゃないかな?」
「それは私も考えました。
あなたは誰か人質を取られているのですか?」
エレノアの質問に男は少々迷っていたが、やがて答える。
「それは・・・ない」
鐘は鳴らない。
どうやら本当の事を言っているようだ。
しかし、何か今の答え方微妙だったよな?
人質を取られている訳ではないが、人の命でもかかっているのだろうか?
エレノアもそれを感じ取ったようだ。
「どうやら人質は取られていないようですが、あなたは今答えるのに迷いがありましたね?
それは今回の成功や失敗によっては、誰かの命が危なくなるという事ですか?」
「・・・そうだ」
鐘が鳴らないので真実のようだ。
しかし、人質を取られている訳でもないのに、誰かの命が危なくなるとは、どう言う訳なのだろうか?
「それは一体どういう事なのですか?」
「・・・・・」
エレノアの質問にハインリヒは答えない。
「では、質問を変えましょう。
あなたはレオンハルトさんを殺す報酬として何を貰う事になっているのですか?
お金ですか?」
「違う」
「では報酬として何をもらう事になっているのですか?」
「・・・」
やはりエレノアの答えにハインリヒは答えない。
「このまま答えなければ、あなたは死にますよ?
それでよろしいのですか?」
「俺としても死ぬのは本意ではないが、失敗した時の覚悟は出来ている。
これ以上の質問には答える気はない」
「なるほど、しかし、これは私の推測ですが、あなたがここで死んでしまった場合、あなたの関係者で非常に困る人がいるのではないですか?」
「・・・!」
どうやら、エレノアの質問は図星のようだ。
ハインリヒの顔に焦りの表情が見て取れる。
「そこで、取引をしましょう」
「取引?」
「ええ、あなたがこれから私のする質問に正直に答えるなら、このままあなたを解放して、場合によっては、あなたの雇い主に、満足が行く報告をする事が出来るように計らいましょう。
まず、あなたがここにいるレオンハルトさんを誰かから依頼されて暗殺しようとした事、これはもう事実として確定しています。
あなたはそれをどう報告する事になっているのですか?
「それは・・・」
「それ位は言っても、契約を破った事にはならないのではないですか?
しかも場合によっては、あなたの希望を叶えようというのです。
悪い取引ではないでしょう?」
そのエレノアの言葉に、ハインリヒはしばらく考えていたが、決心をしたようだった。
「俺はレオンハルト・メディシナーを殺した証拠として、そいつの持っている指輪を持っていく事になっている」
「指輪?メディシナーの指輪ですか?」
「そうだ」
メディシナーの指輪?
なんじゃそれは?
しかしどうやらそれがレオンハルトさんを殺した証拠になるらしい。
「なるほど、ではそれをあなたに差し上げれば、レオンハルトさんを殺した事にして、依頼主に報告をしていただけますか?」
「なに?どういう事だ?」
「あなたとしては、依頼主に報告をして、報酬をもらえれば、それで良いのではないですか?
それを手伝ってあげようというのですよ」
「何を考えている?」
「こちらが何を考えていようが、あなたには関係のない事です。
あなたとしてはこのまま私の質問に答えずにここで死ぬか、それともレオンハルトさんの指輪を持って帰って報告をするかの2択しかないのです。
どちらを選びますか?」
「・・・・」
迷うハインリヒに、エレノアがさらに畳み掛ける。
「言っておきますが、あなたを解放した後で、このドロシーさん以外は、我々は姿をくらまして、あなたに見つける事は不可能となります。
例えあなたが探知魔法を持っていたとしても、私の妨害魔法の方が上回るので、決して我々の居場所はあなたにはわかりません。
あなたとしても、それでは困るのではないですか?」
そのエレノアの説明に、ついにハインリヒは覚悟を決めたようだ。
「わかった。取引をしよう。
指輪をくれ」
「では、レオンハルトさん、指輪を」
エレノアの言葉を促すようにレオニーさんもレオンハルトさんに話す。
「レオン、あなたの指輪を出して!」
「あ、ああ・・・」
レオンハルトさんは自分の指輪を人差し指から外して、それをハインリヒに渡す。
エレノアはそれを確認すると、改めてハインリヒに話し始める。
「では、これであなたは依頼者に報告を出来ますね?
あなたは依頼主にレオンハルトさんと、その供も全員殺したと報告をした方がよろしいでしょう。
さもないと依頼主に疑われますよ?
私達はしばらく身を隠すので、あなたも報告をしたら身を隠した方が良いでしょう。
そしてもう一つ、もしあなたが依頼主に報酬をもらえなかったり、騙されたり、命を狙われたりした時は、メディシナーの第三無料診療所を訪ねなさい。
私はその可能性が高いと予想しています。
このドロシーさんは、そこの副所長をしているので、困った時は彼女を頼りなさい。
わかりましたか?」
「あ、ああ・・・わかった」
「そうそう、あなたの骨折も治しておいてあげましょう」
そう言うとエレノアは俺が折った小指に治療魔法をかけて治す。
「さあ、これで元通りです。
あなたは、メディシナーに帰って報告をしなさい」
「あ、ああ」
ハインリヒが返事をすると、エレノアが俺たちに話しかける。
「では、皆さん、私達は行きましょう。
もはやここに用はありません」
「わかりました。
さあ、皆さん、行きますよ!」
エレノアの言葉に従い、レオニーさんが指示を出すと、全員が従う。
俺も全員が部屋を出たのを確認すると、部屋を出る。
宿屋の支払いを済ませると、俺たちはエレノアの航空輸送魔法で、再びメディシナーの第三無料診療所へと戻る。
「さあ、忙しくなってきました。
これで準備は整いました。
急いで修行準備に入りますよ!」
「でも、オフィーリア、あれでいいの?」
俺が尋ねると、エレノアが説明をする。
「はい、大丈夫です。
レオンハルトさんには、このまましばらく死んでいていただきましょう」
「え?どういう事でしょうか?」
マーガレットさんがエレノアに質問をする。
「これから我々はPTMの修行を始めます。
その間に出来れば誰からも邪魔をされたくないのです。
お分かりと思いますが、あの男、ハインリヒにレオンハルト暗殺を命じたのは、まずクサンティペか、その関係者です。
しかし、レオンハルトさんが生きていると分かれば、探し出して暗殺の続きをしようとするでしょう。
だから、PTMの修行が終わる程度までは、レオンハルトさんは死んだと思わせておいた方が、我々としても都合が良いのです。
ですから、レオンハルトさんには、指輪をハインリヒに渡していただき、クサンティペに死んだという事を報告してもらう事にしました。
そう報告すれば、クサンティペは納得するでしょうし、当分はレオンハルトさんを狙われなくなります。
そうなれば我々も安全にPTMの修行が出来ます。
もちろん、我々の修行場所が相手にわかるという事はまずありませんが、レオンハルトさんが死んだと思っていれば、あちらも次の手を打とうとは考えないでしょう。
そうすれば我々は貴重な時間を稼げます。
そして1ヵ月後の最高評議会までに、準備を整える事が出来るでしょう」
「なるほど、でもハインリヒが報告をしなかったり、僕たちの事を報告したりしたら?」
「それはありえません。
おそらく、今回の急で大掛かりな事故の方法から考えて、相当ハインリヒは暗殺を急いでいたでしょう。
これはすでに暗殺を何回も失敗しているので、依頼者から最後通告でもされたのでしょう。
そこで我々が姿をくらましたら、もはや暗殺は不可能となり、依頼主から何を言われるかわかりません。
その点からも、暗殺が完了したと報告をせざるを得ないでしょう。
そのためにレオンハルトさんの指輪を渡した訳ですから。
あの指輪はメディシナー家の者が、常に身につけている指輪で、外す時は死んだ時だけです。
ですから暗殺を依頼した連中も、レオンハルトさんが死んだと信じるでしょう」
「なるほど」
「そして、もし、依頼者が報告を疑ったり、信じなかったりした場合は、ハインリヒは非常に困った立場になるでしょう。
ですから、その場合、ドロシー副所長を訪ねるように仕向けておいたのです。
その場合は、我々が彼を保護し、匿えば、こちらの味方につく可能性が高く、後で証人などにも出来るでしょう。
依頼者が報酬を渋った場合も同じです」
「なるほど、オフィーリアはそこまで考えていた訳か?」
「はい、しかし修行は念のために、1日伸ばしましょう。
おそらく、今日明日には、ハインリヒは依頼者に報告をするはずです。
その様子を見てからでも、修行をするのは遅くはありません」
「え?様子を見るって?」
「実は私は、あの男に小型の虫型タロスを数匹つけておきました。
彼が報告をする時に、そのタロスが状況を伝えるでしょうから、我々は黒幕を特定する事が出来ますし、状況もわかります」
「そんな事までしていたんだ?」
「はい、彼は中々口が堅く、例え誰が相手でも、死んでも契約を守る人物だと感じ取ったので、彼に直接聞くよりも、こういった方法に変更しました」
「確かにね・・・」
そして、エレノアの予想通り、翌日朝に、ハインリヒがレオンハルト暗殺の報告を依頼主にしたのだった。