0092 レオンハルト・メディシナー
驚き慌てる二人に対して、エレノアが落ち着いて質問をする。
「場所はどこなのですか?」
「ここから100カルメルほど離れた、リットリーの町です!」
「ではすぐに我々で救援に行きましょう。
私と御主人様、それにレオニー所長とドロシー副所長の四人で良いですね?」
「はい、もちろん私たちも航空魔法が使えますから大丈夫です」
「いえ、急いだ方が良いので、今回は私が全員を航空輸送魔法で運びます。
私ならば、100カルメル程度の距離ならば、10分とかからないで行けますので」
「それほど早く?ではお願いします!」
「わかりました。ではオーベル副所長、後をお願いします」
「はい、承知しました。
レオンの奴をお願いします」
「はい、では皆さん行きますよ」
「はい」
エレノアの航空輸送魔法で移動しながら俺たちは魔法念話で話を聞く。
《その知らせをして来たマギーという人は何者なのですか?》
エレノアの質問にドロシーさんが答える。
《マギー、マーガレット・パターソンは私の妹です。
私が幼少の頃からレオニー様のお付だったように、レオンハルト様のお付で学友です。
それだけでなく、レオンハルト様を非常に慕っているために、あの方が家出をした時に、慕って一緒に旅に出てしまいました。
それ以来、私にレオンハルト様の状況を常に知らせてくれています》
《なるほど、では信用のおける方ですね?》
《はい、妹は昔から非常にレオンハルト様を慕っていて、レオンハルト様の害になるような事は決していたしません。
一緒にマジェストンの高等魔法学校を魔法学士として卒業してからも、片時もレオンハルト様の側を離れずにお世話をしております。
それは単にメディシナーの方に仕えるというだけでなく、個人的にもレオンハルト様に非常に好意を持っているからです。
レオンハルト様もそんな妹を憎からず思っているようで、一番信用のおける者として、おそばに置いていただいております》
《では、二人は恋仲なのですか?》
《二人ともはっきりそうとは言いませんが、その関係には近いと思います》
《なるほど、それほどまでの仲ならば、相当信用はできますね?》
《はい、妹にはあなた様の事は話しても、私同様に大丈夫な事は保証いたします》
《わかりました。しかしレオンハルトさんとそこまでの関係なのでしたら、逆に当分の間は私の正体は隠しておいた方が良さそうですね》
《ええ、私もそう思います》
エレノアの言葉にレオニーさんも賛同し、ドロシーさんも了解する。
《はい、わかりました》
そうこう話しているうちに町が見えてくる。
《あれがリットリーの町です》
《わかりました、では降りて町に入りましょう》
そう言うとエレノアは急降下して、俺たちを町外れに着陸させる。
「では全員これをかぶってください」
そう言ってエレノアは自分が着用しているのと同じようなフード付の服を全員に渡す。
「はい」
全員がそれを着用すると、エレノアがドロシーさんに話す。
「ではドロシーさん、妹さんと連絡を取って、案内をお願いします」
「はい、こちらです」
さすがにここからメディシナーまでは魔法念話は届かなかったらしいが、街中ならば届く。
ドロシーさんは妹のマーガレットさんと魔法念話で連絡を取って、俺たちを案内する。
俺は歩きながらレオニーさんに弟の事を質問する。
「ところで、所長の弟のレオンハルトさんて、どういう人なんですか?」
「弟はレベルは高く、治療士としても優秀ですが、性格は大雑把で、曲がった事や不正が大嫌いな性格です。
それで義母とも衝突して、家を出たくらいですから」
「なるほど」
「でもシノブさんとは、きっと気が合うと思いますよ」
「え?何でです?」
「弟は動物も大好きで、いつだったか修行の旅の途中で、どこかの動物病院に一ヶ月ほどいて、そこにいた動物たちを全て治してしまったと言っていました。
シノブさんと気が合うのではないですか?」
「はは・・・なるほど、そうですね」
確かに俺も馬を治したり、猫だと思ってケット・シーのペロンを治療した事がある。
そういえばオーベルさんがレオニーさんの弟は俺と似たような事をした事があるって言っていたが、そういう事か?
ドロシーさんの案内で、町の中ほどにある、宿屋へ入って、一室を訪ねる。
「マギー?私よ?入るわよ?」
そう言ってドロシーさんが部屋へ入ると、中で一人の女性がドロシーさんを迎える。
「ああ、姉さんよく来てくれたわね!
それにレオニー様まで!
それにしても、どうしてこんなに早く来れたの?」
「後で説明はするけれど、全てはこちらにいるオフィーリアさんのおかげよ。
ところで、レオンハルト様は?」
「こちらです」
ずいぶんと良い部屋らしく、寝室は別だ。
そこにはベッドの上で、弱々しく横たわっている人物がいる。
「レオン!」
レオニーさんが弟の名を叫んでベッドに近寄る。
その人物が弱々しく答える。
「やあ、姉さん・・・ちょいとしくじっちまってね。
この有様さ」
その人物、レオンハルト・メディシナーには無残にも右腕と左足が無かった。
他にもあちこちを怪我している様子だ。
どうやら一命は取り留めているものの、かなりの重傷だ。
それを見たレオニーさんは息を呑み、ドロシーさんが詰問をする。
「これは一体どういう事なの?
マギー!あなたがついていながら・・・!」
「ごめんなさい、姉さん!
申し訳ございません!
レオニー様、確かにその通りです。
私が付いておりながら、このような事になり、言葉もございません!」
謝るマーガレットさんにレオンハルトさんが声をかける。
「よせやい、メグ・・・君がいなかったら、俺は死んでいたさ。
感謝しているぜ」
「ええ、その通りです。
マギー、あなたがいなければ、おそらく弟は命を落としていたでしょう。
私からも礼を言います。
感謝こそすれ、あなたを責める気など毛頭ありませんよ」
「もったいないお言葉です。
レオニー様」
3人の会話にエレノアが割り込む。
「細かい話しは後です!
まずはこの方の治療をいたします」
「え?でも一応私が治療はしてあるので、これ以上の治療はとても・・・
接合魔法をしようにも腕と足は潰れてなくなってしまっているし、再生魔法をするにも損傷箇所が多すぎるので、一度ではとても・・・これ以上はそれこそPTMでもなければ・・・」
マーガレットさんもメディシナーの魔法治療士だけあって、相当治療魔法は出来るようで、可能な限りは手を尽くしたようだ。
「大丈夫よ。安心して、マギー、このオフィーリアさんは、そのPTMが出来るのよ」
「え?PTMが?」
レオニーさんの説明にマーガレットさんも驚く。
「はい、今からPTMの措置をします。
それからドロシーさんは部屋の前にいて、我々以外が絶対にこの部屋に入らないように警戒をしてください。
御主人様は外に出て、この宿の周囲を警戒して、怪しい人物がいたら、後で教えてください」
「はい、承知いたしました」
「うん、わかった」
俺とドロシーさんはそう返事をすると、それぞれ部屋の外へ出て行く。
外をさりげなくうろついていると、怪しい人物を見かける。
宿屋の様子を伺っているようだ。
俺はその人物に気づかれないように、観察する
鑑定してみると、レベルは115、中々の手だれのようだ。
俺は戦う場合の事を想定して、その男を観察しながら色々と考える。
その間にエレノアはPTMを施したようだ。
しばらくすると、エレノアから連絡がある。
《御主人様、終わりました。
そろそろ戻ってきてください》
《わかった》
俺が宿屋に戻ると、ドロシーさんはまだ、部屋の前で警戒していた。
そばにはエレノアが作ったらしい、若草色の甲冑タロスが2体一緒にいて、警戒をしている。
「あ、シノブさん、お帰りなさい。
今から中で話しをするようですよ?
ここはこのタロスに任せて一緒に入りましょう」
「はい、わかりました」
俺とドロシーさんが部屋の中へ入ると、すでにレオンハルト・メディシナーは起き上がり、ピンピンしていた。
「やあ、あんたがこのオフィーリアさんの御主人かい?
ありがとう!おかげで助かったよ!」
「いえ、どういたしまして」
「しかし、本当にPTMってのは大した魔法だな。
俺も実際に父さんや曽祖父さんがやっているのを見た事はあるが、自分にかけてもらったのは初めてだぜ!」
そのしみじみと感心したレオンハルトさんの言葉に、レオニーさんがここぞとばかりに話しかける。
「その事で話しがあるのよ。あなたはもうPTMを覚えたの?」
「ちぇっ!そんなに早く覚えられたら苦労はないよ」
「それが、すぐに覚えられるのよ。
この方、オフィーリアさんがね、私にPTMを教えてくださる事になったの。
あなたも望めば一緒に教われるのよ」
「え?PTMを?」
「そうなのよ、良い話しでしょう?」
「うん・・・しかしなあ・・・」
迷うレオンハルトさんに、レオニーさんが少々からかうように質問をする。
「あなたのお目当ての先生はみつかったの?」
「いや、それが皆目・・・
あの人は一体、今どこにいるのやら・・・」
そりゃそうだ、そのお目当ての人は、ずっと俺と一緒にいたんだからね。
うん、今この人に目の前にいる人がそうだと言ったら、さぞかし驚くだろうなあ・・・
「だったら私と一緒に学べばいいじゃない?
しかもこの人は1ヶ月で私達にPTMが使えるようにしてくれるというのよ」
「え?たったの一ヶ月で?そんな事が出来るの?」
「正直、私にも信じられないくらいよ。
でも私はこのオフィーリア先生を信じているの。
ね?一緒にこの人についてPTMを覚えましょう」
「う、わかったよ・・・姉さんがそこまで言うなら、俺も一緒に覚えるよ」
「良かったわ。じゃあ改めて紹介するわね。
この人がオフィーリアさん、私達の先生になる人よ。
見ての通り、奴隷だけど、とても優秀で頼りになる人なの。
何しろ今、自分がPTMを施してもらったのだから、それはわかるでしょう?」
レオニーさんの紹介でエレノアが挨拶をする。
「オフィーリアです。
訳があって、顔をおみせできませんが、PTMを一ヶ月で習得する事は保証します」
「そしてこっちが一緒にPTMを習うシノブさん」
「どうもシノブ・ホウジョウです。よろしくお願いします」
俺が挨拶をすると、レオンハルトさんがあからさまに驚く。
「ええ?姉さんはともかく、この子も一緒にPTMを?」
「失礼な事を言わないで、この人はまだ年は15だけど、オフィーリアさんの主人で、魔法の才能も凄いのよ。
あなただって一緒に修行したら絶対に驚くわよ」
「でも、こんな子供と一緒にPTMを習って、しかもそれを教えるのが、その子供の奴隷って・・・こういっちゃ悪いけど、本当に大丈夫なの?姉さん?」
確かにこの人の心配はごもっともだ。
しかし、エレノアの正体を知っているらしいレオニーさんは、力強く説得する。
「気持ちはわかるけど、お願いだから1ヶ月は私と一緒に修行をしてちょうだい!
あなただってメディシナーの状況はわかっているんでしょ?
あと1ヶ月で次の最高評議会が開かれるわ。
その評議会では、おそらくあの人が評議会をひっくり返すような議案を出してくるわ。
それまでに私達はPTMを覚えて何とかしなきゃいけないのよ?」
「わかった、姉さんがそこまで言うなら俺もやってみるよ。
え~と、オフィーリア先生にシノブさん、よろしくお願いします」
レオンハルトさんが挨拶をすると、エレノアが返事をするが、その後で別の話しを始める。
「はい、承知しました。
しかし、その事に関連して私も質問があります。
今回の事は偶然なのですか?」
そのエレノアの質問にレオンハルトさんの言葉が詰まる。