0077 食客ペロン
ペロンの件があってから数日後の自由日に、俺たちの宿の部屋の戸をトントンと叩く者がいたので、俺は戸口に出てみた。
そこにはあのペロンが立っていた。
相変わらず白い羽根つきの朱色の帽子を被り、朱色のマントを羽織り、腰にはサーベルを挿して、足には長靴を履いている。
そのペロンが元気良く挨拶をする。
「こんにちわですニャ!」
「おや、ペロン?どうしたの?
よくここがわかったね?」
「はい、シノブ様の匂いを辿ったらここに着きました」
匂いで?
ケットシ・シーってそんなに鼻が利くのか?
「それで何の用事で来たのかな?」
「実はお願いがあって参りました!」
「お願い?」
「はい、僕をシノブ様の部下にしてくださいニャ!」
「部下?僕の?」
「そうですニャ!」
何で突然ケット・シーが俺の部下になりたがるのかはわからないが、取り合えず話を聞いてみる事にしてみた。
「まあ、まずは話を聞こうじゃないか?
部屋にお入り」
「はい、失礼しますニャ」
部屋に入ると、俺はテーブルの横にあった椅子を勧める。
「まあ、そこに座って」
「はいですニャ」
俺もベッドに座り、その横にはエレノアが立っている。
「それで?何で僕の部下になりたいの?」
「それはシノブ様の匂いが良いからですニャ!」
「匂い?」
またしても匂いか?
それにしても良い匂いだから部下になりたいというのは初めて聞いた。
不思議に思った俺はエレノアに聞いてみた。
「ケット・シーっていうのは、何でも匂いで決めるの?」
「はい、匂いと言っていますが、正確には我々の感じる所の匂いではなく、特殊な感覚のような物とされています。
それによってケット・シーは善悪を見抜き、その能力で家に幸運をもたらすと言われております」
「へえ・・・」
「それよりも私は非常に気になっている事があります。
ペロン?あなたはシノブ様の部下と言うか、配下になりたいのですか?」
「はい、そうですニャ」
「居候ではなく?」
「はい」
「これは大事な事なのでもう一度聞きます。
あなたは、居候や単なる同居ではなく、シノブ様の部下になりたいのですね?」
「はい」
「なるほど・・・」
そう言うと、エレノアは考え込んだようになる。
「どういう事?何か違いがあるの?」
「はい、ケット・シーが居候ではなく、部下になるというのは私は初めて聞きました」
「それは珍しい事なの?」
「はい、ケット・シーは気まぐれで人の家に住み着きますが、気分が変わると、その家を出て行きます。
そんなケット・シーが人に仕えるというのは聞いた事がありません」
「なるほど」
そう俺に説明をすると、エレノアはペロンに再度質問をする。
「ペロン?
人に仕えるというのは気分が向いたからというのではないのですよ?
飽きたからと言って、出て行くのは仕える事にはならないのですよ?
わかりますか?」
「はい、ボクは一生シノブ様についていきますニャ」
一生?
どうやらペロンは本気で俺に仕えるつもりらしい。
しかし、ここで今、突然仕えたいと言われてもなあ・・・
俺たちもここには修行で来ている訳だし、住処も宿住まいだ。
エレノアもその点を気にしたらしく、ペロンに尋ねる。
「それに部下と言っても、我々は今ここで修行をしています。
家は別な場所にあるので、この宿で一緒に暮らすという訳にもいかないのですよ?」
「大丈夫ですニャ。
ボクはどこでも住めれば良いので、この宿の軒先でも良いのですニャ。
修行が終わって家に帰る時に、一緒に連れて帰ってもらえれば、それで構いませんニャ」
「食事とかはどうするの?」
俺の質問にペロンが答える。
「それも大丈夫ですニャ。
ケット・シーは何も食べないでも何年でも大丈夫ですニャ。
ただし、あのう・・・」
「どうしたんだい?」
「はい、一つだけお願いが・・・」
「お願い?」
「はい、できれば・・・そのう、たまにはサカニャを食べさせて欲しいですニャ」
「サカニャ?ああ、魚か」
「はい、そうですニャ」
「そんなに魚が好きなの?」
その俺の質問にペロンは嬉しそうに答える。
「はい、大好きですニャ。
本当はニャにも食べなくても大丈夫ニャのですが、サカニャを食べると嬉しくて、気分が落ち着くのですニャ」
つまり人間で言う所の嗜好品、酒やタバコのようなものだろうか?
「まあ、ここにいる間はちょっと難しいかも知れないけど、僕たちの家に行けば、週に一度位は多分食べられると思うよ。
それに海の近くのはずだから、自分で魚を釣りに行く気があるなら、行けるはずだよ」
確かロナバールは河口近くの都市なので大きな川が流れている。
海に近いし、魚もそこそこ取れるはずだ。
俺がそう考えて説明をすると、ペロンもそれで満足したようだった。
「それで良いですニャ」
「え~と?それはたまに魚を食べれば、住む場所は家の軒下でも何でも構わないと言う事なのかい?」
「はい、そうですニャ」
う~む、食費や住居費がほとんどかからなくて済むのは良い事なのだが、何でそんなに俺の配下になりたいのだろうか?
「何でそこまでして僕と一緒に住む、いや、僕の部下になりたいの?
さっき僕の部下になるのは匂いが良いからと言ったけど、それ以外の理由はないの?」
「それはあなたを捜し求めていたからですニャ」
「え?僕を?どういう事?」
何だか話が違う方向になってきたぞ。
どういう事だ?
「ボクがカトー・インスローにいた時に長老から言われたからですニャ」
「カトー・インスローって?」
「ケット・シーの生まれる島の一つですニャ」
「なるほど、そこで長老に何て言われたんだい?」
「人間の町へ行き、気に入った人間に仕えろと言われましたニャ」
「そういった事はケット・シーにはよくある事なの?」
「いえ、僕が初めてだと聞きましたニャ」
「初めて?
何でそういう事になったの?」
「それは知りませんニャ。
僕は長老たちに気にいった人間がいたら一生仕えろと言われただけですニャ。
行く場所はメディシナーか、ロナバールが良いと言われたので、ここに来ましたニャ。
もし、ここでシノブ様に会えなければ、ロナバールに行く予定でしたニャ」
一体、どういう事だろうか?
確かにメディシナーか、ロナバールにいる人間と言えば、俺を目標にして来たと言えなくもないが・・・
それでもまだ目標の範囲は広いはずだ。
「オフィーリア、こういった事は滅多にないんでしょう?」
「そうですね。私もこんな話は聞いた事がありません」
「でも、何だかオフィーリアが僕に仕えようとしたのと同じような感じがするんだけど?」
「そうですね・・・それは私も感じました。
ペロン?メディシナーにしても、ロナバールにしても、とても広いのですよ?
その中にいる人間で、どうしてシノブ様に仕えようと思ったのですか?」
「だって、こんな良い匂いのする人は他にいませんニャ!
シノブ様がボクの仕える人に間違いありませんニャ!」
またしても匂いか?
しかし基準がそれだけで良いのか?
そう考えた俺はペロンに聞いてみた。
「でも、これから僕よりも良い匂いの人が見つかるかも知れないよ?
そうしたら君もその人の方が良くなるんじゃないかな?」
「ボクはシノブ様が気に入ったので、例えこれ以上匂いが良い人がいても、ずっとシノブ様に仕えるつもりですニャ。
それに長老が言った通りなので、間違いはないですニャ」
「長老が言った通りって?」
「ボクが仕える人はとても良い匂いがして、お供に人ではない者を連れているはずだと言われましたニャ。
そして、そのお供も主人と同じく良い匂いがするなら間違いがないと聞いていますニャ。
オフィーリアさんは人ではないし、薄いけどシノブ様と同じ良い匂いがしますニャ。
だから間違いないですニャ」
なるほど、確かにエレノアは平人ではないし、俺のお供だ。
そこまで言われているのならば、確かに俺で間違いないのかも知れない。
俺がそう考えていると、エレノアがペロンに話しかける。
「なるほど、確かにあなたが仕える人はシノブ様なのかもしれませんね。
しかし、ペロン、もしシノブ様に仕えるのなら、私からも一つお願いがあります」
「何ですニャ?」
「そのシノブ様のお供の話は、今後決して誰にも話さないでください。
つまり私の話をです。
私に関するどんな話も誰にもしないでください。
よろしいですか?」
「わかりましたニャ」
何やらエレノアとペロンで話がついた所で、もう一度俺がペロンに尋ねる。
「ところで僕に仕えると言ったが、ペロンは何の役割で仕えるつもりなのかな?
今の所、僕には何でも出来るオフィーリアがいて、後は家に家令と家政婦長がいるんだけど、
ペロンは一体何が出来るのかな?」
この俺の質問にペロンはかなり困った様子だ。
「ええと・・・実はボクは大した事は出来ませんニャ」
「え?」
「力がある訳でもニャいし、家事や戦いもほとんど出来ませんニャ・・・
剣は少しだけ使えるけど、大した事はありませんニャ。
魔法も治療魔法がちょっと使えるくらいで、攻撃魔法は何も使えませんニャ。
サカニャを釣るのは得意だけど、それではあまり役には立てませんニャ。
だからシノブ様のお役に立ちたいけど、あまり立てそうにありませんニャ。
でも、シノブ様のお側にいたいので、どうか居させてくださいニャ。
部下じゃなくても、飼い猫扱いでも良いですニャ」
そう言ってペロンは頭を下げる。
飼い猫って・・・まあ、確かに見た目は大きな猫だけど・・・
どうしよう?
確かに俺は犬猫が好きだから、相手が良いと言うなら、それでも良いけれど、さすがに妖精を犬猫扱いするのもどうかと思うし・・・
困った俺は例によって、エレノアに聞いてみた。
「オフィーリア、ケット・シーって何が出来るの?
さっきの話だと、貴族や資産家の間で奪い合いになる位なんでしょ?」
「ええ、先ほども話したとおり、ケット・シーは幸運を呼び込んだり、匂いで善悪の判別をします。
それとケット・シーによっては相手の性格なども、ある程度は匂いでわかるそうです。
それ以外はこれと言った能力はないはずです。
つまり存在自体が能力と言えます。
ケット・シーを欲しがる者たちは、その幸運の能力を欲しいわけですから」
そのエレノアの話を聞いて俺も納得する。
「じゃあ家に居てくれる事自体がありがたい事なんだね?」
「その通りです」
「なんだ、じゃあペロン?
君は僕のそばにいてくれる事が良い事らしいから、何も出来なくても気にする事なんてないよ。
遠慮する事なんてないさ。
飼い猫なんかじゃなくて、僕の友人として堂々と側にいてよ」
「それはそうニャのですが・・・」
「何か気になるの?」
「単なる幸運を授ける居候として誰かの家にいるのニャら、それでも良いのですが、仕えるつもりでお側にいるのに、ニャンにも出来ないというのはニャンとも歯がゆいというか・・・」
どうやらペロンにはペロンなりの自負があって、仕えると言った手前、ただ食いの居候は申し訳なく思っているようだ。
そんなペロンに、俺は少々考えて提案をする。
「そうか・・・ではペロンは食客の同居人って事で、どうかな?」
「ショッカク?それはニャンですか?」
「食客って言うのはね。
簡単に言えば、何か一芸を持った人が誰かに仕える事なんだ。
普段は何もしないし、出来ないけれど、自分の得意な事があると、その力を発揮するんだ。
それが食客だよ。
僕の故郷では昔はそういう人が結構いたらしい。
例えば、剣の達人とか、計算が速いとか、複雑な細工が出来るとかね?
中には鶏の物まねだけで食客になった人だっているんだよ。
ペロンは人の善悪とかが匂いでわかるんだろう?
だったら悪い人間が僕に近づいたら教えてくれればそれでいいよ。
それで十分僕の役に立つ事になる。
それならペロンも遠慮なく僕と一緒にいられるから良いだろう?」
俺の提案にペロンが目を輝かせてうなずく。
「はい、それで良いですニャ!
ペロンは御主人様の食客になりますニャ!」
「うん、じゃあ、そういう事にしよう」
こうしてケット・シーのペロンは俺の食客となった。
何か少々古風な関係になったが、良しとしよう。




