0073 行列対応ジャベックの説明
俺は最初に話す相手として副所長のオーベルさんを選んだ。
たかだか臨時の魔法治療士がいきなり所長に話すのもどうかと思ったし、オーベル副所長は気さくで、面接の件でも俺たちを気に入っているらしく、何かと気をかけてくれているからだ。
それにこの人は、新しい物事への柔軟性が高く、好奇心も強いと俺は思っていた。
俺はオーベル副所長に声をかけてみた。
「あの、副所長、患者の行列に関する事で思いついた事があるんですが?」
「ほほう、どういう事だい?」
「ええ、患者の皆さんを列に並ばせなくとも、順番を守る事が出来て、こちらも楽になると思うのですが・・・」
「ほほう?列に並ばせなくても良くて、しかも我々が楽になる方法?
それは非常に興味深いねぇ?特に楽が出来ると言うのがいいねぇ?
是非、話を聞こうか?」
「はい」
俺たちは副所長室に行くと、早速行列対応ジャベックの見本を見せて説明を始めた。
「これは僕たちが作った魔法ジャベックです。
二つで一組の対の構造になっています」
俺が出した、升目がビッシリと作られてそこに数が書かれた二つのジャベックを見ると、オーベル副所長が興味深そうに話す。
「ほう?これは面白そうだね?
それにしても君たちは魔法ジャベックまで作れるのかい?
本当に凄いな?」
確かに魔法ジャベックを作れるとなると、魔法学士ではなく、魔法修士級だ。
この人が驚くのも無理は無い。
しかし俺は話を進める。
「ええ、こちらが我々の操作する親機で、こちらが掲示用の子機です。
本来は両方とも、もっと大きいですが、これは説明用の見本なので、この大きさで作りました」
「なるほど」
「まずはこの親機の操作をして番号札のタロスを作ります」
「タロスを?」
「はい、ここの突起を押しても良いのですが、声でも命令できます。
番号タロス作成、青」
俺がそう言うと、ジャベックの周囲に表面に黒字の番号が入った青い板のようなタロスを10枚ほど、サアッと生成する。
それを見たオーベル副所長が驚く。
「ほう?こりゃ凄い!」
「これは見本なので10枚しか作りませんが、本物は200枚まで作成が可能です。
そしてこちらの親機の番号の部分を押すと・・・」
俺が親機ジャベックの一番を押すと、もう片方の子機の一番の部分がビカビカと光り、突然声を出す。
「一番の方、順番です。診療室に入ってください。
一番の方、順番です。診療室に入ってください。
一番の方、順番です。診療室に入ってください」
声は3回繰り返すとまた無言になる。
「うおっ!こりゃ驚いた!
なるほど、こうやって患者は自分の順番が声と光でわかるわけか?」
やはり、この人は頭がいい。
理解が早くて助かる。
「はい、こうして声と光で順番を教えればわかると思うのです。
何回か繰り返しても返事が無い場合は飛ばしてしまって良いと思いますし、このタロスはこの診療所の敷地内位でしたら、どこでも自分の順番が来れば光りますから、それさえ見れば、必ずわかります。
こうすればこの番号札タロスさえ持っていれば、並んでいなくても良いわけです」
「なるほど、こりゃ画期的だ、確かに使えそうだ。しかし・・・」
「何か問題がありますか?」
「この行列用ジャベックとやらの本物は番号札のタロスを200枚も出せると言ったね?それじゃ恐ろしくレベルも高いし、値段も高くなってしまうんじゃないかな?」
鋭い!この人はもっとも痛い点を突いてきた。
しかし、それに対応する答えを俺は考えていた。
「はい、その通りですが、実は僕たちはそれは利点にもなると気づいたのです」
「利点?」
「はい、このジャベックは魔結晶を2つも使っているので、もし売ったとしたら、おそらく金貨60枚以上になるでしょう」
俺の予想金額にオーベル副所長も驚く。
「魔結晶を2つ?金貨60枚だって?
そりゃ僕の予想よりも高いな?」
「ええ、でもその高さが逆に利点になると思うのです。
このメディシナー以外でも、こういった行列に悩まされている所は、きっと他にもあると思います。
しかもジャベックですから一回購入すれば、半永久的に使えます。
そういった所にこの話を持っていけば、おそらく欲しがる所があるでしょう。
それに、このジャベックの作り方は結構複雑で、まねようと思っても、そう簡単にはまねられません。
特に魔結晶を2個使っている事など、秘密にしておけば、あまり思いつかないでしょう。
ですからこのジャベックはあちこちで売れると思うのです。
そうすればメディシナーの資金源になると思うのです。
いかがでしょうか?」
俺の質問にオーベル副所長がうなずきながら考え考え答える。
「な、る、ほ、ど・・・そこまで考えていたとは・・・やるね?
シノブ君?それともこれはオフィーリアさんの考えかな?」
その質問にエレノアが答える。
「いえ、今回の事は全て御主人様お一人で考えた事でございます。
私はジャベックを作る御手伝いをしただけでございます」
「ほう?そりゃ凄いね?
本当に君は大したもんだよ、シノブ君」
「ありがとうございます。
実はこの方法には、まだ利点があるのです」
「ほほう?まだ何かの能力があるのかい?」
「いえ、このジャベックの能力自体はこれで終わりです。
しかし、この能力を使って我々が楽になれる部分があるのです」
「ああ、さっき言っていた楽になる点か?
いいねぇ、是非聞かせてもらおう」
「はい、現在この診療所は朝の九時から診療を行っていますが、朝から並ぶ人が多いために、実際に開けるのは8時半です。
そこで、その30分の差を利用して、この番号タロスを渡した順にある程度治療の事が分かる人たちで、順番に問診を行うのです」
「問診?」
「はい、どこが悪くてここに来たのか問う事です。
そしてそれを紙に書いて治療士に渡せば、実際の診療の時に色々と聞く手間が省けます。
さらにこの問診をすれば、その場で本当に病気かどうかもある程度はわかりますから、似非患者のかなりの人が取り除けると思います」
これは実際に21世紀の日本でもやっている方法だ。
「なるほど、しかしその問診で何人か人が割かれるのは厳しいんじゃないかな?」
「確かに問診に2・3人の人手はかかるでしょうが、診療の時に説明の手間を省けますから、結果的に実際の診療の速さは上がるので問題ないと思います。
また、番号札タロスの枚数を最初から決めておくわけですから、来所者の半分も問診が終われば、何人かの治療士も治療に戻れる訳ですから、全体の診療速度は結果として速くなると思います。
最終的には一人だけ問診用にいれば大丈夫だと思います。
それに、この紙は全てこちらで記入して回収する訳ですから、整理券と違って無駄にならず、使い終わった後は、集めて再生紙に利用する事も可能です。
また、その内容は年齢、性別、病状等を記録して取って置けば、将来の診療の指針となるでしょう。
しかも整理札はタロスですから、時間制限をかけておけば、翌日までは持ちません。
従って例え患者が持ち帰って、翌日に使用しようとしても、その時はすでに消失している訳です。
午前と午後では、色を変えれば良い訳ですから、それも問題ありません」
俺の説明にオーベル副所長は一々うなずき、感心する。
「な~るほど、確かにこれはよく考えてあるねぇ・・・
よし、ここは僕が一つ所長にかけあってみるよ」
「よろしくお願いします」
そう言って俺は見本タロスをオーベル副所長に渡して、使い方を説明した。