0591 驚きの酒
ゾンデルが自分の前へやってきた若いドワーフを観客たちに紹介する。
「彼は我がハーベイ村の酒造りの責任者、ドワーフのダンギル氏です!
彼はホウジョウ子爵の要請により、我が村名産のある物で酒を造り、それに成功しました!
今回はその新酒の完成報告です!
それではダンギルさん、どうぞ!」
ゾンデルに促されてダンギルが話し始める。
「あ~、俺は酒を造るのは好きでそれなりに自信があるが、しゃべるのは得意じゃないんだ。
だから最低限の事だけ説明させてもらうよ。
俺はホウジョウ子爵様に頼まれて、ここの名産で酒を造る事にした。
それはドングリだ」
ここで一旦ダンギルが言葉を切ると、観衆たちがざわつく。
「ドングリだって?」
「そんな物で酒が作れるのか?」
「おいおい!本当かよ!」
ざわつく人々を押しとどめるようにダンギルが話を続ける。
「あ~、信じられないかもしれないが、本当に俺が造った酒はドングリで造ったんだ。
ホウジョウ子爵様に絶対にドングリでも酒は出来るはずだと言われてな。
子爵様にも色々と協力してもらった。
そして確かにドングリで酒は出来た。
まあ、俺からの説明はこれだけだ。
後は実際に飲んでみてくれ」
そう言うとダンギルは引っ込んだ。
すると再びゾンデルが説明を始める。
「では皆さん、本邦初公開!
ただいまダンギル酒造名人の話したドングリ酒を用意してございます!
今回は世界で初めての酒とハーベイ村の復興1周年記念という事で、なんと試飲は無料!
どうか皆様が味わう初めての味を堪能し、語り合ってください!
そして同時に本日から村の売店でそのドングリ酒を販売開始いたします!
今後はこのドングリ酒も我がハーベイ村の名物の一つとなります!
是非皆様の旅行土産にハーベイ村でしか買えない稀なるドングリ酒を御購入ください!
それでは皆さん、後ろを御覧ください。」
ゾンデルに言われて観衆たちが後ろを振り返ると、そこにはいつの間にか大きなテーブルが用意されて、その上には何千ともあろう試飲用の小さな入れ物が置いてあり、そこにはドングリ酒が並々と湛えられていた。
そして今もハーベイ村の女性たちが残りの入れ物にどんどん酒を注いでいる所だった。
一般大衆は流されやすい。
ましてや珍しいタダ酒が飲めるとなれば、尚更だ。
群集たちは俺たちや「雲の旅団」の事など忘れて、一斉にドングリ酒に飛びついた!
「うお!本当にドングリから作った酒なのか?」
「これは驚きだな」
「ああ、こんな物があるとは驚きだぜ!」
「でも確かにドングリの匂いがする」
「ああ、これはドングリの味だ」
「お前、ドングリなんて食べた事があるのかよ!」
「ああ、さっきここの屋台でどんぐり焼きを食べた。
それと同じ味がする」
「へえ、じゃあ俺も後でそっちも食べてみようかな?」
「でもそっちはすげえまずかったぜ!」
「ははは、それも旅の話の種よ!」
俺も昨夜の内にこのドングリ酒を少々味見してみたが、甘くトロリとした感じの酒で、中々面白い風味の酒だった。
確かにドングリの香りと味が残っていて、何とも不思議な酒だ。
アレクサンダーたち4人もこのドングリ酒を口にして感想を述べていた。
「これは本当に「ドングリ」って感じの酒だな!」
「ああ、まさかこんな物で本当に酒を造れるとは・・・」
「あのダンギルってドワーフはただ者じゃないな」
「それを言うなら、まずはドングリなんぞで酒を造ろうと考えたホウジョウ様こそ、ただ者ではないだろう」
「まったくだね、本当にあの人は一体どこまで新しい事を思いつくんだろう?」
「うむ、しかも聞けば当の村人たちさえこのように何も名産物がないとしか思っていなかった場所で名産を探し出し、それもドングリのようなどこにでもあって、誰も見向きもしないような物で名産品を作り、村を復興させるとは・・・」
「そう言えば、あの方はチョコレートも誰も見向きもしない、クーカオの実とか言う材料で作ったとフローラ嬢が言っていた。
フローラ嬢だけでなく、カトー・インスローに審査旅行で行った我らも含めて誰もが見ていたはずだが、誰もそんな事に使おうとは思わなかった材料でな」
「まさに天才・・・」
「ああ、あの方に学ぶためについてきた我々は正しかったと今改めて痛感したよ」
「全くだね」
おいおい!そりゃ持ち上げ過ぎだって!
どうもアレクサンダーたちは俺の事を過剰評価する傾向にあるようだ。
しかし周囲の反応を見ても、どうやらドングリ酒の評判は上々のようだ。
何はともあれ、これでまた新しい名産がハーベイ村に誕生したのだった!
俺の考えた物が実際に出来て、それが名産となれば俺も嬉しい。
式典が終わった後も、俺たちは屋台を見たり、宿の風呂に入ったりして祭りを楽しんだ。
俺もこの村で初めてドングリ焼きを食べてみたが、ゾンデルの言った通りにまずかった!
俺はミルキィたちに言った。
「いやあ~言っちゃ悪いけど、これは確かに小麦粉で作ったパンの方がはるかにおいしいねぇ」
「ええ、でもこれが私たちの村の味なんです」
「そうね、でももうここまで発展したらこの村でもこれを食べる機会は少なくなるでしょうね」
その二人の言葉に俺もうなずいて話す。
「うん、そのためにも自分たちの原点を忘れないように、これを祭りの時に必ず村民で食べるというのは良いんじゃないかな」
「ええ、私もそう思います」
「そうね、それは例え私たちがいなくなった後でもいつまでも続けて欲しいわ」
「それは大丈夫なんじゃないかな・・?
あのゾンデルの様子だとミルキィの事は銅像がある限り語り継がれるだろうし、この祭りがある限りは、こうしてみんなドングリ焼きを食べて考えるんじゃないかな」
「そうですね」
俺たちがそんな事を話していると、今まさにそのドングリ焼きを手に持って考えている者たちがいる。
アレックとニコラスたちだ。
彼らは正確に言うと、片手にドングリ焼き、片手にドングリ酒を持って固まって考え込んでいるのだ。
ちなみに宣伝効果もあって、ドングリ酒の売り上げも良いようだ。
俺の提案で、酒の容器がドングリ型の陶器なのも形が面白くて受けているらしい。
俺はその4人に声をかけた。
「どうしたんだい?みんな?」
「あっ、ホウジョウ様、実は我々はどうやってこのドングリ焼きからドングリ酒などを思いつけるのか考えていたのです」
「しかしどうこの二つを見比べても、どうやってドングリ焼きから酒を造る発想に至ったのかを想像できませんでした」
そのライマーの言葉に俺は笑って答える。
「そりゃそうさ、だってボクはドングリ焼きを見たのは今回が初めてだもの」
「えっ、初めて?」
「ああ、この村で主食にドングリ焼きを食べている事はミルキィたちから聞いて知っていたけど、実際に見て食べたのは今日が初めてだよ」
その俺の説明にアレックが驚いて尋ねる。
「ではどうやってドングリから酒を造るなどという事を考えたのですか?」
「ああ、それはね、ドングリとか米とか芋とかの主な成分は澱粉っていう物なんだ」
「デンプン?」
「ああ、それが酒の元にもなるんだ。
正確に言えば澱粉を糖分に変えて、それを発酵させて酒を造るんだ。
ドングリを見ているうちにそれを思い出したので、酒にしてみる事を思いついたのさ」
「なんと!ではそのデンプンなる物を含んだ食べ物であれば、何でも酒になると?」
「まあ、理論上はそうなるかな?
実際ボクの故郷では米に麦に、芋にとうもろこしと、何からでも酒は造っていたからね。
但し、単に酒が造れるのと、それがうまいかまずいかはまた別さ。
このドングリ酒がこれほどうまく出来たのはダンギルの腕が良かったからさ。
他の人間が造っても、こうはうまく出来なかっただろうね。
ボクが造ってもドングリで酒は出来ただろうけど、こんな味には出来なかっただろうね。
それにこの村の近くの森林には大量のドングリの木があった。
おかげで酒の材料にも事欠かなかった。
それとここの村人自体が食料としていたドングリの扱いに長けていたんだ。
保存や加工なんかのね。
そういった条件が揃っていたからこそ出来たんだ。
ドングリさえ取れればどこでもこれを造れるって訳ではないよ。
だから他の村がまねようとしたって、ここと同じ事は出来ないよ」
「なるほど!」
「感服いたしました!」
しかし納得はしたようだが、ニコラスは悲しそうに話す。
「ここの村の事情はわかりましたが、自分の所ではやはりどう考えても無理ですね。
うちの領地ではこんな名産品は出来そうにない」
悲観的なニコラスに俺は疑問を感じる。
「そうかな?
考えれば何か方法はあるんじゃないかな?」
「いえ、以前にもお話しましたが、我がカーサライネン領は男爵領としてはかなり広く、広さだけならそれこそ大き目の子爵領ほどはあるのです。
しかしその領地の半分以上は砂漠でしてね」
「砂漠?」
「ええ、他の部分も森林地帯が多く、田畑の部分は恐ろしく少ないのです。
人手が少ないので開墾も思うように進みませんしね。
それで中々作物も取れず、結果として食料も少ないので人口も増えないのです。
それどころか、最近では人口が減少傾向にあるほどで」
そのニコラスの説明を聞いて他の3人も同情する。
「なるほど、砂漠か・・・」
「それは厳しいな」
「しかも領地の半分以上とは・・」
砂漠か・・・
確かにそれは厳しいだろう。
しかし俺はそのニコラスの説明に少々引っかかる物があった。
「人口が減少傾向か・・・・
君の領地ではそんなに最近、凶作や飢饉が多いのかい?」
「あ、いえ、そうではないです。
確かに収穫量も大した事はないですが、どちらかと言うと疫病のせいで人口が減っているのです。
何しろ、うちは医者や治療魔法使いも少ないので、疫病にかかると助からない事が多いのです。
それで人が減って農作物が生産できなくなり、人口がまた減る。
悪循環なんですよ」
それを聞いたアレックたちは同情をしながらも悲観的だ。
「気持ちはわかるが、それはどこでも同じだな」
「ああ、疫病対策はどこでも難しい」
「ああ、うちでも困っているよ」
それを聞いた俺はまた少々不思議に思った。
「ふ~む、疫病ね。
そんなにニコラスの所は疫病が流行るのかい?」
「いえ、おそらくは普通でしょうが・・・」
「普通ね・・・
君の所の領地はちゃんと下水設備も整っているのかい?」
しかしこの俺の質問にニコラスは驚くべき答えを返してきた。
「え?まさか!
そんな物はないですよ!」
「え?下水設備がない?」
「ええ、もちろんです。
うちは領府でもそんな大都市ではないですし」
なにぃ~っ!
領府でも下水設備がないだとぉっ!?
「ちょっとまった!
下水設備がないのが普通なのか?」
「え?もちろんそうですが・・・」
キョトンとして答えるニコラスに俺は驚いて質問する。
「しかし、ロナバールや帝都、メディシナーにだって下水設備はあるだろう!
マジェストンにだってだ!」
「今、ホウジョウ様が言った場所は全て大都市ですよ。
そういった場所にはもちろん下水設備はありますが、うちのような辺境の領地ではいくら領府でも大抵は下水設備などありませんよ」
その答えに驚いた俺は他の3人に尋ねる。
「え?そうなのかい?
アレック、フリッツ、ライマー!」
俺の質問に3人は澄まして答える。
「ええ、その通りです。
うちは侯爵領でそこそこ人口はいるので、領府の中心部辺りは下水設備も整ってますが、中心をはずれるとありませんね」
「ええ、うちの領府にもありません。
下水設備があるのは大都市だけですね」
「むしろ私はこの村に下水設備があって驚きました」
確かに言われてみればその通りだ!
俺が今まで行った事がある場所は、そのほとんどが大都市で全て上下水道設備があった!
他のサーマル村や魔人の里などには下水設備などなかったが、俺も小さな村ならそれほど不思議には思わなかったのだ!
しかし領府ですら下水設備がないのが普通だとは思わなかった。
だが、それなら疫病が蔓延しているのもわかる。
衛生学などの概念がないこの世界では、下水と疫病の関係などわからないだろう。
俺は少々考えてニコラスに言った。
「わかった、ちょっとロナバールに帰る前にニコラスの領地に寄ってみよう。
少々確認したい事があるんだ」
「え?それはもちろん構いませんが」
俺はハーベイ村の祭りの途中で思わぬ事実を知った。
これは中々衝撃的な情報だった。
そんな事に驚く俺とは関係なく、ハーベイ村の復興1周年祭りは大盛況で終わったのだった。
そしてハーベイ村に「雲の旅団」が来ると知って、その正体を探ろうとしたり、仕事を依頼しようと考えていた連中は、いつの間にかその肝心な「雲の旅団」がいなくなった事に驚いていた。
「雲の旅団」は観客たちがミルキィの銅像の除幕式とドングリ酒に気を取られている隙に、ひっそりと撤収してしまっていたのだった。
正確に言うと、タロスを身代わりにして一人ずつひそかに引き上げて、そのタロスも式典が終わる頃には被らせていた頭巾ごと消滅してしまったのだ。
その時点で「雲の旅団」がいなくなった事に気づき、祭りの後で話し合いをしようと考えていた連中は大慌てだった。
その行方はもちろん誰にもわからず、ゾンデルたちに聞いても無駄だった。
「雲の旅団」は再びかき消す雲のようにいなくなり、誰にもその行方はわからなくなった。
何人かは俺たちにもその行方を聞いてきたが、もちろん俺たちは知らないと答えた。
しかし以前と違って今度は望みがあった。
あの新しく一号になった者が、一ヵ月後には組合の掲示板で知らせると言った事だ。
仕事を依頼したい者や、調査をしている連中はそれを待つ事となった。
そして俺たちはロナバールへ戻る前に、一旦カーサライネン領に行く事にしたのだった。
実はドングリで作られたお酒は本当にあります。
作者も昔少々飲んだ事がありますが、かなり甘くて中々面白い味でした。
香りと味が何かに似ていると思ったのですが、それが何か思い出せませんでした。
もし飲んだ事がある人で、思い当たる味のある人がいたら是非教えてください。




