0060 屋敷の大改装
翌日にボールドウィン夫妻は俺の屋敷に引っ越してきた。
実際に雇って数日経ってわかったが、この二人は実に優秀で、ボールドウィン夫妻がやってきてくれて、エレノアの仕事は大いに少なくなった・・・というか、ほとんど無くなった。
はっきり言ってエレノアがしている仕事は、魔法教育を除けば、俺の風呂と夜の世話だけだ。
おかげでエレノアは俺の緊急護衛用ジャベック「エルフィール」の作成に、ほぼ一日中集中する事が出来た。
一方、俺は俺で、家の改装にいそしんでいた。
もちろん、基本的な部分はバーゼルさんの伝手で頼んだ大工に任せてあるが、ジャベックを併用するような部分は俺が設計して、エレノアの確認を取って作っていた。
基本的には個室が多いが、二人部屋や四人部屋もいくつかある。
これは将来、客や使用人が増えた時のためだ。
エレノアは遠慮したが、俺はエレノアの個室も用意した。
この家の秘書監だし、当然だと説得した。
場所は俺の部屋の隣だ。
もっとも大抵は俺と一緒にいるので、エレノアの部屋は、どちらかと言うと、エレノアの研究室のようになっている。
ちなみに寝室も隣に別にある。
現在もジャベックを作るために、日中はその部屋に篭っている所だ。
奴隷はどこかに奴隷部屋としてまとめて数人分なのが普通らしい。
屋敷全部を見てみたら、裏庭の方にそれらしい小屋があった。
中を見てみたら、粗末なベッドや布団が置いてあったので、おそらくそこが奴隷部屋なのだろう。
しかし、俺は一応、屋敷の中に奴隷用の個室もいくつか用意した。
使用人や奴隷の人数が増えた場合は、またその時に考えよう。
アルフレッドとキンバリーは二人一緒で良いと言うので、二人部屋だ。
こうして俺の家の大改装は始まった。
基本的な設計を終わった所で、まずは全室を改造して、全ての部屋を風呂・トイレつきにする事にした。
それもトイレは全て水洗トイレ、風呂も日本式の浴槽がついている風呂だ。
屋敷の端に大型の給水タンク塔を3つ作り、そこから全室に水を供給する仕組みだ。
屋敷の敷地内に上水道は来ているので、その水をジャベックに汲ませ、濾過装置を通して、温熱ジャベックに一回沸騰させた上で、屋根の上の給水タンクに溜める。
そしてその温熱ジャベックを使って、いつでも熱湯が供給可能にした。
給水タンクは専用のジャベックが監視していて、常に水を補充しておく。
そして月に一回は順番にタンクの中の点検をして、半年に一回は各タンクを順番に洗浄をして、濾過装置も作り変える。
これによって、食堂や各室の風呂に即座に湯を出す事が可能だ。
しかし三人は、濾過装置と言う物も不思議がったし、何故、水を一度沸騰させるのかも意味が分からなかったらしい。
俺は濾過装置の必要性と、何故、水を一回沸騰させてから給水タンクに入れるかの説明を三人にした所、不思議そうに俺の話を聞いていたが、三人とも一応納得したようだ。
まあ、殺菌とか微生物の存在や意味が、まだわからない世界では仕方がない。
何しろ衛生概念という物が、まだあまりないのだ。
当然の事ながらこの世界には濾過装置など無かったので、完全に俺の手作りだ。
まずは濾過装置の入れ物の一番下に紙と金網を敷く。
その上に炭を砕いた物や、少々大きめの炭の層を積み上げる。
さらにその上に小石や砂利を沸騰洗浄殺菌して、炭の上に積み上げる。
最後にまた小動物避けに金網を載せて完成だ。
三人は炭などを入れたら、真っ黒な水が出てくるのでは?と心配していたが、綺麗な水が一番下から出て来ると安心したようだ。
給水タンクの水が減ってきたら、自動的に水汲みジャベックが給水塔に水を入れる。
使い終わった水はもちろん下水に流す。
こういった近代風な作りの家を、俺は設計して作り上げたのだった。
エレノアやアルフレッドたちに聞いた所によれば、このような仕組みの家は、まだこの世界にはないらしい。
そもそも水汲みなどは一番下の奴隷の仕事なので、わざわざ高価なジャベックを、こういった事に使う発想が、この世界にはまず無いようだ。
ジャベックを水汲みに使うのは、一日中水を汲み上げる必要がある鉱山や、人間が行けない場所など、特殊な場合だけなようだ。
どうもそれは俺的にはニューコメンの蒸気機関的な扱いのような気がする。
そして、この世界にまだ蛇口と言う物は無く、俺も漠然とは構造を知っていたが、自分で作ったり、人に教えたりするほど仕組みに詳しくは無かったので少々困った。
しかし、はたと思い出して、キャンプ用に持ってきていた給水タンクに注ぎ口がついていたので、それを分解して構造が分かった。
案の定、思ったほど複雑な構造ではなかったので、大工や水道技師、風呂技師に説明をすると、全員が理解して、家中の水場をその注ぎ口で作る事が出来た。
また、俺の持っていた地球の百科事典にも構造が載っていたので、それも参考にした。
これによって、洗面所、風呂、厨房などの設備は全て注ぎ口付きの水道とする事が出来た。
キンバリーは常に厨房にある水道の栓を捻れば、水とお湯が出るので驚いている。
そしてそれは大いに助かるらしく、喜んで俺に礼を言ってきた。
設計した俺の部屋は他の部屋よりも広めにして、寝室は別に作り、風呂も隣に併設した。
俺の部屋には椅子と机、それに立派な本棚を置いてみた。
俺は本が好きだったし、これからこの世界の本も集めようと考えていたので、この部屋とは別に広い書庫も作ったが、まずはこの本棚からだ。
しかしこの世界に来てからまだ本などは全然買っていない。
立派な本棚があるのに、その棚が空っぽなのも悲しいので、とりあえず俺は見栄えのためにも神様からもらった本を並べてみた。
まずは1冊の分厚い百科事典と、20冊セットの百科事典だ。
これだけで1段は埋まる。
それと俺の趣味で持ってきた、孫子の兵法と六韜三略、折り紙の折り方、料理と菓子作りの本、魔法大全とアースフィアの歩き方だ。
現在本はその程度しかないが、いずれ埋まるだろう。
もっともエレノアは俺の百科事典を見て、そのあまりの正確さと情報量に驚いていた。
後の空いている場所には神様からもらったマトリョーシカとか、ルービック・キューブ、それに自分で折った折り紙の作品を置いてみた。
俺はルービック・キューブが好きなので、これも神様に頼んでもらっておいたのだ。
もっともこちらの世界にはプラスティックがないので、またもやこれもミスリル製だ。
色が派手な六色なので、本棚に置くと結構映える。
折り紙は折り鶴や兜やかたつむりなど、俺の趣味で飾っておいた
机の上には顕微鏡と、この世界の太陽系儀、すなわちラディ系犠を置いた。
うん、何の意味もないけど、顕微鏡を机の上に飾ると、ちょっと格好いいよね?
ラディ系儀はもっと映える。
実は俺はあっちの世界では太陽系儀を持っていて、それを玄関に置いていたのだが、中々評判が良かった。
まあ、地球儀はともかく、普通太陽系儀なんて持ってないからね?
前世のはモーターで星たちが動いていたが、こちらの世界にはまだ電気製品がないので、ゼンマイ仕掛けで動く。
これはミスリル銀の金メッキ製で、見た目も中々美しく、ゼンマイ動力でクルクルと動く。
結構、格好いいので俺のお気に入りだ。
これもまだどっちもこの世界にはなかったので、エレノアたちは驚いたみたいだ。
そして肝心なのは風呂だ。
風呂は普通の客室の風呂の10倍ほどの広さにした。
これなら湯船も5・6人は余裕で入れるし、ちょっとした銭湯ほどの大きさだ。
これで風呂屋に行かなくても、自分の家で日本式の風呂を満喫できるし、何よりもエレノアと一緒にいつでもゆっくりと風呂に入れるので俺は大満足だ。
それにこれだけ大きければ、これから奴隷を増やしても一緒に入れるだろう。
そう、奴隷数人と一緒にね?
ふふふ・・・それを考えると楽しみだな~
エレノアにはちょっと気がひけるけど、本人が奴隷を複数購入しようと言っているのだから問題はないだろう。
まあ、まずはエレノアと二人でだけどね。
また、特殊な家具として、俺がまず考えたのは冷蔵庫だった。
この世界に当然の事ながら電気冷蔵庫はない。
食べ物は腐らないうちに消費するか、保存のきく物を買うかのどちらかなのだ。
ちなみにこの世界の保存がきく食べ物といえば、穀物か干物系、そして瓶詰がある。
もっとも瓶詰と言ってもジャムのような特殊な物だけだ。
缶詰やレトルト食品は当然無い。
ただ、家に魔法使いがいれば冷凍魔法を使えるので、資産家や貴族の家では、そういった魔法使いを雇っていて、必要があれば、冷凍魔法で水を凍らせて、氷などを使っているようだ。
それで昭和初期のような冷蔵庫と同じ仕組みで、中に巨大な氷を入れて、食品を冷やしておく程度の物はあるようだ。
しかし俺は常時冷やしておける冷蔵庫を作ろうと考えて、大型冷蔵庫のような形のジャベックを作り、中を冷凍魔法で冷やし続けるようにした。
もちろん、あまり魔法を使いすぎると、魔結晶の魔力供給を上回ってしまうので、その辺はうまく設計した。
これのおかげで、食べ物を冷蔵する事が可能となった。
それにある程度冷やした食品を作る事も出来る。
冷蔵庫が出来た事で、俺は以前から作ろうと考えていた物をいくつか作ってみた。
最初に作ったのはプリンだ。
材料が砂糖と卵、それに牛乳だけで出来るし、特殊な器具も必要ない。
強いて言えば泡だて器くらいだったが、その程度の物はすぐに作れた。
むしろ牛乳が少々入手が難しかったので、とりあえず、自分が持っていた粉ミルクを使って、プリンを作ってみた。
粉ミルクは結構重宝するなあ・・・何となくたくさん持ってきたけど、予想以上だ。
持ってきて良かった。
最初は火加減が難しく、鬆がたってしまったりして失敗したが、何回か作っているうちに満足できる物が作れるようになった。
この辺は俺が前世で、キャンプに行った時に、竈を作ってわざわざ薪の火でプリンを作った事があったのが役立った。
何でも経験しておくもんだなあ・・・
ようやく異世界で満足できる味のプリンを作った俺は、三人にそれを食べさせてみた。
「これは驚きの菓子ですね?」
「ええ、私もこのような物を食べたのは初めてです」
「はい、材料の種類も少なくて出来ますし、御主人様が作っていたのを見ていた限りでは、詳しく教えていただければ、私にも作る事が出来るかと思います」
三人はプリンにかなり驚いた様子で、特にキンバリーは自分でも作ってみる気満々のようだ。
次に俺はもち米を使って餅を作ってみた。
杵と臼は大工に頼んだら、あっさりと望んだとおりの物を作ってくれたので、俺もちょっと驚いた。
杵と臼で餅を突くのは、俺もあまりやった事がないので苦労したが、アルフレッドが手伝ってくれて、何とか餅も完成した。
ある程度知ってはいたけど、餅つきって、結構体力勝負なのね。
疲れたわ~・・・
俺は生まれ育った場所が東京の両国近辺なので、よく年末になると、相撲取りが餅を突いているのを見た事があるが、相撲取りが餅を突くのが良く分かったよ。
そのうちこれも研究して、ジャベックで出来るようにしてみよう。
突き立ての餅に、軽く塩を振って食べてみると、それだけでも旨かった!
俺も久しぶりに食べた突き立ての餅は格別だ。
ちなみに箸は無かったので、フォークとスプーンで食べてみた。
まあ、箸も簡単だからそのうち作ろう。
同時に小豆も砂糖で煮ていたので、それを使って汁粉を作ってみると、これまた評判だった。
「これもおいしいですわね?」
「ええ、中々の味でございます」
「私もこの汁粉とやらは大変気に入りました!
何杯でも食べてしまいそうです!」
「はは・・でも、あまり食べると太るから気をつけてね?」
「そうなのでございますか?」
「うん、所でこの紅い豆、小豆って言うんだけど、この辺にはないのかな?」
俺が小豆の事を聞くと三人がそれぞれ答える。
「そうですな、私は見た記憶がございません」
「私も初めてでございます」
「私は以前、東の国へ行った時に見た記憶がございますが、その時は確か米と一緒に炊いていた記憶がございます」
ああ、赤飯かな?
それはそれで今度作ってみたいな。
エレノアは東の方へ行った事があるらしいので、小豆も知っていたみたいだ。
しかし、この周辺では無い様子なので、使い切らないうちに、入手法を考えた方が良さそうだ。
俺はさらにキンバリーに醤油や出汁を使った日本風の料理をいくつか教えて、作れるようになってもらった。
プリンなどは何回か作っているうちに、俺よりも上手に作れるようになったようだ。
大豆を持っていたので、豆腐を作ろうと思ったのだが、にがりを持ってきてないのを思い出した。
失敗だ。
もっともにがりはいつか海にでも行った時に、塩と一緒に自分で作ってみよう。
おそらく地球と似たような環境なので、それでにがりは作れるだろう。
当分の間は神様からもらった物があるが、醤油と出汁、それに大豆と小豆の事は、いずれ入手法を考えておいた方が良さそうだ。