0050 エレノアの魅力
今日からは正式に俺の物となったので、エレノアはフードを下げて、堂々と生活する。
道を歩く時も、食堂で食べる時も普通だ。
当然、それは町の噂になっていったようだ。
何しろただでさえ超絶美形で、巨乳のエルフなのだ。
それが奴隷となって、しかも年端も行かない少年に付き従っている。
しかもその少年の正体は一切が謎ときている。
確かにこれで町の噂にならない方が不思議だ。
これで俺が見てくれどおりならば、相当からかわれたり、妨害を受けたかもしれない。
しかし俺たちが盗賊を何回も捕縛したりした事は、すでにこの町でも、かなりの評判になっているらしく、そうそう声をかけてはこない。
そりゃそうだろう。
いくら見た目が10代の華奢な少年に見えても、実際には盗賊を何人も捕まえられるようなレベルの人間に、簡単にちょっかいを出せる訳がない。
しかも連れているエルフはおそらくもっと高レベルなのだ。
下手な事をしたら、どっちにでも瞬殺されてしまう事は馬鹿でない限り想像はつく。
しかしどこにでもその馬鹿者はいるらしく、そんな俺たちにいちゃもんをかけてきた者たちもいた。
ある時、町をエレノアと歩いていると、チンピラのような連中が話しかけてきた。
「おうおう!小僧!ずいぶんとベッピンなエルフを連れているじゃねぇか?」
どう見ても、まともな連中には思えないが、一応、俺は何者かを尋ねてみる。
「え~と、あなたがたはどちらさんで?」
「俺たちか?俺たちはこのロナバールの東地区を仕切る、ブローネ党よ!」
「そしてこのお方が党首のザジバ・ブローネ様だ!
よく覚えておけ!」
見ると、両脇に子分を従えてふんぞり返った若い男が真ん中で胸を張っている。
ああ、なるほど、つまりこの町のヤクザか、暴力団みたいな物か?
こんなのには関わりあいたくないな・・・
「はあ、まあ一応覚えておきましょう、それじゃ・・・」
俺がそう言って通り過ぎようとすると、慌ててその部下たちが止める。
「まてまて!お前、何を勝手に行こうとしてるんだ?」
「え?だって別にあなたがたに用事はないし?」
「そっちがなくともこっちがあるんだよ!」
「何の用事でしょう?」
「それはな!このベッピンさんをちょいと借りようってのさ」
そう言って一人がエレノアの手を引っ張って連れて行こうとする。
俺がそいつをどうにかしようとするよりも早く、エレノアがそいつの手を振りほどき、パン!パン!と、軽く頬を叩く。
「その汚い手で、私に触るのはやめなさい!」
「何しやがる!このアマァ!」
「御主人様、この連中は私が始末をしますので、少々お待ちください」
「うん、わかった」
エレノアに言われて、俺は素直にその辺に引っ込む。
エレノアの周囲を男たちがズラリと囲むが、もちろんエレノアは怯む様子はない。
「このアマ!一人で俺たちに逆らうとはいい度胸だ!」
「今からでも素直に従えば許してやるぞ!」
「あなた方のような愚かな無法者に従う意思はありません」
「なんだと!てめえ、泣く子も黙る俺たちブローネ党に逆らおうってのか?」
「ブローネだか何だか知りませんが、私を甘く見ると後悔しますよ」
「なんだと!このアマ!やっちまえ!」
「おう!」
男たちは一斉にエレノアに飛び掛るが、当然の事ながらレベルが600以上もあるエレノアとは話にならない。
あっという間に一人残らず、なぎ倒されて地面に這い蹲られる。
「な、なんだ・・・このエルフ・・・」
「冗談みたいな強さだ・・・」
「さあ、まだ相手をして欲しいならいくらでも相手をしますよ?」
「ひいっ!に、逃げろ~!」
「あ、兄貴~」
「覚えてろ!お前たち!」
一人が逃げると全員が一目散に逃げていった。
「お疲れ様、エレノア」
「ええ、では、参りましょう」
この連中は確かにロナバールでそこそこ有名な連中だったらしく、それ以来、俺たちにちょっかいを出す人間はいなくなっていった。
しかし、その数日後にある事件が起きた。
俺たちが街の人通りが少ない場所を歩いている時に、俺は突然立ちくらみがした。
そのまま倒れそうになったので、とりあえずその場でしゃがんだが、一体どうしたのだろうと思ってエレノアを見ると、エレノアはバッタリと道に倒れている。
(エレノア!)
思わず叫んで近寄ろうとしたが、声は出ず、動こうにも思うように動けない。
俺がヨロヨロと立ち上がろうとすると、すぐさま誰かが駆け寄り、抱き起こしてくれる。
「どうしましたか?」
「大丈夫ですか?」
そう言って、左右両側から二人の人が俺を抱きかかえるように起こしてくれる。
礼を言おうとするが、舌が痺れて声も出せない。
相手の声が聞こえるのみだ。
エレノアにも同じように誰か二人が両側から支えて起こしているのが見える。
「さあ、そこに馬車があります。そこまで我々が運びましょう」
馬車?そこで休ませてくれるのだろうか?
しかし何か違和感がする・・・俺はもうすでに体が動くようにはなってきたが、二人のなすがままに馬車の方へと運ばれていく。
しかし、左右から俺の肩を抱えている二人は、介抱するために運ぶというよりも、どこか強引に荷物を運ぶという感じだ。
俺がそんな違和感を感じて二人に話しかける。
「いや、もう大丈夫です。自分で歩けますので」
俺がそう言って自分で歩こうとすると、二人は驚いたようだが、何故かそのまま強引に馬車に乗せようとする。
「いやいや、そうは言っても、まだ体が痺れてあまり動かないでしょう?
どうぞ馬車で休んでいってください」
「そうですとも」
二人はそう言いながら馬車の方へグイグイと運ぼうとする。
俺はここで違和感の正体に気づいた。
なぜこの二人は俺の体が「痺れている」と思ったのか?
当の本人である俺でさえ、単なる立ちくらみで倒れて、体が痺れて動かないという観点になってもいないのに、倒れただけの俺を見て、なぜ「痺れている」と思ったのか?
その答えは明らかだ。
俺は引きずられているままの状態から自分で立ち上がり、そこに止まった。
「大丈夫だよ。もう完全に自分で動けるからね」
二人はポカンと俺を見ていたが、一人が笑顔で俺に話しかけてくる。
「いやいや、そうは言っても、まだ体は調子よくないでしょう?
我々が家まで馬車で送りますから、どうぞお乗りください」
「そうですとも、馬車にお乗りになった方がよろしいですよ」
もう一人が笑顔で俺に言ってきても、もう俺は騙されない。
「いいえ、自分で歩いて帰りますので、では失礼」
俺がそう言ってエレノアを連れて帰ろうとすると、二人の笑顔が消えた。
「いいから馬車に乗れってんだよ!」
「痛い目に会いたくなかったら、とっとと馬車に乗りな!」
その瞬間だった!
気を失ったエレノアを荷物のように運んでいた二人が突然バッタリと倒れた。
抱えられていた筈のエレノアは倒れずに風のように動いたかと思うと、俺を運んでいた二人をあっと言う間に倒して、そのまま馬車に稲妻のように動く。
様子を見ていた御者は慌てて馬車を出そうとするが、エレノアの動きの方がはるかに早く、そのまま御者台に乗ったかと思うと、あっという間に相手を取り押さえて命令する。
「このまま腕を引きちぎられたくなければ、すぐに腕を手綱から放しなさい!」
「ひっ!」
驚いた御者はすぐにパッと手綱を放す。
そのまま馬車から御者を引き釣り降ろすと、俺の方に御者を引きずって歩いてくる。
「御主人様、その4人をすぐに縛ってください!」
エレノアの言葉に俺はうなずくと、慣れた手つきで、手際よく4人を数珠繋ぎに縛る。
その4人にさらに引きずってきた御者を繋いでいるエレノアに俺が質問をする。
「こいつらは一体何?」
「誘拐団です」
「誘拐団?」
「はい、目星をつけた資産家や、高く奴隷として売れそうな人間を、人気のない場所で誘拐して、身代金をせしめたり、奴隷として売って儲けている連中です」
「そうだったのか・・・」
俺も両脇を抱えられた時から違和感を感じていた。
人通りが少ない場所だったのに、なぜこんなにも早く俺を助けにこれたのか?
しかも両脇から抱える手際があまりにも慣れていて、うますぎた。
そして決定的だったのは「痺れて」と言う言葉だった。
なぜ動けない本人が痺れているとわかってもいないのにそう思ったか?
答えは簡単だ。
俺を痺れさせたのはこいつらだったのだから。
「方法としては目的の人物の通り道に馬車を用意しておいて、標的が近づいたら強引にひき釣りこんで連れ去るのが一般的です。
しかし、手馴れた者は周囲に怪しまれないために、今回のように痺れ針や眠り薬などを用意して、標的が倒れたら周囲にはそのまま介抱するようなふりをして、待たせてあった馬車に連れ込み誘拐します。
特にエルフは奴隷として売るだけでも一財産になりますから格好の標的です。
ですからエルフは大都市や迷宮を歩く時は、大抵何かしら体に状態異常回復の品物を身につけています」
そう、俺もエレノアに言われて状態異常回復の魔法の服を着込んでいた。
状態異常回復の指輪もつけていた。
それで俺もすぐに体が元に戻ったのだった。
さも無ければ、いまだに体が痺れたままで、そのまま誘拐されてしまっていただろう。
自分たちの麻痺薬がほんの数秒しか効かなかったこいつらはさぞかし驚いた事だろう。
「私ももちろん最初から気絶はしていなかったのですが、御主人様の様子がわからなかったのと、馬車からまだ距離があったために、こちらの4人を倒している間に、御者に逃げられる可能性がありました。
それで気絶したふりをしていました。
しかし、馬車までの距離が近づいて、御主人様も事態に気づいたので、すぐさま行動を起こしたのです」
「なるほど、ありがとう。エレノア」
「いいえ、私もこれほど早くにこんな連中が襲ってくるとは思わず、御主人様に忠告をしなかったのが悔やまれます。
申し訳ございませんでした」
「何を言ってるの!
エレノアが僕に忠告して状態異常回復の魔法服を着せていなかったら、誘拐されちゃうとこだったよ、ありがとう!」
俺たちを誘拐しようとした連中は、盗賊たちと同じように、そのまま魔法協会に突き出した。
手際から考えて相当手馴れている連中だとは思っていたが、やはり全員が指名手配犯だったようで、5人とも死刑は確実なようだ。
相当あくどい連中だったようで、賞金も今までで最高の金貨25枚だった。
俺は魔法協会から出てくると、エレノアに話した。
「でも、こんな連中がいるんじゃ、エレノアは街にいる間はずっとフードを被っていた方がいいんじゃないかな?」
「いいえ、必要があればそうしますが、無法者のために自分の方が身を隠すのは本末転倒です。
それにこういった連中は、儲けになる標的がいるという噂を聞けば、探し出されて姿を隠していようが必ず狙われます。
例え宿屋や家の中にいても、場合によっては誘拐されます」
「え?それじゃ、僕たちの宿も危ないのかな?」
「それは大丈夫です。
私は御主人様に御仕えするようになってから、毎日必ず、宿の部屋の周囲に防御結界を張っていますから、我々以外には部屋の中には誰も入れません。御安心ください」
「そうなんだ?ありがとう!」
どうやら俺は知らない間もエレノアに守られていたらしい。
感謝の限りだ。
「それに今回我々は二人でしたから狙われましたが、4人以上で歩いていれば、まず狙われる事はありません。
ですから御主人様も早いうちに奴隷を増やした方が良いですね。
さし当たって今後は外を歩く時は、警戒用にゴーレムを数体出しておきましょう」
「そうか・・・」
確かにエレノアの言う通りだ。
こんな奴らのためにコソコソ暮らすなど本末転倒だし、狙われる時は何が何でも狙ってくるだろう。
しかしこの時の俺は、その何が何でも狙ってくる人間が、この街にいる事をまだ知らなかったのだ。