0471 ミヒャエルの話
リンドバーグがゆっくりと最初の目的地バーランへと飛行する。
そのバーランに向かう魔法飛行艇の中でミヒャエルが俺に説明をする。
「御主はこの度、子爵に叙爵される事となった」
「子爵?」
アムダール帝国の貴族の順序は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵の順だ。
つまり俺は上から四番目の貴族となるようだ。
「ああ、年も若いし、正直場所も辺境なので、男爵と言う意見もあったのじゃが、余が反対した」
「え?何で?」
別に俺としてはもらう地位が子爵だろうが男爵だろうが、全く構わない。
一種の方便として貴族になる訳だから、どんな爵位でもこちらとしては問題ない。
「御主の領地は帝国から見て、隣接とは言っても実際には少々飛び地の最東端になるし、仮に大アンジュを中心に大森林全体とすれば、その領土はあまりにも大きい。
現在のアムダール帝国の最東端はロナバール東のアイソン川西岸になるからな。
そこから大森林までは他国との緩衝中立地帯じゃ。
そしてその広さと他国と隣接している状況から言って、本来であれば伯爵領になってもおかしくないし、今後大森林内に領地が広がる事を考えれば侯爵領でもおかしくない位じゃ。
そもそも国境には他国との兼ね合いもあり、伯爵領を配置するのが普通じゃ。
しかしまた一方で御主はまだ若いし、これから昇爵する可能性も高いじゃろう。
そうなると、今からあまり高い爵位にするのも問題じゃ。
正直、他の貴族どもの妬みや嫉妬などを避けたい部分はある。
何しろ、帝国で新しい貴族が誕生するのも随分と久しい事なのでのう。
それに自治領にする件もある。
普通に考えれば自治領になるのは伯爵以上なのじゃが、自治領主にした上に伯爵にまで叙するとうるさい奴も大勢おるのでな。
そしてその広さと最東端の国の要を任せる事として子爵が相応しいと余が進言して、それが通った」
「そうなんだ?」
「ああ、これから御主が加わる貴族社会という物はそういった事にはうるさい場所なのじゃ。
じゃからこれから御主はホウジョウ子爵と言う訳じゃ」
「う~ん・・・」
子爵か・・・・
俺は以前から公言しているように、別に貴族になりたいと思っている訳ではなかった。
エレノアたちのような素敵な御姉さんたちとイチャコラして、仲の良い友人たちとうまい食べ物を作り、面白い科学製品を作れればそれでよいのだ。
しかし、成り行き上、自分の土地や農作物を守るために貴族になるのもいたし方なしだ。
もっともこんな事を言っていると、貴族になりたくて仕方がない人間などに言わせればとんでもないことだろう。
しかも今更返上する訳にもいかない。
賽はすでに投げられたのだ。
ああ、人生とはままならぬものだなあ・・・
そして現時点では俺はこれが最良の手段として選んだ訳だが、その選んだ結果が、将来どうなるかはわからない。
神様に言われた「幸も不幸も自分次第」という奴だ。
間違いなく俺の人生でも大きな分かれ道になるであろう、この選択が正しい事を祈る・・・いや、祈るんじゃダメだ!
正しかった事にするべく、今後も努力すべきだ。
そんな事を考えている俺をミヒャエルが促す。
「ところで御主を叙爵する時に必ず陛下から御下問があるはずじゃ」
「御下問?」
「ああ、御主はアムダール帝国でも数少ない「自治領主」になるのじゃ。
しかも年はまだ若い。
そうなればいかなる考えを持って領地を治めるのか、陛下としては当然気になる部分じゃ。
そのための答えを用意しておいた方が良い」
「つまり僕の領主としての方針みたいな物かな?」
「そういう事じゃな」
「う~ん・・・僕は領地なんて物は全て人次第だと思っているからね。
その一言が全てだと思うよ」
それを聞いてミヒャエルは少々困った様子で話す。
「確かに御主の言う通りではあるが、それだけでは少々弱いのう・・・
それではあまりにも普通すぎるし、説得力もない。
同じ人材の事を主張するにしても、もう少し陛下の心を動かす言葉が必要じゃのう。
何かそんな良い物はないか?」
心を動かす言葉ね?
ああ、そういえば人材を考える事で、良い言葉があったな。
あれを言えばいいかも知れない。
「うん、じゃあこんなのはどうだろう?」
俺はある二つの言葉を言って、その意味をミヒャエルに説明をした。
俺が説明を終わると、ミヒャエルが驚いた顔をして俺を見つめて話す。
「・・・御主、相変わらずとんでもない知識を持っておるのう・・・
数学や窮理だけでなく、そのような知識も持っておるのか?」
「え?そうかな?これじゃだめ?」
「いや、その話で十分じゃ。
よくそんな話をスラスラと出来るわい。
その話を聞けば陛下も感心するであろう。
それを今のように陛下に話せ。
さすれば陛下の覚えもめでたかろう」
「それなら良かった」
「うむ、そして御主にはもう一つ言っておかねばならぬ重要な事がある」
「なに?」
「実は御主の領地を自治領として、御主自身を自治領子爵とするのはすでに決まっているのだが、それに関して他国に対してはアムダール帝国の領土と宣言はするが、これから50年間は他国がそこに攻め込んできても、帝国は一切関わらないという事になっている」
そのミヒャエルの言葉に俺は驚いた!
「え?どういう事?」
「つまりこれから他の国が御主の領地に攻め込んで来たとしても、50年の間は帝国は一切関わらないという事じゃ。
援軍も出さぬし、どれほど苦境になっても仲介はせぬ事になっておる。
そして50年後に正式に完全に帝国の領土となる事となる。
もちろん自治領としてな。
それを御主の叙爵と共に国の内外へ正式に発表をする事になっている」
「何でそんな事に?」
「うむ、実は金剛杉の大森林と言う場所は古来より中立地帯のような扱いになっておる。
だから誰の持ち物でもなかった。
そして開拓したい者は勝手に開拓して良いと言う事になっておる。
実際過去にあちこちの国が開拓しようとした事もあるが、尽く失敗しておるのじゃ」
「まあ、そうだろうね・・・」
普通はあんな場所を開拓しようなどと考えないだろう。
俺だってアンジュがあんな実験をしなければ、こんな土地を持つ事にはならなかっただろう。
「しかし御主は成功してしまった。
そしてあの大森林の中にいきなり何百平方カルメルという土地を手に入れてしまった。
これはちょっとした小国に匹敵する広さじゃ。
しかも今後さらにその広さは広がる一方じゃ。
それを羨まない国などないだろう。
そしてその代表である御主がアムダール帝国に所属する事を宣言した。
これでは周辺諸国の勢力関係が大きく変化する事になる。
当然、これには他の国は面白くない。
帝国に難癖をつけて来るじゃろう」
「それは当然だろうね」
「しかしアムダール帝国としてはそういった非難を可能な限りは避けたい。
じゃからアムダール帝国としてはあくまでそちらから併合を望んだという立場を他国に対して示したい。
そこで他の国はしばらくの間はいくらでも御主の自治領と交渉するなり、攻め込むなり、好きにして良いと宣言する事にする。
そしてそれで御主がその国に編入すると納得すればそれで構わないという事でな。
つまり一応はアムダール帝国の一部とするが、50年の間に併合したければ併合してみよという事じゃ。
これならば他の国の領土になる可能性がなきしにもあらずじゃ。
さすれば周囲の国家は帝国には文句を言わず、御主の所に話を持ち込む事になるだろうという算段じゃ。
つまり対外的な建前を取り繕う訳じゃな。
これはそちらのエルフ殿の考えじゃ」
「なるほど」
この間ミヒャエルとエレノアが念話をしていたのはこの事だったのか?
なるほど、この案ならば、他国の非難はかなり軽減されて文句も言われなくなるだろう。
俺がうなずくと今度はエレノアが説明をする。
「ええ、どの道アムダール帝国以外ならば我々の敵ではありません。
我々はアムダール帝国からさえ攻められなければ良いのですからね?
この話ならアムダール帝国からは攻められないし、他の国も自分の領地になる可能性ありとして何も文句は言わないでしょう。
そしてうちを懐柔するなり、外交で併合するなりしようとするでしょう。
しかしそのような物は全てやんわりと拒否すれば良いだけです」
さらにミヒャエルが説明を続ける。
「うむ、そしてこの処置によって、事実上御主の所に攻めて来る国はただ一つとなる」
「え?そうなの?」
「ああ、現状で御主の土地に攻め込む可能性のある隣接国家は4つ、すなわちアムダール帝国とアタヤウ王国、フェザスタ共和国、そしてガルゴニア帝国じゃ。
このうち御主の領地はアムダール帝国の所属になる訳じゃから、そこから攻められる事はない。
いくら帝国貴族どもが御主の土地を欲しがってもそうはいかんという事じゃ。
アタヤウ王国はアムダール帝国とは友好的で、その関係からアムダール帝国の領土だと宣言した場所をわざわざ攻める事などするはずがない。
フェザスタ共和国は基本的に商業国家で戦争自体を嫌う国じゃ。
ここは攻めて来ない代わりに、御主の所を懐柔しようとして来るじゃろうから、そこは注意じゃ。
しかしガルゴニア帝国は違う。
御主も知っていようが、アムダール帝国は帝国と言っても、ほとんど名ばかりで遠い過去はともかく、現状では領土拡張政策などはしていない。
じゃがガルゴニア帝国は現在でもあちこちの領土を虎視眈々と狙っていて、それは我がアムダール帝国に対しても例外ではない。
そのために国境いの領地には我が国の精鋭である軍事大臣ロッシュ伯爵が配置されているほどじゃ。
幸いロッシュ伯爵の睨みは効いていて、ここ数十年はガルゴニア帝国はこちらへ侵攻して来る気配はない。
しかし今回は状況が違う。
今回の事を宣言すれば、御主の領地に必ずガルゴニア帝国は攻めて来るだろうし、交戦状態になるだろう。
まず間違いはない」
「え?じゃあ、うちはすぐにそのガルゴニア帝国と戦争になるのかな?」
自治領として認められるのは嬉しいが、いきなり戦争になるとはありがたくない。
しかしその部分をエレノアが説明をする。
「いいえ、実際にはそれは不可能でしょう。
まず即座にうちとガルゴニア帝国が交戦状態になる事はありえません。
何故ならば、現状下で、ガルゴニア帝国がうちに攻めて来る事自体が不可能だからです。
何しろまだ大アンジュまでの道すら出来ていないのですから。
大森林の中にポツンと町があるだけですからね。
現状で攻めるとすれば航空戦力しかありえません。
しかしそれすら大アンジュに到着するだけで魔力が尽きてしまい、とても戦いにはならないでしょう。
そもそもそんな事が可能であるならば、とっくにあの大森林を開拓していたはずです」
「確かにね」
あの大森林は通常の魔道士では横断する事すら不可能なのだ。
それを中心部まで飛んできた上に、攻撃をする余力などある訳がないし、そんな事をすれば帰る事も出来なくなるだろう。
うちのような魔法艇の大編隊でもあるのならともかく、アムダール帝国でも所持していない、そのような物を他の国が持っている訳がない。
「ですからしばらくはこの情報を得ても何も手出しは出来ないでしょうね。
相手はぬか喜びするだけです。
その間に我々は大アンジュと小アンジュの防備を固めておけば良いだけです。
そして近い将来に大アンジュから大森林の外まで道を作ったとしても、それは最短距離でも1000カルメルもの距離になるはずです。
しかも途中で補給する場所などどこもない上に、こちらが結界を敷いておかなければ、目的地に到着するまでに魔物に一方的に襲われるのです。
そこを攻めて来るなど愚かな行為でしかありません。
そのような場所を攻めたら目的地である大アンジュに到着する頃には食料どころか水にも事欠くほどになるでしょうからね。
そのような相手は戦うまでもありません。
そしてその事がわかれば、しばらくの間はうちを攻めて来る事は控えるでしょう」
「確かにそうだね」
「ですがその時点で一回ガルゴニア帝国とは戦った方が良いでしょう。
そうすればうちの戦力を相手も把握するでしょうから、それ以降は軽々にはうちを攻めて来なくなるでしょう。
そうしているうちに50年の期限が来るはずです」
「なるほどね」
確かにこの長期作戦は良さそうだ。
「それに戦争をする条件として、決して不意打ちではなく、御主の所とアムダール帝国の両方に宣戦布告をしてからという事になっておる。
さもなければアムダール帝国も参戦するとな。
つまり基本的に不意打ちなどは食わない訳じゃ。
それならば御主の所が負ける訳があるまい?
つまりこれはあくまで他国に対する建前のような物で、事実上の帝国に所属させる条約になる訳じゃが、周辺諸国はそれに最初は気付かないであろう」
「なるほど、そういう事か?」
俺は納得した。
中々悪辣な手段だが、うちの平和と帝国に所属させるための手段としては、確かに上々の手段だ。
いや、ここは苦肉の策と言うべきか?
しかしこの時の俺は、まさかこの計画が終了する50年後には、自分の領地がそれどころではない事になっているなどとは想像も出来なかった!
「さて今日の所は話はこの程度にしておくか?
明日はバーランじゃしの」
「うん、わかったよ」
ついにあと2日で旧作に追いつく予定です!
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