0437 その後のラーガン伯爵領
俺たちが戦勝の喜びを祝っていた一方で、自分たちの領地に帰ったラーガン伯爵一行は混乱を極めていた。
自分の領地へと帰った伯爵は猛り狂っていた。
「戦じゃ!すぐに戦の準備をするのだ!」
しかしそんなラーガン伯爵を静かに領地の財政管理官が止める。
「おやめください。伯爵様」
「何故だ?」
「御存知のように、あの村に我が領地の九割方の金銀財宝、武器防具、食料を奪われました。
残りの物資ではろくに戦も出来ません」
「しかし金銀財宝はともかく、武器防具や食料は、我が領地の各所から集めれば、まだまだ戦は出来ようが?」
「いえ、残念ながら仮に多少の武器食料が集められようとも、兵がおりません」
その言葉に伯爵は驚いた!
「兵だと?今回の戦で兵の死者はごく僅かで、ほとんどの兵が帰還したと聞いておるぞ?
なぜ兵がおらぬ?」
「はい、その戻った兵士の半分以上の者が傷を負っております。
当然の事ながら、その者たちは傷が癒えるまでは、出撃できませぬ。
また、此度の戦で兵を辞める者が続出しております。
現在、もし再度軍を興すなら、その数は今回の4分の1にもなりませぬ。
しかもそのほとんどはケガ人でございます。
それでは話になりませぬ」
「なんだと!ええい!では我が領地から兵を募集せよ!
傭兵も雇うがよい!即座に軍を整えよ!」
その言葉に財政管理官は悲しそうに首を横に振る。
「御存知のように現在の我が領にはその財力がございませぬ。
金銀財宝をあの村に根こそぎ持っていかれました。
残った金銀では現在いる兵を養うので精一杯です。
いえ、それすら危ういほどです。
何しろまずは今回の戦で傷ついた兵を慰労しなければなりませぬ。
それだけでも相当の金銀の消耗となります。
おそらくは領内中の魔法治療士を総動員したとしても、全ての兵士を治療するのには数週間はかかりましょう。
それに彼の村はかなりの城砦と化したと聞き及んでおりまする。
そこを攻めたとして篭城されて長期戦ともなれば、今度は兵糧がありませぬ。
それをどこからか買うにしても、これまた財源がございませぬ。
逆にあちらにはこちらから鹵獲した兵糧が山ほどもあり、いくらでも長期戦が可能です
ましてや彼の村には武器の材料となる金属類まで持ち去られました。
これでは仮に財源があったとしても、まずは鉄や銅を他領から買い求めなければ武器も作れませぬ。
そして今一度申しあげますが、我らにはそもそもその財源がないのです」
さすがにそこまで説明されれば、いかに馬鹿な伯爵にも現状が理解できた。
「ぬぬぬ・・・まさか奴等はそこまで見越して、うちの物資を持って行ったと申すか?」
「御意」
「馬鹿な!あのような獣人や流浪の傭兵どもに、そのような頭がある訳がない!
これは単なる偶然に決まっておる!」
「伯爵様?仮にこれが偶然だとしても、結果として我々が戦を起こせないのは事実です」
ここで息子のイライジャが叫ぶ。
「ならば父上!王都に頼んで国軍を送っていただきましょう!
さすればあのような村など一瞬で吹き飛びますぞ!」
「そうよ!御父様!国軍なら何万という数なんでしょ?
いくらあの村だってひとたまりも無いわ!」
娘も嬉しそうに兄に賛同する。
しかしその二人をラーガン伯爵が苦々しそうになじる。
「馬鹿め!そのような事をすれば、わしが無能だと王都に報告するようなものだ!
大体、王都に何と要請するつもりなのだ?
国軍を要請するには理由が必要なのだぞ?
理由を説明するのに、我が領地の近くに人数が100人に満たない獣人の村があります。
その小さな村を攻めるために国軍をお出しください、とでも頼むつもりか?
あのような小さな村を攻めるのに国軍など呼んでみろ!
良い恥さらしになるわ!」
財政管理官もうなずいて伯爵に賛同する。
「まことにその通りでございます。
かような事に国軍などを要請すれば、伯爵様の名声は地に落ちましょう。
幸いな事に相手にどれほどの物資が持っていかれたかなど、我が領のほんの数人にしかわかりませぬ。
ですから今回の事は、あくまで我が領地内で起こったささやかな事件として扱うのが賢明でございます。
獣人の村と少々諍いを起こしたが、金銀物資を少々分け与える事で相手を納得させて、話が終わった・・・と。
それが一番得策でございます」
確かにそれ以外に方法はない。
下手に大損をした事を騒げば、近隣領地にそれが知れ渡り、そんな小さな村に根こそぎ財産を持っていかれた無能領主として扱われてしまう。
そのためにも今回の事は、あくまで内々に処理をするしかないのだ。
しかしその返事に伯爵がいらだって尋ねる。
「ぬう・・全くあの獣人どもめ!
では一体どうすれば良いのだ?」
「今は時を待ち、財と食料が回復するのを待つしかございませぬ」
「待てと?どれほど待てば良いのだ?」
「早くとも3年、おそらくは5年は必要かと・・・」
財政管理官は、それでも短い見積もりだと考えていたが、現状でそれ以上の数字を言えば伯爵が卒倒しそうだと考えたので、数字を控えめに言ったのだった。
しかしその数字ですら、伯爵にとっては気の遠くなるような数字だった。
「5年じゃと!」
「はい、さようでございます。
それもあくまでその5年の間に飢饉や凶作がないという前提でですが・・・
何しろ先代以前から溜め込んだ資産を根こそぎ持っていかれたのですから。
財宝自体は諦めるにしても、運用資産や武器、兵糧がある程度戻るのには、その程度の期間は必要かと。
しかも今回我が軍は総力を挙げて彼の村に敗北を喫しました。
つまり彼の村に勝つ為には、今まで以上の兵力が必要という事です。
そのためにはその程度の年月が必要かと」
「ぬう!何か方法はないのか!御主は財政管理官であろう!」
イライジャも同じく激高して財政管理官を問い詰める。
「そうだ!何か方法はないのか!」
自分たちの愚かさを棚に上げて、伯爵たちは財政管理官を攻め立てる。
その言葉に財政管理官は諦めたように説明を始める。
「伯爵様、若様、御承知ではありましょうが、財政管理官と言う者は、あくまで現在ある財政を管理する者であって、何も無い所から金銀財宝を錬金術のように作り出す事など出来ませぬ」
「ええい!そのような事はわかっておるわ!
何か手立ては無いのかと聞いておるのだ!
攻めるには「今」しかないのだ!」
「そうだ!我等は「今」攻めたいのだ!
今回の半分の兵でも良い!
次こそは奴らに勝って見せる!」
何の根拠も無く、子供のように駄々をこねる二人に、財政管理官が重そうに口を開く。
「・・・どうしてもとあらば、方法が無い訳ではございませぬが・・・」
財政管理官が心苦しそうにそう言うと、途端にラーガン伯爵が機嫌良さそうに話しかける。
「何だ!あるのではないか!
ははは!さすがだな!さあ、申してみよ!」
「しかしこれは少々問題があり、実行を憚る手段でございまして、伯爵様もお気に召さないかと・・・」
「構わん!あの村に攻め込める方法があるなら、どんな方法でも言ってみよ!
わしが許す!
まずはあの村に攻め込む手段が肝要じゃ!」
父に続き息子もうなずいて答える。
「その通りだ!」
そこまで主人たちに言われて、財政管理官は説明を始める。
「はい、それは伯爵様と若様の装飾品や宝石付きの武具、防具を王都にて売る事にございます。
また奥方様や御嬢様の宝飾品や御洋服なども御一緒に売っていただければ一財産になりましょう。
それだけあれば、当座を凌ぎ、彼の村に戦いをしかけるほどの財源にはなりましょう。
それが唯一の残された方法にございます」
その説明に三人が愕然とする。
「なにっ!」
「なっ?」
「ええっ?」
それは財政管理官の嫌味をこめた発言でもあった。
宝物庫の金銀財宝は洗いざらい、彼の村に奪われたが、この主人たちの個人的な財産である宝石や首飾り、夜会服、宝石付きの甲冑などは自室に収納してあり、無事だった。
そもそもこれほどこの領地が追い詰められたのは一体誰のせいなのか?
もちろんそれは無謀にもハーベイ村を攻めたイライジャとニーリャの責任であり、それを認めてけしかけたラーガン伯爵自身の責任でもあった。
しかるにこの連中はその責任を露とも考えず、彼の村に復讐する、いや逆恨みで攻撃する事しか考えていない。
ならばその自腹を切る程度は当然であった。
実際にはそれでも戦争をするには足りないほどだったが、財政管理官がそれを言ったのは伯爵たちにこれ以上の戦を諦めさせるためだった。
つまりそこまでの覚悟がないのであれば、これ以上の戦争はするなという遠まわしな示唆だったのだ。
しかし案の定、ラーガン伯爵やその子供たちにはそのような方法は通じなかった。
「そのような事が出来るか!
そのような事を王都ですれば、たちまち我が領地が落ちぶれたと噂されるわ!」
「その通りだ!」
「私だってそんなのはイヤよ!
私の持っている宝石は、例え一個だって売りませんからね!
御洋服だってそうよ!」
その三人の言葉に対して財政管理官が困った顔をして答える。
「しかし他に財源はございませぬ。
御承知のように宝物庫の物は全て彼の村に奪われましたゆえに・・・」
ここにおいて、ようやく伯爵は現状ではあの村を攻める事が不可能な事を認めざるを得なかった。
「ぬぬぬ・・・覚えておれよ!獣人ども!
そして雲の旅団とやら!
この恨みは必ずや晴らしてくれる!」
「その通りでございますとも!父上!」
「ええ、そうですわ」
しかも後日、この3人はこの怒りをさらに増大させる事になる。
それはハーベイ村の者たちが王都で自分たちの財宝を投売りしたと聞いたからだ。
その報告を聞いたラーガン伯爵たちは愕然とした!
「何と!あの獣人どもが我が家の財宝を全て王都で売っただと!」
「あの中には我が伯爵家の家宝もあったのだぞ!
それを事も無げに・・・」
「それが全てあの「雲の旅団」への支払金になったですって!?」
「ええい!買い戻せ!全て買い戻すのだ!」
しかしここで再び財務管理官が進言をする。
「伯爵様、若様、お嬢様、当然今の我が伯爵家にその余裕はございません。
どうか御諦めください」
「ぬぬぬ・・・我が家の家宝が王都で他人に右から左に売られて行くのを黙って見ていると言うのか!?」
「無い物は無いのです。伯爵様」
「ぬぬぬ・・・!
覚えておれよ!雲の旅団」
「必ずやこの恨みは晴らすからな!」
「ええ、必ず!」
そしてラーガン伯爵領の3人はハーベイ村と雲の旅団に復讐を誓ったのだった。
しかし残念ながらその願いが達成される事はなかった。
それどころか、彼らはまもなく自分自身の愚かさのために、その宝石つきの鎧を使用する事も無く、夜会ドレスに袖を通す事すら出来なくなるのだった。
だが彼らはその事実に気付く事はなかった。
いよいよ旧作に追いついて参りました!
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