0042 ゴーレム街
次の自由日にエレノアに見学の希望を聞かれた。
「今回はどこか見学したい場所はありますか?」
「そうだねえ・・・そういえばゴーレム屋やジャベック屋っていうのに行ってみたいな。
色んなタロスやジャベックを見てみたいんだ」
以前、エトワールさんに聞いた美女ジャベックというのが気になっていた俺は、一回そういうのを見てみたかったのだ。
それにエトワールさんの踊るタロスや、昇降機ジャベックを見ても、使役物体魔法の応用範囲は広そうだ。
そういう専門店があれば、おそらく一見の価値があるだろう。
「ゴーレム屋ですか?」
「うん、出来れば色んなタロスやジャベックを見てみたいんだ」
「ではちょうどロナバールにはゴーレムを専門に扱う店が集まっている場所があるので、そこへ行ってみましょう。
ここから少々遠いですが、幸いなことに、近くから馬車も出ているので、ちょうど良いでしょう」
「うん、そこでいいよ」
何軒かまとめて見られるのならばちょうど良い。
俺たちは馬車に乗って、そのゴーレム屋が集まっている場所とやらに行くことにした。
ゴーレム屋というのがどういう物か、見るのが楽しみだ。
街の馬車乗り場に行くと、エレノアの言ったように、ゴーレム街行きの馬車があったので、俺たちはそれに乗った。
しかし、馬車を降りてゴーレム街に着いた俺は、その町並みを見て唖然とした。
なぜならそこはどう見ても、かつて俺が通っていた場所にそっくりだったからだ。
建物や行きかう人こそヨーロッパ中世風ではあったが、その雰囲気は俺が見慣れたものだった。
大通りに軒先を並べる数々の商店・・・賑わう人々・・・
店先に並ぶ旗や呼び込み・・・しかも、そこには
「二割、三割引きは当たり前!」
「農作業ジャベックならイザークゴーレムへ!」
「ロナバールで一番タロスが安い店!」
「最新美女ジャベックあります」
「汎用量産ジャベック最安値!」
「中古ジャベック高価買取!」
「絶対安い!高レベル迷宮戦闘用タロス!」
などという旗やのぼりがひらめいている。
驚いた事に看板が電光掲示板のように文字で光っている店まである!
あげくの果てには、道でメイドの格好をしてチラシを配っている女の子までいるのだ!
そう!ここは秋葉原だったのだ!!!
その光景を見て、呆然としている俺に、エレノアが説明をする。
「ここは通称「ゴーレム街」と言われていて、この辺りを中心として、ロナバールの北部に300メルほどの広さで広がっている商店街です。
そのほとんどがタロス、ジャベック関係の店で、その数はおよそ千軒前後あると言われていますが、正確な数はわかりません」
「いや、その・・・僕はゴーレム関係の店が何軒かあるのかな~と思っていたんだけど・・」
「そうですね、これほどの規模でゴーレム関係の店が集中しているのはここだけです。
帝都やマジェストンにも同じような街はありますが、ここより規模は小さいです」
はあ、さいざんすか・・・
こりゃ全部見ていたら一日あっても足りそうにないや・・・
「いかがいたしましょう?御主人様?」
「うん・・・じゃあ適当に片端から見ていくか」
俺が近場の店からみようと近寄ると、早速店の人間に捕まる。
「お兄さん!迷宮に行くなら戦闘用タロスはいかがですか?
うちはレベル50以上でも安いですよ!」
「いや、それ自分で作れるから」
「では、ジャベックはいかがですか?
ちょうど火炎攻撃魔法系の良い物が入ってますよ」
「それはいくらくらいなの?」
「はい、通常でしたら金貨80枚ですが、今なら金貨60枚です!
いかがです?この機会に購入されては?
迷宮で重宝しますよ?」
そう言われても、相場が全くわからないので、答えようがない。
「うん、もう少し他を見てから考えるよ」
「はい、もしうちより安いところがあれば値引きしますからね!
またあとで立ち寄ってください!」
「うん」
売っている物が違うだけで、会話の内容まで秋葉原と同じだ。
俺が移動して次の店に行こうとすると、そこでメイドの格好をした娘にチラシを渡される。
「はい、チャールズゴーレムです。
よろしくお願いします」
その渡されたチラシを見て俺は驚く!
何じゃこりゃ?
印刷した場所がビカビカ光って、字が動いている。
どうやってんだ?これ?
21世紀の地球科学でもこんなの難しいし、チラシでなんか高くて配れないぞ?
驚いた俺がエレノアに尋ねる。
「どうやってんの?これ?」
「これは紙や羊皮紙ではなく、タロスの一種ですね。
タロスに魔法を使わせる事は出来ませんが、生成する時に魔法を合成する事は可能です。
ちょうど、アイテムに特殊効果をつけるのに似ています。
そういったタロスは常に発熱したり、周囲を冷やし続けたりします。
発熱するタロスなどは寒い地方では、暖房代わりにしたりもしますね。
ただし、魔法力を消費し続けるので、持続時間は短く、短時間で消滅します。
これは光の魔法と合成して、薄い膜状にして、大量生産した物と考えられます。
しかし、これは使役物体魔法としても、かなり高度な技術なので、これをチラシで配っては、普通は割りに合わないですね」
エレノアの説明にチラシ配りの娘は笑顔で答える。
「はい、その通りです。
これはうちの店主が作った限定100枚の特別チラシです。
そのチラシは割引券になっていて、約3時間で消滅します。
その間にお店に持っていって買い物をすれば、割引をさせていただきます」
これもまたタロスか!
こんな物まであるとは、本当に凄いな!
しかし、その娘の雰囲気に何か違和感を感じた俺は質問をする。
「んん?もしかして君はジャベックなの?」
「はい、私はチャールズゴーレムで販売しているジャベックの見本です。
お店に行けば、私と同型の物が販売されておりますので、どうぞ御覧になっていってください」
やはりジャベックか!
なるほど!これがエトワールさんが言っていた美女ジャベックって奴か?
ようやく本物を拝めたよ。
しかし、本当によく出来ているな~
これなら確かに寂しい時の夜のお供にいれば、ちょっとは寂しくなくなるな。
エレノアがいなければ、俺も一体欲しくなっていたかも知れない。
その後も様々なタロスやジャベックを見て、俺は大いに勉強になった。
そして歩きつかれた俺は、その辺にあった軽食店に入った。
しかも入ってから気づいたが、そこはメイドジャベックが対応している、軽食屋だった!
俺たちの席にかわいらしいメイドの格好をした女の子が注文を取りに来る。
「お帰りなさいませ!御主人様!」
「え~と、君もジャベック?」
「はい、そうです、御主人様!」
「何でお客様じゃなくて、御主人様なの?」
メイド喫茶でもないのに、客に対しての呼びかけが御主人様である必要はない。
ましてやお帰りなさいなどと言う必要は全くないはずだ。
その俺の疑問にメイドジャベックが滑らかに答える。
「はい、当店はジャベック購入を希望する方のために、ジャベックの使用感を体験できるように作られた、実験店でもあります。
ですから購入後の雰囲気を出すためにも、お客様ではなく、御主人様とお呼びするようになっております。
同じ理由で御来店の際の呼びかけも「いらっしゃいませ」ではなく、「お帰りなさいませ」になっています。
それでお客様がお気に入られた場合は、隣接する販売店で、私と同型のジャベックを御購入いただけます」
・・・なるほど、説明を聞けば一応納得だ。
注文を取りに来たメイドジャベックに品物を注文すると、にこやかに注文を受けて去っていく。
しかし・・・・
ここはメイド喫茶かっ!
そのまんまだわ!
まさか異世界に来てメイド喫茶に来る事になるとは、予想だにしなかった!
やがてメイドジャベックが持ってきたハムが挟まれたパンを食べて、オレンジジュースを飲みながら俺はエレノアと話していた。
「いや、それにしても凄いね、ここは!
これほど大規模なゴーレム街とは思わなかったよ。
今日は本当にここに来て良かった!
一辺には見切れないし、覚え切れないから、また来ようと思う」
「そうですね。
先ほども説明しましたが、アースフィア広しと言えども、ここより大規模なゴーレム街はありません。
帝都やマジェストンにも似たような街はありますが、ここよりも小規模です。
強いて言えば、別名ゴーレム都市と言われる、ノーザンシティがここより規模が大きいとも言えますが、そこは傾向が違うので、例外ですね」
「うん、あまりにも色々とあって驚いたよ」
正直、俺はこの世界に来て、今日がもっとも驚いたかも知れない。
この世界はまだ中世で、地球よりも遥かに文明は遅れていると思っていたが、どうもそれは勘違いだったかも知れない。
魔法を使えたり、年齢が500歳を超えるエルフがいたのにも驚いたが、それはある意味想定範囲内の驚きだ。
しかし、今日のこれはまさかの驚きだ。
少なくともここはまるで未来の秋葉原に来たようだ。
建っている建築物や行きかう人たちの服装こそは西欧の中世だが、ここで売っている商品に関しては、21世紀の地球よりも明らかに進んでいる物がある。
光るチラシにしても、もし地球で作るなら液晶薄膜などで作れるが、とても無料で配れるような代物ではない。
美少女ジャベックに至っては、とても21世紀の地球では無理だ。
他にも、粉を挽くジャベック、料理ジャベック、農業用ジャベックなど様々な物を見て、まるでちょっとした万博にきたようだ。
俺は前世では日本人で、たまたま秋葉原の近くに生まれたから、最初から慣れていたが、初めて秋葉原に来た外国の旅行者などはこんな気持ちになるのかな~と思ったりもした。
惜しむらくは、あまりにも高等魔法技術で一品物だったり、多量に作るにしても、せいぜい数百個程度が限界で、それ以上の大量生産が出来ない物が多い事だ。
しかも、それぞれの単価が恐ろしく高い。
これでは確かにアースフィア全体に行き渡る事は難しいだろう。
これほど、高度な文明を持ちながら、その利便さを享受出来るのは僅かな一握りの人たちだけという訳だ。
俺はもしこの世界が機械文明を発達させたら、一体どうなるのだろうと想像した。
魔法技術と電気機械文明が融合したらきっと凄いことになるに違いない。
「今日は自由日なので、開いている店は七割ほどですが、逆に訪れている人は平日の倍以上いる様子ですね」
「そうなんだ?」
「ええ、それでこの後はどういたしましょう?」
「そうだねぇ・・・せっかく来たんだからもう少し見ていこう。
今度は裏通りをちょっと見てみたいな」
「かしこまりました」
そう、俺はこの町の裏通りに興味があった。
今まで見た限り、ここは余りにも構造や感覚が秋葉原に似ている。
ならば裏通りに行けば、きっと何か面白い物があるに違いない!
俺の内なる心では、前世でのオタクの勘がそう叫んでいた!
俺は自分のオタクの勘を信じてエレノアと共に裏通りへと行った。