0041 エレノアと二人の魔道士
そしてエレノアを借りてから2ヶ月が過ぎた。
驚くべき事に俺のレベルは158という信じられないレベルに達していた。
しかも魔法もガイドブックに載っている7割方以上をこなしていた。
わずか2ヶ月、いや最初の3週間はエレノアの肉体に溺れていたので、実質は1ヶ月少々でだ!
エレノアは軽く笑って「御主人様の才能と努力の賜物ですよ」と言っていたが、そんな訳がない事を俺は重々承知している。
恐るべしはエレノアの指導力だ。
俺がエレノアの色香に溺れていた点を差し引いたとしても、このレベル上昇は尋常ではない。
持つべき物は神がかった指導力を持った師匠である。
もはや俺のエレノアに対する忠誠心も尊敬の念も、そして愛情も、これ以上はないと言うほどになっていた。
彼女はこの世界で俺の育ての親であり、姉であり、教師であり、女神であり、恋人であり、召使であり、そして・・・奴隷だった。
もはや彼女なしの生活などありえない事になっていた。
俺は気になってある時に聞いてみた。
「ねえ、エレノア?」
「はい、何でしょう?」
「何で最初に出会った時に、僕の思うがままにされていたの?」
「何と言われても、それが奴隷の仕事ですから」
「でも、僕がむさぼるようにエレノアに抱きついてもエレノアは何も文句は言わずに、それこそ僕が飽きる、いや飽きてはいないけど、それこそ心から満足するまで、ずっとそれを続けてくれたでしょ?何でなの?」
「そうですね、それは私の師匠に当たる人が「まず、何かに飢えている人がいたらそれを満足させなさい。砂漠で出会った人に道理を説いても意味はない。まずはその人が満足するまで水をあげなさい」と私に言っていたからです。
私もそう思います。
御主人様は何かに飢えているように見えました。
それはまだ御主人様の年が10年と少々なほどなのに、まるで何十年、何百年も何かを求めているように私には見えました。
ですからまずは御主人様がそれに満足するまで、それを与えるべきだと判断しました」
「それが「オネショタ」だった訳か?」
「はい、その通りです」
それで、エレノアはあんなにまでオネショタにこだわっていたのか・・・それにしてもすごい考え方と眼力だなあ・・・
でも確かに俺はそれのおかげで満足したし、そのせいかまるで、本当に生まれ変わったみたいだ。
まあ、本当に生まれ変わったんだけどね。
「でもさ、それだけしてもらっても、僕はエレノアを買わずに、3ヶ月で店に戻されちゃうかも知れないんだよ?
そこまでしておいて、何かそれって損というか、いやじゃない?」
「いいえ、例え3ヶ月と言えども、あなたは私の御主人様です。
しかもそれは私が強引に求めた結果です。
そして私は誠心誠意お仕えすると宣言しました。
その間に私が御主人様を満足させられなければ、私は自分を許せませんし、悔いが残ります。
この3ヶ月の間に御主人様を満足させる事ができれば、私も満足です」
そのエレノアの言葉に俺は自分を恥じた!
エレノア様!申し訳ございません!
愚かな発言をした私をお許しください!
いや、もう十分すぎるほど満足させてもらったんですけど?
エレノア様!あなた女神か、天使ですか?
損得とか俗な事を聞いた愚かな私めを本当にお許しください!
こうして俺のエレノアに対する尊敬の心は一段と上がったが、その一方で、何か騙されているのかもしれないという一抹の不安は、まだ拭い去る事は出来なかった。
そうしたある日、俺がエレノアと一緒に風呂屋に行こうと、歩いていると、魔法協会の二人に出会った。
「あら?シノブさん?」
「あ、シルビアさんにエトワールさん、御久しぶりです」
そう言えば、エレノアを借りてからこの二人に会うのは初めてだ。
何しろ1ヶ月近くは宿に引きこもっていたし、その後、何回か魔法協会に行った時も、ちょうど間が悪かったのか、この二人は受付にいなかった。
「ええ、そうね、私たちこれから食事に行くのだけど、一緒にいかが?」
「はい、ぜひ一緒にお願いします」
この二人の誘いを、俺が断る理由などない。
風呂にも行きたいが、それは後でも明日でも問題はない。
「ええ、では行きましょう?あら、そちらは?」
俺の横にいたエレノアに気づいたシルビアさんが質問する。
「え~、この人は、何と言うか・・・」
エレノアはまだ正確には俺の奴隷ではないし、この場合、どう説明すれば良いのだろうか?
戸惑う俺にエレノアが自分で自己紹介を始める。
「始めまして、シノブ様の仮奴隷のエレノアと申します。
事情がございまして、顔の方はお見せする事が出来ませんが、どうかご容赦ください」
仮奴隷?へえ?そんな言葉があったんだ?
俺がそう思っていると、二人も反応に戸惑う。
「えっと?仮奴隷って何かしら?」
「私も仮奴隷なんて言葉は聞いた事ないんだけど?」
誰も知らない言葉なんかい!
俺の心の突っ込みに答えてか、エレノアが二人に説明をする。
「はい、実は私、事情がございまして、こちらのシノブ様に奴隷としてお仕えさせていただきたいのですが、まだお許しをいただけませんので、仮の奴隷というわけでございます」
「なるほど」
「そんなのがあるのね」
エレノアの説明に、二人が一応納得する。
「でも、そのフードの中、幻惑魔法がかかっているみたいだけど、この人、魔法使いなの?」
そのシルビアさんの言葉に俺も驚く。
え?そんな魔法がかかっていたの?
なるほど、道理でフードだけにしては顔があまりにもわかりにくいと思っていた。
「うん、魔法使いだけど・・・幻惑魔法?そうなの?エレノア?」
「はい、現状で私の顔がこの街の方に知れると、御主人様の御迷惑になる可能性もあるために念の為、フードの内部には幻惑魔法をかけております」
そこまで顔を隠す必要があるんだ?
美女エルフも大変だなあ・・・
俺は向き直って二人に改めて話しかける。
「えっと、そんな訳でエレノアも一緒なんですけど、構いませんか?」
「御主人様、御友達の方々と夕飯をご一緒するのでしたら、私は先に宿に戻っておりますが?」
エレノアが遠慮して去ろうとすると、二人が呼び止める。
「あら、別に私たちは気にしないでいいのよ?」
「そうそう、別に私たち相手が奴隷でも全然問題ないし」
「ええ、シノブさんの奴隷だったら構わないわ」
「ありがとうございます。それじゃエレノアも一緒に行こう」
「かしこまりました」
4人で以前に入った料理屋に行くと、席について話し始める。
「じゃあ、結局あれからシノブさんは奴隷商館に行ったんだ?」
「ええ、それでこのエレノアを薦められたというか、強引に迫られたというか・・・」
「え?迫られた?その人に自分から?」
「はい、私の方から是非奴隷にしていただきたいと申し出ました」
エレノアの説明にシルビアさんが艶のある声で呟く。
「ふうん・・・
まあ、でも私もシノブさんだったら、強引に迫って奴隷になってもいいかな~」
「え?」
驚く俺にシルビアさんがさらに笑いながら話しかける。
「ふふ、でもどっちかと言うと、私がシノブ君を奴隷にしたい感じかしら?」
「えええ?」
俺がこの美女の奴隷に?何か凄い背徳感が漂う台詞だ。
シルビアさんの言葉に俺がドギマギとしていると、エトワールさんが話す。
「あら?シルビアったら、ずいぶん、シノブさんが気に入ったのね?」
「ふふ、まあね」
シルビアさんの答えに軽く驚いたエトワールさんが俺に質問をする。
「で?何でこの人を正式に買わないの?」
「それには、まあ、複雑な事情が色々ありまして」
実は万能エルフだけど、正体不明なので動向を観察中とは言えないし、説明に困るなあ・・・
「何か不満でもあるの?」
そのエトワールさんの質問を俺はきっぱりと否定する。
「不満なんてとんでもない!
僕の知らないこの国の色んな事を教えてもらえるし、魔法なんかもたくさん教わっているんですよ!」
「え?魔法まで?」
「ええ、凄く厳しいですけど、とっても詳しく教えてくれるんで、ものすごく感謝してるんです。
僕の大切な先生なんです」
「御主人様に過分な評価をいただき、ありがとうございます」
俺の説明にエレノアが頭を下げて礼を述べる。
「どんな魔法を覚えたの?」
「あの、航空魔法とか、ちゃんとしたタロスとか、あと今度はジャベックとかも・・」
俺の説明を聞いて二人が驚く。
「え?ジャベックまで?」
「ちょっと待って!じゃあ、その人、まさか魔法学士なの?」
「え?いや、僕はそういうのわからないんですけど・・・そうなの?エレノア?」
「はい、僭越ながら私、確かに魔法学士の称号も有しております」
そのエレノアの言葉にエトワールさんが驚いて話す。
「ええ、ちょっと!何でそんな人が奴隷をやっているのよ?
買いよ!この人、即買いよ!
シノブさん!何を迷っているの?」
「それはその・・・」
まさか騙されているかも知れないので、様子を見ているとも言いにくいしなあ・・・説明に困る俺にシルビアさんが助け舟を出してくれる。
「まあまあ、何か理由があるんでしょ?」
「はい・・・」
シルビアさんの言葉にホッとした俺がうなずく。
「それにしても、その人がジャベックを教えられるのも驚きだけど、こう言っては失礼かも知れないけど、シノブさんもジャベックを覚えられるの?」
「さあ?それは僕にもなんとも・・・」
確かに神様から魔法の才能はもらっているが、正直本当の所は俺にもわからない。
そんな俺たちにエレノアが厳然たる事実のように説明をする。
「御主人様はまれに見る魔法の才能を持っていらっしゃいます。
ジャベックもほどなく覚える事が可能と存じます」
そのエレノアの説明にエトワールさんとシルビアさんが感心する。
「へえ、凄いのね、シノブさん」
「ええ、私達よりもよほど優秀なんじゃないかしら?」
じっと美女二人に見つめられた俺が、恥ずかしくなって話題を変える。
「そ、そんな事はわかりませんよ。
そう言えば、エトワールさん、この間の踊るタロス、今日も持ってますか?」
「ふふ~ん、良くぞ聞いてくれました!
今も力作を持っているわ」
「見せてもらえますか?」
「心得た!」
そう言うとエトワールさんは、グラーノを取り出してテーブルの上に放ると、前回のように小型のタロスが躍り出る。
テーブルの上で踊り始めた小型タロスは、以前よりもキレのある動きで踊り始める。
「うわ~前よりもっと凄い動きになってますね!」
やがて踊り終わると、以前のように四散して消える。
「凄い!相変わらず見事ですね!」
エトワールさんは俺の絶賛に満足げだが、エレノアの評価が気になるらしく、エレノアに感想を求める。
「ええ、どうかしら?
そちらのエレノアさん?
魔法学士のあなたから見て?」
「はい、大変良い動きをしていると思います。
ただ着地の点が、少々難点のようですね」
どうやらエレノアの指摘した部分は、エトワールさんにとっても問題点だったらしく、その指摘に驚いて食いついてくる。
「そうなのよ!わかる?」
「はい、着地の時にわずかに膝を曲げれば、より滑らかに着地が可能かと思います」
エレノアの助言にエトワールさんは、感心したように話す。
「え?それは気づかなかったわ。
他に何か気づいた事あるかしら?」
「そうですね、高速回転の時ですが、回転が終わって次の動作に移る時に、一瞬逆方向へ動く要素を入れれば、より滑らかに次の行動を移せるかと思います」
「す、凄い!
そんな方法があるなんて!他には?」
「はい、全体的に動作を単に繋げるというよりも、一連の動きごとに区切って考えて躍らせた方が、より動きにメリハリがつくと思います」
「そ、そんな事、思いも付かなかったけど、どうすればそんな事ができるの?」
「音楽、例えば歌などに合わせて、小節ごとに動きをつけると良いかと思います」
「凄い、凄い!凄い!!
何?この人!何なの?」
興奮したエトワールさんが俺の襟首を捕まえてガクガクと揺らしながら叫ぶ。
「シノブさん!この人買わないなら私にちょうだい!
私が買って色々と教えてもらうから!」
エトワールさんの言葉に慌てて俺が答える。
「だ、だめですよ!僕の大切な先生なんですから!」
いくら友人であるこの二人でも、エレノアだけは譲れない。
「ええ~じゃあ早く、正式に買って、それで時々私に貸して?」
「はあ、努力します」
どうやらエレノアは俺が思っていたよりもさらに凄い魔法使いのようだ。
何だか俺には勿体無いような気がしてきたが、もちろん手放す気にはなれない。
「でも大会も近いし、これで大幅に改良できるわ!」
興奮して話すエトワールさんに俺が質問をする。
「大会?」
その俺の質問にシルビアさんが答える。
「ここロナバールではね、タロスを使った趣味の大会があるのよ。
それに彼女は参加するの。タロスの芸術部門でね」
「そうなんですか?」
なるほど、だからいつも試作品の小型タロスを持っていたのか?
「ええ、目指せ、優勝よ!」
グッと片手のこぶしを握るエトワールさんに対して、シルビアさんが説明をする。
「彼女は前回の大会で五位だったのよ。
だから今度は優勝を狙っているの」
「へえ、それは凄いですね」
「ええ、応援してね、シノブさん」
「はい」
その後は4人で楽しく食事をして別れた。
別れる際は、エトワールさんが興奮して俺たちに話しかけてきた。
「それじゃ、シノブさん、エレノアさん、今日はとても楽しい上に勉強になったわ」
「僕もです」
「特にエレノアさん、あなたの助言はとてもためになったわ、本当にありがとう!」
両手を握って激しくブンブンと振り回しながらお礼を言うエトワールさんに、エレノアが謙虚に答える。
「いいえ、出すぎた事を申し上げたかも知れません。
食事の上での雑談と聞き流していただければ幸いです」
「とんでもない!また何かの時に是非助言してくださいね」
「承知いたしました。私のつたない言葉でよろしければ・・・」
「ええ、期待しているわ」
「あらあら、エトワールはずいぶんエレノアさんが気に入ったみたいね」
「もちろんよ!シノブさん!
本当にあなたが買わないのなら、この人を私が買いますからね!
必ずその時は教えてくださいね!」
「はい、まあ・・・」
う~ん、エトワールさんはそれほど熱心にエレノアを欲しいのか?
もちろん、俺もエレノアは手放したくはないんだけど、これは困ったな・・・
約束の3ヶ月目が来る前にちゃんと考えておかないといけないな。