0395 エレノア先生の課外授業 2
課外授業の3週目となった翌週は、参加者が60人を越えて、うちのクラスもベルンシュタインと数人以外の全員が参加となった。
しかも噂を聞いて上級生までもが何人かこの課外授業に参加を希望してきたのだ。
エレノアも最初に宣言した通り、自分のクラスだけと限定した訳ではないので、参加希望の全員を快く引き受けた。
人数が最大限まで増えたので、それまで俺についていた、豪雷も班長となり、さらにあらかじめミルキィとポリーナを班長として呼び、ガイエル先生も参加してくれたので、11班体制となって課外学習を行った。
話に聞いた所によると、ガイエル先生はかつてのエレノアの生徒の一人で、やはり生徒時代にこれと同じ修行をエレノアにしてもらったそうだ。
ミルキィとポリーナはまだ魔法士だが、レベルが高いために高等学校の学生たちも安心したようだ。
ミルキィは戦闘力が高く、機敏性が半端ではないし、ポリーナは魔法士とは思えないほどのレベルと魔力量なのだ。
何しろポリーナはまだ中等魔法学校の学生なのに、魔力量が30万を超えているのだ。
これは魔道士どころか、魔法学士も越えて、賢者級の魔力だ。
とても通常の魔法士の持っている魔力量ではない。
ポリーナの家系は元々魔力量が多い家系らしく、アルマンさんもそうだったらしいが、ポリーナは特にその傾向が大きいようだ。
その余りに凄まじい魔力量に中等魔法学校の友人たちにも驚かれているらしい。
しかもゴブリンキングやマルコキアスを討伐した事が知れていて、その点でも一目置かれているどころか、完全に同級生からは尊敬の目で見られていた。
そしてこれはエレノアの個人的な課外授業なので、別にミルキィやポリーナを入れても問題はなく、全員が納得して迷宮で訓練をした。
そして3回目となった今回からは、6年生や5年生、中等魔法学校の生徒もかなりいた。
フローラたちを始めとして、ローレンツやギュンツ、そしミルキィとポリーナが連れて来た女の子もいる。
さすがにあまりにも人数が多くなったので、ついにエレノアが人数を制限した。
「どうやらこれ以上は無理ですね?
参加はこれで打ち止めとします。
来週はこれ以上人数を増やせないので、この人数で固定します。
増やす例外は、うちのクラスの者だけです」
もっともうちのクラスはそのほとんどが参加している。
現在、不参加なのはビクトールと数人だけだ。
ミルキィとポリーナが連れて来た中等魔法学校の女子生徒を俺たちに紹介する。
「御主人様、この子が話していたキャロルさんです」
「ああ、先週まで買い物とかに付き合っていたって言う?」
「ええ、そうです」
その娘が俺に元気に挨拶をして来る。
「初めまして!私はキャロル・マーカスと申します」
「ああ、君が話しに聞いたキャロルさんか?
うちのミルキィやポリーナが世話になっているそうだね?」
「とんでもない!
お世話になっているのはこちらの方です!」
「はは・・・まあ、とにかく今日は頑張ってね?」
「はい!頑張るので宜しく御願いします!」
「そういえば君は魔人なんだってね?」
「はい、父は帝国男爵で平人ですが、母は魔人です」
「へえ?御父さんが男爵か?
それじゃ君も男爵令嬢って訳か?」
この世界では中間人種という者は存在しない。
平人と魔人が結婚しても、出来る子供は必ず魔人か平人のどちらかで、その中間はありえない。
それは他の人種でも同様だ。
エルフと平人が結婚しても、出来る子供はエルフか平人だ。
だからハーフエルフなども存在しない。
ちなみにエルフとドワーフなどが結婚した場合は、ほぼ子供は出来ないが、かなり低い確率でエルフとドワーフの他に平人が子供として出来る場合もある。
どうやらこの世界の人種の遺伝子は、ABO式血液型のような関係らしい。
その遺伝子を各人が二つずつもっている。
つまり仮に平人をO型として、エルフをE型、ドワーフをD型、魔人をM型とすると、OO型の場合のみが平人となり、EE型とEO型はエルフに、DD型とDO型はドワーフに、MM型とMO型は魔人になるのだ。
そしてED型、EM型、DM型の人種は決して生まれないのだ。
だからエルフとドワーフが結婚した場合、どちらか、もしくは両方が平人遺伝子であるO型を持ってない限り、決して子供は産まれない事になる。
この娘は父親が平人で母親が魔人だが、どうやら魔人の方の遺伝子が発露している。
つまりMO型の魔人のようだ。
そしてこの娘はどうやら帝国貴族よりも魔人の方を強調したいようだ。
「はい、そうなんですが、私はどちらかと言えば、魔法使いで魔人の方を誇りに思っています!」
「そうか?じゃあ同じ魔人の班に入った方が良いかな?
それともミルキィやポリーナの班の方が良いかな?」
俺がそう尋ねると、この娘は勢い込んで答える。
「はい、ホウジョウ先輩の奴隷には魔人がいると聞きました。
その班で御願いします!」
「わかった、じゃあエレノア先生?この子はアンジュの班でよろしくお願いします」
「はい、承知しました」
「お~い、アンジュ!」
俺がアンジュを呼ぶと、アンジュがこちらにやって来る。
「はい、何でしょう?」
「この子は魔人で君の班に入りたいんだってさ!」
「わかりました」
そしてアンジュがキャロルに挨拶をすると、自分の班へ連れて行く。
いよいよ3回目の課外授業の始まりだ!
無事に3週目の訓練を終えたが、迷宮から出てくると、何だかあのキャロルとか言う娘はアンジュにベッタリだ。
何でも母親がアンジュと同じサフィール族の出身で、迷宮で凛々しく戦うアンジュにすっかり惚れ込んでしまったらしい。
来週も必ず参加すると勢い込んで帰って行った。
そして4週目となった。
ついにビクトールとその仲間たちが参加してきた。
それと先週来ていた6年生が、もう一人の6年生女子を連れて来た。
「あの、グリーンリーフ先生?
この子がどうしても今回参加したいと言ったので連れてきたのですが・・・」
「それは困りましたね?
私は先週、これ以上は人数を増やせないと言ったはずですが・・・」
「はい、それは伺っておりますが、どうしても連れて行って欲しいと頼み込まれまして、私は今回遠慮しますので、その代わりにこの子を入れてあげてください!」
おや?そこまでして友人をこの課外授業に参加させたいとは驚きだな?
エレノアもそこに感心したようで、彼女に答える。
「仕方がないですね。
まあ、さし当たって今日が最終日ですし、ここで帰すのも可哀想です。
特別に許可しましょう。
二人とも一緒に参加して良いですよ」
それを聞いた6年生の二人は大喜びだ。
「ありがとうございます!良かったわね!ポルテ!」
「ええ、ありがとう、ミランダ!
グリーンリーフ先生!ありがとうございます!」
「いいえ、その代わりしっかりと勉強して行ってくださいね?
何か班の希望はありますか?」
「はい!とにかく私はレベルを上げたいので、一番レベルが上がりそうな班に入れていただきたいのですが?」
「そうですか?
そうなると、私の班か、ホウジョウ君の班ですね?
しかし私は初心者を連れて行く予定ですので、6年生のあなたはホウジョウ君の班になりますね?
それでよろしいですか?」
「はい、構いません!」
俺の班は疾風を副班長に、ビクトールとその仲間の一人と、例の例外の6年生女子だ。
全員がある程度の上級者で、レベル向上希望の者たちだ。
6年生は随分と緊張している様子だ。
その6年生が真剣に俺に語りかけてくる。
「あのっ・・・この訓練に来ると凄くレベルが上がるって聞いて来たんですけど・・・?」
「え?ええ、まあ、そうです。
但しレベル上げはあくまでついでで、目的は迷宮での魔物との訓練と戦闘指揮が主ですが・・・」
「それじゃ困るんです!
とにかくレベルを上げてもらわないと・・・!」
「え?」
少々驚いた俺に相手が謝ってくる。
「あ、すみません。
私はポルテと言います。
と、とにかく出来るだけ可能な限り、レベルを上げていただきたいんです!」
「はあ、それはそのつもりですが・・・」
「この訓練は来週もやるんですか?」
「いえ、来週からは我々4年生は審査旅行に行ってしまうので、今回が最後です。
まあ、また何ヶ月かしたら再開するかも知れませんが・・・」
「審査旅行・・・そうでしたね・・・
わかりました。騒いですみませんでした」
「いいえ」
何か特別な理由でもあるんだろうか?
とにかく俺は訓練を始めた。
全員がそれなりの上級者でレベル向上希望者だったので、迷宮のかなり深い所まで行き、魔物の鈴を使ってガンガンレベルを上げた。
そして午前中が終わり、全員のレベルが上がった。
ビクトールとその仲間も感心していた。
「凄いな!たった数時間でこれほどあがるとは!」
「ああ、全くだねぇ」
「・・・」
しかしポルテさんは何だか納得が行かない様子だ。
昼食を食べた後に、続いて午後の訓練に入る。
今度は各班員が模擬隊長となって全員を指揮する。
俺はその指導役だ。
最初の隊長はビクトールだ。
さすがにビクトールの指揮は中々上手だ。
「そうだ!それでいいぞ!ビクトール!
さすがは級長をやっているだけの事はあるね?」
「特待生様のお褒めにあずかり光栄だねぇ?」
「ははっ!何を言ってんのさ?
ビクトール、俺なんかより君の方がよっぽど戦闘指揮はうまいぞ?」
「そうかい?」
そう言うと、何だかビクトールは肩の力が抜けたようで、戦闘指揮をする。
残りの二人も無難に隊長役をこなした。
俺はその日の訓練が終わると、その6年生の生徒に聞いた。
「やあ、いかがでしたか?」
「あ、はい・・・レベルは5も上がりました。
ありがとうございました・・・」
しかしとてもありがとうございましたって感じじゃない。
この女生徒はションボリとしている。
俺は理由を聞こうとしたが、どうもそういう雰囲気では無かったので、声をかけずにいた。
ポルテさんはそのまま一緒に参加した友人とトボトボと帰って行った。
そしてついに4回目の課外授業が終わった。
この頃には、ベルンシュタイン派閥以外の生徒たちは全員がレベル70を越えてしまっていた。
すでにレベルだけなら全員が魔法学士水準だ。
入学した時は、特待生を除けば自分が一番上のレベルだったのに、今や自分の派閥以外には全員レベルが劣っているという事実にベルンシュタインは愕然としたようだ。
「全く、僕は馬鹿だったよ。
変な意地を張らずに最初から参加しておけば良かった」
「え?何でそんな意地を張っていたのさ?」
俺がそう尋ねると、ビクトールは首を横に振って、無言でため息をつく。
そんなビクトールにアインが慰めるように話しかける。
「おい、ベルンシュタイン?
お前のその気持ちはわかるがやめておけ!
こいつを普通の感覚で考えていると、お前が損をするだけだぞ?」
「・・・どうやらそのようだねぇ・・・」
「ああ、こいつらは実際規格外だ。
全く師匠が化け物だから弟子たちもどいつもこいつも化け物になる。
こいつは特にとびきりの化けモンだ。
こんな奴と自分を比較しても時間の無駄だぞ?」
「それはよくわかったよ」
その会話を聞いて俺がアインに尋ねる。
「なに?どういう事さ?」
「うるせぇ!天然のお前は黙ってろっつーの!
シルビア、頼んだぞ!」
「ええ、承知しました。
シノブ君?それは私が後で話しましょう」
またもやそれですか?
シルビア先生?
まあ、何となく理由はわかるが・・・
俺たちがそんな会話をしているとエレノアが話を締める。
「今回はこの程度にしておきましょう。
さもないと6年生がかわいそうですからね。
本格的に鍛えるのは5年生になってからでも遅くないでしょう」
え?6年生が可哀想って、どういう意味?
それに5年生になったら本格的に鍛えるって、どんだけ鍛えるつもりなんですか?
エレノア先生!
「それより、いよいよ来週は審査旅行です。
4年生のみなさんは準備を怠らないように!」
「「「「 は~い 」」」」
審査旅行か・・・
それは高等魔法学校に入学した生徒が魔法学士になれるかなれないかの最初の関門だ。
俺もちょっと緊張してきた。
キャロルがなぜここまでアンジュに懐いたのか?
それを知りたい方は、外伝「キャロル・マーカス」を御覧ください。




