0040 異世界の風呂と自由日
入り口で金を払い、服を壁にあった服掛けにぶら下げると、金袋だけを首からぶら下げてタオルを持って中に入る。
魔法使いである俺は、もちろんマギアサッコに物を入れておく事は出来るが、エレノアが人前でマギアサッコを開くのは危険なので、極力避けた方が良いと常日頃言っているし、俺もそう思う。
中に入ってみると、そこは中々広かった。
(へえ~これがこの世界の風呂か)
基本的にそれは石造りで作られた風呂だった。
ちょうどローマ風呂のような感じだ。
天井は高く、開放的だ。
天井近くの何箇所かに光魔法で照明がされているので、中は結構明るい。
空いている椅子を見つけると、俺はそこに座って、日本でしていたように、体や頭を洗う。
特に頭を自分でゴシゴシと洗うのは、かなり久しぶり・・・というか、この世界に転生してからは、初めてだ。
おかげで頭もさっぱりして気持ちが良い。
体を洗ってから湯船に入って、ゆっくりと中の様子を見ていると中々楽しい。
なるほど、エレノアが言っていた通り、にぎやかだ。
子供は走り回るし、相撲を取っている連中、木の台の上で寝て、あんまだかマッサージらしきをしてもらっている人間、垢すりをしてもらっている人々など色々いる。
何か昔の駅の弁当売りみたいな格好でウロウロしている菓子売り、いや菓子配りか?そんなのまでいる。
「菓子~菓子はいらんかね~」
「一つ頂戴」
「はい、どうぞ」
俺は菓子配り係を止めて、一つ菓子をもらってみた。
見た感じは小さめの菓子パンのようだ。
試しに食べてみると、甘いパン生地の中に何かが入っている。
(これはクルミとナツメヤシかな?)
どうやら、砂糖と蜂蜜で甘くしたパンの中に、果物や木の実を入れているようだ。
これはこの世界では結構高級品なはずだ。
風呂に入るだけで、大銀貨1枚はちょっと高いかな?と思っていたが、これなら納得だ。
風呂から上がって隣の部屋に行くと、そこは食堂だった。
大きなテーブルの上に、ソーセージやら黒パン、肉の焼いた物や、貝を焼いたような物が皿に山盛りになって置いてある。
飲み物はワインやエール、葡萄ジュースやレモネードのような物が置いてある。
食べ物も飲み物も、どれも中々おいしそうだ。
風呂を出た各自がそれぞれ、好きに食べ物をとると、空いている場所で、それを食べている。
仲間同士で来ている者などは、エールを飲んで楽しそうに話している。
俺も鴨肉の焼いたような物や、何かの貝を焼いた物を食べてみた。
箸やフォークはないので、豪快に手づかみだ。
味付けが単純だが、そこそこおいしい。
この味付けは魚醤だろうか?
ある程度食べると、部屋の隅に手を洗う場所があるので、俺はそこで手を洗った。
菓子も先ほどのような菓子パンを含めて何種類かあるが、プリンやケーキ、饅頭のような物はないようだ。
どうも菓子の文化はまだそこまで発達していないらしい。
菓子好きの俺としては、ちょっとがっかりだ。
しかし、逆に言えば、そういった物は、まだこの世界では珍しいから、作れば売れる筈だ。
(材料的には可能なはずだから、まだこの世界にないなら、プリンやケーキを売ったら、凄い儲かるかもね)
そんな事を考えながら俺はそこにある菓子をいくつか食べてみた。
どれも似たり寄ったりの味で、中の具で多少変化はつけているようだが、全て菓子パンのような物で、あまり変わりはない。
多少変わった所で、クッキーのような物がある。
しかしその程度だ。
どうやらこの世界の菓子は菓子パン、クッキー、干した果物の3つが基本のようで、それ以外はないらしい。
まずくはないが、やはりもう少し見た目にも味にも変化が欲しい所だ。
(うん、近いうちにプリンか饅頭でも作って、エレノアに感想を聞いてみよう)
俺は菓子作りも趣味の一つで、自分で実際に年中作っていた。
オリジナルの菓子もいくつか作った事があって、中には作って職場に持っていってみたら、女子に大うけで、売れば必ずヒットするとまで言われた物すらある。
そんな時は女子にモテモテなのだが、そこで終わっちゃうんだよな~・・・
いかん!過去を思い出すと暗くなってきた。
いいんだ、今の俺にはエレノアがいるからね?
食堂を出て、また別の部屋に行くと、そこでは何やらチェスのような盤上遊戯や賭け事、双六のような遊びをしていた。
なるほど、ここは社交場のような機能もあるようだ。
やっぱり日本の銭湯か健康ランドみたいだね。
多少は本なども置いてあり、ゆったりと読書にふけっている客もいる。
雰囲気的には温泉旅館の娯楽室か、健康ランドの休憩所のような感じだ。
中々皆楽しそうだ。
(どこかの町で、こうした風呂屋を開いて、経営するのも良いかも知れないなあ・・)
俺はぼんやりとそんな事を考えた。
俺なら21世紀の風呂屋や温泉旅館も知っているし、かなり客の目を引く施設を作る事が出来そうだ。
風呂屋を作る資金はそこそこあるし、そんな仕事も意外と面白いかも知れない。
一通り、風呂を満喫すると俺は外に出た。
すでにエレノアは外に出て待っていたので、二人で宿に向かって歩き始めた。
帰る道すがらエレノアと話した。
「中々面白い所だったよ」
「それはようございました」
「うん、あそこは週に一度か、2度は行ってみたいな」
「では今後そういたしましょう」
「ところで、この国ではお菓子っていうのは、菓子パン以外には何かないの?」
「お菓子ですか?
そうですね、アムダール周辺の国では菓子と言えば、大抵はパンを甘くして中に何か入れた物か、小麦粉を練って、砂糖と卵を混ぜて焼いたような物が大半ですね。
後は干した果物類などです」
やはり、その3種類か?
俺もそう思ったが、この世界にはそれ位しか菓子の類はないらしい。
俺はもう少し詳しく聞いてみる事にしてみた。
「プリン・・・じゃなくて、え~と、もっとこうやわらかい物とか、フワッとした物とかはないのかな?」
「やわらかい菓子や、フワッとした菓子ですか?
私の知っている限りではありませんね
御主人様はそういった菓子を御存知なのですか?」
「うん、今度いつか作ってみるから、食べて感想を聞かせて?」
「はい、楽しみにしております」
どうやらこの世界ではまだ菓子は大した物はないようだ。
うん、近いうちに本当に何か菓子を作ってみよう。
本当にこの国で売ったら凄く売れるかも知れない。
そんな事を考えながら俺は宿に帰っていった。
こうして、俺の訓練の日々に風呂が加わった。
エレノアに体を拭いてもらうのも捨てがたいので、毎日行く訳ではないが、俺の日々の気分が向上したのは間違いない。
なんと言っても俺は風呂が好きで、この世界に来てから風呂がないのは、かなり精神的に辛かった。
だから将来家でも建てたら、必ずそこに日本式の風呂は作ってやろうと考えていたほどだったのだ。
しかしこの風呂の一件で、思いついた事があったので、俺はふと、エレノアに提案をしてみた。
「ねえ、エレノア?」
「はい、なんでございましょう?」
「今回の風呂屋の一件で思ったんだけど、僕はこの世界、いや、この国の事をまだ全然知らないんだ。
だから出きれば週に一度、町を案内して色々な所を見せてもらえるとありがたいと思うんだ」
「なるほど、つまり週に一度、街の社会見学をしたいというわけですね?」
「うん、そんな所かな」
「では、自由日をその日に当てましょう」
「自由日?何それ?」
初めて聞くその言葉を俺はエレノアに聞いてみた。
「はい、この国とその周辺国では一般的に1週間を7つの日に分けて、1日目から5日目を平日で就労日、6日目を自由日と言って、各自が好きな事をします」
「好きな事って?」
「文字通り、自由にやりたい事をします。
レベル上げをしたい者は迷宮や魔物の出る場所に行って訓練をしますし、いつも通り、仕事をしたい者はして、遊びたい者は遊ぶ、休む者、旅をする者、色々です」
「へえ、そんな日があるんだ?」
「はい、これは昔、6日目は訓練日と言って、大抵はレベル上げに要していた日だったらしいのですが、文明が上がるにしたがって、仕事が分業化したために、様々な事をするようになり、自由日となったらしいです」
「そうなんだ?あれ?でも7日目も休日で、自由日みたいな物だよね?」
「7日目は本来は完全に休みの日で、ほとんどの人が休みますが、確かに昨今では両方とも自由日のような感じですね。
例外は奴隷だけです。
基本的に奴隷に休みはございませんので」
「なるほど・・・」
俺はそれを聞いて一応納得したが、やはり、奴隷にも休養は必要ではないのだろうか?と考えた。
もし俺が本当にこのままエレノアを正式に購入して奴隷にするのならば、エレノアにも休みの日を考えるべきかも知れない。




