0393 窮理部の活動
俺は料理部と交互に窮理部にも顔を出した。
参加初日にローレンツは嬉しそうに俺たちを迎える。
「やあ、シノブ!窮理部へようこそ!
来てくれてうれしいよ!
シルビアにゴウライとハヤテも歓迎するよ!」
「あ、ありがとう、ローレンツ・・・
ところで、その・・・ローレンツは帝孫、というか、皇子様なんだって?」
「ん?ああ、そうだけど、もちろんそんなの気にする事はないよ?」
「そ、そうなのかな?」
いや、普通、気にするでしょ!
そういうのにうとい俺だって気にするよ!
「ああ、大体、君は僕の大叔父や、かの天賢者グリーンリーフ先生を普通に名前で呼んでいるんだろ?
今更皇子の一人や二人くらい呼び捨てにしたって、どうという事はないさ」
「そうかなあ・・・」
いや、十分とんでもない事だと思うんだが・・・
これ以上話しても無駄そうなので、やめておく事にした。
しかしここでシルビアがローレンツに提案する。
「ですがさすがに私はローレンツ様、ギュンツ様と御呼びさせていただきます」
「私も同意します」
「同じく」
豪雷と疾風もシルビアに同意する。
「ああ、それは好きに呼んで構わないよ」
「ありがとうございます」
お互いの呼び方が一段落ついた所で俺がローレンツに尋ねる。
「ところでここの部員って、ローレンツとギュンツだけなの?」
「いや、あと二人いるんだが・・・ああ、一人は来たようだ」
外の廊下をダダダ・・・と走ってくる音がして、教室の戸がガラッ!と開けられる。
「いや!遅くなった!」
「やあ、スチュー、ちょうど今君の事を話していた所さ」
「そうか?おお!ひょっとして彼が例の後輩かい?」
「その通りだよ。
シノブ、彼がこの窮理部の部員の一人でスチュアード・アドレイユ、通称スチューさ。
スチュー、彼が君の興味の的のシノブ・ホウジョウ。
そして彼の友人で秘書監も勤めているシルビア嬢、
それから護衛のアイザックのゴウライとハヤテだよ」
「そうか!話には聞いていたがアイザックの生徒とは珍しいな!
私の名はスチュアード・アドレイユだ!
よろしくな!」
その名前にシルビアが反応する。
「え?アドレイユ?もしや・・・」
そのシルビアの言葉にローレンツがうなずく。
「ああ、そうそう、それも言っておいたほうが良いな?
彼はアドレイユ王国の第5王子なのさ」
なに~っ!またもや王子か!
そういやエレノアがこの学校には他国から留学している王子様とか王女様がいるって言っていたな?
この先輩もその一人か?
しかしスチュアード先輩はそんな事は全くどうでもいいようだ。
「な~に、第5王子なんて、飾り物以下さ。
事実、私がマジェストンへ来るのに何のお咎めもなかったからな。
本来だったらいくら魔法協会の総本山とはいえ、王子が他国の魔法学校へ行くのなんざ、もう少し問題が起こっても不思議はなかったんだが、逆に何も言われなかったのは全く助かったよ」
「そうなんですか?」
「ああ、その通りさ。
しかし留学費用を国が出してくれるのはありがたいな!
そんな物を自分でひねり出すとなったら面倒だからな!
そういう意味では王子に生まれたのを素直に感謝するよ!
まあ、これからよろしくな、シノブ!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。スチュアード先輩」
「ああ~スチューでいい!
うちの部はあまりそんなのはこだわらないからな!
大体こいつの事もローレンツと呼ぶ事になっているんだろ?
アムダール帝国の帝孫様が呼び捨てなのに、そこら辺の小国の王子に様や先輩なんぞつけても笑い話にしかならん。
だからスチューでいい!スチューで!
その代わり、こっちも君達の事はシノブ、シルビア、ゴウライ、ハヤテと呼ぶからな?
それこそ君達が将来天魔道士だろうが天賢者になろうがな?」
「はあ、それは構いません。
ではスチュー、よろしく」
「ああ、よろしくなシノブ、それにシルビアとゴウライ、ハヤテもな!
君達も私の事はスチューでいいぞ?」
「はい、よろしくお願いします。スチュー」
「どうぞよしなに」
「同じく」
そしてお互いの紹介が終わるやいなやスチューが話し始める。
「そこで早速だが、君!この望遠鏡ってのを自分で作れるんだって?」
「え?はい」
「いやあ~これを初めてローレンツに見せてもらった時の驚きったらなかったよ!
まさか透鏡を使ってこんな魔道具みたいな物を作れるなんてね!
しかも魔力は全く必要ないと来たもんだ!
こいつは恐れ入ったよ!
これは窮理に革命を起こす案件だよ!君ぃ!」
「そ、そうですか?」
確かに望遠鏡と顕微鏡と言う物が発明されて以来、天文や医療に限らず、軍事や測量など、その恩恵は計り知れない。
「そりゃそうさ!
これがどれほどの分野に応用できて、どれほどの影響を及ぼすか計り知れん!
しか~も、何でも君は他のこういった事にも相当詳しいそうじゃないか?」
「まあ、それなりに・・・」
「まあ、いいさ!そういった事もおいおい聞いていこう!
まずはこの望遠鏡だ!
早速、原理やら構造やらを詳しく聞かしてもらおうじゃないか!」
「はい、それは喜んで」
こうして俺の窮理部での活動も始まったのだった。
一通り望遠鏡の仕組みを説明するとスチューとローレンツも納得する。
「ふむふむ・・・なるほど!
つまり光の屈折を利用してこういった物を作る訳だ!」
「はい、その通りです」
「なるほどな!」
「それとこれを応用して逆の物も作れるのです」
「逆の物?」
「はい、こういった物です」
そう言って俺はキーホルダー型の顕微鏡を差し出す。
「ほほう?これは?」
「顕微鏡と言って、近くの物を大きく見せる物です」
「近くの物を?」
「ええ、例えばこうして自分の手を見てください」
「なるほど、こうか?」
そう言いながらスチューが自分の手の平を見ると驚きの声を上げる。
「こりゃ驚いた!僕の手の平は拡大するとこんな風になっているのか!」
「ほう?そりゃ面白そうだな?私にも見せてくれよ」
「あ、まだ多少持っているからローレンツとギュンツにも一個ずつ上げるよ」
「いいのかい?こんな貴重な物を?」
「ああ、ミヒャエルにも上げてあるんだ。
だけどそんなにたくさん持っている訳じゃないから、僕からもらったとは誰にも言わないでくれよ?
欲しがられても困るからね?」
「わかった」
「ああ、もちろんだ!」
「承知でござる」
俺は小型顕微鏡をもう2つ出すと、二人に渡す。
二人ともそれで自分の手を見ると驚きの声を上げる。
「ほほう?なるほど!こりゃ凄い!」
「確かに!これは驚きでござる!」
驚いている三人に俺がさらに申し出る。
「ああ、それともう一人いるんでしょ?
せっかくだからその人にもあげておいて」
そう言いながらもう一つ顕微鏡を差し出す。
「いいのかい?」
「うん、ただその人はおしゃべりじゃないだろうね?」
「ああ、その点は大丈夫だ!
我が部長様は口は堅い」
「ああ、もう一人が部長なんだ?
僕はてっきりローレンツが部長かと思ったよ」
「私は副部長さ。
我が窮理部のフェルマー部長は信用できる人物だから君も安心したまえ。
まあ、欠点としては寝る時間が多いがね」
「寝る時間が多い?」
「ああ、一日の半分以上は寝ているね」
ローレンツがそう説明すると、スチューもうなずいて答える。
「そうだな、今もどこかで寝ているだろう」
「え、そうなの?なんだか凄いね?」
「ま、その内会う事もあるだろうよ」
そんな話をしていると、ガラリと戸が開いて一人の男子学生が入ってくる。
大柄で中々威厳のある人だ。
「おいおい、人がいないと思って、勝手な事を言っているな?」
「あっ!フェルマー!」
「よっ!部長久しぶり!」
「いくら俺だって新入部員が入ってくる日くらいは顔を出すさ。
ローレンツ?」
「ははっ・・・そういう訳だ!
シノブ、彼が我が窮理部部長のフェルマーさ」
「ああ、部長のフェルマー・グラナドスだ。
よろしくな」
「はい、シノブ・ホウジョウです。
よろしくお願いします」
「同じくシルビア・ノートンです。
でも・・・グラナドス?まさか!?」
ここでまたもやシルビアが反応すると、ローレンツが説明する。
「ああ、我が部長もグラナドス王国の第三王子なんだ」
なに~っ!またもや王子だとぉっ!
部員4人中、三人が王子ってどんな部だよ!
「ちょっ!部長も王子様なの?」
驚く俺にフェルマー部長がのんびりと説明をする。
「ん?まあ、そうだけど、気にするな?」
ローレンツも笑って説明をする。
「ははっ、学生の間では窮理部の変人三王子とか言われているけどね?」
「はんっ!言いたい奴には言わせておけ!
これからは魔法だけでなく、窮理も世界には必要になってくるんだ。
我々はその先駆者となるのだ!
なあ?シノブ、そうだろう?」
勢い込んだスチューの問いかけに俺は適当に答える。
「はあ、まあ・・・え~と、とにかくじゃあ顕微鏡と、それに望遠鏡も全員に渡しておくからね」
そう言って俺はミヒャエルたちに上げた望遠鏡を8つ取り出す。
30倍の物と小型の10倍単眼鏡だ。
それを見たローレンツが驚く。
「お?それは望遠鏡かい?」
「うん、ミヒャエルに上げた物と同じ物さ。
とても性能が良いよ」
「へえ?どれどれ・・・」
そう言って渡された望遠鏡で外を見たスチューが叫びを上げる。
「おいおい!何だ?こりゃ?
全然我々の持っているのと違うぞ?」
「へえ?そうなのかい?」
そう言いながらローレンツも望遠鏡を手にする。
「本当だ!倍率が全然違う!
しかもこれほど明るく見えるとは・・・!」
「我らのはせいぜい3倍ってとこだろう?」
「ああ、これは一体何倍なんだい?シノブ?」
「そっちの伸縮式のが30倍、こっちの単眼鏡が10倍さ」
「30倍!そんな倍率が高いのか!」
「驚きでござる!」
「うん、それもミヒャエルたちに上げた物と同じなんだ。
お近づきの印に四人にも上げるよ。
でも顕微鏡と同じで僕からもらった事は話さないでね?」
「ああ、それはわかった。
確かに大叔父がジーモンさんと一緒に作ったこの望遠鏡ですら、今貴族の間ではかなりの騒ぎらしいからな!
こんなのを持っていると知られたらそれこそ大騒ぎになるだろう」
「うん、僕もそう思うよ」
「こりゃ大した物だな!」
フェルマー部長も感心する。
「ああ、こりゃしばらくは我が窮理部の活動はこの2つで大事になるな?ローレンツ?」
「そうだな」
「まったくでござる」
「ああ、そうそう聞いているかも知れないけど、その望遠鏡で絶対にラディは見ないでね?」
「ああ、その話は聞いている。
何でも目が焦げるそうだな?」
「まあ、そんなトコ、将来我々が作った望遠鏡を誰かに渡す時もそれは絶対に言い忘れないようにね」
「ああ、わかった。その点は大丈夫だよ」
ひとしきり感心するとフェルマー部長が再び話し始める。
「いや、これは実に良い物をもらったな?
これからの部活動に大いに役立ちそうだ!
感謝するよ、シノブ!
さて、新入部員に顔を見せた所で俺はちょっと寝たりないんで寝てくるわ」
「けっきょく寝るんかい!」
スチューの突っ込みにフェルマー先輩が笑って答える。
「まあ、そう言うな!
それじゃ新入部員諸君、またな!」
「はい・・・」
顔を見せただけでフェルマー部長はいなくなった。
少々呆れ顔の俺にローレンツが説明をする。
「ははは、ああいう人なんだよ。
でもあれで結構優秀なんだよ?」
「全くな、それにしてもこれは本当に良い物をもらった。
明日からの活動が楽しみだ!」
こうして興奮のうちに窮理部の初日は終わったのだった。




