0388 料理部の勧誘
いきなりの土下座に俺だけでなく、そこにいた全員が驚く。
何と言っても伯爵令嬢で上級生の生徒会長が、ただの新入生に対して、いきなり床に両手をついてお願いをしているのだ!
しかも御供の二人も一緒に土下座だ!
これが驚かない訳がない!
俺は慌てて生徒会長に尋ねる。
「ちょっと待ってください!
一体どうしたんですか?」
俺が質問するとフローラ先輩は手を床についたまま、顔だけをあげて話し始める。
「実は私は生徒会長であると同時に料理部にも所属しているのですが・・・」
「はい・・・?」
「世間では貴族の娘が自ら料理などはもってのほかという風潮も一部ではございますが、当家の教えでは料理の一つも出来ない娘など何の役にも立たないという教えでして、私自身もそれに賛成で、幼い頃から料理と言う物には少なからず、熱を入れて勉強をして参りました」
「ええ、それは良い事だと思いますよ」
俺もその意見には賛成だ。
御嬢様だからと言って、料理が出来なくて良い訳がない。
何が何でも料理が出来なきゃいかんと言う事もないが、出来た方が良いに決まっている。
俺の言葉にこの人はうなずいて話を続ける。
「はい、そして先日、私は敬愛する先輩御二方から、緊急の手紙をいただいたのです」
「え?先輩二人から?」
この人の先輩って誰だ?
「ええ、その手紙には何が何でもあなた様を料理部に入れるようにと・・・
さもないと私達は一生後悔する事になるだろうと書かれていました。
逆にあなた様を迎え入れる事が出来れば、料理部はかつてない発展を遂げるだろうとも書かれてありました。
そのためには手段は問うな!
最も良いのはいきなり床に手をついて、正直に真摯に頼み込むようにとも書いてありましたの」
何ですと!
一体誰だ!そんなはた迷惑な手紙を書いたのは!?
俺は思わずその差出人を聞いてみた。
「ええ?誰ですか?そんな手紙を送って来たのは?」
「はい、マーガレット・パターソン先輩とデイジー・オルコット先輩です。
御二方ともかつて我が校の料理部だった私の敬愛する先輩方です。
単に料理部の先輩であるだけでなく、長い伝統を誇る、我が料理部の中でも特に優秀な先輩方です。
御二人とも料理の達人で、私も卒業した御二人から、直接色々と手ほどきを受けております。
その御二人が揃って、料理部にホウジョウ様を入れないと必ず後悔する事になる。
とにかく手段を問わず、必ず料理部に入れるようにとのお達しでした」
あの二人か~っ!
そう言えば、レオニーさんたちはメディシナーの魔法学校を出たと言っていたけれど、レオンはメディシナーの学校だと御曹司扱いされてイヤだからマジェストンの学校へ行ったと聞いている。
当然、マギーも一緒だった訳か?
デイジーもマギーの料理部の後輩だと言っていたからな。
だから二人ともこの人の先輩な訳か?
俺は慌てて話しかける。
「どうか手を上げてください。
私はそんな大物ではありません!
ただの新入生ですよ!」
俺が慌てふためくと、周囲もザワザワと騒いでいる。
何しろこの間も、三人は膝まづいて、しっかりと床に手をついたままなのだ。
先程まで俺の事を勧誘していた連中も、青ざめて囁きあっている。
「おい・・・あのロッシュ伯爵家の御嬢様が床に手をついて懇願をしているぞ?」
「何がどうなってるんだ?」
「俺にわかるか!」
「格上の侯爵様だって、頭が上がらない家柄なのによ!」
「ああ、こんなのは一生かかっても見られるもんじゃねぇ」
「そんな・・・あのフローラ御姉様が・・・?」
「こんなの話したって誰も信じないわよ!」
「あのホウジョウってのはそこまで大物なのか?」
「一体、どういう新入生なんだ?」
「レベルの高い特待生だとは聞いていたが・・・」
「伝説か?これから伝説が始まるのか?」
どうやらこの上級生は生徒会長であるだけでなく、相当な貴族の御令嬢でもあるらしい。
もちろん、伯爵令嬢なのだからそれは当然なのだが、どうも伯爵家の中でも、特に名家で有名所のようだ。
しかし俺の言葉にも全く動じずに、この生徒会長様は床に手をついたままの状態で、顔だけを俺に向けて話を続ける。
「いえ、御二人からホウジョウ様は非常に慎み深い方だと伺っております。
また、とても御自分を卑下なされる方だとも・・・
ですが、その実力は他の追随を許さないほど素晴らしい方であるという事も存じております。
ですからそのように御謙遜をされても私達にはわかります。
そして今、旧都ロナバールで料理界を席巻しているサクラ魔法食堂の総帥にして創始者、なおかつあの天賢者エレノア・グリーンリーフ様の御主人であるあなた様が、ただの新入生の訳がございません!
しかもマーガレット・デイジー両先輩には、あなた様自らが料理の手ほどきをなさったとの事も伺っております!
そしてその卓越した手腕、斬新な知見にも感動したと!
さらに今をときめく有名戦団「青き薔薇」の団長でもあり、上位悪魔のマルコキアスさえも一撃の下に葬り去るとか・・・
ましてや私は先の御二方のみならず、マーガレット先輩のお手紙にはメディシナー侯爵家御当主たるレオンハルト・メディシナー様からの添え書きもいただいております。
そちらにもシノブ様を料理部に入れる事が出来れば、マジェストン校料理部はかつてない発展を遂げるだろうと書かれていました。
これだけの話を伺って、どうしてあなた様に御願いせずにいられましょうか?
なにとぞ、なにとぞ、どうか料理部へ御入部を!」
そう言って、またもや三人とも深々とその場で頭を下げる。
「え?レオンからまでそんな手紙を?」
あちゃ~、レオンからまで手紙をもらっちゃっているのか?
そりゃ俺にとっては兄弟弟子で、ただの仲の良い友人だけど、世間様から見たら侯爵様だもんね?
しかもアインとかの話からしても、メディシナー侯爵家って、帝国の中でも指折りの名家らしいからなぁ・・・
あっちこっちの王族とも知り合いみたいだしね?
そのメディシナーの侯爵様本人から手紙をもらえばこうなっちゃうか?
しかもそんな説明をされると、確かに俺は物凄い大物のように聞こえる。
だがもちろん俺はそんな人物ではない!
エレノアならともかく、俺は多少レベルが高いだけの一般庶民にすぎない。
こんな伯爵令嬢様に手をつかれるなどもってのほかだ!
イカン!この場は何とか誤魔化さなければ!
さもないと、また組合の時と同じように、おかしな噂が出回ってしまう!
せっかく心機一転で楽しい学生生活を過ごそうと思っているのに、始まって早々にそんな事はゴメンだ!
しかしすでに周りでは今の説明を聞いて、ザワザワと騒いでいる。
「サクラ魔法食堂って知っているわ!今ロナバールで一番繁盛している有名店だって!」
「ええ、私も聞いた事があるわ!
総督閣下もお気に入りで、そこの店主とは昵懇だとか・・・」
「おいおい!さっきあの新入生がそこの店主だとか話していたじゃないか!」
「え?じゃあ、あの新入生がその店主なのか?」
「ロナバールの総督閣下って、確か今上皇帝陛下の弟君だろう?」
「そんな人と昵懇の仲だなんて・・・」
「しかも今、メディシナー侯爵家の御当主様を「レオン」って言わなかったか?」
「言った!言った!間違いない!」
「おう、俺も聞いたぞ!
レオンハルト様ではなくレオンと言った!」
「貴族でもない庶民が侯爵様をレオンと呼び捨てに出来るとは・・・」
「それほどの仲なのか・・・」
やっべ!
そうだよな?レオンは侯爵様だもんな!
それを一般庶民の俺が気軽に呼んだらそうなるよな?
今までは俺の周囲が状況をわかってくれていたから問題なかったけど、知らなければ普通はこうなるのは当たり前か?
しかも皇帝陛下の弟たる総督閣下と友人ともなれば、恐れられるのも当然か?
間違ってないだけに俺も否定は出来ない!
こいつは俺が自分の置かれた状況を甘く見すぎたようだ!
うお~、この苦境、どうやって誤魔化そう?
そんな大物などではなく、ただの小心者の俺は、冷や汗がダラダラだ!
しかしそんな俺に構わず、周囲の観衆はヒソヒソと話を続ける。
「青き薔薇てのも知っているぞ!」
「恐ろしく強い戦団らしいな?」
「ああ、何でも迷宮の昇降機を1日で作ったとか・・・」
「マルコキアスを指先一本で倒したという話も本当だったのか・・」
そんな訳無いだろ!
指先一本で倒すって、俺は怪物ランドの王子か、経絡秘孔を突いて相手を倒す暗殺拳の伝承者か!
これ以上尾鰭がついて、シルビア、ミルキィ、アンジュに「ハイざます」「ウォ~でがんす」「フンガー」とか言われたらどうするよ!
それに俺は「俺の名を言ってみろ~」とか言う義理の兄貴とか、世紀末覇者なんかと戦いたくはないぞ!
昇降機だって1日で出来る訳ないだろ!
そんな話を信じるなよ!
噂にも程があるわ!
うわ~っ!みんな勘違いしないでくれ~!
大体、俺はそんな大物じゃないよ!
単なる御姉さん好きな、中身がおっさんの、ただの普通の少年だよ!
いや、ちょっと変態かもしれないけど、仮に変態だとしても変態と言う名の紳士だよ!
あれ?
イカン!俺も錯乱している!
ともかくこの場は何とかしなければ!
さもないと今後の俺の楽しい学生生活に差し障りが出てしまう!
しかし一体どうすれば良いだろうか?




