0375 マージェ・リビングストン学長
全く、エレノアの過去には本当にとんでもない事実がゴロゴロと転がっているようだ。
メディシナーでも名誉最高評議員とやらだったが、今度は副学長で最高魔法師範か・・・まあ、何と言っても年齢500歳以上で、レベルも700近いからな。
もう、あまり驚かなくなってきたよ・・・
俺たちの驚きに対してマージェ学長は微笑みながら説明をする。
「ええ、このエレノアは昔、私と一緒に副学長をしていて、本来だったらこの人がここの学長になる筈だったのに、私に無理やり学長を押しつけて、突然、ここを辞めて旅立ってしまったのですよ」
「その理由はあなたにも話したじゃない?」
「ええ、それはわかっています。
でもね、こうして一時的にとは言え、帰ってきた以上は少しは手伝ってもらわないとね」
「手伝う?」
「ええ、その前にエレノアの御主人、シノブさんでしたか?」
「はい?」
「私、これから大変不躾で失礼な事を申し上げますので、お気に触れば、私に対して暴行を加えていただいても構いません。
決して訴えたり、問題にしたりはしませんので、蹴るなり、殴るなり、好きなようになさってください」
「はあ?」
暴行を加えても良いとは穏やかではないが、一体何を話す気なのだろうか?
「単刀直入に申します。
あなたの奴隷であるこのエレノアを売っていただけませんか?」
「マージェ!」
「エレノアは黙っていて!」
やれやれ・・・またその話か、もちろん答えは決まっている。
「いえ、それは・・・」
俺が断ろうとすると、マージェ学長は値段の交渉を始める。
「御値段はそちらの申すがままに、金貨1万枚でも、いえ、2万枚でも構いません」
うはっ!金貨2万枚だって!
今までで最高値だね?
でも答えは決まっている。
「残念ながらせっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」
金貨2万枚という額にも、まったく取り合わず、あっさりと断る俺に、間髪を入れずにマージェ学長はさらに上乗せしてくる。
「金額が足りないというのであれば、金貨3万枚、いえ、5万枚でも構いません」
うへえ!金貨5万枚だってさ!
こりゃ本当に今までの最高値だ!
それって俺がエレノアを買った値段に近いんじゃないかな?
この世界で人生を数回は遊んで過ごせそうな金額だ。
さすが魔法学校の元副学長様の買取値段は凄いね!
やれやれ、しつこいなあ・・・
でも、このまま放っておいたら、いくらでも値をあげそうだからキッパリと言っておこう。
「いいえ、確かにエレノアは私がお金で買いましたが、今では師であり、友とも思っている人です。
どんなに積まれても、お金で売る気は全くありません。
それはエレノアに限らず他の3人も同様です。
彼女たちが私を見限って、去るのならともかく、売る気などさらさらありません。
どうかその点はあきらめてください」
俺がキッパリと断ると、マージェ学長は苦笑いをして話し始める。
「ふふっ、まあ、そうでしょうねぇ・・・わかっていましたけどね」
そばではエレノアが怒ったように話す。
「全く、マージェは意地が悪いんだから!」
なんだ?
何か二人の間で話が成立しているみたいだけど、全然わからないぞ?
「ふふ、ごめんなさい、エレノア、でもどうしても最初にそれだけは確認したかったのよ」
「え?何です?」
「シノブさん、試すような真似をして本当にごめんなさい。
私、あなたがちょっとでもお金に色気を見せたら、本当に強引にエレノアを買うつもりでしたのよ」
「ええ?そりゃ、そうでしょうけど?」
「でも、あなたは金貨5万枚にもピクリとも反応しなかった。
それどころか、早くこの話を終わらせたい感じでしたわ」
「ええ、まあ、そうですね」
そりゃそうだ。
だって売る気なんて最初からないんだから。
「ですから私あきらめました。
まあエレノアが見つけた人ですから、お金で動くような人とは思えませんでしたけどね」
なるほど、この人もエレノアの古い友人だけあって、わかっていたけど、一応俺を試したのね?
うん、その気持ちはわかる。
はい、学長先生、私がこの場で、あなたはエレノアの価値を世界で2番目にわかっている人だと認定しましょう。
もっとも、実際には俺の方が2番目以降かも知れない可能性は高いけどね?
それどころか10番目以降かも知れない。
俺が勝手にそんな事を考えているとも知らずに学長先生は話を進める。
「ところで、先ほどの話に戻って、家の件ですが、借り賃は要りません」
「え?」
「その代わりと言っては何ですが、シノブさんがこの町に滞在する間は、エレノアに魔法講師をしていただきたいのです」
途端にエレノアが抗議の声を上げる。
「マージェ!そんな!
この学園を去った私がいまさら、ましてや今の私は奴隷よ!」
「あなたも知っている通り、一回この学園を去った後で、再び講師になった例はいくらでもあります。
奴隷が正規の講師になった事はありませんが、臨時講師になった例は過去に何回かあります。
それに別に奴隷が教師になってはならないという校則は我が校にはありません。
何でしたらこれを機会に奴隷を正規講師にする前例を作っておいても良い位ですよ」
「それはそうだけど・・・」
「それにあなた、私の目をごまかせると思っているの?
あなた、本当は奴隷じゃないんでしょ?」
「う・・・それは・・・」
さすがは魔法学校の学長先生だ。
どうやらエレノアが実はただ自分で奴隷の首輪をつけているだけの、見掛けだけ奴隷である事は見抜かれているようだ。
「ま、それはそちらの事情もあるでしょうから、私としてはどちらでも構いません。
いかがですか?シノブさん。
もちろん、授業は日中の時間だけで、あなた方の授業が終わった後や、休日に彼女を使ったりはしません。
毎日ではなく、何日かに一度だけでも良いのです。
それに彼女を魔法講師として貸していただけるのならば、あなた方の入学金と学費も全員無料にさせていただきます。
それに家の管理や家事をする人の世話もして、あなた方がここに滞在する間は、その雇い料もマジェストン学園で持ちましょう。
御賛同いただけないでしょうか?」
これは大変魅力的な提案だ。
確かに、この町に滞在中の家を無料で提供してもらえるのはありがたいし、払えないわけではないが、授業料も無料になるとは助かる。
そして何より、俺も本物の「エレノア先生」の姿を見てみたかった。
はい、そこ一番肝心ね!
俺はそこの部分の確認をした。
「えーと、そのエレノア先生の授業は私たちにも受けられますか?」
「もちろんですとも!
何の教科を担当するかはこれから彼女と話し合いますが、時間や水準が合えば、誰でも受けられますとも」
おお!ならば何も問題はない!
「それなら是非お願いします!」
「ではエレノアを講師として使わせていただいて宜しいですか?」
「はい、喜んで!」
俺の許可を得たマージェ学長はエレノアに質問する。
「さあ、御主人様の許可は下りましたよ?
どうかしら?エレノア?」
「マージェ~ッ!」
エレノアは恨めしげに声を上げるが、先に御主人様を攻略してしまったマージェ学長は得意顔だ。
「はい、では決定ね」
さすがは魔法学校の学長先生だ。
凄いな~
俺はエレノアが手玉に取られたのを初めてみた。
「後は・・・そうそう、学校の案内をするんだったわね。
でもこうなると、私もエレノアと、これからの講義の計画を相談しなければならないし・・・
ナターシャ、悪いけど、この方たちのご案内をお願いできるかしら?」
「ええ、構いませんよ」
「それではお願いするわ」
「はい、かしこまりました、では皆さん、こちらへどうぞ」
「じゃあ、エレノア、ちょっと案内してもらってくるよ」
「はい、では後ほど」
俺たちは学長室を出ると、事務長さんについて、学内を案内してもらう事になった。
俺たちを案内しながら事務長さんがしみじみと話す。
「それにしても、また先生と会えるとは思いませんでしたわ」
「事務長さんも昔エレノアに教わった事があるんですか?」
「ええ、もちろんです。
私がまだ学生の頃、先生の講義を聞いて、私が中等学校を卒業して、ここの事務員になってしばらくした頃に先生はお辞めになってしまったのです」
「何で辞めたのかは聞いていますか?」
「詳しい事は知りませんが、何か重要な人物を探す為の旅に出たと伺っていますわ。
それがあなたなのですか?」
「さあ、それは私にもわかりません」
「あなたは先生と、どうして出会ったのですか?」
「それが、ある町の奴隷商館に立ち寄ったら彼女、エレノアがいて・・・
それで何故かエレノアが私の事を長年待っていた人だと言って、彼女を買う事になったんです」
「では、あなたが先生が探していた人で間違いないでしょう」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうだと思いますよ。
ところでそちらのあなたは以前、見た覚えがあるのですが?」
シルビアを見た事務長さんが声をかける。
「はい、私も20年ほど前にこちらの中等部に所属していましたから」
「やはり、それで今回は高等学校の方に入る訳ですね?」
「ええ、私には少々荷が重いと思うのですが・・・」
「大丈夫、グリーンリーフ先生があなたを入学させるというのならば、それだけの実力があると認めているからですよ。
あの方の人を見る目は間違いありません」
「グリーンリーフ先生?」
その言葉にアンジュが不思議そうに反応する。
そういえばアンジュはエレノアの苗字を知らなかったっけ?
さっきの受付の時にも後ろの方にいたから聞こえてなかったか?
「ああ、エレノア先生の苗字ですよ?
ご存知ありませんでしたか?」
「はい」
俺たちを案内して外に出た事務長さんが、学園の案内を始める。
「さあ、ではこのマジェストン学園の案内をいたしましょう」
「はい、よろしくお願いします」




