0035 使役物体魔法
航空魔法の次に教わったのは使役物体魔法、すなわちゴーレム魔法だった。
これは非常に応用範囲が広い魔法なので、早くしっかりと基本を覚えた方が良いという事だったからだ。
ゴーレム魔法は広い場所が必要だというので、エレノアと一緒に航空魔法で、街の外の草原地帯に移動する。
講義も含めて、実習では何回もゴーレムを出すので、広い草原地帯が良いそうだ。
「今日は使役物体魔法といきましょう」
「はい、先生」
「使役物体魔法は通常ゴーレム魔法とも言われています。
御存知ですか?」
「はい、知ってます」
「では、それが3種類に分かれているのは知っていますか?」
「はい、確かタロス、ジャベック、アイザックですね?」
「その通りです。
ゴーレムとはその三つの総称で一般名でもあります。
また、単にゴーレムと言った場合は、タロスの事を意味する事が多いですね。
タロスはいわゆる普通のゴーレム、限定的な単純作業をさせるための物です。
ジャベックは単純な判断と、継続的な作業をさせるための魔法。
そしてアイザックは高度な判断も含む使役物体魔法です。
タロスの簡単な物は、かなり初心者でも使えますが、ゴーレム魔法はかなりの魔法消費量を必要とするので、実際にはレベルが20以上ではないと難しいです。
ですから初等魔法学校では、これと移動魔法は教科からはずしてあります。
もっとも初等学校でも希望者には簡単な物は教えています」
「そんなに難しいんですか?」
「ええ、しかしこれを使えないと1人前の魔法使いとしては話にならないので、中等魔法学校では、移動魔法とゴーレム魔法の応用は必須で、それが卒業資格になります」
「応用?」
「はい、たとえば単純な作業ではなく、多少複雑な作業をさせたり、複数のタロスを操作したりする事ですね」
「なるほど」
「そして中級魔法であるジャベックは継続的に存在するゴーレムです。
ここから飛躍的に難しくなり、使い手も極端に少なくなります。
しかし高等魔法学校を卒業するには、この魔法を使えなければならないので、学生たちの悩みの種になっているほどです」
「へえ~」
「さらに高等魔法のアイザックともなると、使い手はほとんどいなくなり、世界でも百人程度と言われています」
「エレノア先生はそれも使えるの?」
「はい、憚りながらアイザックも嗜んでおります」
やはりエレノア先生は凄い!
そんな高等魔法まで使えるとは一体どこまで凄いのだろうか?
俺は自分の師匠であるこの人を、最近知れば知るほど尊敬の念が深まってきた。
「あとの違いはタロスはまったくレベルが上がりませんし、作った後でも、ある程度の命令は出せますが、一切学習はしません。
ですからちゃんと指示をしないと、何度でも同じ間違いを繰り返します。
ジャベックはレベルこそは上がりませんが、多少の知能があり、経験を積むと、ある程度状況を学習する事ができます。
学習すると、状況に応じた的確な対応が徐々に可能になってきます。
アイザックは自我を持ち、ほぼ人間と同様の知能を持っているので、経験を積めばレベルも上がっていきます」
「するとアイザックが戦闘した場合の経験値はアイザック自身に入るのですか?」
「はい、そうです。
タロスが戦闘した場合の経験値は創生者ではなく使役者に入ります。
シノブ君はエイコーンやマギアグラーノと言う物を知っていますか?」
「はい、聞いた事はあります」
「マギアグラーノは魔法で生み出したタロスやジャベックを封じ込めておく、魔法の入れ物のような物で、エイコーンはその古い呼び名です。
普通タロスの場合は創造者と使役者は同じですが、エイコーンに封じ込めた場合、「解呪」と言って、使う場合は別人にする事も可能です。
この場合は解呪した人が使役者になります。
つまりエイコーンなどでタロスを使った場合、そのエイコーンを作った人間ではなく、解呪した人間に経験が入るわけです。
ジャベックの場合はレベルは上がりませんが、その分、学習をします。
アイザックは今話した通り、アイザック自身の経験となり、レベルが上がっていきます」
「アイザックやジャベックは永久に動き続けるのですか?」
「そうですね、現在の所、ほぼ魔力球を破壊されない限り、永久に動くと言われています。事実2千年以上稼動しているジャベックも確認されています」
心地よい風が吹く草原でエレノアが説明を始める。
「まずは初歩のタロスから始めましょう。シノブ君はタロスを使えるのですね?」
「はい、使えます」
「今は何体位出せますか?」
「えーと、正確に数えた事はないのですが、魔法消費10%の指輪がなければ、今は多分6体ほどですが、指輪をつければ、最高100体以上を出した事があります」
「では、今回は魔力消費削減の指輪を使ってかまいませんので、まずは今ここで出せる限りを出してみてください」
「はい」
俺は指輪をはめると、ゴーレムを作り出した。
まずは1体、2体、3体・・・そこまで出した所で、エレノアに止められた。
「ああ、言い方が悪かったです。
私が言った「出せる限り」というのは、一回に何体出せるかという事なんです」
「一回?」
「はい、シノブ君は今タロスを一体ずつだしましたね?
それを一回の呪文で、タロスを複数だしてほしいのです」
「一回で?」
「はい、そうです」
「そんな事ができるの?」
「はい、練習すればできます。こんな風に」
そう言うとエレノアは軽く呪文を唱える。
「アニーミ・アロモーロ・ツェント・エスト」
すると、そこら中にゴーレムが出現して、俺はそのあまりの数の多さにビクッ!となった。いくつ出たかわからないほどだ。
そこら中の草原一帯が、西洋の甲冑のような姿をしたゴーレムで埋め尽くされている。
「なっ!?これ一体いくつ出したの?」
俺が驚いてエレノアに尋ねる。
一瞬でこれほどのゴーレムを出すとは凄まじい。
しかもその一体一体が、俺の土くれでできたヌボーッとしたゴーレムではなく、全てが西洋甲冑を身に纏ったキチッとした騎士のような格好をしているのも凄い!
まるで整然とした軍隊のようだ!
「これは百体ほどです」
そう言って、エレノアが軽くパチンと指を鳴らして呪文を唱える。
「エスティンギ」
すると、そのゴーレム達が全て一瞬にして、パアッと光となって四散して消える。
あ、やっぱり、魔法力が尽きる前に、自分でゴーレムを消す方法あるんだ?
それにしても百体以上ものゴーレムを一瞬で出して、またすぐ消すとは・・・
恐るべし!エレノア先生!
しかも一体一体があの精度、細かさ・・・しかし無茶を言うな!
初心者にそんな事ができる訳がないだろう!
「そ、そんな事、僕にはできないよ!」
震えながら声を出す俺にエレノアはやさしく声をかける。
「大丈夫、百体程度ならシノブ君にもすぐできますよ」
「そうかなあ・・・ちなみにエレノア先生は一辺に最高何体出す事が出きるの?」
「私ですか?
そうですね・・・質を問わないで、単なる戦闘用だとすれば・・・約三万体ほどですね」
「さっ・・?」
百体でも驚きなのに、三万体以上とは驚きを超えて、開いた口が塞がらない。
「慣れれば簡単です。
シノブ君にも百体位は、すぐにできますよ」
「ちょっと待って!
じゃあ、エレノア先生が1割消費指輪を使ったら、いっぺんに三十万体以上作れるって事?」
「やった事はありませんが、出す場所の広ささえあれば、おそらくそれは可能でしょう」
「・・・」
俺は驚いて言葉も出なかった。
一人で三十万体以上のゴーレムって・・・それはもう軍隊じゃないのか?
数個師団に匹敵するだろう?
いや、千体辺りを越えた時点で十分軍隊だろう。
一個大隊か、旅団級だ。
神様がレベルの高い人間は、一人でも町を滅ぼせるような事を言っていたが、ひょっとしてエレノアって、一人で町どころか、小規模の国だったら滅ぼせるのでは?
いや、間違いなく滅ぼせるはずだ。
エレノア・・・恐ろしい子・・・
「さあさあ、まずは2体から始めますよ」
こうしてゴーレム魔法の訓練が始まり、俺はその日の内に、指輪さえつければ、一辺に何とか百体のタロスを出現させる事ができるようになった。
「ほらね?できたでしょう?」
そう言って、エレノアは俺に微笑むのだった。
こうして俺のレベル上昇に従い、出せるゴーレムの数も2百体、3百体と増えていったのだった。