0346 アンジュの装備
俺たちがいつものキャンベル武器店に行くと、主人が愛想よく迎える。
「これはホウジョウ様、いつも御贔屓に」
「やあ、キャンベルさん。
また世話になるよ」
「はい、ありがとうございます」
「アンジュはどんな装備が良いんだい?」
俺の質問にアンジュは少々考えて答える。
「・・・私は木の棒と奴隷の服があれば、それで良いです」
「え?」
「いえ、奴隷の服は今着ていますので、わざわざ買う事もないです。
ですから木の棒だけで結構ですが・・・考えてみれば、その程度はその辺の木を削って、自分で作れますので、やはりそれも結構です。
無駄なお金を使う事などありません。
御主人様の気持ちだけで十分です。
わざわざ皆さんに御店まで一緒に御足労いただいて申し訳ございませんでしたが、装備は自分で作りますので、家に帰りましょう」
こりゃまた極端だ!
キャサリンは何が何でも高い物を買おうとしたが、この娘は全く逆で、一切お金を使おうとしない。
魔法が使えない自分に遠慮するのはわかるが、そこまで遠慮しなくてもいいのに!
「おいおい、そんな事言ったって、せっかく店まで来たんだ。
遠慮する事はないから、何でも欲しい装備や自分に合うと思う装備を言ってごらん?」
「でも、私はレベルが低いから力も全然ないので、剣や斧は振り回せないし、鎧だって着たら重くて動けません。
ですから結局装備といえば、魔法使いの装備しかありませんが、その魔法が使えないのに格好だけ魔道士になっても空しいだけです。
私は魔道士どころか、魔士ですらないんですから」
確かに一切魔法が使えないのだから魔士ですらないのは当然だ。
しかし、それを言ったらここに来た意味が無くなってしまう。
「まあまあ、そうは言っても格好を変えれば気分が変わるかも知れないよ?
このシルビアなんかは、ちょっと格好が変わっただけで、性格まで変わるんだから」
その俺の説明に驚いたようにアンジュがシルビアを見る。
「え?そうなんですか?」
「え?ええ、まあそうですね」
そう言いながらもシルビアは俺を睨む。
え?何か俺、ダメな事言った?
ボクはまた後で御仕置きですか?シルビア先生?
正直あまりそっち方向へ自分が開発されるのは怖いんですけど?
いや、すでに手遅れかも知れないけど・・・
それはそれとして今はアンジュだ。
「まあ、とにかくせっかく来たのだから魔道士の装備を買おうじゃないか?
別に魔法を使えなけりゃ、魔道士の服を着ちゃいけないという法律がある訳じゃないんだしね。
僕だって、一応魔法は使えるけど、魔道士でもないのに、ついこの間までは着ていた服の名前は「魔道士の服」だったんだからね」
「はあ・・・」
あまり乗り気でないアンジュを強引に魔法使いの装備の区画に連れていくと、少々興奮をし始める。
ああは言っても、やはり魔法使いマニアなだけあって、魔法使いの服には憧れているようだ。
これは気分転換のためにも、やはり魔法服を買った方が良いな。
アンジュはそこに並んでいる様々な魔法使いの服を見て、かなり興奮して話し始める。
「これは・・・素敵な魔法服ですね?」
「そうだろう?アンジュだって、これを着たらきっと似合うよ?」
正直アンジュの村では大した魔法服など売っていなかっただろう。
それが大都会のこのロナバールに来て、色とりどりな魔法使いの服を見て興奮するのもわかる。
しかし、やはりアンジュは、ため息をついてためらう。
「ああ・・でも・・・やっぱり、魔法も使えない魔人がそんな物を着ても・・・」
「まあまあ、それでも装備は買うつもりで来たんだ。
どれかを選んでごらんよ?
お金の心配は全然いらないからね?
金額は気にしないで、どれでも好きな物を選ぶんだよ?
こう見えても僕は結構お金持ちだから、どんなに高い物を買っても大丈夫だからね?
アンジュが買う品物くらい、どうって事無いよ?
金貨100枚を使ったって構わないさ!
だから安心して何でも買っていいよ」
俺がアンジュを安心させるためにわざと金持ちぶって見せると、アンジュもある程度安心したようだ。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言うと、アンジュはいくつかの装備を見て、考え始める。
その様子は嬉しそうで、目も輝いている。
俺はエレノアやシルビア、ミルキィとそっと小声で話す。
「やっぱり何のかんの言っても、魔法使いの服に憧れているみたいだね?」
「ええ、そのようです」
「そうですね、私も昔を思い出します。
私が初めて父に魔法使いの装備を買いに連れていってもらった時のようです」
「そうなんだ?」
「ええ」
「私も見ていて微笑ましいです」
「そうだね」
確かに目を輝かせて装備を考えているアンジュは見てて微笑ましい。
しかし種類が多すぎて、かなり迷っているようだ。
俺はアンジュに声をかける。
「アンジュ、急ぐ必要はないからね?
ゆっくりと好きな物を選ぶんだよ!」
「はい、ありがとうございます」
アンジュの返事を聞いて、俺はエレノアたちに話しかける。
「ま、生まれて初めての魔法服選びなんだ。
ここはかなり時間がかかっても待ってあげようよ」
「ええ、そうですね」
俺たちは娘か妹が初めての買い物に付き合う家族のように、アンジュが装備を選ぶのをのんびりと待っていた。
しばらくすると、アンジュは装備を決めたようだ。
選んだ装備を俺に持ってきて、恐る恐る許可を求める。
「お待たせしてすみません。
あの、これで宜しいでしょうか?」
それは魔道士と言うよりも、初心者の魔法士用の赤いワンピースのような服と、ほんのわずかなだけ魔法力が増幅する簡易魔石がついている魔法初心者用の杖だった。
もちろん値段は両方とも大した事はない。
2つあわせても、せいぜい大銀貨3枚という所だ。
キャサリンの買った装備の1%の金額にもならない。
「ああ、それで良いのかい?
遠慮しないで、もっと高い物でも良いんだよ?」
「いえ、これが良いです」
「そうか、ではそれを買っていこうか」
「はい、お願いします」
俺が支払いを終えると、アンジュは購入したばかりの服と杖をギュッと抱きしめる。
まるで、父親か兄に初めての買い物をしてもらったようで、本当に愛らしい。
嬉しそうに魔法士の服を抱きしめているアンジュに俺が提案する。
「そんなに気に入ったのなら、ここで着ていけば良いのに?」
「え?ここでですか?」
「ああ、別に問題はないだろう?」
「は、はい、そうですね」
「では着替えておいで、急がなくても良いからね」
「はい!」
「エレノア、シルビア、手伝ってあげて」
「はい」
「かしこまりました」
アンジュは試着室に行くと、奴隷の服から着替える。
魔道士であるエレノアとシルビアがそれを手伝う。
試着室から出てきた赤いワンピースを着たアンジュはなかなか可愛い。
手には魔法の杖を持っている。
「おお、よく似合うよ、アンジュ」
「ええ、とっても」
「かわいいですわ」
「素敵です」
「カッコいいですニャ!」
エレノアやシルビア、ミルキィ、ペロンも褒める。
そのアンジュの姿を見て、ふと、思いついた俺が提案をする。
「ああ、ちょっと待って!
・・・・キャンベルさん、これもください」
俺は帽子の棚にあった魔法使い用の黒い三角帽子を持ってきて購入する。
「はい、毎度ありがとうございます」
「さあ、アンジュ、これも被ってごらん」
「これを?」
アンジュが、俺の持ってきた黒いつばの広い三角帽子を被る。
赤い魔法士の服に、魔石のついている杖、そして魔法使い用の黒い三角帽子。
これで、いかにも魔法使いの少女という感じの女の子の出来上がりだ。
そのアンジュの姿を見た俺が感想を述べる。
「ああ、やっぱり!
似合うよ!アンジュ!」
「そうですか?」
「ええ、とてもよく似合いますよ。
アンジュ」
「本当です!」
「可愛いですよ」
「さっきよりもっとカッコいいですニャ!」
全員に褒められるとアンジュもその気になってきたようだ。
「そう・・・ですか?」
「ああ、自分でも鏡で見てごらん」
「はい」
そう言われてアンジュは自分の姿を近くにあった鏡で見る。
自分の姿を見たアンジュの表情がパアッと明るくなるのがよくわかる。
「ありがとうございます!みなさん!
ありがとうご・・・う・ううう・・・」
しかし嬉しそうに礼を言いながら鏡を見ていたアンジュが突然泣き崩れる。
一体どうしたのだろうか?
「どうしたんだ?アンジュ?」
俺はエレノアやシルビアとも目を合わすが、二人とも首を横に振る。
ミルキィやペロンも不思議そうにしている。
俺がアンジュに静かに尋ねる。
「アンジュ?何で泣いているんだい?」
「いえ、その・・・嬉しいのと、悲しいのが同時に来て・・・その、申し訳ありませんでした」
「嬉しいのと悲しいのが同時に?どういう訳だい?」
「その・・・私は魔法使いの服に憧れていたのですが、親にも魔法が使えないのに買っても意味がないと言われ、自分でももっともだと考えて、今まで着た事がなかったのです。」
「そうか・・・」
「でも今日初めてそれが着れて嬉しかったのです」
「良かったじゃないか?」
「ええ、でも今鏡でその自分の姿を見たら、やはり魔法も使えないのに、こんな魔法士の服を着ている自分が空しくて悲しくなってしまって、つい泣いてしまったのです。
申し訳ありません」
なるほど、そういう訳だったのか?
しかしこの格好が似合うのも事実だ。
「そうか、でもとても良く似合うよ?
今はそれでいいじゃないか?」
「はい、ありがとうございます」
アンジュは礼を言うが、その後で小さく独り言のように呟く。
「くっ・・・しかし私がこんな呪われた体で無ければ・・・
この呪いの封印を解く事さえ出来れば・・・」
え?呪いの封印?
何それ?
そんな物があるの?
俺は不思議に思ってエレノアとシルビアに聞いてみる。
「え?ねえ?エレノア、シルビア・・・
魔力欠乏症って、呪いの一種か何かなの?」
「いいえ、そのような事などございません」
「私もそのような話は聞いた事がありませんが・・・」
そのエレノアとシルビアの説明を聞いてアンジュが慌てて説明する。
「あ、いえ、気にしないでください!皆さん!
今のは何と言うか・・・独り言で言葉のあやみたいなものですから!」
「あ、そう?」
どうやら「呪い」だの「封印」だのはアンジュの勝手な妄想のようだ。
んん?・・・ひょっとして、この娘って中二病の気とかがあるのか?
まあ、いいか?
今までも魔法の使えない自分をそうやって慰めて来たのかも知れないし、そっとしておいてやろう!
何とかアンジュも気持ちを持ち直したようなので、俺たちはキャンベル武器店を後にして、途中でアンジュの下着や他の服や靴も買って、屋敷に帰った。
さて、これから食事と風呂だ。
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