0340 ペロンへのお詫び
結局、俺への躾とお仕置きは明け方近くまで続いた。
そして例によって翌日の昼過ぎになって起きると、食堂で食事をしながら俺はある提案をした。
「ねえ、我々はデフォードを正式に仲間にするべきじゃないかな?」
「そうですね」
エレノアも賛成する。
「今回のキャサリンの事に関して、彼は常に正解だった。
我々には彼のような一歩外側にいて、冷静な判断で、憎まれ役を引き受けてくれる人物が必要だと思うし、彼はそれに適役だと思う。
しかも今回、ペロンはうちから逃げて、その行った先が彼の所なんだ。
キャサリンと違ってペロンも彼には懐いているし、問題はないんじゃないかな?」
「それはまあ」
「そうですね」
シルビアもミルキィもそれには異論はないようだ。
「それに実は僕の前にいた世界に「八徴」という言葉があってね・・」
俺が八徴について説明すると、三人がうなずく。
「それは確かに理にかなった法則だと思います」
「ええ、そうですね」
「私もそう思います」
そしてエレノアがさらに説明をする。
「それに実は私とシルビアで、その「八徴」という物のいくつかはデフォードに試しております」
「え?どういう事?」
俺が質問すると、シルビアが説明をする。
「はい、実は私がデフォードに近づいて、エレノアさんを追い落とし、私と一緒にこの家を乗っ取ろうという計画をデフォードに誘いかけてみました。
そうすれば地位も財産も、その・・・私の体も含めて全て彼の物になるだろうと。
しかし、彼は即座にそれが欺瞞である事を見抜き、「自分は金と女では失敗しない男だ」という事を御主人様に伝えて欲しいと頼まれました」
「なるほど・・・」
流石にエレノアは人生長いだけあって卒がない。
俺の知らない所で二人でそんな事までしてくれていたとは、全くありがたい事だ。
「本当に僕は恵まれた人間だよ。
こんな三人にいつもそばにいてもらえるなんてね?
いや、三人だけじゃない。
ペロンもアルフレッドもキンバリーもミルファもみんなそうだ。
ありがとう!」
俺は深々とその場にいた4人に頭を下げた。
「いいえ、我々は当然の事をしたまでです」
「そうです、お気になさらないでください」
「私もいつでも御主人様の役に立ってみせます!」
「恐れ多い事です」
俺は4人に無言でうなずく。
つまり結果として、すでにデフォードは八徴をほぼクリアしている事になる。
しかもペロンの保証付だ!
奇しくもキャサリンとは、ほぼ逆の結果になった訳だ。
それならば、まず問題はない。
彼は信用は出来るだろう。
そう考えた俺は4人に確認をする。
「では、彼を正式に仲間に入れる事で良いね?」
俺の提案に4人はうなずくが、さらにエレノアが別の提案をしてくる。
「御主人様、それに関しては私に提案がございます」
「何かな?」
「良い機会ですから、これを機会に「青き薔薇」の結成式をして、正式に入団式をいたしましょう」
「結成式と入団式?」
「はい、彼のようなはぐれ者は口ではともかく、心の中では正規の儀式に憧れのような物を持っているはずです。
仰々しい式をすれば、彼は嫌がるでしょうが、忠誠心は上がるでしょう。
また我々も正式に結成式と入団式をする事によって気が引き締まり、士気も上がるでしょう。
そして今後も御主人様の配下や仲間は増えていくでしょうが、正式の配下の者と、仮雇いや傭兵との区別も必要になってきます」
「なるほど、その通りかも知れない」
「私も賛成です」
「私も」
シルビアとミルキィも賛成のようだ。
アルフレッドも無言でうなずく。
「では、そういった儀式は、エレノアとアルフレッドが詳しいかな?」
「はい」
「些少なれど」
「では、その儀式の様式は二人に任せる。
今回は「外組」と「内組」のみで、「食堂組」はまた別の機会にするとしよう。
あ、ミルファは内組、ペロンは外組扱いでね」
「承知いたしました」
「用意しておいて、今度デフォードが来た時に驚かせてあげよう」
「そうですね」
その日の内に俺の決断を促しに来たのか、デフォードがやってくる。
「やあ、大将、あの娘の算段はつきましたかい?」
「やあ、デフォード、良い所へきたね。
キャサリンは逃げたよ」
「逃げた?どういうこってす?」
俺はエレノアが金貨を使ってキャサリンを試した事、キャサリンがそれに乗って逃亡した事を説明した。
その話を聞いてデフォードが感心する。
「なるほど・・・そりゃエレノアの姐さんも思い切った事をしたもんだ」
「おかげでとんだ散財さ」
キャサリン自身の金額、それに装備に費やした金、小遣いとしてやった金貨、それらを合わせると170枚以上の損失だ。
俺が笑いながらエレノアに向かって話すと、エレノアが頭を下げて謝る。
「申し訳ございません」
「じゃあ、エレノアの姐さんを責めたんですかい?」
デフォードの質問に俺はさらに笑って答える。
「いいや、むしろ頭を下げて礼を言った」
「でしょうな、そこまで大将は馬鹿じゃない」
「照れるね」
「いやいや、そうでなきゃ俺がわざわざ子分になる訳ないでしょう?」
「まあ、とにかくキャサリンはいなくなったんだ。
ペロンにも説明をして安心させてやってくれ」
「奴も喜ぶ事でしょうよ。
こっちに帰りたいけど、あの女がいるから帰れないって、嘆いていましたからね」
「そりゃ、帰ってきたら謝らないといけないな」
「そうですな、せいぜい奴の大好物の魚を大盤振る舞いしてやってください」
「そうするよ。
それと君は今度の自由日に何か予定はあるかい?」
「いや、別にありませんな」
「それは良かった。
ではその日の昼近くにまたうちに来てくれないか?」
「ええ、もちろん構いませんとも
あの女がいないのならば、清々しい気持ちで来れますからね。
遠慮なく昼飯をたかりに来ますよ」
「ははっ、待っているよ。
じゃあペロンにもすぐ帰るように伝えておいてくれ」
「承知しました」
デフォードが帰った後、俺はふとある事を思いついて、鍛冶屋に行ってある道具を頼んでおいた。
一緒について行ったエレノアたちが、それを見て俺に質問をする。
「それは一体何でしょう?」
「不思議な形の道具ですね?」
「私にも何だかわかりません」
「はは・・・それは数日後のお楽しみさ♪」
そしてその帰りに魚屋へ寄って、たくさんの魚を買って帰った。
その日の内にペロンは喜び勇んで帰ってきた。
「ただいまですニャ~!」
機嫌よく帰ってきたペロンを俺が出迎える。
「やあ、ペロンお帰り、今回はすまなかったね?」
「あの女さえいなくなれば、ボクは別に構いませんのニャ」
「ああ、ペロンがわざわざあんなに忠告してくれたのに、悪かったね。
ごめんよ」
俺は平謝りだ。
しかしペロンはさほど気にしてはいない様子だ。
「ボクも匂い以外では御主人様たちに、上手く説明が出来なかったので、仕方がありませんニャ」
「僕はペロンに見捨てられたかと思ったよ」
「そんな事はありませんニャ。
ペロンはずっと御主人様のそばにいますニャ」
「うん、ありがとう。
これからはペロンの意見をよく聞いて、人を雇う事にするよ」
「ありがとうございますニャ。
でも、あんな酷い匂いの人間はきっと他にはいませんニャ」
「そんなに酷かったのかい?」
そういえばペロンはキャサリンに抱かれた時に気を失っていた。
それほど酷い匂いだったのか?
「そうですニャ。
あんな酷い匂いは、きっと奴隷女のサロメ位だと思いますニャ」
「なるほど」
確かにサロメは酷い奴隷女だったと聞いている。
方向性は違うかも知れないが、キャサリンはサロメ並だったという事か?
その日の晩御飯はもちろん魚料理だ。
刺身も出て、ペロンは御満悦だった。
例によって、箸で器用に刺身を食べながら俺に礼を言う。
「やっぱり刺身はおいしいですニャ!
御主人様ありがとうございますニャ!」
「はは、今日は久しぶりに魚をたくさん食べてね?」
「はい、とってもおいしいですニャ!
キンバリーさんもミルファさんもありがとうございますニャ!」
ペロンが調理をしたキンバリーとミルファに礼を言うと、二人もにこやかに答える。
「どういたしまして!」
「ええ、たくさん食べてね?ペロン?」
「ハイですニャ!」
そう答えると、ペロンは再び嬉しそうに魚料理を食べた。
数日後、俺は鍛冶屋に行くと頼んでいた物を持って帰り、それを使ってある物を作り始める。
それを見ていたキンバリーが俺に尋ねる。
「まあ、今度は一体何でございましょう?」
「はは、出来てからのお楽しみだよ。
これはペロンのお詫びに作るのさ」
「ペロンに?」
「うん、今回はペロンに迷惑をかけたからね。
ああ、僕とキンバリーも一緒に食べるから緑茶を用意しておいて」
「かしこまりました」
俺はそれをいくつも作り始める。
炭火の上でガチャガチャとその特殊な道具を転がして、汗をかきながら作業をする。
実際に作るのは初めてなのだが、作り方はよく知っているので、最初は少々失敗したが、すぐにコツを覚えて、ちゃんとした物が作れるようになってきた。
それがいくつか出来上がるとペロンを呼ぶ。
「ふう・・・まあ、こんなもんか?
お~い、ペロン!
良い物をあげるからおいで!」
俺が呼ぶとすぐにペロンはやってきた。
「なにかニャ?」
「これをペロンにあげようと思ってね」
そう言って俺は作った物の山を見せる。
途端にペロンは目を輝かせる。
「あ、サカニャにゃ!」
それは俺が作った「鯛焼き」の山だった。
しかもそれは一匹一匹を回しながら焼く、いわゆる「天然物の鯛焼き」という奴だ。
俺の生まれた家の近くに、たまたまこの鯛焼きで有名な老舗の店があって、俺は小さい頃からその店に行く度に焼く所を熱心に見ていたので、いつのまにか焼き方を完全に覚えてしまっていた。
ペロンは魚が好きだし、和菓子も好きなので、魚の形をしたこれも好きだろうと判断して作ってみたのだった。
「はは・・まあ、本物の魚じゃないけど、これはお菓子なんだ。
食べてみてよ」
「はいですニャ」
ペロンは一つ鯛焼きを取ると食べ始める。
一口食べると嬉しそうに叫ぶ。
「おいしいですニャ!」
「ああ、それは良かった」
おそらく気に入るだろうとは思っていたが、ペロンが鯛焼きを気に入ってくれたので、俺はホッとした。
汗を流して作った甲斐があったというものだ。
「ペロンは御主人様の作るお菓子が大好きですニャ!
しかもこれはサカニャの形をしていて、とても嬉しいですニャ!」
「うん、これはこの間のお詫びなんだ。
ペロンの言う事を聞いてあげられなかったからね」
「ペロンはそんな事は気にしていませんニャ!
でもそれのおかげでこれを食べられたのなら嬉しいですニャ!
これは凄くおいしいですニャ!
ペロンはこれをプリンと同じくらいに気に入りましたニャ!」
「うん、また時間があれば作ってあげるからね」
「ありがとうございますニャ!」
「ええ、私もこれは気に入りましたね!」
キンバリーも気に入ったようだ。
まあ、キンバリーは汁粉が好きだから当然か?
俺はもう一度鯛焼きを焼くと、次はエレノアたちも呼んで、一緒にみんなで鯛焼きを食べた。
「これは面白くておいしいですね?」
「うん、これは僕の国にあるお菓子の一つでね。
「鯛焼き」って言うんだ」
「タイヤキですか?」
「とてもおいしいです!」
「ええ、そうね」
「ふむ、中々の味でございますな」
皆が気に入ったので、うちのおやつにはたまに鯛焼きが出る事となった。
これはいよいよ本格的に小豆の生産が必要になってきたなあ・・・
そして俺たちは結成式のための用意を色々と始めた。