0333 キャサリンと盗賊
キャサリンが四人組の盗賊に襲われている画面を見て俺が質問をする。
「一体、どうしたんだい?」
俺の疑問に、今度はエレノアが答える。
「はい、あの後、しばらくキャサリンは呆然としていましたが、やはり一人で迷宮に入る度胸もなかったようで、トボトボとこちらに向かい始めました。
そしてついさきほど盗賊に出くわしたのです」
「なるほど、しかし森に出る盗賊程度なら、今のキャサリンのレベルと装備なら何とかなるんじゃないのか?
・・・いや、やはり無理か?」
キャサリンのレベルは現在50を越えている。
しかも武器防具は、全て攻撃力も防御力も高いミスリル系だ。
森の盗賊は一般的にさほどレベルは高くなく、高い方でも40程度だ。
装備も大した事はない。
それが4人程度なら、何とかなるのではないだろうか?
最初はそう考えた俺だったが、それはやはり無理だと考え直した。
俺のその考えに同意してエレノアとシルビアが話す。
「そうですね。
それはあくまでレベルと装備に見合った技と心を持っていればです。
今の彼女は「上げ屋」にレベルを上げてもらった連中と同じですから。
いえ、おそらく、それ以下でしょう」
「ええ、彼女の現在の実力はレベルで言えば、おそらく35前後でしょうが、それはあくまで魔物相手であって、精神的な駆け引きや、連携が必要になる人間が相手では、レベル20の相手でも厳しいでしょう」
「そうだろうね」
二人の説明に俺もうなずく。
確かに今のキャサリンのレベルは51で、森に出没する盗賊よりもレベルが高い可能性は大きい。
装備も全てミスリル装備だが、明らかにそれに技がついていっていない。
ましてやそれを制御する精神力が皆無に近いのだ。
それは「上げ屋」にレベルを上げてもらった連中と同じだ。
いや、自分では天才的に強いと思い込んでいるだけ、よりひどいかもしれない。
対人関係の戦闘経験が無きに等しいキャサリンに対して、レベルが低いといえど、百戦錬磨の盗賊が相手では果たして結果がどうなるかはわからない。
この世界でレベルは実力を測る重要な基準の一つではあっても、決してレベル=実力ではないのだ。
俺たちはキャサリンと盗賊たちの戦いを見守った。
案の定、レベルだけが高く、経験不足のキャサリンは盗賊たちに梃子摺っている様子だ。
しかし四人の盗賊の方も、手加減をしているように見える。
「盗賊も手加減しているのかな?」
「そうですね、おそらく見栄えと格好から、キャサリンをどこかの駆け出し女騎士か、貴族の御嬢様の気まぐれ魔物退治と見て、無傷で手に入れようとしているのでしょう。
彼らはあきらかに自分たちよりレベルが上の相手を連携で翻弄するのになれています。
身代金をとるにしろ、奴隷として売るにしろ、無傷の方が都合が良いですからね」
「なるほど、しかし捕まえて奴隷だとわかったら?」
「その場合は身包み剥がされて犯された上に、腹立ち紛れに殺される公算が高いですね。
奴隷と分かれば売る事も身代金をせしめる事も出来ない訳ですから。
盗賊としては苦労の割りに、稼ぎが無かった事になる訳ですからね」
すでに奴隷な者を、さらに奴隷として売る事は出来ない。
ましてや身代金など取れよう筈もない。
それほど大切な奴隷ならば、一人で魔物や盗賊の跋扈する場所へ行かせる訳などないからだ。
家の中で大切に囲って守っておく事だろう。
俺だってミルキィやシルビアを一人で買い物に出す時は、ふと心配になる時があるくらいだ。
まあ、その点ではエレノアには何の心配もないけれど。
しかし、貴族の御嬢様だと思っていた獲物が、ただの格好が良いだけの奴隷と分かれば、盗賊たちも騙された気分になり、容赦はしないだろう。
身包みを剥ぐだけで収まるはずもない。
何しろ慰み物の戦利品として自分たちの隠れ家に連れ帰る事も出来ない。
奴隷ならば、主人がその場所を探知出来る。
こんな状況では彼女の存在自体が自分たちを釣る囮の可能性が高いからだ。
そんな危険な物を自分たちの隠れ家に持って帰れば、場所が割れて当局に捕まるかも知れない。
盗賊たちもそんな愚は冒さないだろう。
「なるほど、しかしキャサリンには「アレ」があるんだから大丈夫だろう?」
「ええ、覚えていればですが」
そうこうしているうちに、ついに力尽きたキャサリンが盗賊たちに捕まる。
キャサリンの上っ面のレベルよりも、盗賊たちの連携力の方が上回ったようだ。
ミスリルの剣と盾を奪われ、鎧に手をかけた所で、盗賊たちが布に巻かれて隠されていた奴隷の首輪を見つける。
盗賊たちはキャサリンが奴隷と知って動揺したらしく、動きが止まる。
「盗賊たちは、キャサリンが奴隷なのを知って驚いたようです。
キャサリンに色々と質問をしているようですが、彼女はのらくらと答えて要領を得ません。
いらだった盗賊たちは、まずはキャサリンの身包みを剥ぐ事にしたようです」
キャサリンは絶体絶命だ!
このままキャサリンは盗賊たちに身包みを剥がされて犯された上で、殺されてしまうのだろうか?
だがそれも今日の本人の行動の結果なのだ。
仕方がない。
せめて仲間たちと一緒だったならば、盗賊にも襲われずに済んだだろうに・・・
そして盗賊たちがキャサリンのミスリル鎧に手をかけて脱がそうとした。
しかしその瞬間、キャサリンが叫んだ。
何を叫んだのかは俺にもわかった。
「助けて!御主人様!」
キャサリンはそう叫んだのだ。
意識して叫んだのか、偶然声に出したのかはわからない。
どちらにせよ、途端にキャサリンが鎧に装着していたマギアグラーノが反応し、その場にゴーレムが出現した!
こんな時のために、俺が念の為に持たせたレベル150のレンガ型の戦闘用上級タロスだ。
突然のゴーレムの出現に、盗賊とキャサリンは双方ともに呆然する。
しかし即座に状況を理解したキャサリンが、ゴーレムに命令する。
「こいつらをぶちのめしなさい!」
キャサリンの命令を受けると同時にゴーレムは盗賊たちに襲い掛かる。
レベル150の戦闘用上級タロスが相手では、いくら何でも盗賊たちに勝ち目はない。
最初盗賊たちは戦おうとしたが、二人があっさりと殺されると逃げにかかる。
しかしキャサリンは逃がさず、残りの二人を追いかけて、一人をあっさりと捕まえる。
そして相手の持っていた剣を奪い取り、その剣で容赦なく相手の首を叩き落す。
残りの一人はゴーレムが片付けており、キャサリンは盗賊に勝利した。
あまりにも突然に状況が逆転したせいか、キャサリンはしばらくは呆然としていた様子だったが、その後でいきなりケタケタと笑い始めて、死体に向かって何か叫んでいるようだ。
「何て言ってるんだい?」
俺がエレノアに聞くと、エレノアが説明し始める。
「彼女はこう言っています。「私を襲うなんて馬鹿な事をするからこうなったのよ。自業自得だわ!罰が当たったんだ。ざまあみろ!」と・・・」
「ほう~?むしろ俺には奴が盗賊に襲われた時が罰だと思ったんですがね?
違いますか?大将?」
デフォードの言葉に俺が苦笑する。
「まあ、そういうな」
一通り、文句を言うとスッキリしたのか、キャサリンは自分の武器と防具を盗賊たちから奪い返す。
全て奪い返したキャサリンは、そのまま去ろうとしたが、何を思いついたのか、今度は盗賊の体をまさぐり始めた。
「何をしているんだ?」
「盗賊の身包みを逆に剥いでやろうって事でしょう」
デフォードの答えに俺も納得した。
「なるほど」
果たしてキャサリンは盗賊の頭らしい男から金袋を見つけると中を確認した。
そこには金貨が何枚か入っていて、キャサリンは大喜びだ。
その後残りの三人の懐を探ると、全部で金貨が数枚と、いくばくかの大銀貨と銀貨が出てきたので、キャサリンは満足げだ。
「はっ、なるほど、奴にしちゃ上出来だ」
「しかし、これではどっちが追剥だかわからんな」
「ま、どっちもどっちでさあ」
「ううむ・・・」
確かにキャサリンがやらなければ、逆に盗賊4人にやられていたのだ。
多勢に無勢だったし、文句を言われる筋合いがないのはわかるが、どうも腑に落ちない。
さらにキャサリンは売れば金目になると考えたのか、盗賊たちの剣や盾も持っていく気のようだ。
背袋から自分が持っていた大きな袋を出して、その中に盗賊の持ち物を入れ始める。
さすがに鎧の類は大きすぎて諦めたようだ。
剣や盾など、目ぼしい鹵獲品を入れて、袋の口を縛って結ぶが、それでも相当重いらしく、何かを捨てようかと考え込んでいたが、やがてそばにいたゴーレムに命じて袋を持たせて歩き始める。
「あんにゃろう、戦闘用タロスを荷物持ちにしやがった・・・」
「まあ、使い方は自由だから構わないがね」
森の入り口まで辿り着いたキャサリンは、待っていたロナバール行きの馬車に乗り、街の道具屋へと向かった。
馬車の後から袋一杯の荷物を持ったタロスも走って着いて行く。
タロスの馬車代まで払うのは馬鹿馬鹿しいと考えたのか、キャサリンが自力で馬車の後を着いて来るように命令したようだ。
町の道具屋に着くと、そこでタロスの持っていた武器防具や迷宮で集めた品物を全て出して、交渉を始める。
交渉は中々長引いて、その間に時間が来て、タロスは消滅してしまった。
エレノアが状況を説明する。
「キャサリンはもっと高く買い取って欲しいと言ってますが、道具屋は武器防具を盗品と見て、値を下げています。
キャサリンは文句を言っていますが、さすがに疲れていて、荷物持ち役のタロスが消滅してしまったので、他に持っていく気力もなく、相手の言う値段で折れました」
それでも大銀貨5枚程度になったらしく、これでキャサリンは一日で、相当の金額を儲けた事になる。
これは俺の予想以上の相当な稼ぎだ。
もっともこれはキャサリンの稼ぎというよりもゴーレムの稼ぎだ。
ついでに大銀貨の枚数が多かったので、この店で金貨と両替もしたようだ。
「ずいぶん儲けたじゃないか?」
「そうですね」
俺の言葉にエレノアもうなずく。
「しかし大将、あれは奴の稼ぎというよりも、ゴーレムの稼ぎでしょうが?」
「まあ、ねえ・・・」
やはり、デフォードも俺と同じような事を考えていたようだ。
その後、キャサリンはうちに戻ってくるかと思いきや、なぜか街の裏道に入り、誰かと何事か交渉をしている。
「何をしているんだ?」
「街の情報屋と何かを話している様子ですね。
銀貨を渡して何かを聞いています。
何を聞いているかまではわかりませんが・・・」
「ふうん?」
やがてキャサリンは話を聞き終わると、ガックリとした様子で表通りへ出てきた。
自分の欲しかった情報が手に入らなかったのか、それとも聞いても自分の希望するような情報ではなかったようだ。
そこで今度は町の喫茶店のような場所に入り、そこで寛いでいる様子だ。
その様子を見て、ミルキィが呆れた様子で話す。
「あんな所で休むくらいなら、うちに帰ってくれば良いのに・・・」
「まあ、彼女はあれが寛ぐのかもしれないな」
俺がそう言うと、全員がため息をつく。
「私だったら一目散に帰って来て、御主人様に抱きしめられたいのに・・・」
「あはは、ミルキィならそうだろうね」
俺がミルキィは相変わらず忠犬で可愛いなあと思って、思わず横にいたミルキィを抱きしめて頭を撫でていると、デフォードが俺に話しかける。
「おや、大将、奴さん何か始めましたぜ?」
デフォードの言う通り、キャサリンは金袋を取り出すと、金を数え始めて、何かを考え込んでいる様子だ。
全部で金貨が十枚と、大銀貨と銀貨、大銅貨、銅貨が何枚かある。
「今度は一体何をしているんだ?」
俺の疑問にシルビアも同じような事を話す。
「今日の稼ぎを計算しているのでしょうか?」
しかし、その言葉にエレノアはさらに疑問を投げかける。
「それにしては変ですね?
数え終わった後で、何かを考え込んでいるように見えます」
そのうちにキャサリンは何かに納得したように一人でうなずくと、金貨3枚と銀貨・銅貨を全て元の袋に入れなおすと、残りの金貨7枚を別の小袋に入れて自分の懐に入れた。
その途端、驚いたようにデフォードが叫ぶ。
「なんだ、こいつ!
ひょっとして、いくらちょろまかすかの計算をしていたのか?」
「呆れ返りましたね!」
シルビアも頭を横に振ってため息をつく。
どうやらデフォードの言った通りで、キャサリンは金貨7枚を自分の物としたようだ。
これは完全に俺に対する背信行為だ!
今日のキャサリンの稼いだ物は、全て奴隷の主人である俺の物だ。
それを主人である俺の判断も仰がずに勝手に一部を自分の物にするのは、背信行為だ!
言うなれば店員が店の売り上げを誤魔化して着服するのと同じ行為で犯罪だ。
その後は店を出ると、足取りも軽く、うちへ帰ってくる様子だ。
キャサリンがうちの門の前まで来たのを確認すると、俺が映像を切って、立ち上がって一同に話す。
「みんな、これから僕が彼女と話すが、キャサリンが何を言っても、知らぬ存ぜぬで通してくれよ?
どんなに呆れて腹が立ってもだ」
「わかりました」
「すでにかなり呆れていますけどね」
「わたしもです」
俺の指示に、全員すでに呆れ顔だ。
「アルフレッド、彼女を出迎えてやってくれ。
我々はここで待っているから」
「かしこまりました」
そう言ってアルフレッドが玄関に向かう。
いよいよ秘書補佐代行見習い心得様の凱旋だ!
一体、どういう報告が聞けるだろうか?




