0033 エレノアの魔法教育
次の日からまずは魔法の勉強が始まった。
宿の自分が泊まっている部屋を教室に使ったエレノア先生による個人授業だ。
「それでは本日から魔法の勉強をいたしましょう」
昨日に道具屋で部屋に入る位の大きさの黒板と白墨も買ってきて、それを使って説明しながら授業を進める。
「はい、エレノア先生、よろしくお願いします」
「エレノア先生はおやめください。
御主人様、私は奴隷なのですから」
「いえ、例え奴隷でも、教えを乞う人には「先生」だと思います。
僕が自分自身を戒めるためにも、どうか「先生」と呼ばせてください。
それと授業中は僕の事を御主人様と呼ぶのもやめてください。
シノブで十分です」
俺の説明にエレノアもうなずいて納得する。
「わかりました。御言葉に甘えて、そうさせていただきます。
ではシノブ君、まずは魔法の初歩的な講義から参りましょう。
魔法使いの学校に初等、中等、高等の3種類があるのはご存知ですね?」
「はい、それぞれ卒業すると、魔法士、魔道士、魔法学士になれるんですよね?」
「その通りです。
まず「魔法使い」というのは、正規、非正規を含めて魔法を使う人間の総称ですね。
ただし俗称です」
「俗称?では正式にはなんというのですか?」
「あまり使いませんが、魔術士ですね」
「まじゅつしですか?」
「ええ、大抵は魔法使いと言いますから」
「なるほど」
「正規の魔法使いの総称はありませんが、初級学校を卒業していれば魔法士、中等学校を卒業していれば魔道士なので、大抵はこのどちらかで呼ばれますね」
「高等学校を卒業してもですか?」
「ええ、一般に魔道士になれば一人前とみなされるので、中等学校以上を卒業した場合は、何の称号を持っていても、全て魔道士と言われるのが普通ですね。
そういう意味では一人前の正規魔法使いの総称は、魔道士と言っても過言ではありません」
「わかりました」
「それと魔法学士以上の称号を持っている人の場合は、全部まとめて上級魔道士と総称する場合もあります」
「なるほど」
「そして非正規の魔法使いの総称は、正式には「魔士」と言います」
「マシ?」
「ええ、こちらは魔術士と違って、結構使う場合がありますね」
「どういった場合ですか?」
「まず魔法使い、すなわち魔術士の世界には魔法検定という物があって、それぞれ自分がどの段階にいるかわかるような等級があるのです。
火炎魔法でしたら1級から9級まで、使役物体魔法でしたら1級から7級まであります」
「はい」
それは魔法大全にも書いてあったので、ある程度は知っている。
「そこでそれぞれの称号と等級を組み合わせて表現する場合があるのです」
「組み合わせて?」
「はい、例えば1級の航空魔法を使える魔道士がいれば、それは1級航空魔道士と名乗れますが、魔道士の資格がない魔法士の場合は1級航空魔法士となります」
「では、その人が魔法学士だった場合は、1級航空魔法学士となる訳ですか?」
「その通りです。
しかしこの場合に検定だけ受かって正規の魔術師の最低の称号である魔法士の資格すら持ってない場合は、公称としては「1級航空魔士」と名乗る事になります。
もっともそんな人はまずいませんが・・・」
「なるほど、魔士というのはそういう場合に使うのですね」
「そうです。
ですから5級の冷凍魔法の検定に受かっている人ならば「五級冷凍魔士」になりますし、何も検定に受かっていないのに名乗る場合は、公式には冷凍魔士とか火炎魔士と名乗る事しか許されません。
勝手に「火炎魔道士」や「冷凍魔法士」などと名乗れば、それは魔法協会規則違反となって罪になります」
「なるほど」
「もっとも実際には本人、つまり非正規の人たちは「魔士」という言葉はあまり使わず「火炎魔法使い」「航空魔法使い」などと自称するのが一般的ですね」
「そうなんですか?」
「ええ、魔士というよりも魔法使いと言った方が、世間の通りも良いですし、魔法使いと名乗れば正規非正規関係ありませんが、魔士と名乗ると、いかにも非正規という感じが出るので嫌がる人もいますね」
「そういった魔士の人たちは正式な検定を受けないのですか?」
「そうですね。
もちろん受ける人もいますが、手続きが色々とあるので、面倒がったり、検定にお金が多少かかる事や、期日や場所が限定されるので、受けにくい現状というのもあって、受けない人が多いのも事実ですね。
それと一番決定的なのは、正規と非正規の認識の違いです」
「認識の違い?」
そういえば、シルビアさんも似たような事を言っていたな。
「はい、特に航空魔法や物体使役物体魔法で、その違いの差が顕著です。
例えば航空魔法は正規の検定では、まず浮遊魔法から始まり、それに推進魔法を付加する、つまり空を飛ぶには2種類の魔法が必要となります。
しかし正規の魔法を習わない人々の間では、飛行魔法と言うからには、ただ空を飛べればそれで良いという認識を持っている人が多くいます。
その結果、非正規では「弓矢飛行」という飛び方をする航空魔法使いが少なからずいます」
「弓矢飛行?なんですか、それは?」
初めて聞くその言葉に対して、俺はエレノア先生に質問した。
「弓矢飛行とは浮遊魔法を使わずに推進魔法だけで強引に飛ぶ方法です。
もちろん、これでも空は一応飛べますが、飛び方も不安定で、制御も困難なので、正規の授業や検定では認められていません」
「なるほど」
要は弾丸やロケット花火のようなものか?
「言うなれば我流、もしくは邪道な飛び方な訳です。
この飛び方は世間一般ではそれなりに広まっていますが、もちろんお勧めはできません」
「そうですね」
「しかも人によっては、制御の難しい、弓矢飛行で飛ぶ事の方が、より上級者だと勘違いをして正規の飛行方法を軽んじて馬鹿にする人さえいます。
もちろんそんな事はなく、魔法協会は正規の飛行方法を広めるべく努力はしているのですが、弓矢飛行の方が単純で、一つの魔法を覚えるだけで飛べるという魅力もあって、根強い人気があるので、未だにそういった誤った考え方を撲滅する事は出来ていないといった所ですね。
シノブ君はそのような飛び方はしないようにお願いします」
「はい、わかりました」
「こうした弓矢飛行の飛び方では魔法協会の検定が通らないので、弓矢飛行しか出来ない人からは不満が出て、「なぜ弓矢飛行を公式に認めないのか?」という苦情が、魔法協会にはよく来るそうです。
しかし例えば事故率をとっても、飛行魔法の事故の実に8割以上が弓矢飛行の使い手だという数字の結果から見ても危険なのは明らかです。
それを正規の教育を受けていない人の中には理解しない人もいるのです。
そして魔法学校では魔法だけでなく、魔法を使う事による意義や道徳を教えるのですが、そう言った人たちは魔法学校では魔法だけを教えれば良い、
そのような魔法以外の事を教えるのは余計な事だと考える人がいます」
「なるほど、それが正規と非正規の認識の違いという訳ですね?」
「はい、その通りです。
それを顕著に表す言葉が「マギア・デーヴォ」という言葉です」
「マギア・デーヴォ?」
それは一体どういう物だろうか?




