0320 新たなる奴隷
サクラ魔法食堂本店も軌道に乗り、順調となった。
運営は基本的にクレイン、カーティス、デイジーの3人がして、俺とエレノアは報告を聞く程度となった。
そして迷宮の店や協会、組合の支店も基本的には本店が中心となって動くようになったために、にぎやかだった俺の屋敷は随分と静かになった。
メディシナーから来た、後発組の屋敷での教育も終わり、食堂組は全員本店の寮に引っ越したからだ。
今や俺やエレノアも、店員たちに講義をする時には魔法食堂の本店に出向いている。
うちも完全に食堂組である「サクラ魔法食堂」と、外組の「青き薔薇」に分かれた感じだ。
そこである日の午後、俺はみんなに提案してみた。
「魔法食堂の人間たちも全員引っ越して、この屋敷も人が少なくなった事だし、久しぶりに散歩がてら奴隷商館に行ってみようか?」
エレノアによれば、あとまだ2・3人は優秀な奴隷がいた方が良いと言う。
俺もエレノアの助言に従って、まずはもう一人奴隷を購入してみる事にした。
「そうですね」
「賛成です」
「私もお供します」
「ではみんなで行こう」
俺がその場にいたエレノア、ミルキィ、シルビアを誘う。
「かしこまりました」
「あれ?そう言えばペロンは?」
俺の疑問にアルフレッドが答える。
「確か、先ほど眠いと言って、自分の部屋で寝ると言っておりましたが?」
「そうか、じゃあ起こすのもかわいそうだから寝かせておこう」
「さようでございますね」
俺たちはペロンを置いて、奴隷商館へと向かった。
バーゼル奴隷商館に着くと、いつも通り、アルヌさんが出迎える。
「いらっしゃいませ!
シノブ様、今回はまた奴隷の下見と言う事で?」
「ええ、そうです」
「では、いつも通り、一般の中からどうぞ」
アルヌさんが俺たちを奴隷部屋に案内する。
そこで、俺は一人の平人の美女が目に留まった。
見た目の年齢は20代前半で、くすんだ金髪の美人だ。
その美女は俺と目が合うと、まだアルヌさんに紹介もされていないのに、こちらを気にいった様子で売り込んでくる。
「初めまして!
私、キャサリンと言います!
とても御買い得なんですよ!」
「え?」
会うなり、いきなり自分を売り込まれた俺は驚く。
もっとも雰囲気は違うが、エレノアもこんな風に自分をいきなり売り込んできたか?
「これ!キャサリン!よさないか!」
慌ててアルヌさんが奴隷娘を止める。
「申し訳ございません、シノブ様、この奴隷はまだ奴隷教育の途中なのですが、どうしても、売り部屋で並べて欲しいとせがまれまして・・・」
「そうなんだ?
ははっ、ずいぶん積極的な娘さんだね?」
アルヌさんに止められても、その娘はめげずに自分を売り込んでくる。
「でも、私は本当に御買い得なんですよ!
御料理も御洗濯も御掃除もちゃんとできますし、計算だって得意なんです!
夜だって凄いですよ!」
「そうなの?」
俺にはすでに3人も優秀な奴隷がいる。
はっきり言って、ちょっとやそっとの能力では大した事はない。
試しにこの娘を鑑定してみた。
平人 女性 レベル10 27歳
うん、レベル的には年齢からすれば普通か?
いや、少々低いか?
才能は
知力62 魔力28 魔法感覚32 体力38 力27 格闘感覚37 敏捷性36
ふうむ、才能は中の上か、大まけにまけて、中の上の上・・・いや、やっぱりただの中の上って所だな。
まあ、どちらにしても悪い訳ではない。
むしろ良い方だろう。
平人の能力の平均値が仮に100とするならば、全てが110と言ったところか?
少なくとも数値が平均以下の部分が一つもないのは優秀だ。
特に知力は高い方だろう。
全体的に少々見劣りがするのは、はっきり言って、うちの面子が凄すぎるだけで、この娘のせいではない。
「うん・・・まあ、悪くはないようだね」
「でしょう?いかがですか?」
一生懸命売り込む娘に対してアルヌさんがたしなめる。
「これ、やめないか!はしたない!」
「アルヌ様だって積極的に売り込むのも仕事だって言ってたじゃないですか?」
「節度を保てと言っているのだ!
申し訳ございません、シノブ様、
この奴隷はいつもですと、もう少しおとなしく引っ込んでいるのですが・・・」
「そうなんだ、で?この子の言っている事は本当なの?」
「ええ、まあ・・・確かに頭は良く、家事全般はそこそここなしますが・・・」
どうもアルヌさんの言葉は歯切れが悪い。
「何か問題が?」
「はあ、その・・・御調子者と言うか、よく言えば、要領が良いともいえますが、正直言っていささか、小賢しいというか、目先の事しか考えない部分がございまして、あまりシノブ様におすすめはできかねます」
「ひっどーい!アルヌ様!」
しかし、そのめげない態度に俺は少々興味を惹かれた。
「ふむ、この娘はいくらなの?」
「はあ、一応一般の中で若く、容貌も良い方なので、金貨100枚ではございますが・・・ただ、特に何もこれと言った技能がないために、本来でしたら、一般の並なのですが、全てを平均以上にこなす事と容貌が良いこと、そして何より本人の強い希望で、一般の中になりました」
アルヌさんの説明に、この娘は得意げに答える。
「何でもこなすって事は、全てが特技って事じゃないですか?
私、本当は一般の上にして欲しいって言ったんですよ?
でも、上は何かしら特殊技能がなければ、絶対になれないと言われて仕方なく中になったんです」
一生懸命自分を売り込む娘に対して、アルヌさんは渋い顔だ。
しかし確かに美人なのは間違いない。
年齢も27・・・シルビアより10歳下で、ミルキィより10歳年上、ちょうど二人の中間か・・・まあ、エレノアは論外だけど・・・そして、才能は確かに悪くはないと・・・ふむ・・・
「彼女はどうかな?」
俺が信頼する3人の美女たちに聞く。
「そうですね、御主人様が御望みであればよろしいかと」
「私もそれで異存はありません」
「まあ・・・そうですね・・・」
そう言いながらも3人は無表情だ。
あれ?反応が良くないね?
別に相手が美人だからって訳でもないだろうし、何だろう?
もっとも確かに強く勧めるほどの人材ではないか?
まあ、でもこれだけ懐いてくるんだし・・・
今までに比べれば、値段もそんなに高くはないから買ってみるかな?
もっともこれが普通で、この三人が高すぎただけか・・・?
いや、違う!
イカン!イカン!
よく考えてみれば金貨100枚は、奴隷としても高い方のはずだ。
どうも最初に買った三人があまりにも凄まじい値段だったので、俺の奴隷値段感覚も麻痺しているようだ。
何しろ一番金額が低かったミルキィですら、金貨200枚を超えているからなあ・・・
俺は、ふとこの娘に質問をしてみた。
「戦闘は出来るのかな?」
俺の質問にキャサリンは元気よく答える。
「それはした事がないですけど、私運動神経は良い方なので、大丈夫だと思います!」
うん、確かにそれは嘘ではないしな。
鍛えれば、そこそこ迷宮でも使えそうだ。
「どうぞ、お願いします、私、一生懸命に働きますから!」
ふ~む、これだけ懇願されると、俺も悪い気はしない。
仮に迷宮でついて来れなかったとしても、家事の方に回せば良いだろうしな。
ミルファさんは副家政婦長だけど、寮監も兼任しているから、キンバリーにもジャベック以外に一人くらい専門の手伝いがいても良いだろう・・・
下働きの奴隷が金貨100枚と言うのも高い気がするが、あくまで迷宮でついて来れなかった場合だ。
その場合は、俺に見る眼と運が無かったとあきらめるか・・・
俺が迷っていると、この娘はさらに懇願してくる。
「必ず!必ずお役に立ちますから!」
ここまで懐かれたのなら買うか・・・
うん、よし!買おう!
「では彼女を買おう」
俺がそう決断して購入を希望するが、驚いたことにアルヌさんの歯切れが悪い。
「よろしいのですか?
商人の私が言うのもおかしいですが、正直この娘は、シノブ様にふさわしいとは思えないのですが・・・」
おや?
いつもは熱心にすすめてくるこの人が、こんなに渋るとは?
珍しいな?
「何か問題でも?」
「いえ、今の所はお調子者で、少々ずうずうしいという以外は問題というほどの事もないのですが・・・
何しろまだ入荷したばかりの教育中でございまして、まだ私も完全にこの娘の事を把握している訳ではございませんが、どうも行動にも色々と気になる点があるのです・・・
正直、私の奴隷商人としての勘のような物で、はっきりとした根拠は無いのですが・・・
やはりあまりお勧めいたしません。
シノブ様には特にです。
私はまだシノブ様とはお付き合いも短いですが、それでもシノブ様が、奴隷にも品格と礼節、そして教養を求める方だと言う事は十分承知しております。
事実、シノブ様が現在所有している三人は、全員がそれを持ち合わせてございます。
しかし、このキャサリンにはその全てがございません。
単に容貌が良い性奴隷などが希望のお客様でしたら、私も喜んでお勧めもしますが、シノブ様とこのキャサリンの相性が良いとはとても思えません。
この娘の場合、もう少し様子を見て、状況によっては、売り方を変えようかと考えているほどでして・・・」
本当に今日のアルヌさんは歯切れが悪い・・・と言うよりも、このキャサリンがそんなに俺と合わないのだろうか?
「そんなに僕とは合わないかな?」
「さようでございますね。
私はそう思います」
しかし、ここでキャサリンが強引に割って入ってくる。
「そんな事ありません!
私はちゃんと礼儀だってわかっているし、知識だってそれなりにありますよ!」
そのキャサリンの言葉に、アルヌさんが苦々しく答える。
「そう言った部分が品格と礼節が無いというのだ」
「でも・・・!」
まだ何か言おうとするキャサリンを俺が止める。
「まあまあ、二人ともそこまでにして、その辺はこっちで教育するから良いよ」
なんと言ってもうちには優秀な教育係がいるのだ。
「さようでございますか?
もう少し、こちらで教育をしてからの方がよろしいのではないかと思うのですが?」
「ああ、後の責任はこっちで取るから気にしないで」
「はい、承知いたしました。
ではご購入という事で・・・」
アルヌさんも、あまり買うという客に逆らっても、意味が無いと思ったのだろう。
気乗りしない様子ではあったが、購入を決めた俺に対して折れた。
こうして半ば強引に俺が買ったキャサリンは、4人目の俺の奴隷となった。
これが俺とキャサリンの出会いだった。




