0317 カラバ侯爵 3
ミヒャエルの言葉の意味がわからなかったと見えて、カラバ侯爵がポカンとした顔で返事をする。
「は?それは一体・・・?」
戸惑うカラバ侯爵に、ミヒャエルが説明を始める。
「よいか?よく聞いておけ!カラバ侯爵!
貴族などと言う物はな、たまたまその者の祖先が国に対して勲功をあげたから任命されただけじゃ!
そしてその勲功に報いて、その子孫にも同じ爵位を授けているに過ぎない。
親や先祖と違って、それがどんな無能であってもな。
それでも王や国に忠誠を誓い、民を安んじるのならばそれも許されよう。
だがその守るべき人民をないがしろにして、己の利益だけを図る者など貴族ではない!
ましてや貴族以外の者を、低俗だの下賎な者だの言う者は論外じゃ!
そんな者は貴族ではない!それは無能を通り越して、ただのクズじゃ!」
そのミヒャエルの言葉に、ジーモンとガスパールもうなずいて答える。
「まったくじゃ、貴族も魔法使いと同じ。
魔法使いは魔法の力を、貴族はその領地を治める権限をたまたま生まれついて持っていたに過ぎない。
それはどちらも単なる偶然じゃ!
そこを勘違いして、自分は高貴な血統などと、実際にはありもしない物を根拠にして思い上がるなど愚の骨頂よ!」
「然り、しかもそんな物に頼るとは、単に開祖の威光を笠に着ているだけ。
自分自身には何の功績もないと言っているも同然じゃ!」
「そ、そんな・・・」
「そうであろう?違うのか?
違うと言うのであれば、もちろん侯爵はその自慢の高貴な血統とやら以外に、国に対して何か誇れる功績があるのじゃろうな?」
「それは・・・」
そのガスパールの質問に無言となって、愕然とするカラバ侯爵。
どうやらこいつは本当に何も自分ではしていないようだ。
文字通り、ただ爵位を継いだだけという訳だ。
そこへさらにミヒャエルが畳み掛ける。
「それに先程から侯爵は高貴な血筋、高貴な血筋と言うが、そもそもそれは一体どういう物なのじゃ?」
「え?」
「貴公も余も血筋の元を辿れば、爵位を持つ初代の者に至る。
それより以前は平民だった訳じゃ。
つまり貴族でも何でもない訳じゃ。
貴公の言う通りならば、その祖先は高貴ではなかった事になるな?」
「そ、そそそれは・・・」
まったくその通りだ。
もし「高貴な血筋」とやらが実際に存在する物であるならば、一体それはどこからなのか?
初代より以前は一体何者だったと言うのか?
さらにミヒャエルはカラバ侯爵を問い詰める。
「そして逆もまた然りじゃ」
「え?」
「例えばこのホウジョウ殿じゃ。
もしこの者がこれから何らかの勲功を立てて爵位を賜ったら、貴公の言う下賎な者が、突然高貴な血筋とやらになるのか?」
「そ、それは単なる成り上がり者でございまして、高貴な血筋ではなく・・・」
「成り上がりじゃと?では平民から成り上がった者は、高貴な血筋ではないと侯爵は申すのか?」
「もちろん、その通りでございます」
そのカラバ侯爵の答えに、今度はジーモンが笑いながら問い詰める。
「ほほう?平民からの成り上がりは高貴な血筋ではないとのう?
つまり卿の理屈で言えば、貴族の初代は全て成り上がり者な訳だのう?
では初代は常に下賎な者で、2代目からが高貴な血筋とやらにでもなるのか?
ならばその理屈で言えば、開祖の初代皇帝陛下は下賎な者と言う事になるのう・・」
それを聞いて今度はガスパールが面白そうに尋ねる。
「うむ、それは斬新な知見じゃ!
カラバ侯爵?是非、今度陛下に拝謁した時には、初代皇帝陛下は下賎な者でありましたなと、言ってみい!」
「そ、そんな事は・・・」
「どうした?卿の言う通りであれば、初代は全て成り上がりの下賎な者なのであろう?
ならば高貴な貴公が何を遠慮する事がある?」
「そ、それは・・・」
しどろもどろになるカラバ侯爵にミヒャエルが諭すように話す。
「わかったな?侯爵?
貴公の言う「高貴な血筋」などと言う物は存在せんのじゃ。
それは貴公ら一部の貴族が作り上げた妄想よ」
「も、も、妄想・・・・」
「そうじゃ、そして貴族と言う物は領民と国を安んじてこそ、その価値があるのじゃ。
そうでない貴族など何の価値もないわ!
その点から言っても、余が聞きおよんでいる貴公の領地での行いは問題じゃぞ?」
「そ、そんな・・・」
どうやらミヒャエルの言葉からすると、このカラバ侯爵とやらは、まともに自分の領地を運営していないようだ。
さらにミヒャエルが続けて説明する。
「うむ、そしてこの土地は余の物をシノブに対する感謝の気持ちに、贈り物として譲った訳じゃが?」
「そ、総督閣下が?この土地を?」
そしてさらにジーモンが説明をする。
「そしてこの建物はわしとガスパールが、同じくシノブに返礼の品として贈った品なのじゃが?」
「ジッ、ジーモン先生とガスパール博士が?」
「その三人が感謝の気持ちを込めてシノブに贈った品を、侯爵は何の理由も正当性もなく、横取りしようとした訳じゃな?」
「そ、そそそそんな・・・」
まさかこの食堂にロナバール総督たるミヒャエルと、その友人たちが関わっていたなど、知る由もなかったカラバ侯爵が慌てふためく。
そのカラバ侯爵にポツリとミヒャエルが話しかける。
「侯爵・・・」
「はっ、はい!」
「実は侯爵の噂は余も他に色々と聞いておっての・・・
今までもどうしようかと考えていたのじゃが、これは良い機会じゃ。
今後、当分の間、侯爵は余の官邸には来なくとも良いぞ?」
「そっ、そそんな!」
「それと陛下に奏上しておくから、しばらくは帝都の王宮の方にも行かなくても良いぞ?」
「えっ!」
この場合の「来なくて良い」は、もちろん「勝手に来るな」の意味である。
そして総督閣下の屋敷へ行けない事は、貴族として致命的な汚点となる。
それを知った他の貴族たちは、カラバ侯爵から離れて行くだろう。
そうなれば貴族としてのカラバ侯爵は、もはや死んだも同然である。
ましてやそれが総督官邸のみならず、王宮まで出入り禁止となれば、貴族としてはこれ以上ない恥である。
もはや貴族社会からは誰にも相手をされなくなるであろう。
「うむ、そしてその間は余が今言った事を踏まえて、貴族とはいかなる者なのか?と改めて考え、実践して見せてくれ。
特に貴公の領地の者たちに対してのう?
さすれば再び余の官邸や王宮への参上も叶おう」
ああ、つまりまともに領地の運営を出来たら謹慎を解く、という事か?
要はこの人、今までまともな領地運営をしていなかったのね?
まあ、それはこの言動で簡単に想像はつくが・・・
それを今回の事が良い機会なので、ミヒャエルが諭した訳か?
「は、はは~」
「ふむ、それと余からもう一つ、個人的に頼みがあるのじゃがの?
聞いてもらえるか?」
「総督閣下から個人的に?
はい、なんでございましょう?」
「実はこの店の警備をして欲しいのじゃ。
ああ、実際的な警備はいらん。
何しろここの警備は万全で、それこそ軍隊が来ても守りきれるほどじゃからの。
侯爵に頼みたいのは誰か部下をここに派遣して、脅迫めいた真似をする者がおったら侯爵の名を出して追い払って欲しいのじゃ。
つまり、御主のように、この店は今日から自分の店じゃの、店を譲らないと無事ではすまないと思え、と言ってくるような輩をじゃな。
何しろ先程この店を守ってみたいと言っておったのじゃ。
もちろん、やってくれるな?」
「はい、喜んで!」
当然の事ながら、ここで拒否などをしたらどうなるかわからない。
カラバ侯爵はミヒャエルの頼みを引き受けるのみだ。
「うむ、ではもしこの店が誰かに襲われたり、脅迫めいた事をされたと余の耳に入ったらそれは全て侯爵の責任とさせてもらう。
その場合、処罰はもちろん容赦しない。
それで良いな?」
「え?そ、それは・・・!」
つまりこの要望を聞く事は、魔法食堂がいかなる者による被害があっても、すべてそれはカラバ侯爵の責任になる。
たとえそれが魔法食堂など、どうでも良く、実はカラバ侯爵を陥れるためにやった事だったとしてもだ。
「ん?不服かの?」
「いえ、必ずこの店を守って見せます!」
「そうか?では頼むぞ?侯爵。
何しろ余はこの店を贔屓にしておってのう。
そんな余のわがままで、店主であるシノブにはうまい物を作るのに専念して欲しいのじゃ。
店を奪うだの、買い取るだの、余計な雑音を排除してな?
貴公にはその排除の役割をして欲しい訳じゃ。
そのためにも、今後はシノブの言う事をよく聞くのじゃぞ」
「え?このこぞ・・いえ、店主のですか?」
「うむ、このシノブを貴公の上役だと思って事にあたるが良い。
シノブ、そう言う事じゃ。
今後はこういう手合いは一応安心してよいぞ?
侯爵がそういう余計な蝿の類は追い払ってくれるだろうからな。
御主は是非うまい物を作るのに専念してくれ。
ああ、もし、侯爵が使えないようであれば、もちろんいつクビにしても良いからな」
「うん、ありがとう、ミヒャエル。
じゃあ、カラバ侯爵?
ボクにクビにならないように気をつけてね?」
俺が先ほどの意趣返しに少々嫌味をこめてそう言うと、カラバ侯爵は顔を真っ赤にして怒る。
「こっ、この小僧がっ!
下賎な平民の分際で、調子に乗りおって!」
猛り狂う侯爵に、さらにミヒャエルが話を続ける。
「あ~そうそう、何度も言うが侯爵?
このシノブは余の親友であるだけではなく、ジーモンやガスパールの友でもある。
もし貴公が今後シノブの事を小僧呼ばわりしたり、軽んじたりした事が余やジーモンの耳に入ったりしたらどうなるかわかるな?
特にガスパールのな?
貴公もこやつの異名は聞いておるじゃろう?」
「き、貴族潰しのガスパール・・・」
貴族潰しのガスパールだって?
どうやらガスパールは貴族からは相当恐れられているようだ。
それを聞いてガスパールは笑って答える。
「おいおい、わしは別に貴族を潰すのが趣味な訳ではないぞ?
ただ、たまたま道理のわからない奴が貴族に多いだけじゃ。
まあ、そいつらを少々吹っ飛ばしたがのう」
「くっくっく、少々で三つも四つも貴族家を潰すか?」
そのジーモンの言葉に、ミヒャエルも少々呆れ返ったように答える。
「うむ、何しろこ奴は余やジーモンと違って容赦せんからのう・・・
もっともこの件に関しては余も容赦せんがの。
侯爵にシノブを軽んじる行動があれば、決して余も許さぬぞ?
少なくともこの食堂に関しては、御主はこのシノブの部下じゃ。
その辺をよく心に留めておいた方が良いぞ?カラバ侯爵?」
「は、ははっ!総督閣下!」
畏まるカラバ侯爵を尻目に、ガスパールが笑って話す。
「ひゃっひゃっひゃっ、何じゃミヒャエル?
それではわしがまるで鬼か悪魔のようじゃろうが?」
「大して変わらぬではないか?」
「それに御主、確か悪魔も何匹か退治したではないか?」
え?ガスパールも悪魔を退治した事があるんだ?
「ひゃっひゃっひゃ・・・あんな下等悪魔、大した事はないわい!
シノブのようにマルコキアスのような上位悪魔を倒しておれば、わしも自慢するがのう」
「じょ、上位悪魔を倒した?」
そのガスパールの言葉に侯爵も恐れおののく。
「おう、そうじゃ、そのシノブは上位悪魔のマルコキアスを倒したのじゃぞ」
「あっさりとな」
「ま、そういう事じゃ、わかったかな侯爵?」
「は、ははっ、承知いたしました!総督閣下!」
「うむ、頼んだぞ?
余は今後の貴公の新たなる領地運営と、この店の警備をどのようにするのか、結果を楽しみにしておるぞ?
ああ、わかっておるじゃろうが、もちろん警備にかこつけて、この店は自分の物だなどと世間に吹聴したら、それも許さぬからな?
よくよく覚えておくがよい。
そしてこの事に関しては、余や余の友人二人だけでなく、今ここで余の話を聞いている者、全てが証人じゃ。
わかったかな?侯爵」
「はっ、もちろんでございます!」
カラバ侯爵がそう返事をすると、ミヒャエルは俺の方を向いて、にこやかに話し始める。
「うむ、ではこの件は終わりじゃ。
さて、シノブ?今日は何があるのかな?
一昨日のハンバアグとやらもうまかったが、昨日のオムライスとやらには参ったぞ?
今日も期待しておる」
そのミヒャエルの言葉にジーモンとガスパールが残念そうに話す。
「むむっ、わしは昨日は来れなかったので、そのオムライスとやらは食べておらんわい」
「ぬう、わしも一昨日は仕事で来れなかったので、ハンバアグとやらは食べておらぬ」
「あはっ!そうだね?
今日も実はミヒャエルが来ると思って、ちょっと変わった物を用意してあるんだ。
ジーモンとガスパールも食べたいのなら、ハンバーグもオムライスも作るよ?」
「くう~全く相変わらずシノブは老人殺しじゃのう・・」
「然り」
「全く、わしは二食分食べてしまいそうじゃわい」
「シノブよ、今日はわしらと昼を付き合ってくれ。
店も落ち着いて来たから、それ位はいいじゃろう?」
ジーモンの言葉に俺もうなずく。
「うん、わかったよ。
クレイン、悪いけど僕はミヒャエルたちと一緒に御昼を食べるから、ここは宜しくね?」
「はい、お任せください。ホウジョウ様」
「それじゃ、カラバ侯爵、クレインやうちの店員の言う事をよく聞いてね?
さもないとクビだよ?
君は僕の部下なんだからね?」
「くっ・・・!」
俺の言葉にカラバ侯爵はギリギリと歯軋りをするが何も言わない。
「うむ、ではカラバ侯爵、頼んだぞ?
明日からにでもすぐに人を寄越してな?」
「はっ!」
「明日もわしらはここへ来るじゃろうから、ミヒャエルが言った通りにしておらぬのなら容赦はせんぞ?」
「ああ、特にわしがな。ひゃっひゃっひゃ・・・」
「ひぃっ!大丈夫でございます!ガスパール博士!」
そして俺とミヒャエルたちは呆然としたカラバ侯爵とやらを置いて特別室へと向かったのだった。
俺たちの後ろではペロンが抗議をしている。
「君の匂いはいやな匂いなので、もうここには来ないでくださいニャ。
君が来るとせっかくのプリンがまずくなりますニャ」
「うちの名誉店主がこう申しております。
カラバ侯爵様?今日の所はお引取りを・・・」
おいおい・・・この侯爵様、ペロンとクレインに止めを刺されているぞ?
この一件はその様子を見ていた客たちから瞬く間にロナバール中に広まった。
元々カラバ侯爵の評判が悪かった事も手伝って、それに毅然と対応したミヒャエルは名君として褒め称えられて大きな噂となった。
そしてサクラ魔法食堂も、その名君が足しげく通う店として有名になり、総督閣下御用達の店として名声が上がり、ますます繁盛するようになったのだった。




