0316 カラバ侯爵 2
ミヒャエルの質問に、カラバ侯爵は戸惑うことも無く、恭しく、しかも嬉しそうに答える。
「もちろんでございます。
聞けば最近この店が繁盛しているとの事。
しかし先ほども御説明した通り、所詮は下賎な者が運営している低俗な店。
ならば私の物にして手を加えれば、貴族社会にも通じる素晴らしい店が出来ると考え、この店を私の庇護下にしようと考えたのでございます。
それをこの下賎な小僧めが、事もあろうにこの私めに向かって迷惑だから帰れなどと申しましたので、ただ今、貴族の義務として、鉄槌を下そうといたした所でございます」
ははあ、そう来たか?
低俗な店で悪かったな?
全く、物は言い様とは良く言ったもんだ!
しかし当然ながら、ミヒャエルはそんな変な理屈には納得しない。
「なんじゃと?そんな理由でこの店を強引に買い取り、いや、奪おうとしたのか?」
ミヒャエルの言葉に俺もうなずいて尋ねる。
「そうなんだよ、ミヒャエル。
ボクはこの町の事をまだよく知らないんだけど、こういう事ってよくある事なの?」
俺の質問にミヒャエルは吐き捨てるように答える。
「馬鹿な!
そんな事がある訳がなかろう!
あるハズがない!
少なくとも余の目の黒いうちにはあってたまるか!」
「そうなんだ?」
「当たり前じゃ!
そのような事を誰が許す物か!」
「ミヒャエルからそれを聞いて、僕もホッとしたよ」
その俺とミヒャエルの会話を聞いて、カラバ侯爵が俺に猛り狂って叫ぶ。
「なっ!この小僧!
先ほどから黙って聞いておれば、恐れ多くも総督閣下の事をミヒャエルなどと気軽に・・・
この痴れ者が!
先ほどからの私への無礼も含めて、もう我慢ならん!
総督閣下に代わり、私がこの場で成敗してくれるわ!」
今にも部下に命じて俺を切り捨てようとするカラバ侯爵を、ミヒャエルが制止する。
「待てい!カラバ侯爵!
そのシノブは余の友じゃぞ?
その友が余の事をミヒャエルと呼んで何が悪い?」
ミヒャエルの言葉にカラバ侯爵が目を見開いて俺を見ながら驚く。
「はっ?この小僧が総督閣下の?」
「小僧ではない!
シノブ・ホウジョウ殿だ。
余の大切な友人の一人じゃ。
それに何か問題があるのか?」
「はっ?いえ、問題など・・・」
「で?話を戻すが、侯爵はこの店をその余の友人から奪おうとしたのじゃな?」
「いえいえ、奪うなどとは、とんでもございません!
私は単にこの店を私ども上流社会の者の口にも合う、高級食堂にしようと考えただけでございます。
それにこの店はケット・シーと関係が深い店と聞きました。
それならば、ここは「猫の侯爵」である、私の出番であろうかと参った訳でございます」
それを聞いたミヒャエルが、そばにいたペロンに問いかける。
「ふむ、ペロンや?
ペロンはこの男の所に行きたいのかね?」
そのミヒャエルの質問にペロンはキッパリと答える。
「イヤですニャ!
こんな嫌な匂いのする人の所には間違っても行きたくはないですニャ!
それにボクはシノブ様の部下なので、それ以外の人の所には行く気は全然ありませんニャ」
「ほほう?侯爵?
ケット・シーのペロンはこう言っておるぞ?」
そのミヒャエルの言葉に、侯爵は少々慌ててさらに話し始める。
「いえいえ、総督閣下、それに私めは、この店を悪質な顔役どもから守ろうとしておりまして・・・」
「悪質な顔役から?」
「ええ、例えばトランザムなどですね。
あの連中はかなりあくどいと聞いておりますから」
その話を聞いてミヒャエルが呆れたように答える。
「御主・・・トランザムが潰れたのをまだ知らぬのか?」
「は?トランザムがですか?」
「そうじゃ、もう2週間以上も前の話じゃぞ?
しかも潰したのはそこにいるシノブじゃ。
余の友人のな」
「こっこここの小僧がトランザムを?」
カラバ侯爵の言葉にミヒャエルが顔をしかめて答える。
「小僧ではない、ホウジョウ殿だ。
そのホウジョウ殿が一晩で殲滅したわい」
「一晩でトランザムを!?」
愕然とするカラバ侯爵にミヒャエルは呆れ返ったように話す。
「全く・・・この店が繁盛しておる事は知っているくせに、なぜトランザムが潰れた事も知らぬのじゃ?
この街としては、そちらの方がよほどの大事じゃろうに・・・
情報の収集具合がメチャクチャじゃな?」
ミヒャエルとカラバ侯爵がそんな会話をしていると、そこにジーモンとガスパールが連れ立ってやって来る。
二人は俺とミヒャエルの顔を見ると声をかけてくる。
「お?ミヒャエル?やはりお主も来ておったか?」
「ひゃっひゃっひゃ・・・全くミヒャエルはすっかりこの店の虜じゃのう?」
「おう、ジーモンにガスパール」
ミヒャエルに続き、突然の二人の登場に、カラバ侯爵は相当驚いた様子だ。
「こっ、これはジーモン先生にガスパール博士!」
「おや、カラバ侯爵ではないか?」
「卿がこのような場所に来るなど珍しいではないか?
どうしたのじゃ?」
不思議そうに尋ねる二人に、ミヒャエルが率直に説明をする。
「うむ、実は侯爵がこの店を脅迫して奪い取ろうとしておるようなのじゃ」
「なにっ!この店を?」
「シノブからか?」
「そうじゃ」
簡潔なミヒャエルの説明で、いきなり険悪になった二人に、慌ててカラバ侯爵が釈明をする。
「とっ、とんでもございません!
脅迫して奪い取るなどと、そんな物騒な・・・
総督閣下も御人が悪い・・・
ただ私めはでございますね、この店をトランザムのような悪辣な輩どもから守ろうとした次第でして・・・」
「トランザム?」
「トランザムならこの間、シノブが潰したではないか?」
自分と違い、この二人がトランザムがすでに消滅した事を知っているのに軽く驚くと、カラバ侯爵は話を続ける。
「は?いえいえ、それだけではございません。
この店を我々上流社会の者の舌に合うように上品な店に作り変えるべく、接取しようと考えた次第でございまして・・・
さすればこのような下賎で悪質な店も、品の良い店に生まれ変わる事も出来ましょう。
これもロナバール上流社会のためを思っての事でございます、はい」
その言葉に対してジーモンとガスパールが苦々しく答える。
「何がロナバール上流社会の事を思ってじゃ!」
「全く・・・下賎で悪質なのはどっちだか・・・」
「ああ、カラバ侯爵の悪い噂はわしも色々と聞いておったが、どうやら事実のようじゃの」
「うむ、余もこの事を今聞いて、どうしようかと思っている所じゃ」
自分の周囲の空気が極めて険悪になって来たのを感じたのか、カラバ侯爵が必死になって話す。
「そ、そのような事は・・・」
「しかしこの店をシノブから奪い取ろうとしたのは事実なのじゃろう?」
「そ、それはこの小僧めが私に無礼を働いたからでして」
「無礼?何をしたのじゃ?」
「はい、寛大にも私が何の後ろ盾もないこの店を、守ってやると申したにも関わらず、それを拒否いたしまして」
「守る?その見返りに卿は何を求めたのだ?」
「いえ、私は別に何も・・・」
もちろんここで俺が口を挟む。
「何言ってんのさ?
この店をタダで寄越せって言ったじゃないか!」
「そ、それは・・・」
「しかも寄越さなきゃボクをクビにするってね」
その俺の言葉に、カラバ侯爵が我慢しきれなくなったのか、怒声で語り始める。
「当たり前だ!
帝国貴族たる高貴な私がこの店を守ってやるから寄越せと言っておるのだ!
しかもこの低俗な店を、わざわざ私が品良く作り変えてやるとまで言っておるのだぞ!
それを下賎の分際で私に逆らったのだ!
素直におとなしくこの店を私に寄越せば良い物を!
貴様がクビになるのは当然ではないか!」
その言葉を聞いてミヒャエルたち三人がうなずく。
「なるほどな・・・」
「帝国貴族の特権意識弊害があるのはわかっておったが、ここまで乱れておったとはの」
「うむ、余も反省しておる」
「ま、こやつはまた特別であろうがな」
「そうじゃな、ここは一つはっきりとさせておかぬとな」
「うむ」
カラバ侯爵の言葉を聞いて、三人は何やら決心を固めた様子だ。
三人はお互いにうなずくと、ミヒャエルが話し始める。
「のう、カラバ侯爵よ?」
「はっ、何でございましょう?」
「御主、貴族階級と言う物を勘違いしておるのではないのか?」
「は?どういう事でございましょう?」
「良い機会じゃ。貴族とは一体どういう存在なのか?余に説明してみよ」
そのミヒャエルの質問にカラバ侯爵は得意満面に答える。
「それはもちろん高貴なる血筋の者が世を正しく導くために存在するのでございます。
下賎な平民どもに正しい方向を指し示し、それによってこの国を、ひいてはこの世界をより良く導くためでございます。
中でも総督閣下たるミヒャエル様方、王族の御血統は最も高貴な血筋である事は言うまでもございません」
しかしカラバ侯爵の得意満面な説明を、ミヒャエルは即座に一喝する。
「バカめ!」
「は?」
「高貴な血筋じゃと?そのような物はこの世に存在せぬわ!」
おう!いきなりの貴族の血統全否定だ!
ミヒャエル凄いな?
ここまできっぱりと言われて、カラバ侯爵とやらもどうすんだ?




