0313 友人たちの密談
その部屋には、ロナバール総督であるミヒャエル・ゴッドフリートを初めとして、何人かの人々が集まっていた。
そこに魔法協会本部長たるゼルバトロス・コールドウェルがやって来る。
「お待たせいたしました。
おお、皆様すでに御揃いですな!」
「おお、よくぞ参られたコールドウェル本部長」
「うむ、これで全員集まったな」
「では早速今日の会議に入るとしますかな」
「そうじゃのう」
そう言ってミヒャエルが集まった人員を見渡す。
そこにはミヒャエルの友人であるジーモン、ガスパール、それに魔法協会ロナバール管区支部長のゼルバトロス・コールドウェル本部長、そしてアースフィア広域総合組合長のグレゴールがいた。
「ふぉっふぉっふぉ・・・それにしても錚々たるメンバーよな?」
「くっくっく、それだけあやつが大物じゃと言う事よ」
「全くじゃな」
「さて、その今日の議題、我らが共通の友人であるシノブ・ホウジョウとは何者か?という調査報告とその討議じゃ。
ではコールドウェル本部長、報告を始めてくれ」
ミヒャエルに促されてゼルバトロスが話し始める。
「はい、魔法協会の調べによると、彼は1年ほど前のある日、突然ロナバール東のサーマル村に現れて、その時はレベル10だったそうです」
「何と!レベル10だと?」
「まあ、確かにあやつの年でそれは不思議ではないがの」
「むしろそれが普通じゃろ?」
「ええ、しかしサーマル村の迷宮で訓練をした結果、1週間ほどでレベル40を越えたそうです」
「そんな馬鹿な!」
「うむ、有り得ん事じゃ」
「その時はまだあのエルフ殿は一緒ではないのであろう?」
「ええ、この時は一人であったのは確認済みです。
ただしレベルの方はわかりませんね。
本当のレベルを最初は隠していたのかも知れませんし・・・」
「うむ、それは大いにある事じゃな」
「確かに上げ屋も使わずに、たった一人で1週間でレベル10から40はありえぬな」
「ええ、しかし、この時点で彼はすでに初歩的な魔法を一通り使えたそうです。
しかもタロス魔法すら使ったという証言もあります」
「ふ~む、使役物体魔法までものう・・・」
「まあ、ありえない事でないが・・・」
ゼルバトロスが話を続ける。
「そしてここロナバールへと到着します。
ここへ着いた次の日にはシルビア、エトワールの両名と接触している様子です」
「ふむ」
「そして二人に旅の仲間として奴隷を購入する事を薦められて、その助言に従い、翌日にはバーゼル奴隷商館を訪れて、ここでグリーンリーフ先生と出会います」
ここでミヒャエルが質問をする。
「ふむ、それは偶然ではなく、予知魔法で予測されていたと聞いたが本当か?」
「はい、どうもそのようです。
私もグリーンリーフ先生から直接聞きましたので、間違いはありません」
その答えにミヒャエルは腕を組み、考え込むようにして呟く。
「ふむ、あのエルフ殿がそうまでしてシノブを待っていた訳か・・・」
「ああ、しかしわしはあのエルフ殿が、かの「ミスティ・コーラル」だと知った時は驚いたぞ?」
「まったくじゃい!
まさかミスティ・コーラルと、かのエレノア・グリーンリーフが同一人物じゃったとはのう」
「うむ、余もミスティ・コーラルと会った事はあったが、顔は見た事はなかったので、驚いたわい」
その三人の言葉にゼルバトロスはうなずきながらも口止めをする。
「ええ、しかしそれは魔法協会の秘密事項になりますので、どうか御内密に」
「もちろん、それはわかっておる」
「ああ、シノブにもわからぬようにしなければな」
「そしてグリーンリーフ先生はシノブさんを鍛え始めます。
もっともこれは彼が自発的に望んだ事で、決して先生が強制した訳ではないそうです」
「うむ」
「また、この時点でグレイモン伯爵やダンドリー男爵と接触し、グレイモン伯爵のレベル230のジャベックを一瞬で破壊しております。
但し、これはグリーンリーフ先生がなさった事なので、何も不思議はございません」
「確かにな」
「そして治療魔法の訓練のためにメディシナーへ行き、御家騒動に巻き込まれ・・・いえ、これは自ら首を突っ込んだ模様です。
また同時期に彼はペロンとも出会い、彼を家臣としております」
ここでミヒャエルが確認をする。
「あくまで「同居」ではなく、「家臣」なのじゃな?」
「はい、それは私自身がペロン本人からも聞きましたので、間違いございません」
「ふ~む、ケット・シーを家臣にするとはの・・・」
「全く驚きじゃわい」
「かの「猫の侯爵」殿さえも単なる同居暮らしだと言うのにな」
「当然だわい!ケット・シーを家臣にするなど聞いた事もないわい」
「しかしもちろん強制的にした訳でもないしのう・・・」
「はい、それも聞いた所によりますと、ペロンの方から是非にも家臣にして欲しいと懇願したそうです。
これもペロン本人から聞いたので間違いはございません」
「ケット・シーの方からのう・・・」
「しかしわしらから見ても、あの二人は仲が良いのう」
「うむ、あの二人の様子を見ておると、余は先代のカラバ侯爵を見ておるようじゃ」
「そうじゃの」
「確かにあの二人は仲が良かったのう・・・」
ゼルバトロスは話を続ける。
「そしてロナバールに戻って来て、今度はバーゼル奴隷商館でミルキィを買い取ります」
「おお、あの獣少女じゃな?」
「そのミルキィ嬢を二人で鍛えて、彼女のレベルが100を越えた頃、組合に登録しに行った訳です」
続いて今度はグレゴール組合長が話し始める。
「私は初めて彼らが来た時に、初登録で全員がレベル100を越えていると聞いて、何の冗談かと思いましたよ。
しかし実際に会ってみると本当で、ケット・シーまで連れているじゃありませんか。
本当に驚きましたよ。
もっともその相手が「あの」エレノア・グリーンリーフさんだとわかった時点で納得はしましたがね」
「うむ」
「そして初日の時点で四級から白銀等級まで全試験を受けて、全てに合格しました。
その全てを私が試験官として見ていたので間違いありません。
まあ、その時点でシノブさんはレベルが200を越えていたので、当然と言えば当然ですがね」
「そうじゃな」
「そして5日ほどの間で、うちの問題案件を全て片付けてしまったのです」
「ふむ、それは聞いておる」
「ほどなく彼は黄金等級に昇級し、その頃にはすでにガルドとラピーダを連れておりました」
「おお、あのレベル300のジャベックか!」
「全くあのような物を作れるとは、あのエルフ殿はさすがじゃの」
「はい、そして組合が義務ミッションとして、昇降機設置ミッションを課した所、何と2週間と言う異例の速さで2基も作ってしまったので、驚きました。
まあ、それに関しましてはうちよりも、むしろ、コールドウェル本部長の方がよく御存知ですが・・・」
その話をゼルバトロスが笑いながら話す。
「はは・・、全く私も一緒に作業をしていてたまげましたよ。
見る見る内に迷宮の壁を削って、昇降機を設置して行ったのですからな。
正体を隠してシノブさんに近づいたのですが、本当に驚きました。
それにこの時点で知己も随分増えていたようですね」
「ええ、この時には敵対していたはずのグレイモン伯爵まで協力していたのには驚きです」
「そして昇降機は完成し、彼は迷宮で例の店を開きます」
その説明にジーモンとガスパールがうなずく。
「うむ「肉まん」か」
「あれはうまいからのう」
「おっしゃる通り、肉まんはロナバール中を席巻し、閣下のお耳にも入ったと言う訳です」
「うむ、余はあの食べ物を食べて感動してのう・・・
どうしても作った人間に会ってみたくなったのじゃ」
「しかし、まさかその人間があれほど若く、それでいてあれほど知識と技能を持っているとは思いも寄らなかったわい」
「うむ、奴は「ニホン」とか言う国の出身で、そこで全て学んだと言うが、そんな国があるのか?」
ガスパールの質問にゼルバトロスは首を横に振って答える。
「いえ、魔法協会の総力を挙げて探しましたが、そのような名前の国は、どこにもございませんでした」
グレゴールも同じように答える。
「組合も同様です。
ただし、シノブさんの見た目や、米を食べる習慣、そして醤油などを普通に使う点などから考えると、東の島の「ミズホ」の国が、かなり近いと思われます」
「ええ、それに関しては魔法協会も同じ結論に達しました。
しかし、「ミズホ」は、決して「ニホン」ではありません。
確かに共通点も多数ありますが、それ以上にシノブさんから聞いた点と、食い違う部分が余りにも多すぎます。
ですから「ニホン」というのは、「ミズホ」とは別の国なのは確実です」
ゼルバトロスの答えにミヒャエルも考え込む。
「ふむう・・・そして本人にも「ニホン」の正確な場所はわからないか・・・
不思議な話よのう・・・」
「そしてそれに前後して競売に出されたシルビアを奴隷として買い取ります」
「うむ、あの女魔道士じゃな?」
「はい、彼女は非常に優秀な魔道士で、魔法協会で受付と戦闘法務官をしておりました。
運悪く、父親の借金を背負い、奴隷として競りに出された所、シノブさんが競り落としたそうです。
何でも同僚の魔道士であるエトワールの話しによりますと、何が何でも友人であるシルビアを助けるために競り落とすと言っていたそうです」
「競り合った相手がボイド侯爵の孫娘だったそうじゃの?」
「ええ、その通りです」
「まったくよくそれで勝てた物じゃのう」
「シノブさんはそのために自分の持っていたいくつかの貴重な魔法具をうちに売りに来たそうです」
「ふむ、その奴の持ち物も不思議な点よのう」
「うむ、あのような品物を一体どこで手に入れたのか?
あの時のわしらも余りにも珍しい品々なので、つい貰ってしまったが、奴に詮索しないと約束してしまったから、奴自身には聞けぬしのう」
「しかしあやつ自身が作った様子ではないしのう・・・」
「うむ、しかしその仕組みや基本的な製造法を全て熟知しているのは間違いない」
「それは間違いない!
あの望遠鏡の作り方とて、わしに懇切丁寧に教えてくれたほどじゃからの!
奴の知識と技術はまったく底が知れぬわい!」
「あの年でまったく不思議な事よのう・・・」
「うむ・・・」
三人が押し黙ると、ゼルバトロスが言葉を結ぶ。
「そして総督閣下たちのご尽力により、魔法食堂開店の運びとなり、現在に至った訳です」
そのゼルバトロスの言葉にジーモンとミヒャエル、ガスパールが笑いながら答える。
「な~に、あれはわしらが食い意地が張っていただけじゃ」
「うむ、余もシノブの考案する食べ物には参ったからのう」
「くっくっく、全くじゃわい」
そしてゼルバトロスとグレゴールが報告を終える。
「以上にて私からの報告は終わります」
「組合からも以上ですね」
二人が話し終えると、ミヒャエルはため息をついて答える。
「・・・つまり、我らがこうして総がかりで調べてみても、結局奴の正体はわからんという事か?」
「はい、残念ながら・・・」
「そうじゃな」
「やれやれ、まったく持って厄介な奴よのう・・・
余もロナバール総督として頭が痛いわい」
「まあ、しかしあやつが我々やこのロナバール、そして帝国に対して敵対的ではないのは間違いない」
「はい、それにエレノア先生が後見役をなさっている限り、決して問題はないでしょう」
「ああ、そうじゃな。
こちらが奴に対して馬鹿な事さえしなければ、奴が帝国に牙を向くことは有り得ぬだろう」
「あやつはあのエルフ殿たちと平和に楽しく暮らしたい。
そして何か面白い物を作りたい、ただそれだけのようじゃ」
「全く、欲がない事よのう・・・」
「あの力はロナバールは愚か、事と次第によっては世界を左右する事も可能じゃと言うのにのう・・・」
「ああ、しかし奴を怒らせると恐ろしい事になるのは間違いがない」
「そうじゃな、それはグレイモン伯爵、それにトランザム、ブローネ党などの件を見てもよくわかる」
「おまけにマルコキアスまで倒しておるのじゃからな。
まったく、まだ十代とは思えぬ恐ろしさよ」
ここでミヒャエルが興奮して話し出す。
「そもそもお主ら、シノブの才能値を鑑定して見たか?」
それに対してジーモンがうなずいて答える。
「おう、わしは忘れないうちに書き留めておいたぞ。
知力92、魔力99、魔法感覚99、体力75、力73、格闘感覚87、敏捷性78じゃ」
ガスパールが呆れ返ったように呟く。
「・・・化け物か?」
「凄まじいまでの才能値ですな?」
「まったくです」
「それは初代皇帝陛下の値すら上回っておるのではないのか?」
「確かそのはずじゃ」
「うむ、魔法関係に関しては、全て理論上の最高値のようじゃしのう・・・」
「まったく恐ろしい奴よ・・・」
「友人としてはこのうえなく、良い奴なのじゃがのう・・・」
「まあ、良い、これからも余はシノブを影ながら応援し、見守る事としよう」
「賛成じゃな」
「うむ、もうすぐサクラ魔法食堂も開店する事だし、楽しみじゃのう」
「くっくっく、ミヒャエルよ、今から待ちきれぬようじゃのう?」
「なんじゃ?お主はいかぬのか?ジーモン?」
「いや、もちろん行くぞ!」
「当然、わしもじゃ」
ジーモンとガスパールが同意すると、ゼルバトロスとグレゴールも賛同する。
「ええ、先日の試験営業の時も、実に見事な料理でしたからね」
「まったくです。是非またあそこの料理は食べてみたい物です」
「魔法協会の女子寮などでは、エトワールたちが持ち帰ったあの土産物が、奪い合いになったそうですよ?」
ゼルバトロスが苦笑しながら話すと、ミヒャエルもうなずく。
「さもありなん」
そう言って集まった一同は笑うのだった。
こうして人知れず開かれた、シノブ・ホウジョウの正体を探る会議は終了した。
コールドウェル本部長の言う所の、「エトワールたちが持ち帰ったあの土産物が、奪い合いになったそうですよ?」の詳細は外伝「魔法協会女子職員の狂騒顛末記01」にてわかりますので、そちらもあわせて御覧ください。




