0284 ミロ・クーボ
俺が最後に見せた土産物はルービックキューブだ。
俺はこのパズルが大好きだったので、こちらの世界にも百個持ってきていた。
これは世界が違っても興味は持たれると思ったし、見栄えも良いので、爪切り同様に、こういう時の土産にもちょうど良いと思ったからだ。
自分の部屋の本棚にも飾っておいて、暇があるとたまにいじっている。
木でも作成可能だったが、例によってミスリル製だ。
これは見た目も結構派手だし、総督閣下は変わった物が好きと聞いていたので、興味を持つのではないかとエレノアたちと検討した結果、土産に加えておいたのだった。
いよいよそれを土産物として渡す時が来た!
果たして相手の反応はどうだろうか?
しかし三人はこの変わった六色の立方体を見て戸惑った。
「これは何かの?綺麗に6色に塗り分けられておるが・・・」
「特殊なサイコロかの?
それともマギアグラーノの一種か?」
「色が随分と派手だが、何故各面で9つに区切られておるのじゃ?」
「余には何に使う道具か、さっぱりわからん」
「うむ、わしもじゃ。単なる飾りや置物ではないのだろうが・・・」
「うむ、ホウジョウ殿がそのような物を我らに見せるわけがない」
そう言って三人が俺を期待に満ちた眼で見つめて、説明を求める。
あれ?何か期待感が凄く高まっているんですけど?
ちょっと過大評価されている気がするよ?
これで説明をして全然受けなかったらどうしよう?
ああ、そういえばこれ、何て言う名前にしよう?
元のままの名前じゃ、ちょっとまずいような気がする・・・
俺はとっさに名前を考えた。
「これはミロ・クーボという玩具です」
「ミロ・クーボ(驚きの立方体)?」
「そうです」
「玩具と言ったが、どのように遊ぶのかの?」
「これはまずこのようにして、色を各所へばらします」
そう言って俺がキューブをシャカシャカと動かして見せると、三人が一斉に驚く。
「何と!これはそのように動くのか!」
「ほほう!確かにこれは面白い!
一体どういう構造になっておるのだ?」
「うむ、それで色が6色だったのか!」
驚く三人に俺が説明をする。
「その後でこうして各面の色を揃えるのを楽しむのです。
私の国ではこれは子供よりむしろ大人用の知的玩具として認識されているほどです。
色を揃えるのを、いかに早く出来るかの大会もあるほどです」
そう説明をしながら俺はその場で青い一面をそろえて見せる。
見ている前で一つの面が揃っていくのを見ると、三人が興奮する。
「おお、なるほど!」
「これはそうして遊ぶ物なのか!」
「ホウジョウ殿!早速余にやらせてくれ!」
「はい、どうぞ」
俺が適当に回したキューブを総督閣下に渡すと、総督閣下は考え込み始める。
考え込んでキューブを全く動かさない総督閣下に、二人が左右から野次を飛ばす。
「どうした!さっさと回さぬか!」
「待て待て!これはじっくりと考えてからだな・・・」
「ええい!わしに貸せ!」
「いや!わしじゃ!」
「待てと言うのに!」
またもや奪い合いが起こったので、俺が提案する。
「あの・・・よろしければ、これも御二方に・・・」
「おお、これもいただけるのか?」
「感謝する!もちろん内密にな!」
「その通りじゃ!内密にな!」
「お前ら!いい加減にせい!ずうずうしいぞ!
余の客のホウジョウ殿に失礼じゃぞ!」
総督閣下が二人を戒めるが、友人二人は収まらない。
猛然と抗議の声を上げる。
「何を言うか!」
「全くじゃ!ミヒャエルよ!
御主だけこんな良い物をもらって良い訳はないじゃろう!」
「ああ、全くその通りじゃ!」
開き直る二人に総督閣下が呆れて叫ぶ。
「ええい!お前ら!
余とホウジョウ殿に感謝して内密にするのじゃぞ!」
「わかっとる!わかっとる!」
「内密に!あくまで内密にな!」
もはや俺が言うまでもなく、3人が先回りをして話す。
その三人の様子に、俺はあきれ返るよりもおかしくなって、思わず笑いが漏れてしまった。
「クックック・・・いえ、失礼いたしました」
俺は笑いながらマギアサッコからキューブをさらに2個出すと、今や遅しと待ち構えている二人に渡す。
「はい、どうぞ」
「おお、ありがたい!」
「ふ~む、しかしこれは改めてみると凄い物じゃのう・・・」
「こうして美しく色が揃っているのを見ると、崩してしまうのが勿体無く見えるのう」
「全くじゃ」
唸る二人を見て俺が説明をする。
「ああ、それなら大丈夫です。
慣れてきて上級者になると、六面全てを揃えられますから。
元に戻す事は出来ます」
その言葉に三人が愕然とする。
もちろん俺は六面を揃えられるが、三人はそれを信じられないようだ。
「何っ?」
「それはいくら何でも無理じゃろう?」
「これを元通りの全て色が揃った状態に戻せるというのか?」
「はい、そうです」
あっさりとうなずいて答える俺の言葉を三人は信用しない。
その事を3人で検討し始める。
「しかし・・・そのような事が可能か?」
「確かに理論上は揃っている状態から動かした順に元に戻して行けば、元には戻るじゃろうが・・・」
「そんな事を出来る訳があるまい!
回す組み合わせがいくつになると思っておるのじゃ?
しかもその順番を全て見て覚えておかねばならぬのじゃぞ?」
「そうじゃな、まずはそれを全て見ておらねば元に戻せる道理はない」
「その通りじゃ。
そんな事はまず不可能なはずじゃ」
「うむ、一回でも間違えれば、もう元には戻らない訳じゃしの」
だがその三人に対して俺はあっさりと応える。
「いえ、見てなくとも出来ますよ?
それに多少手順を間違えたとしても、元には戻せます」
俺の答えに三人は顔を見合わせると、総督閣下がうなずく。
「ではまずこれを元に戻して見せてくれ!」
そう言って総督閣下が自分がいじっていたキューブを俺に渡す。
三人が見ている前で、俺はカシャカシャと動かして、30秒ほどで、何なく六面をそろえてみせる。
見る見る間に色が揃っていくのを見た三人は、まるでそれこそ手品を見たような感じだ。
「何と!」
「本当に六面全てを揃えよった!」
「これは驚きじゃ!」
元のようにキッチリと六面が揃ったキューブを見て三人が驚く。
「これはどんな状態からでも元に戻せるのかの?」
「はい、その通りです」
「信じられぬ・・・」
「ちょっと待て!では・・・」
そう言ってガスパールさんが自分の持っているキューブを念入りに回す。
全面にばらけた色合いを見て、さらに回す。
そしてさらに後ろを向いて、俺の目線から隠すようにして回す。
うん、典型的な初心者の考える事だね。
俺も最初はそうだったから、その気持ちはわかるよ。
何回かそれを繰り返すと満足をしたらしく、それを俺に渡す。
「さあ、これを元に戻してみてくれ!ホウジョウ殿!」
渡されたキューブを俺はカシャカシャと回して、やはり30秒ほどで、六面をそろえてみせる。
その間、三人は目を皿のようにして俺の手の動きを見ていた。
いかなる動きも見逃すまいとした真剣な目つきで俺の手の動きを見るが、当然の事ながら何をしているかは、皆目検討がつかないようだ。
綺麗に六面が揃って完成したキューブをガスパールさんに渡すと愕然とする。
「むむむ・・・あの状態から本当に全てそろえてしまうとは・・・
しかもこのような短時間で・・・」
「まさに驚きじゃの?ミロ・クーボというのもわかるわい!」
「ああ、余も驚いたわい!
目の前で見ておるのに、ホウジョウ殿がどうやって揃えておるのか、さっぱりわからん!」
「このような事が可能とは・・・」
「うむ、目の前で見ていても信じられぬほどじゃわい!」
どうやら3人とも、なまじ知識が広いだけに余計に驚いたようだ。
こうして俺は総督閣下とその友人たちに色々と土産物の説明をしたのだった。
ことに望遠鏡とルービック・キューブ、いや、ミロ・クーボには三人とも度肝を抜かれたようだった。
後の3つの品物には、さすがに望遠鏡やキューブほどは驚かなかったが、それでもかなり感心したようだ。
俺の説明が終わると、三人がため息をついて感想を述べる。
「いやはや、余はこれほど驚いたのは久しぶりじゃ!」
「全くじゃ!正直言って、ホウジョウ殿がこれほどの人物とは思わなんだ」
「う~む、しかしホウジョウ殿の持ち物は、どれも素晴らしいのう」
「のう?ホウジョウ殿は他にも何か凄い物を持っておるのではないのか?」
「うむ、確かに他の持ち物を見せてもらいたい気持ちはある」
「これ!お前ら!余の客人に失礼じゃぞ!
あれだけホウジョウ殿に色々と貰っておいて、ずうずうしいにもほどがあるわい!」
総督閣下が友人たちを怒るが、俺は笑って答える。
これほど反応が良いと、こちらとしても楽しい。
贈り物をした甲斐があるという物だ。
「いえ、構いません、しかしそのように珍しい物など・・・
そういえば、総督閣下は書物なども集めておられるのですか?」
俺はふとある事を考えて総督閣下に尋ねてみた。
「ん?まあ、もちろん書物にも貴重な物や珍しい物もあるからの。
ここに書物は置いてないが、別に書物庫もあるぞ?
ホウジョウ殿が見たいのであれば、もちろん構わぬが?
ホウジョウ殿は何か珍しい書物などをお持ちなのか?」
「珍しいかどうかはわかりませぬが、このような本はいかがでございましょう・・・」
そう言って俺は1冊の本を取り出した。




