0281 総督閣下との御対面
いよいよ総督閣下と会う当日、閣下からのお迎えの馬車が来た。
俺たちはその馬車に乗って会いに行った。
俺の他にエレノア、ミルキィ、シルビア、ペロン、それと護衛にガルドとラピーダだ。
俺は着ていく服をどうしようかと思ったが、エレノアたちの話によると、いつもの青き薔薇の制服で問題ないそうだ。
正規の登録された戦団が制服と定めている物は、そのまま公的衣装として認められるし、青き薔薇の制服の場合は、元々魔法協会の制服を元にしているので、全く問題はなく、例え王族主催の晩餐会でも、それを着て行って構わないとの事だ。
それを聞いて、俺は安心して「青き薔薇」の制服を着ていった。
総督官邸に到着すると、見覚えのある老人が迎え出る。
ゴーレム大会の時に開会の祝辞を述べていたあの老人だ。
その横には他の人たちと一緒に、コールドウェル本部長がいるので俺もホッとした。
何かがあれば、この人が助けてくれるだろう。
それにしてもたかが俺のような、どこの馬の骨ともわからない一庶民を、わざわざ屋敷の外にまで出迎えるとは驚きだ。
確かに聞いた通り、気さくな老人のようだ。
その老人が他の数人と一緒に数歩進んで俺を迎え出た。
馬車を降りた俺たちを嬉しそうに迎えて話しかけてくる。
「おうおう!そなたがホウジョウ殿か?
確かに噂に聞いたように若いのう・・・
会えて嬉しいぞ!
余がここの総督ミヒャエル・ゴッドフリートじゃ!」
「はい、シノブ・ホウジョウと申します。
総督閣下には御機嫌麗しく・・・」
「よいよい!そのような世辞はいらぬ、
ざっくばらんに無礼講と行こう」
「いえ、私のような若輩者を、わざわざ外まで出迎えていただけるとは恐縮です」
「何を言っておるのだ!
こちらがいきなり見ず知らずのそなたを呼びつけたのだ!
断られても当然なのに、こうしてわざわざ会いに来てくれたのだ。
出迎えるなど当然の事ではないか!」
どうやら人が良いというのは本当のようだ。
この人は貴族、それも王族とは思えないほど腰が低いようだ。
たかが一庶民で貴族でも何でもない俺を屋敷の外まで出迎えるとは驚きだ。
俺は馬車に積んでおいたいくつかの品を下ろして総督閣下に献上した。
「これは今回お持ちした、心ばかりの品物でございます」
その俺の言葉に総督閣下が目を輝かす。
「おお?例のプリンとやらか?」
どうやら相当プリンには期待が高まっているようだ。
しかしこの世界では珍しい食べ物とは言え、果たして美食をしているであろう王族の舌に応える物だろうか?
少々俺は心配になったが、それは実際に食べてもらわなければわからない。
「それもございますが、他にもいくつか・・・」
「おうおう、このような老人に気を使わせてすまないのう」
「いえ、総督閣下は珍しいカラクリを御好きと伺いましたので少々」
「さようか?
まあ、それは後で拝見するとして、それならば、まずは余の自慢の部屋を見てもらおうかの?」
どうも総督閣下はプリン以外の俺の土産にはさほど興味はないようだ。
俺としては気合を入れて考えたので、少々がっかりだ。
もっとも総督閣下ともなれば、貴族や金持ちたちから色々と献上品もあるだろうし、一介の庶民からの土産など期待などしないのも当然か?
そう考えた俺はおとなしく答える。
「はい。
是非、拝見させてください」
どうやら話しに聞いたとおり、この御老人はまずは初対面の人間には自慢の品を見せるのが嬉しいようだ。
俺が返事をすると、総督閣下の両脇にいた老人二人が笑って話し始める。
「くっくっく、始まったぞ、じじぃのガラクタ自慢が」
「こんな若いモンを巻き込むようなことか?」
「聞こえ取るぞ!お前たち!」
総督閣下がジロリと睨んで叫ぶと、その二人はわざとらしいほどに仰々しく頭を下げて答える。
「おう!これはこれは総督閣下、失礼をば」
「長年の付き合いゆえ、許されよ」
「ホウジョウ殿、この二人は余の長年の悪友での。
まあ、学生時代からの腐れ縁という奴じゃ」
そう言って、総督閣下が両脇の二人を紹介する。
「こっちが天文学者で医者のジーモン・マリウス。
そっちが魔法研究者の数学者で、ガスパール・ネイビアじゃ。
二人とも余と同じく魔法学士でもある」
紹介された二人が、俺に楽しそうに話しかけてくる。
「くっくっく、ホウジョウ殿?
このジジィの戯言などに付き合わなくても良いからな?」
「そうそう、付き合いきれなくなったら、いつでもわしらに遠慮なく言えよ?
引き剥がしてやるからな」
その二人に俺が答える。
「御配慮ありがとうございます。
ですが総督閣下は魔法道具やカラクリ仕掛けに大変興味があると伺っております。
私もそういった物には少なからず興味がございますので、本日は拝見させていただけるのを楽しみにしておりました」
そう、俺は前世からそういった物が大好きなので、総督閣下の魔法道具やからくり道具とやらに非常に興味がある。
せっかく来たのだから、それを見せてもらえるのならば是非見てみたい。
俺のその言葉に二人は意外そうに話す。
「そうか?それは奇特な事よ」
「全くじゃ」
その二人と対照的に総督閣下は機嫌よく、得意げに話しかけてくる。
「ではホウジョウ殿に、まずは余の自慢の展示室でも見物していただこうかの」
「はい」
こういって総督閣下は自ら俺たちを自慢の展示室とやらに案内する。
大きな総督屋敷の長い廊下を歩いて、俺たちは展示室へ到着する。
なるほど、そこには様々な物が雑多に飾られている。
ちょっとした博物館か、理科室の倉庫のようだ。
一見見ただけでは目的が不明な物も多々あり、これでは確かにガラクタ集めと言われても仕方がないかも知れない。
しかし、俺も科学道具は大好物で、明らかに一見しただけで、目的がわかる品物もたくさんあるようなので、激しく興味を示した。
「これは・・・素晴らしいですね?」
俺がかなり興奮して話すと、総督閣下も少し驚いた感じで答える。
「ほお?ホウジョウ殿にはこれが分かるのか?」
「いえ、全ての道具はもちろんわかりませんが、私が拝見した限りでも、素晴らしい品々というのはわかります」
俺のその言葉にジーモンさんとガスパールさんが笑いながら答える。
「くっくっく・・・こいつはまたジジイ泣かせじゃの?」
「この街の総督とは言っても、このジジイにそんな世辞はいらんのじゃぞ?」
「うるさいわい!
お前ら!せっかくホウジョウ殿が興味を示しておるのじゃ!
黙っておれ!」
騒ぐ三人に対して俺は本当に興奮して話し始める。
そこにはたくさんの興味深い品物があったからだ。
「いえ、本当に素晴らしいです!
そこの砂時計などは中々洒落ていて素敵ですね!」
俺が凝った飾りのついた砂時計を見て感心して話す。
それは高さ20cmほどの砂時計で、木枠に美しい彫刻が施されていて、要所要所に宝石や金細工まで散りばめられた、とても美しい物だった。
俺の言葉に総督閣下も少々意外そうに返事をする。
「ほほう?確かにそいつは某資産家から献上された逸品だが?」
「それにこちらのアースフィア儀は素晴らしいです!」
そう言って俺はテーブルの上に乗っていた地球儀のような球形のアースフィア模型に感心した。
そこにはあるのは、ちょうど地球で言えば、大航海時代の科学者の研究室にある地球儀のような物だった。
初めて見る物だが、明らかにそれはアースフィア儀だと俺は確信していた。
実際、この世界で俺は初めてアースフィア儀を見たので驚いた。
以前エレノアに聞いた所では、この世界ではかなり昔から世界が球体だとは知られているが、まだ世界が平坦だと思っている人間もたくさんいるらしい。
もちろん道具屋にも地図は売っているが、それは範囲の狭い物ばかりで、世界地図などはほとんど売ってない。
ましてや球体のアースフィア儀などは、俺の知る限り、どこにも売ってはいない。
おそらくこれは特注で作らせたのだろう。
しかし総督閣下は俺がそれをアースフィア儀だと一目で見抜いた事に驚いたようだった。
「何ッ!ホウジョウ殿は、これがアースフィアだとわかるのか?」
「ええ、違うのですか?」
この世界は科学文明的には地球の中世程度で、まだ測量技術が発達していないので、地図は結構いい加減だ。
それでも俺がガイドブックや百科事典を見て覚えたアースフィア世界地図と似ているので、これがアースフィア儀だという事はすぐにわかった。
まず、間違いはない。
しかしこの三人はその事にかなり驚いた様子だった。
「いや、その通りだ、しかしこれは驚いたのう・・・」
「ああ、よく初見でこれがアースフィアとわかった物よ」
「全くじゃ。
まだ世界は平面だと思っている輩が多いというのに、アースフィアが球体だと知っていて、ましてやこれを一目でアースフィアと見抜くとはのう・・・」
「うむ、たとえ頭ではこの世界が球体だとわかっていたとしても、心理的には中々受け入れがたいものじゃからな」
「さよう、余ですらこうしてアースフィア儀を実際に作って、自分を納得させたほどじゃからな」
「それを初見でアースフィアと瞬時にして見抜くとは・・・」
言われてみれば、この世界ではまだ科学技術はほとんど発達していない。
エレノアから聞いた所に寄れば、この世界が丸い球体だとわかったのも、計測したのではなく、大昔に航空魔道士が空を飛んで発見したらしい。
まあ、実際に高空を飛んで地面が丸みを帯びているのを見れば、いやでもこの世界が球体なのはわかるだろう。
しかし科学教育も満足に発達していないこの世界で、アースフィアが球体だと知っている人間の方が少ないのかも知れない。
ましてやそれを実際に模型にしてみようなどとは考える人間は少ないのだろう。
そんな事をする人間は、確かに奇人扱いされるかも知れない。
従って、それを一目見てアースフィアとわかるのは確かに珍しいのかも知れない。
「ええ、私もこれを見るのは初めてですが、地形を見てそう思った物ですから」
俺の言葉に感心した総督閣下が、ふと何かを思いついて、別の物を俺に見せる。
「ふむ・・・ではこれは何だかわかるかの?」
そう言って見せられたそれは、今度は表面は銀色で何も描かれてはいないが、アースフィア儀のように球体が軸で支えられて回転できるようになっている。
一見すれば、銀色のツルンとしたアースフィア儀のようだ。
違っているのは球体の表面の両端に、管のような物が「くの字型」に飛び出ている部分だ。
それは俺が見覚えがある物に非常に似ていた。
この球体は形は多少似ていても、根本的にアースフィア儀とは全く異なる機能を持つ、別の物だ。
これはかつて図鑑で見た古代ローマの科学者ヘロンの作ったと言われる蒸気機関にそっくりだ。
おそらく間違いはないだろう。
こんな物がこの世界に存在するとは知らなかった!
俺は少々驚いて答えた。
「これは・・・まさか蒸気機関ですか?」
「ん?確かに蒸気では動く物だが、蒸気キカンとは何かな?」
どうやらこの世界にはまだ「機関」という言葉はないらしいので、俺はもっと具体的にこの球体の動きを説明した。
「この球体が両端に出ている両方の管の穴から蒸気を噴出して回転するのではないかと・・・」
その俺の答えに三人がいきなり色めき立つ。
「何っ?」
「どうしてわかった?」
「アースフィア儀と同じような形なのに、なぜそう思うのじゃ?」
「いえ、以前に図鑑で同じような蒸気で動く物を見た事があるものですから」
そう、俺は科学道具が大好きだが、特に古代や中世辺りの科学道具に目がなく、前世でも散々図鑑を見たり、博物館に行って模型を見たので、大抵の道具は見ればわかる。
しかも俺はそれだけでは飽き足らず、買ったり、自分で実際に様々なそういった道具を作ってもみた。
樟脳船や糸巻き戦車に始まり、スターリングの外燃機関、蒸気自動車の模型、ポンプ、ボルタ電池、モーター等々、平賀源内のエレキテルまで作ってみた事があるほどだ。
だからこの模型も蒸気機関だとすぐに見当がついた。
しかし俺のその説明を聞くと、3人の目が輝き、お互いに顔を見合わせあって驚く。
「ほほう?」
「こいつは全くとんだ若竜かも知れんぞ?」
「いや、それどころではないかも知れん!」
総督閣下を初めとした三人が突然興奮し始めた。
どうやら俺はこの三人の何かのスイッチを押してしまったらしい。




