0277 トランザム商会
俺はその男に尋ねてみた。
「どちら様ですか?」
「俺たちはトランザム商会のモンだ」
「トランザム商会?」
その名前には聞き覚えがある。
なるほど、こいつがデフォードとシルビアが言っていたこの街一番の顔役とやらの関係者か?
俺がシルビアの方を見ると、シルビアが無言でうなずく。
「ああ、このロナバールでも1番の商会さ。
うちに入ると色々と良い事があるぜ?」
「へえ?どんな良い事があるんです?」
「そうだな、まあ少なくとも他の顔役連中は何も言って来なくなるだろうな」
「なるほど・・・せっかくですがお断りします」
「入った方が良いぜ?」
「いいえ、遠慮しておきますよ」
「そうか?じゃあ何が起こっても後で泣かない事だな」
「へえ?どんな事になるんだい?」
その俺の言葉にイライラしたように、親玉格の側についていた若い奴が俺に対して凄む。
「ああん?てめえ!
このロナバールで俺たちに逆らおうってのか?」
「別にことさら逆らう気は無いけど、かと言って従う気もないね」
「てっめえ!なめてんのか?」
切れそうになった若僧を、俺と話していた、この集団の親玉らしい年配者が止める。
「やめろ!ロドリゴ」
「しかし親父!」
「馬鹿!ここがどこだか忘れたのか?
少しでも騒げば、即座に戦闘法務官や審判の騎士が束になってやってくるぞ!
そうなったら困るのは誰だ?
それがわからんのか?」
そう、ここは何と言っても法の番人でもある魔法協会ロナバール本部の横にある広場だ。
事があれば即座に正規の魔道士たちが飛んでくる。
そうなればこんな連中はひとたまりもないだろう。
そもそも今ここで見ている人々や、行列に並んでいる中にも、戦闘法務官がいる可能性が高い。
さすがに若僧もそれがわかっているようで、掴みかかろうとした動作を止める。
「くっ・・・」
「それがわかったなら、おとなしくしていろ!」
「わかったよ・・・
へへっ・・よお?シルビア、久しぶりだな?」
その若い奴がシルビアを舐めまわすような視線で見る。
それに対してシルビアはこれ以上はない位に嫌そうな顔だ。
俺はシルビアに聞いてみる。
「知り合いかい?」
「一応見覚えがある顔ではありますが、これが知り合いというのであれば、一度見かけた事のある蝿やゴキブリも知り合いと言う事になりますわ」
ああ、なるほど、そういう手合いな訳ね?
するとその若僧がニヤニヤと笑いながら再び話しかけてくる。
「へへっ、相変わらず手厳しい事を言ってきやがるな?
それにしても惜しかったな?
俺はお前の競売の時に、あの会場にいたんだぜ?
祖父さんから金貨五百枚を借りてよ?
それ位ありゃあ何とかなると思ったんだが、あの御嬢はともかく、まさかこんな小僧に出し抜かれるとは思わなかったぜ?」
ほう?
こいつもシルビア狙いであの競売に参加していたのか?
「私はホッとしましたわ。
そうはならなくて・・・」
「けっ!俺のモンになってりゃ、今頃はそんな大きな口も叩けずに、その無駄にデカイ胸も俺が毎日揉んでやっていたのによ」
「そうなっていたら私は自分の舌を噛んでいたかも知れませんね」
シルビアは容赦ない。
それにしてもこんな男にシルビアが買われずに俺もホッとした。
シルビアは余程この男が嫌いなようだ。
もっとも会って数秒で俺も嫌いになった。
「なあ、今からでも遅くはないぜ?
うちに来ないか?
贅沢はさせてやるぜ?」
「お断りします!
私は今このシノブ様の下で幸せに暮らしております。
今更他の所へ行くなどありえません!
ましてやそれがゴキブリの巣など論外です!」
「てめえ!ふざけてんのか!」
「ロドリゴ!いい加減にしないか!」
再び俺たちに飛びかかろうとする若僧を、もう一度親玉が止める。
「わかったよ・・・
へへっ・・・まあ、いいさ、どうせこの店がウチのもんになりゃ、シルビアも俺のモンだ」
「それがわかっているなら、おとなしくしてろ」
ほう?そういうつもりなのか?
しかし俺に全くその気がないのに、一体どうやってこの店を自分たちの物にする気だ?
うん、こいつら近いうちに何か仕掛けてきそうだな?
しかしここは天下の魔法協会の広場だ。
いくら店を閉めた後でも、ここに何かを仕掛けて来るとは思えないが?
一体どうするつもりなのだろうか?
若僧を落ちつかせると、親玉が再び俺に話しかける。
「ああ、邪魔したな、兄さん。
今回は挨拶だけだ。
でも、その内また会う事になると思うぜ?
その時は良い返事をもらいたいもんだな?
さもないとあんただけじゃなくて、あんたの女たちも危ない」
「そりゃどういう意味だい?」
「言葉通りの意味さ。
あんた、そこのシルビアの他にベッピンのエルフとか獣人娘とか飼っているんだろ?
そいつらのためにもうちに入った方が良いって事さ」
その途端、俺の体内の血が沸騰する。
「おい!お前ら!
俺はともかくシルビアやエレノア、ミルキィはもちろんの事、うちの店の者に指一本でも触れてみろ!
お前ら俺たちに手出しをした事を死ぬほど後悔させてやるからな!」
俺の激しい剣幕に若僧は少々怯むが、親玉の方は笑って答える。
「そうかい?そりゃ楽しみだな?
ま、今までにもお前さんのように最初は勢いの良かった奴らもいたが、そいつらも最後までそんな大口を叩けなかったがな」
余裕で答える親玉に俺が畳み掛けるように叫ぶ。
「それともう一つ!」
「なんだ?」
「シルビアたちは俺が飼っている訳じゃない!
一緒に仲良く暮らしているだけだ!」
「は?」
俺の言葉にトランザム組の連中は訳がわからないといった感じでポカンとしている。
そんなどうでも良い事をなぜわざわざ説明をする?と言った感じだ。
しかし俺はさらに話を続ける。
「むしろ、俺が飼われているんじゃないかと思う位だ!」
うん、特にエレノアとシルビアにな!
その俺の言葉に、トランザムの連中は今度こそ理解に苦しむといった表情になる。
あ、クレインも微妙な顔をしている。
でも何故かシルビアは笑顔で誇らしそうだぞ?
「特にエレノアに褒められると、俺は嬉しくて、見えない尻尾を思いっきり振っている位だぞ!」
その俺の説明に今度はクレインが納得顔でうなずき、シルビアは微妙な顔になっている。
そしてトランザムのやつらは完全に引いている。
「なんだ?こいつ・・・頭がおかしいのか?」
「やめろ!ロドリゴ!こいつの相手をするな!」
そう言って親玉は少々哀れみの表情が入った顔で俺を眺める。
やかましいわ!
ヤクザに同情されたくないわ!
「とにかく俺はいつでもお前らの相手になってやるぞ!」
「そ?そうか?
まあ、気が変わったらうちに話に来い」
親玉が微妙に目線を俺からそらしながら話す。
どうやらあまり俺の相手をしたくなくなったようだ。
「おい!引き上げるぞ!」
そしてトランザム一家は去っていった。
うん、勝った!
・・・勝った事にしよう!
そいつらが去るとシルビアが苦虫を潰したように話す。
「あいつはロドラン・トランザムと言って、トランザム一家の次代です」
「次代?」
あまり聞きなれない言葉を俺が聞き返す。
「次代と言うのは次の世代の頭目、要は一家の跡継ぎです」
「なるほど、じゃあ、あの若い奴は?」
「あれはロドランの息子で、ロドリゴと言って、昔から私やエトワールにまとわりついて来るしつこい男です。
まあ、私やエトワールが好みと言うよりも、単に魔道士の女が欲しいだけなのでしょうけど・・・
あんまりしつこいので、昔、私とエトワールで少々焦がしてやった事がありますわ」
「そうなのか・・・
それにしてもあんな奴にシルビアが買われなくて良かったよ」
「私も心底そう思いましたわ。
あんな奴に買われていたら、私、本当に舌を噛んでいたと思います」
「その気持ちはわかるな」
もしそんな事になっていたら、俺は泣いて後悔していただろう。
ああ、本当に俺がシルビアを買えて良かった。
「連中、何か仕掛けて来るのは間違いないね?」
「ええ、私もそう思います」
シルビアがうなずいて賛同するとクレインもうなずいて話す。
「我々もそれに備えて色々と考えていた方が良いですね?」
「ああ、確かにね。
後で俺からも全員に伝えるが、さし当たって店員たちには、ここしばらくは決して町に出かける時は一人では行動しないように厳命しておいてくれ」
一人で行動さえしなければ、うちの店員は最低でも全員がレベル60以上のタロス魔法士だ。
レベル40前後の戦闘タロスを、最低でも一人で八体は出せる。
それが二人ならば、最低でも十六体の戦闘タロスがいる事になる。
しかも護衛にメイドやボーイがついていれば、まずあいつらが手出しをして来ても大丈夫だろう。
「承知いたしました」
「うん、じゃあ、僕とシルビアは組合の方の様子を見に行って来るから」
「はい、こちらはお任せください」
その後、俺とシルビアは組合の方の支店にも行ってみたが、そちらも魔法協会支店同様、大盛況だった。
俺は念のために、迷宮店や森の入口店も見回ってみたが、特に異常はない様子だった。
色々とあったが、何とか新店舗開店初日も乗り切ったようだ。
家に帰るとアルフレッドが俺を迎える。
「お帰りなさいませ。
御主人様、お店の方はいかがでございましたか?」
「ああ、両方とも大盛況さ」
「それはようございました。
ところでさきほど、ゼルさん、いえ、コールドウェル本部長より、御伝言がございました。
是非、近い内に話があるので、本部までいらして欲しいとの事です」
「え?コールドウェル本部長が?」
「はい、その通りでございます。
何でも今日にでも御呼びしようかと、御主人様を探したらしいのですが、折悪しく捕まらなかったようなので、こちらに伝言に来た模様でございます」
なるほど、今日の俺はシルビアを伴って各支店を巡っていたので、折悪しく出会えなかったようだ。
それで屋敷に伝言をしたのだろう。
それにしても一体何の用事だろうか?
早速明日にでも会いに行ってみよう。




