0272 メディシナー料理団
ついに以前から打診されていた、うちの魔法食堂で働くためのメディシナーから派遣された人々がやって来た!
年齢は上は25歳から、下は15歳までの総勢21人の男女だ。
レオンからの手紙だと、こちらの要望どおり、全員最低でも魔法士という話だ。
その中の代表らしい人間が俺に挨拶をする。
「ホウジョウ様。
初めてお目見えいたします。
私、この集団のまとめ役で、団長のクレイン・パターソンと申します。
こちらは副団長のカーティス・バーナードとデイジー・オルコットと申します。
一応この三人は魔法学士の称号を持っておりますので、色々とお役に立てるかと存じます」
「え?魔法学士」
「はい、さようでございます」
「うちで頼んだのは料理人だよ?
そりゃ、確かに魔法を使った料理の店長候補なので、多少料理以外にも学問や魔法が出来た方が良いけれど、魔法学士がなぜわざわざ?」
魔法学士と言えば、魔道士以上の魔法の専門家だ。
そんな称号を持つ人間が、なぜ料理人になろうとするのだろうか?
「いえ、料理人とはいえ、この組織はレオンハルト様とレオニー様は、将来的にかなり大きな組織になると考えておられます。
その時のために今から多少料理が出来る魔法学士数人はいた方が良いと判断されて、我らをこの料理団に加えました。
もっともこちらの二人はかなり直前になっての捻じ込みですが・・・」
そう言ってクレインはカーティスとデイジーを少々あきれ返ったように見つめる。
「何はともあれ、本日より我々21人をよろしくお願いいたします」
そう言うとクレイン以下、メディシナーから来た料理団は俺の前で、ビシッ!と軍隊のように整列をしている。
クレインの左右に二人が立ち、その後ろに六人が綺麗に3列になって並んでいる。
軍隊ならば間違いなく敬礼をしているであろう。
「わかった、今日からよろしくね。
言い遅れたが、私が店主で君たちの雇い主のシノブ・ホウジョウだ。
そしてこの隣にいるのが首席秘書官で私の魔法の師匠でもあるエレノアだ。
もちろん知っていると思うけど・・・」
俺の言葉にクレイン以下、メディシナーから来た全員が色めき立つ。
「もちろんですとも!」
そりゃメディシナーの英雄だもんな?
この連中がエレノアを知らない訳がない。
もっとも本物を見るのは全員が初めてだろうけど・・・
そして俺がシルビア以下、他の家の者たちを紹介した後でクレインに尋ねる。
「ところでクレインはパターソンとか言っていたけど、ドロシーさんたちと何か関係があるの?」
「はい、ドロシー・パターソンとマーガレット・パターソンは私の姉です。
我がパターソン家は代々メディシナー家の執事や補佐をしている家系でして、我々は4人兄弟です。
兄のシートンが家を継ぎ、姉のドロシーとマーガレットはご存知のようにレオニー様とレオンハルト様の首席秘書官を務めております。
私は末弟で、今回このような大役を仰せつかったわけでございまして・・」
なるほど、パターソン家の者なら確かに俺たちも信用できる。
しかし魔法学士たる者が、このような仕事に回されて不満はないのだろうか?
「え?でもクレインは魔法学士なんでしょ?
こんな事って言うのもなんだけど、料理人で本当に良いの?
他に色々と出世の道もあっただろうに?」
「いえいえ、私は魔法学士になったものの、これと言った事もせずに、家でブラブラとしておりましてね。
それが今回の話を聞いて、私は料理にもかなり興味がありましたし、なんと言ってもメディシナーの英雄たるエレノア様と、その主人たるホウジョウ様のお声掛りと聞きましてね。
是非ともお役に立ちたいと、レオンハルト様の話をお聞きして立候補したのですよ」
「それは私もです!」
横にいたカーティスが興奮して話し出す。
「え?」
驚く俺にカーティスが説明をする。
「私の父はメディシナー家で料理長を務めているのですが、その父がポリーナ様から肉まんの調理法を教わって驚きましてね。
ちょうど私が魔法学士になったばかりだったので、ホウジョウ様のところへ行って、最新の料理を学んで来いといわれたのですよ。
私も父に言われるまでもなく、是非とも最新の料理をホウジョウ様から習いたく、今回この派遣団に入れてもらったのです」
「私もです!」
今度はデイジーが興奮して話す。
「私はかつてマジェストンの高等魔法学校で料理部の部長をしていたのですが、最近になって同じく元料理部部長だったマーガレット先輩が、驚くほど色々と革新的な料理を作って見せて、私たち後輩を驚かせたのです。
それを考案したのが全てホウジョウ様と知って、こうしてそれを教わるためにこの派遣団に入れていただいたのです!」
「ああ、デイジーはマギーの後輩なんだ?」
「はい、その通りです!」
興奮した二人が話し終わると、クレインが事の経緯を説明する。
「そういった訳でこの二人は派遣団選抜後にどうしても入れて欲しいと捻じ込んできたのです。
まあ、二人とも魔法学士ですし、能力、信用共に審査するまでもなかったので、レオニー様とレオンハルト様が最終的に決断をして、この派遣団の一員となった訳ですが・・・
パラケルス様と姉のマーガレットも、この二人を推薦しましたしね」
なるほど、何で魔法学士が3人も入っているのかと思ったが、そういう理由だったのか?
エレノアがうなずいて答える。
「わかりました、ではクレインをはじめ、この集団はこれよりホウジョウ様の料理団として組み込まれます。
皆さん、ホウジョウ様にはよくよくお仕えするように」
「はい、承知いたしました!」
クレイン以下、メディシナーからの料理団の面々が俺に頭を下げる。
そして他の団員たちも紹介されるが、何と21人中6人までもが魔道士だそうだ。
これでうちの食堂組も一気に魔法学士が3人に、魔道士が6人、魔法士が12人か?
総勢21人、ブリジットたちと合わせれば30人近くだ。
今まで俺の食堂部門は迷宮の簡易厨房や屋台を使って、忙しいながらも数人で細々とやってきた感があるが、ここに来て一気に大所帯になったようだ。
その一人一人が誰を見ても、これからの期待と希望に表情が満ち溢れてる。
まあ、そりゃそうか?
メディシナー家当主と最高評議会議長様のお声掛りで、働く場所は生きている伝説の所なんだからな?
これで興奮するなと言う方が無理と言うもんだろう。
後ろの方には、本物のエレノアを直接見られただけでも感激したのか、泣いている者までいる。
考えてみればメディシナーで生まれ育った人間に取っては、これ以上誇りのある職場はないのかも知れない。
下手したらメディシナー侯爵家自体で働くよりも凄い事なのかもね?
きっとこの集団の選抜に入るのにも、相当な競争があったに違いない。
この人々はその中の精鋭中の精鋭という訳か?
俺はふと、どういう風にこの連中を集めたのか気になって、クレインに聞いてみた。
「クレインたちはどうやってこの集団に選ばれたの?」
「はい、私は全体のまとめ役として、レオンハルト様から直接のお声掛りで選ばれましたが、他の者は基本的には募集人員の中から選抜して選ばれました」
「選抜?どういう風に?」
「まずはメディシナー家で魔法料理人を募集している、ただし、働くのはメディシナー家で働く訳ではない、働く場所はロナバールを初めとした、いくつかの場所の予定、すでに料理がある程度できて、魔法士以上の資格を持つ者に応募資格があるとした所、500人ほどが集まりました」
「500人!?」
単なる人員募集ならともかく、魔法使い、それも正規の魔法士を募集して500人も応募があったとは驚きだ!
さすがはメディシナー侯爵家と言った所だ。
その数に驚いた俺にクレインが説明をする。
「はい、何と言ってもメディシナー侯爵家、直々の募集ですからね。
しかもメディシナーの魔法学校や魔法協会でも、大々的に宣伝をして、募集をかけましたからね。
これでも少ない位です。
もっとも魔法士で料理が出来る者と言うのは、確かに珍しい部類に入るので、この程度で収まった訳ですが・・・
そうでなければ、おそらく1000人を越えたでしょう」
「そうなんだ?」
「はい、それと募集要項に補助要綱がございましたので、そちらの方でもかなり数が制限された様子です」
「補助要綱?」
「はい、メディシナー家に対する忠誠度と、エレノア様に対する知識と心酔度を測って、それを採用の基準の一つにするという要綱がございまして・・・」
「ぶふっ!」
思わず俺は吹いた!
なんじゃ?そりゃ?
メディシナー家に対する忠誠度はわかるけど、エレノアに対する心酔度って何だよ!
「え?心酔度?何それ?」
「はい、レオニー様とレオンハルト様が、その要綱は絶対に必要だと言われまして。
何しろその部分の選考はレオンハルト様が自ら司会進行をなさったほどでして・・・」
「え?レオンが?どういう風に?」
「はい、まずは選抜会場となったメディシナー侯爵邸の庭に、応募者たちを全員集めました。
そしてレオンハルト様御自身が、その応募者たちに向かって「みんな~ロナバールに行きたいか~?」「おお~っ!」「エレノア様は素晴らしいか~」「おお~っ!」という感じで叫んで選抜が始まりまして・・・」
なんじゃそら!
一体どこのアメ○カ横断ウルト○クイズだよ!
「それからレオンハルト様がエレノア様に関する質問をなさって、正しいと思った者は○へ、間違いだと思う者は×へ移動するという形式で問題が出されました。
そこで間違った者は次々と脱落して行くという形式で進みました。
そのせいで、メディシナー出身でない者は、相当不利となり、かなりそこで落選してしまいましたが・・・」
やっぱり出題形式がウルト○クイズじゃないかよ!
俺は興味が湧いたので、クレインに聞いてみた。
「え?ちなみにその選考会の審査員は誰で、どんな問題が出たの?」
「はい、審査員はエレノア様の直弟子である、レオニー様、パラケルス様、そしてポリーナ様の三人です。
同じく直弟子であるオーベルさんも、審査員になろうとしたのですが、得意げに自分もエレノア様の直弟子だから審査員になると言ったら、即座に姉のドロシーに蹴り倒されて、姉たちや、すでに代表が決まっていた私と共に進行係に回されました」
おいおい・・・
ドロシーさんのオーベルさんに対する扱い、相変わらず悲惨だな?
何かその状況が目に浮かぶわ~
「そして第一問目は、メディシナーでもっとも偉大な人物はエレノア様である。
○か×か?という物でした」
「え?それって・・・」
「もちろん答えは×ですよね?」
俺が答えようとすると、エレノアも小首をかしげて答える。
うん、×でしょ?
だって一番はガレノス様じゃ?・・・と俺が言おうとしたら、クレインが俺の答えようとした前に答える。
「もちろん正解は○でございます。
エレノア様より偉大なる方はメディシナーに存在しませんから」
「え?だって始祖はガレノス様だから、一番はガレノス様じゃないの?」
「いえ、そのガレノス様と2代目のアスクレイ様が『エレノア無くしてメディシナーは無し』と、おっしゃっておりますので、ガレノス様よりもエレノア様の方が上で、もちろん正解は○でございます。
これはメディシナーの常識でございます」
ええ~?そうなの?
俺、一問目でいきなり脱落しちゃったよ!
それ、絶対に問題の正解を無理やり変えてないか?
って言うか、たった今、エレノア本人が答え間違っているだろうが!
俺の横でその本人が驚いているぞ!
それで良いのか?
メディシナーの常識は、世間の非常識なんじゃないのか?
俺とエレノアが驚いていると、クレインが話を続ける。
「ところがその第1問目で結構間違えた参加者がおりまして、その参加者たちはその時点で脱落はもちろんの事、怒ったパラケルス様に『お前たち!こんな簡単な問題を間違えてこの選考会に参加しようとは論外だ!おしおきだべ~』と言われて、脱落組は罰ゲームと称してパラケルス様から電撃を喰らっておりました」
こえぇ~、怖いよ!エレノア様心酔度クイズ!
しかも俺、御主人様なのに第一問目で脱落しちゃったよ!
参加してたらパラケルスさんに電撃を喰らってたよ!
つーか、パラケルスさん、あんな温厚そうな顔して、そんな事してたの?
パラケルスさんも怖いよ!
何かキャラ違ってない?
それともメディシナー一族って、エレノアが絡むと、みんな性格が変わるのか?
「へ、へえ・・・そ、そうなんだ?」
俺の心の中など、全くわからないクレインが涼しい顔で説明を続ける。
「それで色々と選抜試験をした結果、40人ほどが最終候補に残りましたので、その者たちの料理の腕や学問などの最終審査をして、最終的に残った30人を、この料理団の一員として採用いたしました」
「え?30人?」
ここにいるのは21人だ。
他の者はどうしているのだろうか?
「はい、ここに来ている者はその第一次人員でございまして、残りの者もいずれこちらで鍛えていただく所存です」
「そうなんだ?」
「はい、ポリーナ様のお話を聞いた限りでは、店の運営にはかなりの人数を必要とうかがいましたので、その人数となりました。
最終審査に合格した者たちに、そこで初めてこの人員はロナバールで開かれる予定の魔法食堂の一員として働く事になる。
そこではホウジョウ様とエレノア様に直接御指導いただいて、そこの店員になるのだと話すと、全員感激の余り、そこで咽び泣きました」
「おいおい・・・」
何だかな~
まあ、俺はともかく、エレノアに直接指導を受けられると聞いたら、この選抜を通った人間だったらその位にはなるわな~
何しろあのエレノアマニアのレオンが認めた連中なんだからな~
忠誠心と士気が高いのは助かるんだけど・・・
「残りの者も現在メディシナーでポリーナ様の御都合がつく時に、その御指導の下でシノブ魔法食堂の店員になるのに恥ずかしくない教育を受けております。
いずれこちらに来た時はよろしく御指導お願いしたします」
「うん、まあ、それは構わないけど・・・」
う~ん、なんかこれは今後のうちの食堂部門は凄い事になりそうだ・・・
「ま、まあ、とにかくここにいる諸君はその厳しい選抜を乗り越えてきた優秀な者たちばかりだ!
君達はうちで幹部候補として働いてもらう。
ここにいる全員が将来の店長候補であり、ただの皿洗いや料理運びではなく、全てを学んでもらう事になる。
その覚悟で働いて欲しい!」
俺がそう挨拶すると、クレインが代表して返事をする。
「はっ、かしこまりました!
お任せください!一同、礼!」
クレインがそう言うと、全員が見事に揃って頭を下げる。
う~ん・・・何だか凄い・・・
そうこうするうちにブリジットたちも仕事を終えて帰ってきたので、俺はメディシナーの面々を紹介する事にした。




