0026 エレノアとの生活 1
奴隷商館を出た俺はエレノアと共に宿屋に向かった。
エレノアは先ほどの深いフード付きのボロ服を羽織っているので、顔や耳は見えない。
俺は一応聞いてみた。
「え~と・・・その格好のままでいいのかな?」
「はい、先ほどもご説明した通り、あの姿では目立ちます。
私はまだ、御主人様には正式に御購入を決めていただいた訳ではないので、私の姿を世間にさらすと、後々御主人様に御迷惑がかかると思いますので、しばらくはこの格好の方がよろしいかと」
なるほど、そういう事ね。
確かにこの凄い美女エルフが町を歩いたら目立つわ。
こんな超絶美形エルフを奴隷にして歩いていたら、それこそ町の男供のやっかみや嫉妬で、逆恨みを受けかねない。
そして3ヵ月後に彼女を返したら、そいつらの逆恨みだけを俺が買う事になるだろう。それは確かにごめんこうむりたい。
しかし、そこまですでに考えてフードをはずさないでいるとは、恐ろしいほどの読みだし、こちらの事も考えてくれているんだと思うと、改めて感心する。
「では、ともかく宿屋へ向かいましょう」
「はい」
そういって俺たちは宿屋へと向かった。
オルフォン亭へ着くと、宿の主人に話す。
「あ~人数が増えたので、部屋をもう少し大きな部屋に変えたいのですが?」
「何人ですか?」
「二人部屋です」
俺の後ろにいたエレノアを見ると、納得して答える。
「食事はどうしますか?」
「それは2人分用意してください」
俺の言葉に主人が申し訳無さそうに答える。
「あいにく、うちでは奴隷用の食事が用意できないのですが・・・」
「それは構いません。
私と同じ物を用意してください。
料金はちゃんと支払いますから」
その俺の言葉に主人が驚いて問い返す。
「よろしいのですか?」
そんなに奴隷に普通の食事をさせるのって珍しいのだろうか?
まあ、とりあえず俺はそれで構わないからいいや。
「はい」
「では料金は一泊で銀貨8枚になります。よろしいですか?」
「それで構いません」
「何泊にしますか?」
そうか・・・一応3ヶ月借りてきたけど、そこまで実際に借りるかどうかはわからないし・・・とりあえず十日分くらい払っておけばいいか?
「では、さし当たって、10日分を前払いしておきます」
「はい、それでは大銀貨8枚、8000ザイになります」
「では、これで・・・」
俺は銀貨袋から大銀貨を8枚出すと、それを払った。
「確かに、それでは、部屋を用意しますので、少々お待ちください」
「はい」
俺たちが待っていると、ほどなく主人が新しい部屋を用意して案内してくれた。
新しい部屋は前の部屋よりも確かに広かったが、それほど広いというほどではなかった。
変わっているのは、部屋の奥の方に扉があった。
俺は部屋にトイレがついているのかな?と思った。
しかしそれよりも先に、すぐに別の事に気がついた。
(ありゃ?ベッドが1つしかないぞ?一番肝心な物がないのは困るなあ)
そのベッドは、前の部屋のベッドよりは大きいが、部屋中を見回してもベッドはその一つしかない。
他の事は共用で使えるが、いくらなんでもベッドは一人一つは必要だろう。
そう考えた俺はエレノアに話す。
「二人用の部屋と言ったのに、どうもこの部屋は一人用みたいだね。
何か勘違いしたのかな?
もう一度主人に二人用の部屋に移してもらえるように行って来る」
その俺の言葉にエレノアがフードをはずすと、クスリと笑って答える。
「いいえ、この部屋は二人用で間違いないですよ」
「しかし、ベッドが一つしかないじゃないか?
他の物はともかく、二人なんだからベッドは二つないと困るだろう?」
「いいえ、二人と言っても、私は奴隷ですから。
正確にはお客一人とその奴隷一人です。
自宅ならともかく、宿屋で奴隷にわざわざベッドを用意する主人はおりません」
「え?そういう物なの?」
もちろん、俺にこの世界の奴隷知識など皆無に近い。
エレノアの言う事をそのまま受け入れるしかないのだ。
「はい」
「だって寝る時はどうするの?」
「もちろん、そちらの奴隷部屋か、ここの床で寝ます」
「え?床で?」
床はもちろん板張りで固い。
古い木材なので、棘だって出ている場所もあるかもしれない。
そんな所に奴隷たちは寝ているのか?
「はい、そちらの部屋に毛布があるでしょう?
それをかけて床で寝れば、奴隷には十分です」
「どれ・・・」
なるほど、言われてみれば、その方向には先ほど気になった扉がある。
中を開けると、人が一人か、二人ほどは座って寝れる小さな部屋があって、そこにはボロい毛布のような物が2枚置いてある。
どうやらこの小部屋が奴隷の部屋のようだ。
「基本的に奴隷は奴隷部屋にいて、御主人様の命令があればその仕事をします。
それは宿でも家でも同じです」
エレノアの説明に俺はなるほどと思った。
これが奴隷文化の一端という物か。
しかし、自分としては奴隷を買っても、そのように扱うつもりはなかった。
例え、名目が奴隷だったとしても、自分としては友人とまでは言わないでも、召使程度の扱いにするつもりだったので、床で寝せるなど論外だった。
偽善かも知れないが、俺の心の平穏のためにもそうしてもらいたい。
せめて寝る時位はベッドで寝て欲しいと思った。
やはり部屋を普通の2人部屋に変えてもらった方が良いだろうか?
そう考え込んでいる俺にエレノアが微笑みながら話しかけてくる。
「それに実際には私もベッドにご一緒させていただく事が多いでしょうし・・」
「え?どういう事?」
俺は質問するが、エレノアはそれをやんわりと避けて質問をする。
「それは後程という事で、御主人様に先に伺っておきたい事がございますが・・・」
「何?」
「御主人様のこの町の滞在理由と、今後の目的です」
また、それか?
困ったなあ。
まあ、いつもの通り説明するしかないか。
「実は、僕はここからかなり遠い場所からやってきたので、この町には見聞を広めるためにきたんだ。
先の目的は決まってないけど、とりあえずはレベルを上げる事と、できれば魔法を覚えたいんだ」
「魔法を・・・御主人様は魔法をどの程度覚えたいのですか?」
「できればこの世界にある魔法全部覚えたいけど・・・無理かな?」
せっかく魔法が使える世界にきた上に、神様から魔法の才能をもらっているのだ。
可能な限り、色々な魔法を覚えてみたい。
そう思って言ってみたが、エレノアは驚きもせず、やさしく微笑んで答えた。
「ええ、御主人様ならば、それも叶いましょう」
「うん、そうなるといいんだけどね」
「私もできる限りの協力をさせていただきます」
「うん、よろしくね・・・さて、ところで今日はこれからどうしよう?」
「そうですね、お聞きしたいのですが、御主人様はこの町にいらしたばかりなのですか?」
「うん、そうだよ。
まだこの町に来て、二日しか経ってない」
そもそもこの世界に来てからまだ1週間しか経っていない。
「では、しばらくはこの町に滞在するおつもりなのでしょうか?」
「うん・・・まあ、当分はそうなるかな?」
「この御宿で?」
「他に良い場所があれば移るかもしれないけど、当分はここかな?」
サーマル村長に紹介してもらったこのオルフォン亭は中々居心地が良い。
よほどここより安くて良い宿でも見つからない限りは、ここに泊まる事になるだろう。
「当分というのはどれ位でしょうか?」
「うん・・・正直どれ位か、自分にもわからないなあ・・・」
「3ヶ月は滞在されるのでしょうか?」
つまり自分を借りている間はここにいるかと聞きたいわけか?
まあ、行く当てがある訳でもなし、そもそも今の所、ここ以外はサーマルの村しか知らないしね。
それぐらいはここにいるだろうな。
「うん、それ位はいるつもりだよ」
「ではさしあたって、町の見物がてら、町で3ヶ月程度の日用品を買い物に行くのはいかがでしょうか?」
「そうだね・・・うん、そうしよう」
考えてみれば、この部屋にはまだ何もない。
そもそもこの宿自体にだって、まだ2泊しかしていない。
「でも、僕は全然そういった事がわからなくて、何を買えば良いかもわからないんだ。
エレノアは何が必要か、わかるかな?」
「日常に必要な物と、レベル上げのための迷宮で訓練をするために必要な物でよろしいのでしょうか?」
「うん、それで良いよ。
あ、あのね、僕が本当に何も持っていないという前提で買い物をしてもらえるかな?」
おそらく何も買わなくとも大丈夫だろうが、この世界での標準的な装備や生活道具も知りたかったので、良い機会だと思って、エレノアに全てを任せる。
「何も持っていない?それでよろしいのですか?」
「うん、そういう前提で考えて買い物をして欲しい」
「承知いたしました。それでしたら、大丈夫です」
「じゃあ、買い物に行こうか」
「はい、それで、どのように買いましょうか?
一つ一つ説明しながら買った方が宜しいですか?」
「いや、それじゃエレノアも面倒だろうから、説明は宿に帰ってからまとめてでいいよ。
エレノアが必要と思ったら全部買って良いよ」
「それで宜しいのですか?
それでは場合によっては、御主人様の持ち物と重なってしまう可能性もございますが?」
「別に重なったって構わないよ。
その辺は気にしないで。
あ、もちろん、支払いは全部僕がするけど、遠慮はしないでいいから、
生活に必要な物は本当に全部買ってね?」
「承知しました」
こうして俺はエレノアと町へ買い物に出たのだった。
宿を出て、まずは近くの雑貨屋に行くと、エレノアは最初に買い物籠を買う。
なるほど、そりゃそうだな、レジ袋やポリ袋がないんだから、当然入れ物は必要だな。その後で、木製のコップ、歯ブラシ、歯磨き粉っぽい物、タオルを買う。
「へえ、歯ブラシなんてあったんだ・・・」
「ハブラシ?歯刷子の事ですか?」
「ああ、「はさっし」って言うんだ?
うん、僕の故郷では歯ブラシと言う名前だったから、それ歯を掃除する道具だよね?」
「ええ、この歯刷子に、こちらの歯薬をつけて歯を掃除するのです」
そう言いながらエレノアは先ほどの歯磨き粉っぽい物を見せる。
やはり、あれは歯磨き粉の一種だったのか。
「その入れ物は歯を磨く薬なんだ?」
「そうですね、塩と乾燥した薄荷の粉と、少量の炭を混ぜてあります」
「へえ~?」
この世界の歯磨き粉って、そんな材料なんだ?
また別の店に入ると、今度は巾着のような物をいくつか、紐を買い、また別の店に入ると、大き目のたらいと洗濯板を買った。
う、そうか、そういえば、この町に来て、まだ洗濯をしてなかったな。
というか、この世界に来てから俺は一回も洗濯などしていない。
サーマルさんの村ではメリンダさんがやってくれていたし、この町に来てからまだ2日しか経ってないから洗濯なんかしてなかった。
確かにそれはこれから必要だな。
「ああ、たらいと洗濯板は僕が持つよ」
「とんでもありません!御主人様に物を持たせるなんて!」
「いや、だって買い物籠を持っている上に、その二つはかなり無理でしょ?」
「大丈夫です。お気になさらないでください」
いや、気になります。
奴隷というのはわかっているが、どうも女性一人にいくつも荷物を持たせて、男が手ぶらというのは俺の精神上よろしくない。
「いや、こっちの気分の問題もあるので、頼むからたらいだけでも持たせてくれない?」
「そうですか・・・?」
そう言うと、エレノアはようやく、渋々と俺にたらいを渡す。
「とりあえず、こんな所でしょうか?」
「うん、じゃあ帰ろうか」
「はい」
そうして俺とエレノアは宿へと歩き始める。
あれ?何かこれ気分いいぞ?何でだろう?・・・そう・・・何か新婚家庭の夫婦が新居に初めての買い物をして持って帰るみたいな感じだ、多分・・・
俺は結局前世で嫁さんはおろか、彼女もできなかったが、何かこういう気分を味わえただけでも幸せな気分だ。
でも、逆にこの程度でうれしくなる男って、我ながら不憫だな。
うん、そう思うと、今度は何か泣けてきた。
そんな事を考えながら歩いているうちに宿へついた。