0245 ブローネ党の驚き
ザジバたちブローネ党は全速力で十字路を越えて反対方向へ逃げていた。
しかしそこへちょうど俺たちと待ち合わせしていたエトワールさんに出くわした。
エトワールさんを見たブローネ党の面々は驚いて叫ぶ。
「うわっ!鬼だ!」
「ひっ!鬼のエトワール・・・」
「なんでこんな所に!」
ザジバたちを見たエトワールさんも即座に反応する。
「あっ!あんたたち!
その言い方、いつもやめなさいって言っているでしょ!
それに今日は非番で私服を着ているんだから、ちゃんと「可愛いエトワールさん」って呼びなさい!」
「ひいっ!御勘弁を!」
「うわわ~逃げろ~っ!」
「また何か悪さしているのね?
非番だからって、見逃がさないわよ!」
そう言うと、エトワールさんもその場でバッ!と木人形型の戦闘タロスを二十体ほど出す。
当然、ブローネ党の連中が、向こう側へ逃げ出す隙などない。
「ひいぃ~逃げろ!」
「鬼に殺される!」
「死にたくない~」
鬼に殺されるって・・・ずいぶんじゃない?
これほどこいつらに恐れられているエトワールさんって一体・・・
逃げ出した男たちは再び十字路へ戻り、その先にまだ俺たちがいるのを見ると、今度は左右に散らばる。
すると、一方へ逃げた男たちの前には全身が真っ赤な男が立ちふさがる。
その横には赤と銀の金属製光沢のジャベックがいる。
そしてその横には金色の仮面を被ったスーツ姿と派手な夜会ドレス姿の男女がいる。
さらには黒いパンツ一丁の筋肉ムキムキの人までいる。
全員が一目で誰かがわかる、町と組合の有名人だ!
「ん?お前たち?ブローネ党の連中ではないのか?
また何か悪さをしているなら許さんぞ?」
「だ、男爵仮面とジャスティス・・・」
「伯爵仮面までいる・・・」
「伯爵仮面2号もだ・・・だめだ・・・」
「マギアマッスルまで・・・もう逃げられない・・・」
ブローネ党の面々は呆然とそこへ立ち尽くす。
中にはヘナヘナとその場に座り込んでしまった者すらいる。
さらに十字路を反対側へ逃げた連中の前には、黒と銀の魔法協会の制服を着た、真っ赤な髪の男が数人の部下たちと共に立ちふさがる。
そして全身がオレンジ色光沢の甲冑の派手な人もいる。
「おや?お前たちは確かブローネ党?」
「あ、赤髪のドロイゼ・・・」
「な、なんでこんな所にいるんだ!」
「しかも審判の騎士のマックスまで!」
「お前たち、こんな所で何をしている?
何故逃げているのだ?場合によっては容赦せぬぞ?」
ドロイゼがそう言うと、部下たちが即座に迎撃体制を取る。
「あ、あ、あ・・・」
四方に散った男たちはそれぞれジリジリと道を後ずさり、十字路で全員が四方から追い詰められる。
もはやどの方向にも逃げ場などない!
緊張感が高まり、今にも男たちは暴発しそうだ。
しかしそのピリピリとした緊張感の中、十字路で出くわした俺たちが和やかに挨拶をする。
「あ、エトワールさん、こんにちわ!」
「あ、シノブさん、シルビア、お待たせ!」
「あれ?男爵仮面とグレ・・・じゃなかった伯爵仮面と2号にマギアマッスルさん、それにドロイゼさんやマックスさんまで?
こんにちは」
「おう、少年、久しぶりだな」
「うむ、元気か?シノブ?」
「お久しぶりでございます。シノブ様」
「お元気でしたか?」
「こんにちは!シノブ君!」
「ああ、シノブさんにシルビア君、こいつらが何かしましたか?」
ドロイゼさんの質問にシルビアが優雅に答える。
「ええ、私達に少々手出しをして来たので・・・」
俺が全員と和やかに挨拶をすると、ザジバやブローネ党の面々が驚きの声を上がる。
「こ、この小僧、こいつら全員と知り合いなのであるか?」
「一体どういうガキだ?」
その声にエトワールさんが腹を立てて説明をする。
「この小僧とは失礼ね!
このシノブさんは、私やシルビアなんかよりもずっと強いのよ!」
エトワールさんの説明にブローネ党の面々が驚く。
「ええ?」
「悪魔のシルビアより?」
「鬼のエトワールより?」
「だからそれ言うのやめなさいって言っているでしょ!」
途端にエトワールさんの木人形たちがダダダッ!と駆け出して、その男を取り囲む。
これは怖い!
今にもその男をボコボコにしそうだ!
「ひっ!すみません!
可愛いエトワールさん!」
「うん、それでよろしい!」
エトワールさんが納得していると、男爵仮面もうなずいて説明する。
「うむ、その少年は私よりも強いぞ?」
「その通り、私よりもだ」
「ええ、私よりも強いですよ?」
男爵仮面やグレイモン、さらにはマギアマッスルさんまでが、当然のように話すと、ブローネ党の面々がまたもや驚く。
「男爵仮面や伯爵仮面よりも?」
「一級のマギアマッスルよりも?」
「そんな馬鹿な!」
ブローネ党の連中が驚きの声を上げると、ドロイゼさんやマックスさんも当然のように説明する。
「何を言っておるか?
私よりも上だぞ?」
「ええ、私よりも上です」
その説明に愕然とするザジバとブローネ党たち。
「なにっ!赤髪のドロイゼより上だと?」
「審判の騎士のマックスよりも?」
「ありえないだろ!」
え?俺ってドロイゼさんよりも強かったの?
驚いた俺が鑑定してみると、ドロイゼさんはレベル267、確かに俺の方が上だ。
ついでにこのザジバとか言う奴も鑑定してみたがレベルは53、魔法も多少使えるようだ。
・・・うん、町のゴロツキどもをまとめるには十分なレベルかも知れないが、ここにいる俺の知り合いの人たちと比べたら全然比較にならない。
何しろこいつらが「鬼」と呼んで恐れているエトワールさんが、この中で一番レベルが低くてレベル75なんだからな~。
こんな人たちに囲まれたらそりゃ怖いわ。
「そんな馬鹿な!
そんな小僧が我輩や、この町の強豪たちよりも強いなどとは信じられん!」
驚くザジバにシルビアが呆れたように反論する。
「何を言っているのですか?
シノブ様のお力と比べたらあなた方など問題にもなりません。
いえ、そもそも比較する事が間違ってます」
そのシルビアの言葉に、その場にいた俺の知り合いの全員が一斉にうんうんとうなずく。
そして男爵仮面、マギアマッスルさん、ドロイゼさんがそれぞれ自分たちの意見を述べる。
「そうだな、お主達とこの少年では話にならん」
「そうですね、問題外です」
「全くだ!何を思い上がっておるのやら・・・」
しかし、納得がいかないザジバやその手下たちが騒ぎ出す。
「何?我輩を問題にしないだと!
そんな馬鹿な!」
「その通りだ!
ザジバ様は使空魔法士並なんだぞ!
その小僧は魔道士か、魔法学士だとでも言うのか?」
「そうだ!そうだ!」
騒ぐブローネ党に対して俺があっさりと答える。
「いや?ただの魔士だけど?」
俺はどこかの魔法学校に通った訳でもないし、まだ魔法検定も受けた事もない。
どんなに高水準な魔法を使えても、何も資格を持っている訳ではない。
だから現状では自称魔法使いであって、ただの魔士だ。
それを聞いた手下たちが得意げに騒ぐ。
「そらみろ!ただの魔法使いがザジバ様に敵うものか!」
「そうだ!そうだ!」
「何を勘違いしている!」
ザジバの手下たちの言葉にエトワールさんと男爵仮面が呆れたように話す。
「馬鹿ね!勘違いしているのはあんたたちよ!」
「お前たち、そんな事を言っていると後悔するぞ?」
「うむ、以前の私がまさにそうだった」
グレイモンもしみじみと話す。
うん、これは説得力があるな?
しかしこいつらの親玉はそれに納得がいかないようだ。
かつてのグレイモンのように俺に戦いを挑んできた。
「では我輩とその小僧を戦わせてくれ!
それで負ければそやつを認めようではないか!」
だが俺はそれをあっさりと断って立ち去ろうとする。
「いや、別にお前らに認められなくても問題はないから、じゃあな」
「何?逃げる気か?」
「いや、単に面倒なだけなんだけど?
それに今日はシルビアやエトワールさんと一緒に食事や買い物とかをする予定だから、お前たちに構ってやる時間なんか勿体ないんだ」
俺が面倒ごとは嫌なので断ろうとするが、エトワールさんが嬉しそうに話す。
「あら?私なら別に構わないわよ?
どうせこいつらを叩きのめすのに、シノブさんならそんなに時間がかかる訳ないし、それに面白そうだしね!」
「そうですわね、この連中に一回、御主人様の力を見せておけばおとなしくなるでしょう。
なんでしたら片手間に全員を相手に捻っても良いのではないでしょうか?」
「それいいわね!面白そう!
ねえ?シノブさん、この連中をちょちょいと捻ってみてくれない?
ちょっと私、それ見てみたいわ!」
ええ?そうなの?
シルビアとエトワールさんの二人にそこまで言われては俺もやらざるを得ないかなあ?
俺もちょっとやる気になってくる。
「そうか・・・じゃあ、ちょっと暇潰しにでもやってみようかな?」
「ええ、是非よろしくぅ~」
「私も御主人様がこの連中を捻る所を拝見させていただきたいですわ。
まあ、余興にもならないでしょうけど・・・」
俺たちがそんな会話をしていると、ザジバが割って入ってくる。
「待て待て待て!
さっきから黙って聞いておれば、暇つぶしだの、軽く捻るだの、言いたい放題言いよって!
何故、我輩が負ける事が決定事項のように話すのだ?
しかも我々を全員まとめてだと?
ふざけるでない!」
ザジバの言葉にエトワールさんが、何を今更と言う感じで答える。
「え?だって事実ですもの?」
「そうね。
まあ、当然ね」
シルビアが相槌を打つと、周囲を囲んでいた男爵仮面たちが、再び全員で、うんうんとうなずく。
エトワールさんとシルビアの会話を聞いて、ザジバが猛り狂う。
「ななな!何と言う侮辱!
そもそもこやつは今までいつも後ろに隠れて戦った事などはないではないか!
こんな常に女のスカートの後ろに隠れているような奴に勝てぬなどと言われては我慢が出来ぬ!
許せん!そこな小僧!
これはどうあっても我輩と勝負しろ!」
その言葉にドロイゼさんが俺に尋ねる。
「いかがです?シノブさん?
ひとつ、こいつの相手をしていただけませんか?
一度相手をしてやれば納得すると思いますので・・・」
「そうですね・・・まあ、やってもいいんですが・・・」
「ではここでは少々人の邪魔になります。
私達も街の外周警戒を終えて魔法協会に戻る所ですし、幸いここは魔法協会の近くです。
私が審判をしますから、あちらの広場でやりましょう。
おい、ザジバ、お前たちもそれで良いな?」
「もちろんである!
我輩は逃げも隠れもしない!」
ドロイゼさんに言われて、俺たちはゾロゾロと場所を移動する。
「うむ、では我々も見学させていただくとするか?」
「そうだな」
「ええ、是非シノブさんの戦いを見せていただきましょう」
どうやら男爵仮面たちも試合を見学するようだ。
俺たちは全員で魔法協会の広場まで移動した。




