0243 シルビアの手料理
それは俺の何気ない一言から始まった。
「そう言えばシルビアの料理って食べた事無いよね?」
その日はたまたまアルフレッドとキンバリーに休暇を出して家に居なかったのだ。
食堂組と外組は食事を分けて作っていたから、外組の食事を誰が作るかという事になって、俺がふとそう言ったのだ。
「そうですね」
「ええ」
エレノアとミルキィもうなずく。
エレノアやミルキィの料理を食べた事はあっても、シルビアの料理を食べた事はない。
エレノアは一般的な料理から、それこそ材料さえ揃えば宮廷料理も作れると言っているし、ミルキィも自分の村の料理の他に、俺やキンバリーに色々と教わって、様々な料理が作れるようになっていた。
しかしシルビアの料理の腕は不明だ。
魔導士の時は賄い付きの寮に住んでいたので、料理をしたという話も聞いた事がない。
そう思った俺はシルビアに頼んでみた。
「一度シルビアの料理を食べてみたいな♪」
「料理・・・ですか?」
「え?ダメなの?」
少々不安そうにするシルビアに俺が尋ねると、元気よく答える。
「いえ、大丈夫です!お任せください」
「うん、じゃあよろしく。
材料とかは大丈夫かな?」
「調理場にある物を使ってよろしいのですね?」
「うん、何を使っても構わないよ」
「では、大丈夫です。
ただ少々時間はかかるかも知れませんが・・・」
「うん、別に多少時間がかかっても大丈夫だよ」
「承知いたしました」
俺たちは料理が出来るのを待つ。
「どんな料理を作っているんだろうね?」
「そうですね」
「私も楽しみです」
確かに少々時間がかかったようだが、ようやくそれが出来たようだ。
シルビアが俺たちを呼びに来る。
「皆さん、出来上がりましたよ」
「は~い」
俺たちはシルビアに呼ばれて食堂へと向かう。
ペロンも一緒に食べるようだ。
すでに食卓に着いて食べる気満々になっている。
その食卓にはシルビアの作った料理が並ぶ。
・・・いや、果たしてこれが料理と言えるのだろうか?
俺たちはその料理?を見て顔が引きつった。
まず見た目が凄い!
銀色のスープらしき物の中に、紫と緑の縞模様の食べ物と、丸い黒い物体が浮いている。
何を材料にしたのか原型がわからないような形と色になっているのに、型崩れしている訳ではなく、しっかりと形を保っているのだ。
それが水銀のような汁の中に鎮座しているのだ!
その料理の匂いを嗅ぐと、気の遠くなりそうな匂いが漂っている。
さらには瘴気のような物さえ漂っているのは決して気のせいではない。
ちょっと待って!シルビア!
まさかシルビアって、小説や漫画にたまにいる「あの系統」の人物なの?
あの料理が壊滅的に出来なくて、あまつさえ普通の食材で人を倒す事さえあるという・・・
アレってお話だけの存在で、実際に存在する訳ないよね?ね?・・・ね?
しかし俺は実際に目の前にある物体を改めて見て思わず聞いた。
「これ・・・食べ物なんだよね?」
俺の質問にシルビアはにこやかに答える。
「はい、もちろんです♪」
「どうやって・・・いや、コレ、材料は何で作ったの?」
「台所と冷蔵庫にある物で普通に作りましたが?」
「そ、そうなんだ・・・」
台所と冷蔵庫にあった材料で作っただと?
それでどうやったらこんな物が出来るのか?
むしろどうやって作ったのか説明を乞いたいほどだ!
特に銀色のスープって、どうやって作ったんだ?
材料に水銀なんてないだろう?
やはりシルビアは料理がアレな人物なのだろうか?
いや、疑ってはいけない!
見た目だけでおいしいかも知れないじゃないか!
もしかしたらね・・・・
・・・しかし愛するシルビアが作ってくれたのだ!
文句は言わず食べてみよう。
俺たちは食卓に着き、再び恐る恐るその食べ物を見る。
・・・やはり普通の食べ物には見えない・・・
「ま、まあ、食べてみるか?」
「おいしそうな匂いですニャ」
俺も含めて全員が引いている中で、意外にも唯一ペロンだけは食べる気満々だ。
え?そうなのか?
これが・・・?
ケット・シーって、食べ物に対する匂いの感覚って人間と違うのだろうか?
でも刺し身とか魚料理に関する感覚は俺たちと同じだよな?
おかしいな?
何でこれをおいしそうと思えるんだ?
俺がそう思っていると、ペロンが嬉しそうに料理を一口食べる。
パクン!
シルビアの料理を食べたペロンの様子が見る見るうちに変わっていく!
最初こそ嬉しそうな表情をしていたが、その後で青ざめて冷や汗をダラダラと流し始めた!
そして・・・
バタン!
シルビアの料理を一口食べたペロンが食卓に突っ伏して倒れる!
俺は驚いてペロンに近寄って抱き起こす!
「ペロン!大丈夫か!ペロン」
「アワワワ・・・・」
倒れたペロンは何も言わず、白目をむいて、口から泡を吹いている。
これは明らかに俺が初めてペロンを見たケット・シー・ポイズンを食べた時の状態よりも酷い!
「ペローンッ!」
俺は慌てて解毒魔法をかける。
「ベレーノ・フォロギィ!」
まだダメだ。
ペロンの毒は抜けていない。
「ベレーノ・フォロギィ!」
もう一回!
「ベレーノ・フォロギィッ!!」
結局、俺は三回も解毒をした。
それでどうにかペロンは助かったようだ。
ケット・シーはケット・シーポイズンという毒草以外は、ほぼどんな毒も効かないと聞いている。
アースフィアの生物の中でも屈指の対毒耐性を持っているらしい。
そのペロンが一口食べただけで倒れる料理って、どんな料理だ?
全快したペロンが驚いて話す。
「驚きましたニャ!
ケット・シーがケット・シーポイズン以外で毒状態になるのはボクが知っている限りでは初めてですニャ!
これは凄い料理ですニャ!」
いや、凄いの方向性が問題でしょ?
猫妖精に、そこまで言われるシルビアの料理って一体・・・・
俺はふとある事を考えて、そばにいたガルドに言ってみた。
「ねえ、ガルド、ちょっとそれを食べてみて?」
「はっ、承知しました」
ガルドは俺の命に従い、俺の器から一匙料理をすくって食べる。
すると途端にありうざるべき事が起こった!
バタンッ!
何と、ジャベックであるガルドが料理を食べて倒れてしまったのだ!
「ガルドォ~!」
驚いた俺はエレノアに聞く。
「ねえ、ジャベックに毒って効くの?」
「わかりません、こんな事は私も初めてですが、ともかく解毒をしてみましょう。
ベレーノ・フォロギィ!」
エレノアがガルドに解毒魔法をかけると、それは効いたようだ。
ガルドが頭を振りながら起き上がる。
「申し訳ございませんでした。
うかつにもこのような事は私も初めてでしたので、どのような対応をすれば良いかわからず・・・」
「うん、気にするな」
そりゃジャベックが毒気に当たるなんて普通はないだろ!
それにしてもケット・シーはおろか、本来生き物ですらないジャベックにまで効く毒の料理を作ったシルビアって・・・
俺たちの視線がシルビアに集中する。
当のシルビアはションボリとしている。
俺はポツリとシルビアに言った。
「うん、これからはシルビアが料理作るの禁止ね?」
「はい・・・」
シュン・・・とするシルビアに俺は厳然と言い放つ!
うん、俺たちの命のためにもこれは守らねばならぬ!
後日エトワールさんと会ってこの話をしたら驚いていた。
シルビアの料理がダメだった事にではない。
ケット・シーすら倒した事にだ!
「だってケット・シーって、確か凄く毒に耐性があるんでしょ?
人間は以前に料理で何人も倒した事はあるけど、ケット・シーまで倒すなんて・・・
ましてやジャベックまで倒すなんて驚きだわ!
以前よりレベルが上がったんじゃないかしら?」
驚くとこ、そこなのか!
レベルって、何のレベルだよ!
ある意味、シルビアは我が家で最強の地位を得た!
そしてシルビアの料理は我が家では封印されたのだった。




