0233 最後の秘密
俺はエレノアの質問にとぼけて見せた。
「え?何のこと?」
「良い機会です。
この機会に全てを話した方がスッキリしますよ?」
「な・何を?」
「とぼけないでください?
御主人様の前世での年齢です」
「そ・それは・・・」
そう、俺はそれだけは言わないでいたのだ。
それをこの三人に知られるのが怖かったからだ。
うまく誤魔化したつもりだったが、どうやらエレノアには通じなかったようだ。
「それに御主人様は一番引け目を感じていたのではありませんか?」
「・・・」
鋭い!
いつもながら何でこの人、こんなに鋭いの?
俺が答えずに無言でいると、エレノアが説明を始める。
「御主人様の広範な知識、洞察力、思考の深さ、どう考えても15歳の子供とは思えません。
例え異世界であってもです。
私の見た所、確かに御主人様は女性関係には非常に不慣れで少年か子供のようですが、それ以外の事には成熟した男性としか思えない節が多々ございます」
「それは私もそう思います。
私も以前から御主人様には成熟した大人の部分と、幼い少年のような部分の矛盾のような物を感じ取っていました」
「ええ、私もです。
ベッドで私と一緒のときは可愛い男の子なのに、何かの折にふと見せる大人の顔が不思議でした」
シルビアとミルキィもエレノアの意見に賛同する。
「そして以前より御主人様は年齢の話を避ける傾向がございました。
最初は私の年齢を気にしてそうしているのかとも思いましたが、どうやら御自分の年齢を気にしておられるような言動が多々見られました。
私は御主人様の年齢は15歳とわかっているのに、何故そのような事を気にするのか不思議に思っておりましたが、今聞いたような特殊な事情であれば、御主人様の行動にもうなずけます」
そのエレノアの言葉に俺は全身で冷や汗をかいた。
鋭すぎる!
これほど全身を恐怖が貫いたのはサーマル北西の迷宮で、ミノタウロスに出会って以来だ。
うう・・・流石にレベル689で560歳・・・恐ろしいほどの眼力だ!
見事だよ、明智君!
君の推理は見事に的を射て、すでに標的は穴だらけだよ・・・
三人は俺の答えを待つかのように、無言でじっと俺を見つめている。
しかし、それだけはこの三人に知られたくない!
知られたらどう思われるかが怖い!
いや、どう思われるかなんてわかっている!
何しろ俺は若い少年のふりをして、散々この三人に子供のようにベタベタと甘えていたのだ!
それが実は中身がオッサンだと知られたら、一体どう思われるか、簡単に想像はつく。
この三人にそれを知られて白い眼で見られる位なら、いっそ死んだ方がましだ!
俺にはとても耐えられない!
最低でも今すぐにどこかに逃亡しなければ!
追い詰められた俺の心臓の鼓動はバクバクと早鳴り、体温は上昇していく。
ぬう・・・これは脈拍360、血圧400、熱が90度もありそうだ!
もはや秘密を守るためにはこの場で自決するしかないか?
乙女のように「それ以上近寄ったら、舌を噛みます!」と言うか?
それともセットカウントを30秒にして自爆装置を使うしかないだろうか?
これが私の最後の決め手だよ、エレノア君・・・
・・・などとアホな事を考えている場合ではない!
ああ、ちくしょう!
俺ってこんな状態でも、結構馬鹿な余裕あるじゃねーか!
これもオタクの性なのか?
くっ・・・本当にここは外に飛び出して全ての証拠をなくすために、自爆魔法でも使うしかないか?
俺はどこかの推理ドラマで崖に追い詰められた犯人のように心理的に追い詰められていく。
俺の心理的背景では、あと半歩で崖から落ちて海に真っ逆さまな状態で、足元には大波がザッパーンッ!だ。
心なしか三人が俺にジリジリと迫っているように感じるのは気のせいだろうか?
やはり、ここは一旦どこかに逃げ出した方が得策だろうか?
俺はどこかに逃げ道はないかと考える。
俺のそんな考えが挙動不審な動きになっていたのは間違いない。
そんな状況で、突然エレノアが叫ぶ。
「シルビア!ミルキィ!
今すぐ御主人様の両手を取って押えてください!」
「「「え?」」」
その意外なエレノアの言葉に、俺も含めた三人が驚く。
「早く!事は緊急を要します!」
「はい!」
「はい!」
エレノアの言葉に二人がサッ!と俺の両手を取る。
ああ~ん!二人の巨乳が当たって気持ちいい~ん!
しかし言葉はどう言おうが、これは完全に確保された状態だ!
「いいですか?
御主人様がなんと言っても、私が許可するまでは、絶対にその腕を離してはいけませんよ?
それこそ自分の腕が御主人様に引きちぎられようともです!
これは現状下で最優先事項です!」
「はい!」
「わかりました!」
エレノアの言葉に最大の緊急性を感じた二人は、俺の腕を決して離すまいとギュッ!と胸に押し付ける。
しまった!
俺がグズグズと迷っている間にエレノアに先手を打たれてしまった形だ!
これではもはや逃げる事も叶わない!
秘密を守るためには、もはや本当にこの場で舌を噛み切る位しか方法はないのか?
俺は青ざめた!
しかしそんな俺にエレノアは容赦ない。
「失礼します、御主人様」
そう言うと、信じがたい事に、エレノアは押えられて動けない俺の口に、硬く巻いたタオルを強引に捻じ込んで来たのだ!
「もがっ!」
これでは舌を噛む事も出来なくなった!
ひどいよ!エレノアさん!
つーか、これ、奴隷が御主人様にする事?
信じていたのに!
信じていたのに!!
エレノアだけは信じていたのに!!!
思いっきり騙された気分だよ!
今度は俺は別の意味で泣きたくなったよ!
「うう・・・」
実際に俺は今度はシクシクと泣き始めてしまった。
もはや抵抗する気も失せて、全てが暴露されて確保された犯人のように、ガックリとする俺に、エレノアがやさしく話しかけてくる。
「御主人様、どうか無作法をお許しください。
しかし、こうでもしないと私が知っている御主人様の性格上、それこそ舌を噛みかねないと思いましたので」
うん、それは当たっているよ。
だって本当にそうするつもりだったもん。
「しかし、お聞きください。
今御主人様が亡くなれば、私はもとより、シルビアとミルキィも一緒に死ぬのですよ?
それでも良いのですか?」
それを言われて俺はハッとした。
顔を上げて、カッ!と目を見開いて、エレノアを見た!
そうだった!
エレノアたちは全員俺の奴隷で、俺が死んだ時の設定も、まだ全員殉死設定のままなので、俺が死んだら三人とも殉死をするんだった!
危うく俺はこの三人の命も絶つ所だったのだ!
このかけがえのない三人の命を!
俺は何て馬鹿な事を考えていたんだろう!
馬鹿!馬鹿!馬鹿!
俺の馬鹿!
どうして俺はこう馬鹿なんだろう?
今更ながら自分の馬鹿さ加減に悲しくなってくる。
錯乱する俺にエレノアがさらに話しかけてくる。
「どうか落ち着いてお聞きください。
御主人様は相当御自身の年齢に引け目を感じている様子ですが、エレノアは、そしておそらくはこの二人も、御主人様の年齢が何歳であろうが、問題にはいたしません。
少なくともエレノアは御主人様が何歳であろうが、決して忠誠に違いはございません。
御主人様に対する態度も、今までと全く変えるつもりもございません。
・・・と言うか、そもそも変える必要も意味もございません。
どう考えても御主人様の年齢は、私より下なのは間違いないと思いますので・・・
それに万一、私よりも年上だったとしても答えは同じでございます。
ここまでは御納得していただけましたか?」
エレノアの言葉に俺はタオルを口に突っ込まれたまま、コクコクとうなずく。
「ではこれからエレノアがお話をしますが、おとなしくそれを聞いていただけますか?」
俺は再びコクコクとうなずく。
すると、エレノアは俺の口から捻じ込んだタオルを外し、話を再開する。
しかし両腕は二人に確保されたままだ。
「失礼をいたしました。
ではエレノアの考えを申しあげます。
驚異的な洞察力や思考力は天才であれば、たとえ御主人様の年齢であってもありえますが、知識の量だけは明らかに年数に比例します。
私の知らない余程特殊な方法でもない限り、そうなります。
その御主人様が出会った神様とやら・・・おそらくこちらの世界で言う所の創造神様に相当する方かと思われますが、その方に記憶を操作されたのならわかりませんが、御主人様のお話からするとそうではないようです。
一部を除いて前世の知識をほとんどそのまま引き継いでいらっしゃる様子です。
するとどう考えても御主人様の知識量は、20年や30年で蓄えられる物ではございません。
ましてや15年などという短い時間で蓄えられる物ではない事は明らかです。
私の推測では御主人様の前世での年齢は、少なくとも130歳を超えていると予測いたしましたが、いかがですか?」
そのエレノアの言葉に俺はこけそうになった。
両腕をシルビアとミルキィに支えられていなければ間違いなくこけただろう。
俺は驚いて叫んだ。
「130なんていっている訳ないでしょ!
45歳だよ!45!」
思わず本当の年齢を口走ってしまった俺に、エレノアは意外そうに聞く。
「え?たったの45歳なのですか?」
「そうだよ!そもそも僕の世界では130歳なんて年齢は生きられないよ!」
俺の説明にエレノアは驚いて尋ねる。
「わずか45年でそれほどの知識を?
御主人様は前世でも天才だったのですか?」
「そんな事ないよ!ごく普通の人間だよ!
強いて言えば、他の人よりも読書をたくさんしていただけだよ!
だから知識は普通の人よりかなり多い。
それは間違いないよ!
でもそれだけだよ!」
「読書を?」
「そうだよ!単に読書好きで、それこそ何千冊も本を読んでいただけだよ!
5歳の頃から本を読み始めていたから、40年も読めば、それ位の知識にはなるよ!」
俺の説明を聞いてもエレノアは驚きを隠さない。
「たったの40年程度の知識で、これほどの知識量になるとはとても信じられませんが・・・
おそらく私が御主人様ほどの知識量になったのは200歳を越えていましたが・・・」
「だってこの世界には本もロクにないし、テレビやビデオだってないでしょ?
当然だよ!」
「てれび?」
「びでお?」
「???」
当然の事ながら3人にはそんな機械の事はわからない。
「え~と、ホラ、エレノアとミルキィはノーザンシティで、あちこちを見られるジャベックを僕が作ったのを見たでしょ?
ジャベックじゃないけど、ああいう作りで、芝居や歴史の知識を学べる道具だよ。
僕はそれを参考にして、あの映像ジャベックを作ったんだ!」
「ああ、アレですか?」
「あれで芝居を?」
「どういった物ですか?」
二人は今ひとつわからないし、シルビアは、まだ見た事がないので、もちろんわからないようだ。
「それに僕は本を読む速度はかなり速いし、一度読んだ本の内容はまず忘れないんだ!
だから知識量だけは確かにたくさんあるよ!
それと僕はただ読書するだけじゃなくて実践的な事も好きだったから、本に書いてあった事を実際に自分で実験してみたり、道具を作る事もよくしていたんだ。
料理なんかもね。
だから単なる文字だけの知識だけじゃなくて、実践的な知識や経験もかなりあるんだよ」
「なるほど・・・それで、知識と経験がそんなに豊富とは・・・私はてっきり100歳を越えているのだとばかり・・・」
「そんな訳ないって!
ただ、こんな子供みたいな見かけの人間が、本当の中身は45歳だなんて、気味悪がられると思ったから言いたくなかったんだよ!」
俺が説明すると、エレノアがキョトンとして答える。
「は?別に私はそのような事は気にしませんが?」
「え?」
「200歳を越えているならまだしも、45歳も15歳も、私にとっては、さほどかわりませんので・・・」
「そりゃエレノアはそうかも知れないけど・・・」
んん~・・・そうなのか?
エレノアに言われて俺は考え込んでしまった。