0227 奴隷競売
いよいよ競りが始まる。
場を盛り上げるために一応、シルビアさん以外の他の奴隷の競りも行われる。
様々な奴隷がそれなりに値をつけられて売られていく。
俺もシルビアさんの事は心配だが、競りと言う物自体が初めてなので興奮はする。
そして初心者の俺に、両脇で見ているエレノアとアルフレッドが色々と説明してくれる。
俺も前座が何件かあって、逆に助かった。
それのおかげで競りが初めての俺でも、大体の流れがわかったからだ。
そしていよいよ最後のシルビアさんの番となった。
奴隷姿のシルビアさんが壇上に連れて来られて、アルヌさんが口上を述べる。
「さて、皆様お待ちかね、いよいよこれが本日最後の競売です!
御存知の方も多いでしょうが、つい先日まで魔法協会で看板娘として受付嬢をしていたシルビア嬢です。
彼女は正規の魔道士でもあり、事務、戦闘にも長けており、何と言ってもこの美貌です!
初期値は本日の最高価格、金貨100枚から始めていただきましょう!
それではどうぞ!」
アルヌさんの説明に「おおーっ!」と会場がざわめき、競売が始める。
やはり最低値が金貨100枚というのは相当高いようだ。
競売が始まると、すぐに声が上がり、値段は上がっていく。
「110枚!」
「120枚」
「130枚だ!」
大体金貨10枚単位で上がっていくが、160枚を突破したところで、誰かが200枚の値をつける。
しかし、まだ俺もリュドミラも参加はしていない。
「まだです。まだ値を上げなくとも良いですよ」
「さようでございます。
あのボイド家の者が値を言い始めてからで十分でございます」
エレノアとアルフレッドが俺を落ち着かせるように諭す。
俺も二人の声に落ち着いてうなずく。
やがて300枚を過ぎると、人が少なくなってくる。
そこでいきなりリュドミラの御つきが声を上げる。
「350枚!」
一気に上がったその値段に、会場から、おお~と声が上がる。
「そろそろ参加した方がよろしいでしょう」
「わかった」
俺がうなずいて声を上げる。
「400枚」
「450枚」
「500枚」
ついに500枚の大台に乗り、会場がざわめく。
これほどの競りは滅多にないのだろう。
すでに当初予想されていた300枚も大きく超して、想像以上の高値に場も盛り上がって、客も大興奮状態だ。
この経過を実際に現場で見れたただけで、元は取れたと思っている輩も多いだろう。
そして競りも次第に俺とリュドミラ側の二人に絞られ、他の参加者は見ているだけとなる。
「550枚」
「600枚」
「650枚」
「700枚」
ここまで来ると、リュドミラ側に何か問題が起こってきたようだ。
何やら執事とリュドミラが激しく言い争っている。
争った結果、執事の制止を振り切って、今まで自分では声を上げなかったリュドミラが自ら声を張り上げる。
「720枚!」
「750枚」
「760枚!」
「800枚」
俺は涼しい顔で値を上げていくが、リュドミラはこちらを睨みながら、顔を赤くして声を張り上げる。
「くっ・・・810枚!」
「お嬢様・・これ以上は・・・」
執事が必死になって、リュドミラを止めているようだ。
どうやらあちらの懐は、この辺が限界らしい。
俺はここぞと思って宣言した。
「1000枚!」
おお~っ!と、会場がこれまでにないざわつきになり、リュドミラは唖然として声もなく、その後でワナワナと震えてこちらを睨んでいる。
俺の指値を聞いて、今回の競売の開催主で、同時に進行係でもあるアルヌさんが大声を上げて場内に促す。
「1000枚!
金貨1000枚が出ました!
これ以上はありませんか?」
会場中が一斉にリュドミラに注目するが、リュドミラは体を震わせるだけで、何も言わない。
どうやら決着がついたか?と、俺が思ったその時、リュドミラが大声で叫ぶ。
「待って!家に帰ればまだ金貨はあるわ!
持って来るから待ってて!」
その声にアルヌさんが、頭を横に振って、静かに答える。
「残念ですが、お客様、競りはその場に持ってきた現金が全てです。
後出しは許されません」
そう、そんな事を許せばいくらでも後出しが許されるし、実際には持ってないのに、場を混乱させるだけのために嘘を言う奴すら出てくる。
そういった事態のために、競りは必ずその場に持っている現金限りというのが、この世界の鉄則であり、常識だ。
だから普通競売に参加する者は現金を余分に用意するのが常識だ。
ましてや確実に競り落としたい物があるとすれば、今日の俺のように可能な限りの金貨だけでなく、銀貨や銅貨にいたるまでを用意するはずだ。
アルフレッドの話しによれば、過去には家屋敷を売ってまで、当日に備えた人間すらいると聞く。
とにかく銅貨1枚でも多ければ勝ちなのだ。
そのために俺はエレノアに頼んで現金を用意したのだし、エトワールさんも「万一の時のために」と言って、一旦寮に帰って自分の貯金を持ってきてくれたのだ。
しかしリュドミラはここまでの事態を予想はしていなかったらしく、これ以上の現金は持ってこなかったようだ。
相場から言って金貨が800枚もあれば、楽にシルビアさんを落札できると思ったのは想像に難くない。
そしてそれは決して間違いではない。
普通ならば正規の魔道士とはいえ、金貨が500枚もあれば余裕で落札出来ただろう。
むしろ金貨800枚も用意していたリュドミラは、かなり余裕を持って金貨を用意していたとも言える。
先ほど俺と出会った時に余裕綽々だったのも無理はない。
だが、そこは本気で友人の心配をして金を用意した俺たちと、所詮は遊びで競りに参加しようとしたリュドミラの差だろう。
実際には俺よりもリュドミラの方が動かせる金は大きいのかも知れないが、シルビアさんに対する意識が勝負を決めたと言っても良いだろう。
しかもリュドミラは自分の予想を大きく超えて、競り値が上がって、相当狼狽したようだ。
俺と違って貴族であるリュドミラはこういった競売を何回も経験していたに違いない。
だから彼女も競りはその場での現金のみというのは十分知っていたはずなのに、混乱してその決まりを破った。
そして当然のように家から持って来ようとしたリュドミラの声は拒否された。
興行主であるアルヌさんにそう言われると、リュドミラは周囲にわめきちらす。
「ちょっと、誰か!お金を私に貸しなさいよ!
後で倍にして返してあげるわ!」
だが、その叫びに誰も返事はしない。
リュドミラは横にいた男性に向かって、いきなり怒鳴りつける。
「あんた!持っている金貨!全部だしなさいよ!」
まるでやくざの恫喝だが、言われた男は慌てて首を横に振る。
「いや、俺は見物にきただけで金貨なんて持ってないよ!」
リュドミラはさらに隣にいた、別の男に声をかける。
「あんたは!」
「お、俺もだよ」
「くっ!誰か!誰かいないの!
ここにはたかが金貨の百枚や二百枚程度も持っていない貧乏人しかいないの!?」
全く人に金を借りるのに、何て言い草だ!
そして、よほどリュドミラの評判が悪いのか、誰も金を貸そうという者は現れない。
もっともそれも当然だ。
十枚や二十枚ならいざ知らず、今の格差は二百枚近いのだ。
それほどの金貨を持ち合わせている者が、そうそういるはずもない。
そう考えて俺はわざわざ大きく引き離すような金額を言ったのだ。
これならば周囲から金を集める事も出来ないはずだ。
そしてどうやら俺の作戦は功を奏したようだ。
周囲にわめき散らすリュドミラに対して、アルヌさんが静かに声をかける。
「お客様、そこまでにしていただきましょうか?
ここまでは大目にみましたが、これ以上競売場で騒ぐと、退場していただきますよ」
「くっ・・・!」
そのアルヌさんの言葉にリュドミラは周囲を睨む。
最後に俺の事を凄い形相で睨むと、横にいた執事に向かって大声で叫ぶ。
「帰るわよ!ゴーリキー!」
なるほど、とうとうあきらめたか、そして会場にいるのがいたたまれなくなったと・・・
執事を伴い、リュドミラは競売会場から出て行った。
リュドミラが会場からいなくなると、アルヌさんが木の競売小槌を叩いて高らかに宣言をする。
「では金貨1000枚で、シルビアは落札されました!」
本日最も大きな「おお~」と言うどよめきと、拍手が会場を覆う。
俺は無事、シルビアさんを救う事ができたのだ。
しかし気の抜けた俺は現実感がなく、エレノアやアルフレッドに問いかける。
「これで僕の勝ちなんだよね?
シルビアさんを救えたんだよね?」
「ええ、大丈夫です、御主人様」
「御見事な采配でした。御主人様」
「ありがとう!シノブさん!
これでシルビアも救われたわ!」
三人の言葉で俺もようやく現実感が出てきた。
そこで俺はホッと一安心した。
俺は友人を救う事が出来たのだ!
俺たちは立ち上がり、シルビアさんを受け取るために控え室へと行った。
会場にいた人々は俺たちを拍手で送ってくれた。




