0222 奴隷女シルビア
俺が呆然と彼女を眺めていると、当のシルビアさんは、俺たちを見て、恥ずかしそうに無言になった。
「一体なぜ彼女がここに、いや、なぜ奴隷になる羽目になったんですか?」
俺が思わず大声でアルヌさんに聞くと、シルビアさんは「奴隷」という単語の部分でビクッ!となった様子だった。
俺はそれを見て、うかつな事を言った事を後悔した。
確かに今は奴隷のようだが、ほんの数日前までは魔法協会で颯爽と働いて、様々な事務をテキパキとこなしていたのだ。
それが自分の知っている人間から「奴隷」という指摘を受けて、改めて自分の今の身の上の現実を知ったのだろう。
俺だって知り合いにそんな姿を見られて「奴隷」などと言われたらめげるだろう。
申し訳ない発言をしてしまった。
「あ、あの、ごめんなさい、シルビアさん
嫌な事を言ってしまって・・・」
「いえ、事実ですから・・・」
そういうシルビアさんは凄くつらそうだ。
それを見ている俺もつらい。
詫びる俺にアルヌさんが説明をしてくれた。
「彼女は商売をしていた父君が倒産しましてね。
その連帯保証人だったせいで、それの借金のかたとして奴隷に売られましてね。
それで昔から付き合いのあるうちで引き受けた訳です。
ただ正直、扱いに困ったのは事実でしてね。
彼女の能力、年齢、美貌から言って、奴隷種別は一般の上のさらに上なのはもちろんなのですが、早くも彼女が奴隷になった事が一部で噂になっておりましてね。
一応奴隷教育期間中という事で、表には出していないのですが、問い合わせがひきもきらないのですよ」
その説明になるほどと俺も思った。
シルビアさんはこれほどの美人で、しかも有能な正規の魔道士だ。
こんな人が奴隷になると知ったら、問い合わせが殺到するのも無理はないだろう。
「彼女自身の状況と、事情が事情なので、誰に売っても禍根が残りそうでしてね。
そこで公平にするために滅多にないのですが、「競り」に出そうかと思うのですよ」
「競り?」
「ええ、まあ、しかるべき日を持って、彼女の購入希望者を集めて、希望金額を聞く。
その中で最高入札者に彼女を売るという訳です。
これなら大抵の人があきらめもつきます」
なるほど、競り・・・つまりはオークションでけりをつけるという訳か?
まあ、確かにそれなら仕方がないわな。
俺も納得せざるを得ない。
「帝都では月に一度程度はあるようですが、この町では一番大きな商館であるうちでも、1年に数回程度の事で滅多にないのです。
しかしそれはそれで問題はありましてね」
「問題?」
「ご存知の通り、彼女は魔法協会で、戦闘法務官をしていましたからね。
私が知っている限りでは彼女は極めて公平に仕事をしていましたが、もちろん逆恨みをしている連中も多い訳です。
そして悪い事に、そういった連中ほど金を持っているものなのです」
そこまで説明されて俺にも話しが読めてきた。
「つまり復讐のために、彼女を競り落とそうとする輩が少なからずいると?」
俺がそう質問すると、アルヌさんがうなずく。
「そうです。
本来奴隷商人である私が、単なる商品である奴隷に肩入れするのは問題なのですが、さすがに昔なじみで公正に仕事を務めていただけの彼女が無惨に扱われるかと思うとね」
まあ、知り合いとしてはそれは当然だろう。
俺だって友人のシルビアさんがそんな扱いを受けるのは嫌だ。
「その競りはいつ行われて、金額はいくらくらいになるんですか?」
「期日はまだ未定です。
何しろまだ競りにかけるかどうかもはっきりとしてはいないですからね。
ただ、もし競りにかけるとしたら金貨百枚から始まって、四百枚は間違いなくいくでしょうし、五百枚を超える可能性も高いです」
「なるほど、それは大層な金額ですね」
エレノアは別格としても、俺もここでまだ金貨二百枚を超える奴隷は、ミルキィ以外には数人しか見た事がない。
それは一人を除いて全員若い女性奴隷だったし、唯一金貨二百枚越えをしていた男性奴隷は魔法使いだった。
「その競りには私も参加できるのですか?」
「もちろんそれは可能ですが、シノブ様も参加するおつもりなのですか?」
「ええ、できれば」
俺としては誰か変な人にシルビアさんを買われるくらいなら、いっその事、自分が買ってしまいたい。
金はそこそこ持っているのだし、何とかなるのではないだろうか?
そう思って返事したのだが、アルヌさんは意外な事を言い始めた。
「いえ、もしその気があるのでしたら、むしろ私からお願いしたい事があるのですが」
「何ですか?」
「あなたに彼女を買ってほしいのです」
「え?」
その言葉に俺は驚いた。
確かに俺は自分でシルビアさんを買ってしまおうと考えていたが、あちらからそれを言い始めるとは思わなかったからだ。
驚く俺にアルヌさんが説明をする。
「先ほども説明したとおり、彼女は誰が買っても争いの種になりそうなのです。
ですがあなた様はごく最近この町にやってきて、まだ、この町にほとんど何のしがらみもありません。
そのような方に彼女を買ってもらえれば、一番波風が立たないのです。
その上、この町の人間は、あなたとグレイモン伯爵の話をある程度知っています。
それを知っている人間ならば、そう簡単にあなたとエレノアさんの庇護下にある彼女に手を出さないでしょう」
「なるほど」
話を聞いて俺も納得した。
確かに俺の気持ちだけでなく、客観的に見ても、俺がシルビアさんを買ってしまうのが良いのかも知れない。
「いかがでしょう?」
「その場合、彼女はいくらで買えば良いのかな?」
「そうですね。
実は彼女の父の負債はほとんど払ったのですが、あと350万ザイほど残っています、
うちの分はいりませんので、手数料込みで金貨四百枚でいかがでしょうか?」
「それでいいの?
金貨四百枚以上の値がつくかも知れないんでしょ?」
「ええ、今回は商売抜きですから」
「それなら・・・」
俺が「買おう」と返事をしようとした、その時だった。
「待ってください!」
シルビアさんが声をかけ、アルヌさんが問いかける。
「どうしましたか?」
「あの・・・もし競りに出たら、私の値はいくらほどになるのでしょうか?」
シルビアさんの質問にアルヌさんが慎重に考えながら答える。
「そうですね、先ほども言ったように金貨百枚から始まって四百枚は確実にいくでしょう。
そこまでは間違いないですが、おそらく五百枚も超えて、五百二十か、五百三十位までは行くかもしれません」
「・・・それでしたら、私を競りにかけて欲しいのです!」
「え?」
そのシルビアさんの言葉に俺は驚き、アルヌさんも質問をした。
「どうしてですか?」
「その・・・実は私の父は今回破産しておりますが、娘の私から見ても、それほど経営の腕が悪いとは思えないのです」
「そうなんですか?」
俺がアルヌさんに質問をすると、アルヌさんもうなずいて答える。
「ええ、それは私も保証します。
今回は運が悪かったです」
「ですから商売をやり直すために、父に金貨50枚ほどは渡したいのです」
「なるほど」
確かに50万ザイもあれば、商売をやり直す事は可能だろう。
「借金の分が約350枚分、バーゼル家への手数料が30枚、そしてあと5、60枚は欲しいのです。
ですからシノブさんに買っていただけるのはありがたいのですが、より多くの金貨を得るには競りに出していただいた方が・・・」
「なるほど、しかし話はわかりますが、そのためには貴女は相当辛い思いをしなければならなくなりますよ?
ご存知の通り、貴女を競り落とす可能性のある方は、とてもあなたに好意を持っているとは思えない人たちです。
それを考えればここで金貨四百枚でシノブ様に買っていただいた方が良いのではないですか?
それに金貨400枚までなら私も保証できますが、競りで450枚まで確実に上がるという保証はないのですよ?」
そう説明するアルヌさんに、シルビアさんが何かを決意したかのように話し始める。
「いえ、覚悟の上です。
私も今まで迷っていましたが、必ず金貨450枚以上に競り上げて見せます。
そのためにはどんな恥さらしな事でもする覚悟です」
「どんな恥さらしな事でも?貴女まさか・・・」
「はい、そのつもりです!」
その奴隷商人の驚きようと、シルビアさんの並ならぬ決意を秘めた目を見て俺が質問する。
「何?どういう事?」
「・・・彼女がしようとしているのは、いわゆる全裸競りと言われる物です」
「全裸競り?」
「はい、若い女性や性奴隷が場合によってやる事ですが、全裸で自分をアピールする事によって値を吊り上げるのです。
しかもただ全裸になる訳ではありません。
場合によってはかなり恥ずかしい行為もしなければなりません」
「何だって?」
シルビアさんはそんな恥ずかしい事をしてまで、自分を競り上げようと言うのか?
「彼女はこの町ではちょっとした有名人ですから、その彼女が全裸競りに参加するとなれば、前評判は上々で、町の人たちの話題の種になります。
何しろ美貌の魔法協会看板魔道士の全裸競りですからね。
それを前もって期間をかけて宣伝すれば、間違いなく、この町中の噂になるでしょう。
それを競り落とした者は、羨望の目で見られるので、確かに高値がつくのは間違いありません。
しかし・・・」
「はい、必ずそれで自分を金貨450枚以上にしてみせます」
「それはそうかも知れませんが・・・」
「覚悟は出来ています」
二人が問答をしている所に俺が横から分け入る。
「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど?」
「はい、何でしょう?」
「その競りで彼女が金貨450枚になるのは間違いないの?」
「普通のやり方では微妙な所ですが、全裸競りをすれば、ほぼ確実に450枚は行くと思います。
それどころか、500枚を超える可能性もありますね。
なんと言っても彼女は若く、容姿も良い上に正規の魔道士ですからね。
この町の魔法協会の看板娘的存在でしたし、憧れていた者は多いでしょう。
ただ彼女の全裸姿を見るだけでも、競りの入場料を払ってみたいという人は大勢集まるでしょうし、人が大勢集まれば、当然、値段があがる可能性はそれだけ大きいです」
「でも確実ではないんだよね?」
「そうですね」
「じゃあさ、僕が彼女を金貨450枚で買えば、一番確実なんじゃないかな?」
突然の俺の提案に二人が驚く。
「え?」
「それは・・そうですが・・」
「じゃあ、それでいいんじゃないかな?
シルビアさんも僕に買われるのが嫌な訳じゃないんでしょ?」
「ええ、嫌だなんてとんでもないです!
それはもちろん、競りで得体の知れない人間に落とされるより、その方が私もどれほど嬉しいか・・・」
「じゃあ、決まりだ!
金貨450枚、いやもう少し上げて金貨500枚で、シルビアさんを僕が買うよ。
それなら御父さんも困らないし、何も問題はないでしょう?」
「金貨500枚!」
その金額にシルビアさんも驚いたようだ。
それは確かに奴隷としても相当な額のはずだ。
そんな金額をいきなりポン!と出すと言えば、驚かれるかも知れない。
「それで宜しいのですか?シノブ様?」
アルヌさんも確認をする。
「うん、だって僕もシルビアさんは大好きだし、友人だとも思っている。
そんな人がどこかの変な奴に買われる位なら僕が買いますよ。
しかも買った先で、どういう扱いを受けるかもわからないんでしょ?
友人を金で買うってのも変だけど、この場合、それでシルビアさんが助かるならそれで構いません」
「あ、あの・・・では本当に私を金貨500枚で?」
「本当です。
何なら今すぐここで払ってもいいです」
俺のマギアサッコには、今現在大金貨が500枚は入っている。
金貨500枚分くらいなら、大金貨で50枚だ。
即金で払う事も可能だ。
シルビアさんが嬉しそうに俺に頭を下げて礼を言う。
「あ、ありがとうございます!」
アルヌさんもホッと一安心したように提案を始める。
「では建前を取り繕うためにもこうしましょう。
彼女は明日朝一番に金貨500枚で売りに出す事にいたします。
そこへ朝一番にシノブ様がいらしてください。
そこで私がその場で売ります。
これならば一応、市場に出した事になりますから、恨みは少なくなるでしょう」
「はい、それで構いません」
俺の言葉にシルビアさんも心から安心したように答える。
「私もそうしていただけるのなら助かります」
「では、そういう事でよろしくお願いいたします」
「はい、ではまた明日に」
商館を出た俺はまず二人に謝った。
「ごめん。そういった訳であの人を買う事になった。
二人に相談するまでもなく、決めて申し訳ない」
エレノアは微笑んで答える。
「いえいえ、構わないですよ。
それにあの娘は確かに優秀だし、少々きついですが、気立ても良い方だと思います」
ミルキィも笑顔で答える。
「はい、もちろん私も構いません。
そもそも新しい奴隷を買うのに、奴隷に相談や許可などいりません」
「まあ、それはそうなんだが・・・」
その夜は翌日に備えて、早めに寝た。
広いベッドの俺の左右で、エレノアとミルキィは寝ているが、珍しく俺はエレノアにもミルキィにも手を出さない。
こんな事はエレノアのお仕置き以外では初めてだ。
俺が早く寝るとなると、エレノアがいつものようにクスッと笑って
「あの娘に御執心なのですね?」
と言った。
グリーンリーフ先生は全部お見通しだ。
まあ、否定はしない。
俺は布団をかぶって眠った。
翌朝、俺はかなり早く起きて準備をしていた。
マギアサッコから金貨を出し、用意した袋に金貨を500枚ちょうど入れて、念のために他の袋にも大金貨を、もう20枚用意した。
これで俺の金貨は、メディシナーから貰った物以外はほぼ全て無くなった。
まあ、でもまだ大金貨があるし、さしあたって生活に困るわけでもない。
商売も順調だ。
これでシルビアさんが助かるなら俺も嬉しい。
しかし、バーゼル奴隷商館に行くと、俺の予想外の事が起こっていたのだった。




