0221 シルビアの異変
その日、いつも通りに魔法協会へ向かった俺たちだったが、いつもと違う人間が受付にいた。
一人はいつもの通り、エトワールさんだったが、もう一人はあまり見た事のない金髪で、巻き毛の美人さんだ。
いや、何回か見た事があるし、確か名前も聞いた事がある。
名前は確かボロネッソさんだったかな?
気になった俺は、エトワールさんに聞いてみた。
「あれ?シルビアさんは?
今日は休み?」
俺はごく普通に話したつもりだったが、エトワールさんの顔が曇った。
「彼女は・・・その・・・ここを辞めました」
「え?やめちゃったの?残念だなあ。
僕は凄くあの人の事を大好きだったのに・・・まあ、本人の希望なら仕方がないか・・・」
俺は本気でがっかりした。
シルビアさんに会う事は、魔法協会に来る楽しみの一つでもあったので残念だ。
せめて一言、辞める前に言ってくれれば良いのに・・・と悲しみもした。
「本人の希望という訳でもないのですが・・・
彼女もあなたに会えなくなるのを残念がっていました」
「またまた~あの人、僕に結構厳しかったよ?
まあ、そういう所も好きだったんだけどね」
事実である。
俺はエレノアのやさしいお姉さん気質や、ミルキィの純情可憐な雰囲気も好きだが、シルビアさんのちょっと女王様か、厳しい女教師のような凜とした雰囲気も好きだ、
いや、かなり好みだと言ってもいい。
もちろん、エトワールさんも好きだけどね。
「ええ、彼女もあなたの事をかわいい弟か、それこそ年下の恋人のように話していました」
「え~それはないでしょ?」
確かに俺とシルビアさんの仲は良かったと思うが、俺の方はともかく、彼女がそこまで俺の事を好きだったとは思えない。
「いえ、本当です。
御承知の通り、私と彼女はかなり仲が良かったので、そういった事を話した事もありました。
まあ、酔った上ではありますが」
「あははは・・・あの人、酒癖悪いからねぇ」
自分も何回か付き合った事があるので、それは知っている。
「ですから、数日前にここを辞める時に、あなたにもう会えないのをかなり寂しがっていましたよ」
「そうなんだ?
でも何でここを辞めちゃったの?
さっき言ったように僕も結構ここであの人に会うのを楽しみにしていたのに?
出来ればお別れの挨拶とかしたかったのになあ・・・」
「それはそうですが・・・」
エトワールさんの答えは歯切れが悪い。
しかも今日のエトワールさんはどこか他人行儀だ。
どうしたんだろう?
しかしこれ以上無理やり問いただすのもおかしいと思った俺は話を打ち切る事にした。
「まあ、いいや。
残念だけど、いなくなった人の事を今更あれこれ言ったって、未練がましいだけだしね。
今日は迷宮で見つけた魔法道具を売りに来たんだ。
上で手続きをしてくるね」
「あっ、ちょっと待ってください」
俺が立ち去ろうとすると、エトワールさんはそっと俺に耳打ちをした。
「シノブさんはバーゼル奴隷商館を知っているわよね?」
「うん、かなり懇意にしているよ」
俺の奴隷は今の所、全てそこで購入している。
他にも使用人や屋敷の事でも色々と世話になっている。
「では、今からでもそこを尋ねてください。必ず!」
「え?別にいいけど・・・何で?」
「私から言えるのはこれだけなの。
どうか今すぐにでも尋ねてちょうだい、いい?必ずよ?
絶対に行ってね?」
「う、うん、わかったけど・・・」
そう言ってエトワールさんと別れると、俺たち3人は魔法アイテムを売ってからバーゼル奴隷商館へと向かった。
道すがら俺とエレノア、ミルキィの3人は話し合う。
「どういう事だろう?
まさかあの人が奴隷になったって訳でもあるまいに・・・」
「さあ、それは行ってみないと何とも・・・」
「そうですね」
「だって、あの人は結構エリート官僚っぽかったし、そんな人がいきなり奴隷になるなんてありうるの?」
「そうですね。
ただ昨日までは裕福だった者や、それほど裕福でもありませんが、特に問題なく毎日を暮らしていた者が、何らかの理由で突然奴隷身分になると言うことは、まれにあります」
「そうなんだ?」
俺がそう答えると、ミルキィがちょっと震えるような声で同意する。
「ええ・・・そうですね」
「ん?どうしたの?ミルキィ?」
「いえ、何でもありません・・・」
「体の具合が悪いなら無理しなくてもいいよ?」
「そういう訳ではないのです・・・少々昔を思い出してしまったので」
「昔って・・・?」
「その・・・私が以前、村で暮らしていた時の事です」
そうだった。
ミルキィは突然村を襲われて捕まって奴隷として売られたのだった。
今の話でその事を思い出してしまったのだろう。
「ああ、悪い事を思い出させちゃったね?ごめんね・・・」
「いえ、今は御主人様の下で幸せですから・・・」
「そうだといいんだけどね
何か言いたい事があったら遠慮なく言ってね?」
「はい、ありがとうございます・・・」
バーゼル奴隷商館に到着すると、いつも通り、アルヌさんが出迎えてくる。
「これはシノブ様、今日はまた奴隷の下見で?」
「うん、久しぶりに様子を見てみたくなってね」
「どうぞ、どうぞ、ご覧になるのは、いつも通りに一般の中と上の女奴隷でよろしいですか?」
「ええ、それで良いです」
いつも通り、案内をするアルヌさんにエレノアとミルキィの二人を従えて見て回ったが、これと言って良さそうな物件はなかった。
「いかがですか?今日はシノブ様のお目に適う者はおりましたかな?」
「う~ん、悪いけど、今日はこれと言った人はいなかったかな?」
「ははっ、これは手厳しい・・・
もっとも、シノブ様にはこの二人がいらっしゃいますからね。
この二人と他の奴隷を比べるのは、いささか酷というものです」
それには全く同意だった。
万能なエレノアは常に俺を庇護し、教育し、まさに誠心誠意尽くしてくれている。
そしてミルキィも従順で賢く、日に日に成長して、魔法までも覚えている。
しかも今やまるで俺の恋人のようで、エレノア同様、何があっても手放す気にはなれない存在となった。
確かに悪いがこの二人と、その辺の奴隷を比較するのは無理があるだろう。
身びいきではなくそう思う。
うなずいた俺は今日の本題に入る。
「確かにそうですね。
所でちょっと小耳に挟んだんだけど、この間まで魔法協会に務めていたシルビアと言う人の事を知らないですか?
その人は僕の大切な友人なのですが・・・」
エトワールさんがあれほどここを尋ねて欲しいと言っていたのだ。
ここの主人は何か知っているに違いない。
俺はそう思って尋ねてみた。
俺がその質問した途端、アルヌさんの顔が曇り、笑顔が止まった。
「そうですか・・・シノブ様まで、もうご存知でしたとは・・・」
「え?どういう事?」
「シノブ様、もう一度、私についてきていただけますか?」
「うん?」
俺たちが再びアルヌさんについて行くと、アルヌさんはかつてエレノアがいた部屋の前で止まった。
ここは確かエレノアがいなくなった後、衣裳部屋か何かに使っていたと聞いていたが、どうしたのだろうか?
アルヌさんが扉をコンコンと叩き、中に話しかける。
「アルヌです。入りますよ」
「はい、どうぞ」
どこかで聞いたような声で返事があり、アルヌさんが扉を開けて中に入る。
中の人物はアルヌさんを見て話しかける。
「どうですか?アルヌさん・・・やはり、あっ!」
その人物は途中まで話すと、アルヌさんの後ろに俺たちの姿を認めると黙ってしまった。
「シルビアさん・・・なぜこんな場所に?」
それはまさに、ついこの間まで魔法協会で会っていたシルビアさんだった。
だが、その格好は、魔法協会で着ていたあの黒と銀の凛とした制服ではなく、みじめで簡素な奴隷用の服を着ていた。
それだけなら俺も何かの間違いだと思っただろう。
しかし彼女の首に嵌っていたのは・・・奴隷を証明する首輪だった。
もはや間違いはない。
彼女は奴隷になっていたのだ!