0021 バーゼル奴隷商館
昨夜、考えた俺は魔法を優先するか、仲間を優先するかで、仲間を優先する事にしてみた。
実は魔法を優先したくはあったのだが、どう考えても、俺にはまだこの世界の常識が足りない。
だからまだ学校などに行けば、変なボロが出る気がする。
それを取り繕うのもめんどうだし、何かそこから飛んでもない事態が起こるかもしれない。
しかし先に仲間を作って、しばらく仲間を通して世間を知れば、そういった心配は少なくなるだろう。
もちろん、その仲間に変に思われるかも知れないが、学校などという公的な場で広範囲に醜態を晒すよりも、被害ははるかに少ないはずだ。
そう考えて仲間を優先する事にしたのだ。
そして今の俺には仲間を作るには、奴隷を買うのが妥当だと聞いていたので、とりあえず、奴隷商館に行ってみようと思った。
実際に買うかどうかはわからないが、奴隷とはどういった者か、実際に一度見てみようと思ったのだ。
サーマル村長と一緒に見た事はあるが、あれは他人事で見ていただけだった。
今度はちゃんと自分の目で見て考えてみたいと思ったのだ。
俺がバーゼル奴隷商館に入ると、ちょうどそこに若主人アルヌがいて、挨拶をされた。
「これは・・・シノブ様、今日はどういった御用事ですか?」
どうやら俺の顔と名を覚えてくれていた様子でホッとした。
たとえ、営業や社交辞令であっても、こちらの顔と名前を覚えていてくれたのはありがたい。
「ええ、またちょっと見学をさせていただいて、もし良い奴隷がいれば購入しようかと思いまして」
「それはそれは、早速ありがとうございます」
玄関から客間に案内されながら、主人が俺に聞いてくる。
「シノブ様は奴隷を使うのは初めてでございますか?」
その質問に俺は正直に答えた。
「ええ、実は、私はその・・・かなり遠い場所からやってきて・・・
そこでは奴隷制度というのはなかったので、奴隷というものを見るのも初めてなんです」
これは無理のない説明だと思うし、事実、俺がいた世界では遠い過去はともかく、俺が生きていた頃には奴隷制度などないので嘘ではない。
しかし俺の説明に、この奴隷商人はかなり驚いたようだ。
「奴隷制度がない?」
「ええ」
俺の返事に奴隷商人は、また驚いた様子だった。
「ほほう?そのような地域がありますとは・・・
正直驚きですが、では奴隷制度、その物の説明からした方がよろしいでしょうか?」
「そうしていただけるとありがたいです」
もちろん、ガイドブックである程度の事は知っているが、実際に奴隷を扱っているというこの商人から具体的な事を聞いておきたいと思った俺は、素直に説明を求めた。
「では最初から説明させていただきましょう。
そもそも奴隷というのは基本的に、他人の所有物となった人間の事で、奴隷になる者は、戦争などで負けた国家の民や、身を持ち崩した者、犯罪者、自分で身売りをした者、またそういった者の子供がなります」
「なるほど」
「奴隷となった者は、首に「奴隷の首輪」と言うものをはめられて、所有者が決まった場合は、その名前を魔力で首輪に刻まれて、完全に買った者の所有物となります。
この首輪には魔力が込められていて、いくつかの機能がついております。
まず一つ目は所有者は自分の奴隷の位置を探知する事ができて、所在不明になった時や、逃亡などを目論んだ時に位置を特定できるわけです」
「逃亡?やはり逃げ出す事があると?」
「はい、しかし滅多にある事ではありません。
所有者が常識の範囲内で奴隷を扱っていれば、まず逃亡するという事はありませんので、御安心ください」
常識の範囲内と言われても、今の所、その常識が俺にはないので、判断ができないんです。
すみません。
しかしそれを説明する訳にはいかない。
「なるほど」
とりあえず、うなずいて話を先に進める。
「2つめの機能は所有者が死亡した場合、即、殉死する機能です」
「殉死?その場で即、死ぬのですか?」
俺は驚いた。
「はい、この2つの機能により、奴隷が所有者を殺したり、逃亡したりする事がほぼなくなるわけです」
なるほど、シルビアさんが奴隷が逆らう事はないと言ったのはこういう事だったのか。
「すると所有者が死んでしまった場合、その奴隷は何が何でも死んでしまうのですか?」
俺の質問に奴隷商人は首を横に振って答える。
「いいえ、この機能は途中で変更する事も可能で、死んだら所有を引き継がせる、例えば親から子へとですね、そういった所有者変更も可能ですし、よく働いた奴隷などの場合は奴隷解放などを仕組んでおく事も可能です。
その場合は所有者が死んだ場合に、首輪が自動的に外れます」
なるほど、さすがに自分が死んだら、何が何でも相手が死んでしまうのではないと知って、俺もホッとした。
「では、自分が死んだ後で、その奴隷を誰かに引き継がせたり、奴隷から解放したりする事もできるわけですね?」
「はい、その通りです。
もっとも余程の信頼関係にない限り、解放するという設定にする方はいらっしゃらないですね。
その設定を自分の奴隷に伝えれば自分が死ねば、相手が奴隷でなくなるというのを教えるも同然な訳ですから。
事実、自分の奴隷を信じて解放設定にしたばかりに、その奴隷に殺されてしまった主人もおりますので、この設定にする場合はよくよくの事でない限りお奨めはしません」
「主人を殺した場合、その奴隷は罪に問われないのですか?」
「いいえ、そんな事はありません。
もちろん主人殺しは大罪で、むしろ死刑になる事がほとんどです。
まあ、その前に大抵は首輪の魔法機能で殉死してしまう事がほとんどですがね」
「そうですよね?」
「しかし中には巧妙で小ずるい奴隷もいて、例えば、主人をおだてて自分の設定を解放にしてもらって、その後で誰か別人に主人を殺させる、という手法を使う者もいるのです」
「ははあ・・・」
なるほど、世の中ずる賢い奴はどこにでもいるもんだと俺は思った。