0185 組合員としての行動
エレノアの言葉に、この男も迷った様子だ。
「そ、それは・・・」
流石にこいつもエレノアの言葉の意味がわかったようで、選択に躊躇する。
そりゃそうだ。
この2択ではどっちに転んでもろくな事にならない。
しかもどちらを選んでも自分が判断した事になるのだ。
しかしエレノアは容赦しない。
「どうしました?
あなたに選択する意志がないというのであれば、当初通り、あなたを降級にしますよ」
そのエレノアの言葉にドナルドは即座に反応する。
「わかった!俺はこいつらに頼まれてあんたたちに言いがかりをつけたんだ!
こいつらを降級してくれ!」
うわわ~!こいつ!言っちゃったよ!
でもこういう奴ってそうだよな。
自分が安全な内はいくらでも言いたい放題なくせに、自分が危ないとなると、途端にアコーディオンみたいに縮み上がって手のひら返したり、何も言わなくなるよな?
ネットなら、さしずめ炎上してアカウント削除状態ってとこか?
しかしこれでは部下たちが黙っていないだろう。
案の定、部下たちは騒然と騒ぎ始める!
「そ、そんな!ドナルドさん!」
「いくら何でもそれはない!」
「やかましい!俺はお前たちを代表してこんな事をしたんだ!
言わば被害者だ!
それを唆したお前たちが罪を被るのが当然だ!」
ムチャクチャな理屈だ!
こいつは何が何でも自分だけは罰を逃れるつもりだ。
「そんな馬鹿な!」
「それだけは勘弁してくださいよ!」
「むちゃくちゃだ!」
「うるさい!これはもう決まった事だ!
そういう訳だ!
おい、あんた!どうかこれで勘弁してくれ!」
ドナルドは強引に話を進めてエレノアに話す。
エレノアがうなずいて答える。
「わかりました。
それでは今回の事はあなたが部下に唆されてしたという事で、あなたには譴責処分のみとします。
代わってそちらにいるあなたの部下たち5人を全員1年間の1階級降級処分とします」
「そんな馬鹿な!」
「冗談だろう!」
部下たちは当然騒ぐが、ドナルドは涼しい顔をして答える。
「それで結構!」
どうやら自分は降級処分を逃れたので、後はどうでも良いようだ。
こいつは本当にクズだな。
「ドナルドさん!」
「勘弁してくれ!」
「いくらあんたの言う事でもこればっかりは!」
当然だろう。
降級処分は組合の罰則の中では除名に次いで厳しい。
それを不当に受け入れるなど、組合員として屈辱以外の何者でもない。
ましてやそれが自分のパーティのリーダーのせいだとなれば、黙ってなどいられるはずも無い。
しかしドナルドは問答無用に部下たちを黙らせる。
「やかましい!
なあ、あんた?これで俺の降級処分は無しにしてくれるんだろう?」
「ええ、私は言った事は守りますよ。
ではそちらの5人は直ちに登録窓口へ行って降級処分の処置を受けてください。
あなたの責任において、今すぐにです。
さもないとあなたを降級処分にしますよ?」
「わ、わかった・・・
おい!お前ら聞いた通りだ!
今すぐ登録窓口へ行くんだ!」
しかし当然の事ながらドナルドの部下たちは抗議して動かない。
「そんな!」
「納得できない!」
「いくら何でもそんな命令が聞けるもんか!」
今にもその部下たちがドナルドに掴みかかろうとする様子だ。
しかしドナルドの部下の内の一人が覚悟を決めたように他の者たちに話しかける。
今まで一言も発していなかった年配の五級組合員だ。
「お前たち!諦めろ!」
その年配の男に止められた男たちがギョッとして動きを止める。
「え?ランバルトさん?」
「何故ですか?」
「俺たちはこの人に自分の意志で仕えた。
その時からこの人の言う事を聞くしかないのだ」
「え?しかし・・・」
「これはいくら何でも・・・」
「俺もお前らも自分の意志でこの人の部下になった。
別に強制された訳ではない。
そしてその判断の結果がこれなのだ!
ならばその結果を受け入れるしかないだろう?」
その五級の男の言葉にドナルドが踊りあがって喜ぶ。
「その通りだ!ランバルト!さすが良い事を言う!」
「ええ、そういう契約ですからね。
お前らもわかったか?」
「しかしこれは・・・」
「そもそも我々もこの人の尻馬に乗って、散々あちらの人々に言いがかりをつけていたのだ。
しかも相手が特級の人々というのを承知の上でだ。
これは当然の事だろう?」
いや、騒いでいたのはドナルドとそこにいる三人で、この人とそこにいる一番若いあんちゃんは、むしろ何もしていないんだが?
「しかし、それは命令されて・・」
「問答無用!
そもそも今逆らうならば、なぜ先ほどこちらの方々に言いがかりをつける時にドナルド殿に逆らわなかったのだ?
組合員である以上、自分の取った行動には責任を取るべきだ」
まあ、確かにこのおっさんの言う通り、さっきみんなであの男を諌めて止めていれば、こんな事にはならずにすんだだろうな。
「・・・はい、わかりました」
「ランバルトさんがそう言うのであれば」
「うむ、わかってくれたのならばそれで良い。
ハイネ、5級になったばかりなのに、お前にもつきあわせてすまぬな」
年配のランバルトと言われた男が、ハイネと言われた一番若い男に詫びる。
おや?この若い男は胸に魔道士章をつけているぞ?
では正規の魔道士か?
「いえ、確かにランバルトさんが言われた通り、私も自分で進んで雇われた訳ですからね。
誰を恨む筋でもないですよ。
それにあなたの言った通り、私も進んでしなかったとはいえ、私もドナルドさんを諌めもしなかった訳ですからね。
言わばその行為を黙認した訳ですから同罪ですよ」
「すまぬ」
降級されるというのに、この若い魔道士はさほど気にしていないようだ。
それに随分と聞き分けもよく、筋を通しているな?
何でこんなのがあんな馬鹿な男の部下になったんだ?
どちらにしても、どうやらこのランバルトという人が、この集団の実質的なまとめ役のようだ。
この人は人望があるらしく、抗議していた連中もおとなしく処分を受ける事となった。
その人が前へ進み出てエレノアに一礼する。
「エレノア・グリーンリーフ組合員。
我ら五人は非礼を詫び、謹んで降級処分を受けます」
「わかりました。
アレクシアさん、後はお任せいたします」
「はい、お任せください」
こうしてひと騒動が終わった。
俺たちが組合を出た後で、まずはエレノアが俺に詫びた。
「御主人様、出すぎたまねをして申し訳ございません」
「いや、別に良いよ。
エレノアは間違った事はしてないんだし、僕が対応していたらヘマをしたかも知れないから逆に助かったよ」
「恐れ入ります」
「でもエレノア?あれで良かったの?」
「はい、本人を降級するのは簡単でしたが、あの処分の方が、より効くでしょう」
「うん、確かにね」
確かに本人を降級すれば、堪えるは堪えただろう。
それで多少はおとなしくなるかも知れないが、本質はあまり変わらない。
しかし、今回の事でドナルドには集団の頭の資質が全くないという事が白日の下にさらけ出された。
これで周囲の目が今まで以上に厳しくなるのは間違いがない。
組合の中での評判は地に落ちるだろう。
ましてやあの部下たちは、もはやドナルドと組む気はなくなるだろう。
しかし、エレノアはあの降級させた連中に逆恨みされるかも知れない。
それを考えたら少々厳しいかも知れない。
いや、もしかしたらエレノアはあえて自分が矢面に立ったのではないだろうか?
俺から危険をそらすために・・・
「フレイジオ、ポリーナ、組合員になった瞬間から一騒動ありましたが、今日からあなた方も私達と同じ、特別等級になったのです。
我々特別等級の組合員は権限も大きくなりますが、同時に大きな義務も生じます。
その事を忘れないように」
そのエレノアの言葉で俺はハッと気が付いた!
そうか、エレノアは俺だけじゃなくて、ミルキィやこの二人にも特級組合員になった者の義務と覚悟を示すために、見逃してもどうという事もなかったのに、あえてあいつらを罰したのか?
例えそれで逆恨みされる事があったとしても、その重要さを俺たちに教えるために・・・
そう、特に俺にだ!
この言葉はシャルルやポリーナに言っているようで、実は本当は俺に向けられているのに違いない!
「はい、エレノア先生、肝に銘じます」
「私も、特別等級の者としての覚悟と義務を教わりました」
「それならよろしいのです」
シャルルとポリーナは素直にエレノアの言葉に応じる。
全くエレノアは凄い。
たった一つの事で俺たちに特級組合員としての教育と、あの連中に対しては組合員としての心構えを叩き込んだ。
本当にこの人の言動は恐れ入る。
さすがは500歳以上という所か?
「エレノア・・・ありがとう・・・僕も決して忘れないよ」
「いいえ、私は当然の事をしたまででございます」
エレノアはいつも通りだ。
俺はこの人に決して一生頭が上がらないだろう。




